12:立派な夫人として
「も、申し訳ありません、シャーロット様。私共は考えが甘く……」
御者の謝罪はシャーロットの言葉を理解し、そして今後はシャーロットの言葉に従うという意思表示である。
一人が屈したことで心折れたのか彼に続くように一人また一人と頭を下げ、最後まで残っていたメイド長さえも諦めの表情と共に深々と頭を下げた。
彼等の謝罪の姿勢を見てシャーロットは深く息を吐いた。良かった上手くいったという安堵の色は隠して、今は貴族の夫人として溜息を吐く。
まったく、仕方ないわね、手間を掛けさせて、と、こんなところだ。
「分かってくれたなら良いわ。それじゃあ仕事に戻ってちょうだい」
凛とした態度でシャーロットが話の仕舞いを告げれば、メイド長達がこれ以上のお咎めは無いと判断してそそくさと扉へと向かった。なんとも情けない姿ではないか。
そのうえ部屋を出るなりあっと息を呑み表情をより強張らせ、先程以上に頭を下げると慌てて逃げるように去っていった。
いったい何があったのか、とシャーロットが窺うように扉を見つめていると、出て行く者達と入れ替わるように入姿を現したのは……、
「キール様」
開けた扉からキールが部屋へと入ってくるが、なんとも気まずそうな表情ではないか。
どうしたのかとシャーロットが問えば、彼は居心地悪そうに頭を掻き、挙げ句に「シャーロットに謝らなくては」と話し出した。
「キール様が? 私に?」
「シャーロットがメイド長達に言い負かされるかもと考えて後を追ったんだ。信じていないわけじゃないんだが、シャーロットの性格を考えるとどうも……」
「それで部屋の外にいらっしゃったんですね」
「そもそも俺が主人としてしっかりしていれば良かった話なんだよな。それを貴女に面倒を掛けて、任せたと言った身で勝手に心配して付いてきて盗み聞きなんて……」
考えれば考えるほど申し訳なさが募るのか、キールの表情はより暗くなり「すまなかった」と謝罪の言葉を口にした。このままでは彼までもが深く頭を下げかねない。
そんなキールに対してシャーロットはクスと小さく笑みを零し、そっと彼の腕に触れた。
「キール様が謝る必要はありません。私はこの屋敷の夫人として、キール様の妻として、当然の事をしたまでですもの」
「……だが不甲斐ない姿を見せてしまった。使用人達に蔑ろにされても咎めることも出来ずにいるなんて、公爵家で育ったシャーロットにしてみれば情けないどころじゃないよな」
「そんなことありません。至らぬ点を補い合うのも夫婦ですよ。至らぬ点を打ち明け、それを補った事に感謝を示してくれる、そんな姿にも愛は溢れるのです」
そうやって愛を深めていくのだとシャーロットが話せば、申し訳なさそうにしていたキールの表情も和らいだ。
彼の口から今度は謝罪ではなく感謝の言葉が告げられる。それを聞きシャーロットもまた表情を和らげようとし……、むにと自分の頬を押さえた。
むにむにと揉めば、この行動に疑問を抱いたキールが首を傾げた。
「シャーロット、どうした?」
「真剣な顔をしていたので頬が凝ってしまいました」
「頬が……、凝る……?」
「えぇ、頬が凝るんです。アランス家の者達はみんな真面目な表情を長く続けていると頬が凝ってしまうんです」
「それは……、なんとなく分かるかもしれないな」
キールの脳裏にアランス家の者達の姿が浮かぶ。
自分がアランス家を訪問すると嬉しそうに歓迎してくれる夫妻、挨拶に来てくれるロジェとアナスタシア。シャーロットの姉も近くに嫁いでいるため頻繁に会いに来る。
その時は誰もが明るい笑顔を浮かべており、彼等の朗らかさは社交界でも有名だと知人から聞いた。キールの記憶の中でも彼等は陽気とさえ言えるほどに明るい。
そんなアランス家が真面目な表情を……。なるほどこれは頬が凝るものなのかもしれない、とキールが納得して頷いた。
自分は生まれの環境と長く国境勤めをしていたため険しい表情が板に着いているが、たとえば自分がアランス家の者達のような明るく朗らかな笑顔を長時間浮かべていたら頬が凝るかもしれない。――そもそも彼等のように明るく笑えるかは定かではないが――
そうキールが考えていると、頬をむにむにと揉んでいたシャーロットが息を吐いて肩を落とした。分かりやすく疲労を訴えている。
「頬も凝りましたが、冷静で厳しい夫人の雰囲気を纏っていたら肩も凝ってしまいました」
「そうか、重労働なんだな」
「これは気分転換が必要かもしれません。いえ、必要です。気分転換と程好い運動、それしかありません」
話しつつシャーロットがキールへと視線をやる。
チラチラと横目で窺えば、ようやくシャーロットの言わんとしている事を察したキールが片手を差し出してきた。
「それなら外の空気を吸いに行こうか。散歩をすれば運動にもなる」
どうだろう、と片手を差し伸べて誘ってくるキールに、シャーロットは「もちろんです!」と返して彼の手を取った。
ちなみにその際に彼の反対の手にある手紙をじっと見据えれば、この意図も察したキールが苦笑を浮かべ「これは後でメイド長に出させるよ」と答えた。




