11:寛大な公爵家
キールより先に屋敷へと戻ったシャーロットは、さっそく目星をつけていた数人を一室へと呼び出した。
メイド長とその補佐を務めるメイド。それに屋敷内を取りまとめる立場の男性が二人。それと御者。――シャーロットは屋敷内でも特に彼等の態度が目に着くと感じて呼び出したが、この五人こそニコラ・フレヴァンに直々に命じられた者達である――
「シャーロット様、いったいどのようなご用件でしょうか?」
代表するように尋ねて来たのはメイド長だ。
シャーロットよりも、それどころかシャーロットの母親よりも年上の女性。長くフレヴァン家のメイド長を務めていたらしく貫禄もある。
スラリとした身体つきときっちりと纏められた髪、銀縁眼鏡がいかにも『出来た女』だ。ふわふわとしたシャーロットとは真逆のタイプと言えるだろうか。
そんなメイド長に対して、シャーロットははっきりとした口調で返した。
「呼び出された理由は、貴方達が一番分かっているんじゃなくて?」
普段よりも口調が厳しくなっているのは自覚している。
だがこれに対してメイド長は怯むことなく「分かっているとは?」と尋ね返してきた。
白を切るつもりなのだろう。見れば他の者達も無礼な態度こそ取ってはいないが平然としている。主人に名指しで呼び出され厳しい態度を取られれば困惑してもおかしくないというのに。
それに対してもシャーロットの中で呆れが募り、思わずはぁと溜息を吐いてしまった。
「分からないというのなら教えてあげます。貴女達のキール様への態度が目に余ると感じて呼び出したのよ」
「不備が無いよう勤めておりますが」
「『うっかり』だの『つい』だので主人の頼みごとを後回しにし、それを悪びれもしないことが『不備が無い』とされるのなら、フレヴァン家も程度が知れるわね」
「なっ……!」
シャーロットが言い捨てるように告げれば、メイド長が言葉を詰まらせた。
侮辱と感じ取ったのかシャーロットを見つめる眼光も鋭さを増していく。己への侮辱、そしてなにより、己が仕えるフレヴァン家への侮辱。
だがそれを訴える態度にもシャーロットは呆れるだけだ。
「キール様を蔑ろにしフレヴァン家への侮辱には憤る。貴女達、ここがどこか分かっているの?」
「……ここはキール・フレヴァン様のお屋敷です」
「えぇそうよ。キール様の家」
はっきりとシャーロットが告げ、次いでわざとらしく溜息を吐いた。
「でも、キール様の態度にも貴女達を助長させた原因があるのも事実だわ」
困った方、とシャーロットがここにはいないキールを想い、まったくと肩を竦める。これもまたわざとらしい仕草だ。
だが事実、己の扱いを不当と分かっていながらも対処しなかったキールにも確かに問題がある。騎士としてならば彼以上の存在はないと言われる程だが、どうにも屋敷を纏める貴族の主人としては未熟なようだ。
そうシャーロットが考え、改めて五人を見回した。こちらの出方を窺っているような表情だ。
彼等はフレヴァン家に通じている。というより、きっとキールの動向を見張るためにフレヴァン家が寄越してきたのだろう。
ならば今回の事もフレヴァン家に伝わってしまうはずだ。緘口令を敷いても彼等が守るとは思えない。
それならそれで良い、とシャーロットは考え、再び口を開いた。
「キール様にも改める点があるのは事実。ですから今回の件は一度不問にしましょう」
「……不問、ですか?」
「そうよ。猶予をあげるから身の振り方を考え直しなさい、という事よ。それでもこの屋敷に仕えるに値しないと判断したら、私が直々に暇を言い渡します」
態度を直さないなら解雇すると伝えれば、メイド長を始め五人ともが表情を渋くさせた。
だがその反応にもシャーロットは納得せず「この意味が分からないの?」と冷たい口調で尋ねた。
視線を他所に向けて考えを巡らせていた者達が一斉にシャーロットを見つめる。意味とは、と、彼等の瞳に疑問が浮かぶ。
「アランス家については知っているでしょう? アランス家の者達はみんな寛大なの」
自分で言うのもあれだけど、と心の中で付け足す。
だがシャーロットが自負する通り、アランス家は寛大な一族と社交界でも言われている。
公爵家でありながらその地位に驕ることなく他家へ敬意を抱き、年若い子息令嬢が無礼を働いても威勢が良いと笑い飛ばす度量を持つ。それは屋敷に仕える者達に対しても同じで、働きたてのメイドや未熟な給仕が失敗をしても咎めることなく逆に励ますぐらいの器の大きさを見せる。
もちろん咎めるべき時は咎めるが、それも出来るならばメイド長や執事長と言った直属の上司に任せるようにしている。
自分達が咎めては余計な圧を与え、成長の芽を潰してしまうかもしれない……と考えているからだ。
アランス家のこの考えと姿勢は社交界でも高く評価され、これぞ身分ある者の立ち振る舞いだと参考にする家も少なくない。
その話は彼等も把握しているのだろう、「知っているでしょう?」とシャーロットが問えば、探るような表情ながらに頷いて返してきた。
知っている。だが知っているから何だと言うのか。そう無言ながらに視線で尋ねてくる。
「そんなアランス家の私が直々に暇を言い渡す。それがどれほど不名誉な事か、そしてその不名誉が世間にどう広まるか。考えてみたらどうかしら」
「それは……」
答え一歩手前を突きつけてやれば、さすがに察したのかメイド長達の顔色がサァと一瞬で青ざめた。
とりわけ給仕の一人は見て分かるほどに困惑しだし、恐る恐るといった声色で「シャーロット様……」と呼んできた。情けなさすら感じさせる声で、先程までの白々しい態度が嘘のようだ。
だが彼等が青ざめ情けない声を出すのも無理はない。
寛大で有名なアランス家の生まれのシャーロットが直々に解雇するということは、それほどに許されぬ事を仕出かしたという事だ。
当然この異例の解雇は社交界中に知れ渡るだろう。誰もが「あのアランス家が」だの「まさかシャーロット様が」と驚き、そして詳しくは分からずともよっぽどの事だと考えるはずだ。
そんな難有りの者をどこの家が雇うというのか。
仮に主人が興味本位で雇おうとしても屋敷の者達が難色を示すだろう。自分の仕事に誇りを持つ者程、同職の恥と考え、そんな者と働くのは不名誉だと考えるに違いない。
つまり職にあぶれるということだ。メイドや給仕等もっての外、社交界に関与する仕事に就くのは難しくなるだろう。
フレヴァン家に戻れる可能性もあるが、内通の仕事もこなせず更に後ろ指を刺されるような不名誉を負った者をフレヴァン家が匿うだろうか? 切り捨てる可能性の方が高い。
それを察したのか誰もが気まずそうな表情を浮かべ、顔色を青ざめさせていた御者の男がゆっくりと頭を下げた。




