90.顔の見えない犯人
俺、タイちゃん、そしてS級冒険者エリアルさんの三人は、ギルマスの依頼で村に調査に来ていた。
獣姿のタイちゃんの背中に乗っている俺たち。
もう少しで村に到着する……というそのときだ。
「タイちゃん、北東に行って」
俺たちがいるのは森の中。
村はこの奥に存在する。
『我が主よ、どうしたのであるか?』
「血のにおいだ」
え、とエリアルさんが目を剥く。
「そんな匂いなんて……ああ、そうか。リーフ君は、鼻がきくんだったね」
薬師としての訓練を積むうちに、俺は人より【多少】鋭い嗅覚を獲得したのである。
俺の鼻は、北東の方角から人の血のにおいを嗅ぎ取ったのだ。
『なんと鋭い嗅覚か。さすが我が主だ』
「そう? でもうちの村には、大陸の反対に存在するご家庭の献立の料理を匂いだけで言い当てる人居るよ?」
『そんな化け物、存在するわけないのである!』
いるんだけどなぁ……。
「急ごう。怪我人がいるならなおさら、リーフ君の薬が必要となる」
エリアルさんの言うとおりだ。
タイちゃんは俺の示すほうへと走って行く。
やがて、俺たちは現場に到着した。
「これは……むごい……」
開けた場所には、血だまりがあった。
ただし、妙だ。
「人の匂いがしません」
「なんだってっ? 人が居ない……?」
そう、目の前には大量の血が、地面に落ちている。
かなりの人が怪我したのは事実だろう。
けれど、怪我人が一人もいないのだ。
というか、人間が存在しない。
タイちゃんが人間の姿に戻り、地面に耳をつける。
「人も獣の足音もせぬな」
「新鮮な血のにおいだ。犯行からまだ1分もしないとおもう」
俺はしゃがみ込んで、血を指で拭って見つめる。
「そんなことわかるのかい? リーフ君」
「はい。俺は薬師です。癒やす対象である、人間の生理学を師匠から叩き込まれました」
血の凝固具合から、体外に出てまだ間もないことがわかった。
だとしたら……。
「余計におかしいね。犯行後まだ1分。だというのに、周囲に人の気配はおろか、犯人の気配もしない」
もし犯人が竜みたいな飛行できる存在で、人間を丸呑みにして、飛び去ったとしても……。
翼で羽ばたく音を、タイちゃんが聞き逃すわけがない。
それになにより。
「エリアルさん。ここには、獣の匂いがしません」
「……つまり、犯人は……人間かい?」
「はい。人間が人間を襲った。そして、忽然と死体も犯人も消えたとしか、考えられないです」
じっ、とエリアルさんが黙りこくったあとに言う。
「転移魔法の使い手、とか?」
なるほど、殺害した後、転移して逃げた。ありえるかもしれない。しかし……。
「それもないと断言できます」
「ど、どうしてだい?」
「魔法の匂いがしないからです」
「魔法の匂い、だって……?」
俺は説明する。
「正確には魔力のにおいです。魔法には魔力が必ず必要。転移となれば多くの魔力がいります。でも、この場には魔力を使った残り香がしません」
「…………」
エリアルさんが、疲れたように、ふっ……と笑う。
「……すごいねリーフ君。そんなことまで知ってるんだ。ほんと、私とは違って……君はすごいな」
褒めてもらえてうれしいけれど、でも、全然うれしくない!
「エリアルさん、これ飲んで!」
俺は完全回復薬を取り出して、彼に渡す。
目を丸くするエリアルさんに言う。
「元気だしましょう! スマイルです!」
俺は暗い顔がきらいだ。辛そうにしてる顔がきらいだ。
この世界のみんなが、笑顔でいて欲しい。元気でいて欲しい。薬師をやっているモチベはそこにもある。
「……ありがとう」
ぽつりとつぶやいて、エリアルさんが完全回復薬を飲む。少しだけ顔色が戻った。
けど、まだ表情が暗い。どうすりゃ元気になれるんだろう……むぅ。
と、そのときである。
「主よ! これを見てくれ! 手がかりかもしれない!」
なんだって!? 俺はタイちゃんの元へと行く。
彼女がしゃがみ込んで、指さすそこには……。
「血痕だ!」
「しかもこれは、奥へ続いてるね」
血の点々が、森の道の奥へと続いていく。
エリアルさんは素早く地図とコンパスを取り出して、この道の先に何があるか調べる。
冒険者スキルが俺なんかよりも高い。凄い。
「この先には、村がある。しかも……私たちが調べる予定だった村だ」
「じゃあ、行ってみましょう!」
この先に犯人がいるのか、あるいは怪我人がいるのかわからない。
でも……手がかりがあるような予感がする。
俺たちはうなずいて、村へと向かうのだった。