80.黒幕の名は
リッドの故郷、デッドエンド村にて。
魔族たちの王、魔王ヴァンデスデルカは、単身英雄村の村長……アーサーの家に居た。
「あらあらぁ、う゛ぁんちゃんじゃないのぉ」
うふふ、と朗らかに笑うのは、アーサーの妻マーリンだ。
ヴァンデスデルカは大汗をかき、さっきよりも身体を震わせながら、仰向けに寝ておなかを見せる。
「あらぁ? どうしたのかしらねえ、おじいさん」
「命乞いじゃろうて。こやつにとっちゃ、ばあさんが一番のトラウマだろうからのぅ」
かつて魔王ヴァンデスデルカがやんちゃしていたとき……。
もっとやんちゃしていた若き日のマーリンに、コテンパンにされたことがあった。
「若いときのばあさんは、じゃじゃ馬だったからのぅ……へぶ!」
風魔法、風槌が無詠唱で発動し、アーサーが肉片になる。
ぐしゃあ!
「ひぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
ヴァンデスデルカはかつてのトラウマを復活させてしまい、白目をむいて……死んだ。
誇張ではなく、死んだのだ。ショック死だった。
彼の脳裏には、若き日のマーリンによる地獄の責め苦が再生された……。
「はっ! 生き返った!? なんで?」
「リーフちゃんの作った完全回復薬だ。残ってたからの」
さっき肉塊になったはずのアーサーが、ぴんぴんしていた。
「あ、アーサー先輩も完全回復薬を飲んだんすか?」
「いや、わしは自力で。ミンチになっても、あれくらいだったら、魔法なしで再生できるよのぅ?」
「ええ、そうですよぉ」
……がたがたがた、と身体を震わせる魔王。
この化け物には、絶対に逆らわないようしようと改めて、心からそう誓ったのであった。
ややあって。
ヴァンデスデルカは玄関に正座し、老夫婦と対面している。
「客間にあがるがよいぞ、ヴァンデスデルカ」
「いえ! 大丈夫っす! ここで平気っす!」
近づくことすら恐れ多い……というか、怖くて近寄れない魔王。
「そんで、なんすか。使い魔なんて寄越して、来いだなんて」
魔王がここに来たのは、マーリンの放った鳥の使い魔から、手紙を受けたからだ。
「リーフちゃんをスト……」
「すと?」
「んんっ。リーフちゃんから便りがきてねえ。魔族が暴れるって」
アーサーは知ってる。マーリンは孫であるリーフが可愛くて×2兆仕方ないので、使い魔を通して、その様子をバッチリ監視しているのだ。
また、孫娘と通話することで、二人の仲がどれくらい進展してるかも怠らない。
マーリンはあわよくば、孫とリーフをくっつけようとしてる。そうすればリーフが本当の家族になるからだ。それはおいといて。
「はぁ!? ま、魔族が!? なんすかそれ、初耳っすよ!」
ヴァンデスデルカが目をむいて叫ぶ。
アーサーは眼を細める。彼は武の達人、人間の身体を極限まで鍛え抜いている。
それゆえ、人間の身体の構造を、よく理解している。それは他人の身体でもまた同じ。
アーサーはヴァンデスデルカの瞳孔、呼吸の乱れから、嘘をついていないことを見抜いた。
無言でうなずくと、マーリンが肩の力を抜く。
もし魔王の企みで、リーフに危害を加えていたのなら、魔王の身体は爆発四散×2兆回していたところだろう。
「では、今魔族が暴れているのは、おぬしの指示ではないと?」
「当たり前っすよ。なんで化け物……ごほん、英雄の皆さんがいるなかで、人間に悪さするんすか? そんなことしたら一瞬で滅されるじゃないっすか。そんなの馬鹿のすることっすよ」
アーサーを含む、英雄たちは一つの取り決めをしてる。現世の出来事には、極力関わらないということ。
彼ら一人一人が、神に等しい力を持っている。
その力は強大すぎるゆえに、現世に大きな影響を与えてしまう。良くも悪くも。
ゆえに彼らは辺境から出ないことを絶対不変のルールとして定め、穏やかに余生を過ごしているのだ。
……しかし例外がある。
それは、人間では対処できない巨悪がはびこったとき。
魔王がそれに該当するが……しかし、ヴァンデスデルカと英雄たちとの間での格付けはすでにすんでいる。
ヴァンデスデルカは、英雄たちが度を超してやばい存在だと理解してる。そんなのに挑んでも無駄に死ぬだけ。
だから魔王は人間を襲わないことを約束し、その命を保っている。
ようは、英雄たちは今の魔王、そしてその配下の生殺与奪の権を握っているのだ。
「ふぅむ……なるほど。ヴァンデスデルカではないと。では魔族を動かしてる輩はほかにいるのじゃな?」
「あんま考えたく無いっすけど、そーっすね。自分が魔王に就任し、人間たちを意味も無く襲うなって命じてから、不満はあちこちで吹き上がったんで」
魔族は人間を見下している。ヴァンデスデルカが人間への手出しをやめろと命じて、はいそうですかと素直に従ったものは少ない。
「魔族も一枚岩じゃないってことですかねぇ」
「そーっすマーリンの姐さん。自分の知らないとこで、魔族を束ねて、人間たちに襲わせてるやつがいるんすよ、多分」
「それが、【あのお方】ってことですかねえ」
クモの魔族がリーフに近づいたことも、もちろんマーリンは知っていた。
本当だったら極大魔法を遠隔からぶちこんでいたことだが、リーフなら十分対処できるだろうと信じて、手出ししなかった(※ぶちこんでたら大陸ごと消し飛んでいた)。
クモの言っていた、あのお方。
それは魔王ではなかった。別の……なにか。
「う゛ぁんちゃん、心当たりはないんですかぁ?」
「…………なくは、ないっす」
ヴァンデスデルカが二人を見回して言う。
「自分、これでも歴代最強の魔王って言われてるっす」
「いや弱いぞ」「とるに足らないザコですよぉ」
「そりゃあなたたちと比べたらね! ……そうじゃなくて、魔族たちからっす」
歴代最強の魔王が、ヴァンデスデルカ。
「魔族は基本的に、魔王の血族に従うよう、血に刻まれてるっす。しかし自分に逆らって行動している。それはつまり……」
「魔王を凌駕する、魔の存在が裏で手を引いてる……と?」
そうっす、とヴァンデスデルカがうなずく。
「自分と同等とされていた、魔族たちの始祖にして最悪の魔王ヴェノムザード。……それを生み出した……邪悪なる神」
「まさか……邪神?」
こくん、とうなずく。そしてヴァンデスデルカは、その邪悪なる神の名前を言う。
「【ナイアーラトテップ】。それが……黒幕の名前っす」
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