72.地獄のランニング
俺、リーフ・ケミストは、所属するギルドのギルメンたちを、鍛えることにした。
下っ端である俺のようなやつが、先輩である皆さんを指導するなんて、おこがましいとは承知してる。
でも、普段から皆さんにはお世話になってるしな。じーさんたちから教わった方法を伝授することで、少しでも恩返しになれば良いと思う。
「じゃあまずは、基礎訓練からやります!」
俺がやってきたのは、王都からほど近いとこにある、ダンジョンの入り口だ。
天与の原石のメンバーたちが集まっている。
メンバーと言っても受付嬢さんは含まれていない。あくまで、冒険者として働いてる人たち、しかも有志のメンバーのみ。
ギルマスのヘンリエッタさんは、あくまでもギルメンの意思を尊重する方針らしい。
とはいえ結構な人数が集まってるみたい。
「リーフ君」
エリアルさんが手を上げる。ハンサムな剣士さんだ。
「基礎訓練とは具体的に何をするんだい?」
「まずは……ランニングです!」
「ランニング……?」
じーちゃんが言っていた、まずはランニングだと。全身の筋肉を使うからいいってね。
「走り込むだけで強くなれるのか?」
「いえ、死ぬ気で走ってもらいます。あ、皆さん武装を解除してダンジョンのなかに入ってくださーい」
戸惑う天与の原石のギルメンさんたち。
エリアルさんがうながすと、首をかしげながらも、俺の言うことにしたがってくれた。
「これから皆さんには、ボスの部屋まで行ってもらいます! 手ぶらで!」
「「はぁああああああああああああああああ!?」」
驚き、声を張り上げる面々。マーキュリーさんが焦ったように言う。
「ちょ、リーフ君。手ぶらでダンジョンのなかを歩けっていうの?」
「歩くんじゃなくて、走っていくんです。でないと意味ないんで」
俺は魔法バッグから、とある薬を取り出す。
「強走薬……です!」
「きょうそうやく? なにこれリーフ君」
俺はマーキュリーさんに手渡す。
「え、なに?」
「飲んでみてください!」
「え、ええー……普通にいやなんですけど」
「あー……そっかぁ」
じゃあしょうがないかぁ……。
すると、うぐぐぐ、とマーキュリーさんがうなり声を上げる。
「……惚れたら負けって言うけど、ほんとそのとおりね。わーかったわよ。飲めば良いんでしょ」
マーキュリーさんってやっぱり優しいよね! 俺、好きだ!
彼女がごくごくと強走薬を飲む。
「あら、なんか身体が軽くなったわ」
「飲むと一時的に体重を軽くしてくれるんです。また、足が止まらなくなります」
「は? ちょっ、ちょ、ちょっと!!!!」
マーキュリーさんが足踏みする。そして、ドドドドドド! とものすごい速さで走っていく!
「足が止まらないんですけどぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「薬が切れるまで止まりません! そのままボス部屋まで行ってください! 目印のフラッグは置いてあるんで!」
「いやぁああああああああああああああああ! 立ち止まったらモンスターが来るしぃいいいいいいいいいいいい! 走るしかないじゃないのよぉおおおおおお!」
あっという間にマーキュリーさんが消える。
エリアルさんが、恐る恐る聞いてくる。
「ち、ちなみにボスは?」
「半殺しにして薬で仮死状態にしてます。これなら、迷宮核が誤作動おこして、それに触れるだけで地上に帰ることができるんです」
「そ、そうかい……さらっと怖いことするね君……」
しゅおん、と俺の目の前に、魔法陣が出現する。
マーキュリーさんが大汗かいた状態で、倒れる。
「ぜえ……はあ……し、死ぬ……死ぬ……」
「大丈夫、生きてます!」
「からだ……ばきばき……しんぞうが……しぬ……はいが……ばくはつしちゃう……」
「大丈夫です! 今、筋繊維と呼吸器は、ずたずたに成ってると思います! そこで……これです!」
俺は完全回復薬を取り出す。
マーキュリーさんに、ぱしゃっとかける。
「あ、あれ……身体が急に楽になったわ……」
「完全回復薬はちぎれた繊維と壊れた組織を治して、そして、さらに強靱な物へと作り替えてくれるんです」
マーキュリーさんが立ち上がると、足が勝手に動き出す。
完全回復薬の効果で、切れた強走薬がまた効果を発揮しだす。
医療では複数の薬を組み合わせて治療することが多々ある。
完全回復薬には、きれた薬をもう一度効く状態に戻すことができるのだ。
「ちょっと!? リーフ君!? また走るの!?」
「はい! これを繰り返して、まずは全身の筋肉を鍛えます! 走りまくってください!」
「いやぁあああああああああああああ! 私は別に良いのにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
どどどど! と走り去っていくマーキュリーさん。
青い顔をして、ギルメンの皆さんが、去って行った彼女の後を見ている。
「さ! 走って走って走りまくりましょう!」
エリアルさんが恐る恐る手を上げて聞いてくる。
「ち、ちなみにダンジョンでモンスターに襲われて、もし死んだら?」
「大丈夫です! 俺がすかさず蘇生させて、訓練続行させますから!」
あれ? なんでみんなそんな疲れたような顔してるんだろう。
訓練はまだ始まったばっかりなのにね!