71.最弱のSランク冒険者の、憂鬱
リーフ・ケミストが、ギルドマスターからの依頼で、ギルメンを鍛えることになった。
そんなギルメンの中の一人、Sランク冒険者、エリアル。
【彼女】もまた、強くなりたいと思うひとりだ。
「…………」
エリアルは自分の部屋で目を覚ます。
そこは天与の原石が提供する、ギルメン寮だ。
メンバーなら誰もがただで利用できる。
エリアルはゆっくりと体を起こす。
シャツに短パンというラフな格好。
だがそのシャツには、しっかりとした【膨らみ】があった。
「ふぅ……おはよう、兄さん」
エリアルはベッドサイドに置いてある写真立てを手に取る。
そこには幼いエリアルと、まだ赤子の弟のミオ。
そして……背の高い、ハンサムな剣士がいた。
彼の名前は、ルブリス。エリアルの兄に当たる人物……【だった】。
「…………」
エリアルは首にペンダントを提げる。それは亡き兄の残したもの。
彼女は首からそれを提げて、朝の準備をする。
さらしを巻いて、軽鎧を身につけ、剣を腰に。
長い髪の毛を後ろで結んで、鎧の中に隠す。
中性的な見た目をしているが、こうして変装することで、男に見える。
コンコン……。
『にいちゃーん! 朝だぜー! ひゃっはー!』
「……おう、今行くよ」
エリアルは写真立てに向かって言う。
「いってきます、兄さん」
扉を開けると、彼女は……彼へと変わる。
そこには筋骨隆々、モヒカンヘアで、厳つい見た目の弟ミオがいた。
かつては病気がちだった彼だが、リーフのおかげ(×せい)でこのように、強い男……否、漢になったのである。
「いこうか、ミオ」
「ひゃっはー! 合宿だぁ……! 楽しみだぜぇ、なぁ【兄ちゃん】!」
……兄ちゃん。ミオはエリアルをそう呼んだ。
それには深い訳がある。弟は、【知らない】から。
だがそれでいいと思っている。
自分はミオの、頼れる兄でいたいから。
「そうだな。魔族に対抗する力を……つけないと」
エリアルはSランク冒険者。最高位の、称号を持っている、はず。
だが……。自信が無い。
本物の化け物を、知っているから。
まず、この天与の原石で最強と呼ばれるSランク冒険者、【黒銀の召喚士】。
その正体は謎に包まれている。だが万物を召喚し、単騎で魔物の大群を追い払ったことがある。
だが彼は本当にたまにしか姿を現さない。ギルドマスターのヘンリエッタ曰く、『あいつは滅多に冒険者としては活動しないのじゃ』といっていた。
他に何か仕事があるのか、それとも、よそに拠点があるのか。
いずれにしろ居ない時の方が圧倒的に多い。
そして……リーフ・ケミスト。つい先日入ってきたばかりの、新入りSランカー。
一言で言えば、怪物。
あらゆる障害を己の肉体と、超次元の回復術で乗り切る。
あの二人こそ、真のSランク冒険者の姿だ。
エリアルは知ってる。Sランクは、SPECIALだからこそ、Sなのだ。
……そう、兄みたいに。
「……強くならないと。おれは……いつまでも最弱のSで、いたくない」
確かにエリアルは強く、リーダーシップもあり、そして協調性がある。ゆえに天与の原石のギルメンたちからすれば、Sランクと言えばエリアルをさす。
……だが。
本当の意味でのSは、黒銀、そしてあの怪物のどっちかなのだ。
エリアルは……本物になりたかった。すごい、冒険者に。
「あ、エリアルさーん!」
ギルド会館の目の前には、ギルメン達が集合している。
その中には、リーフがいた。
黒髪に、白いローブを着た、本当にたいしたことなさそうな、田舎育ちの少年。
だが知っている。痛感させられた。こないだの、対魔族戦での、彼の圧倒的な力を。
「…………」
あの領域にはたどり着けないだろう。
エリアルは、己の分をわきまえている。
それでも……少しでも、近づきたい。
この、人外の化け物に。
「今日から、よろしくな、リーフ君」