65.化け物の帰還
話はリーフ・ケミストが王都へ到着する、少し前まで遡る。
王都に居を構える冒険者ギルド、【天与の原石】。
世界で有数の実力派ギルドに所属する男……Sランク冒険者、エリアル。
彼はパーティメンバーを引き連れて、調査を行い、王都へと帰還を果たした。
ギルドマスターの部屋へと到着し、彼の上司である、ヘンリエッタに、調査結果を報告する。
「よく戻ったのじゃエリアル」
ヘンリエッタ・エイジ。青みがかかった銀髪をもった、美しい女性だ。
彼女が険しい表情で、エリアルを見て言う。
「して、結果は?」
「ギルマス、やはり村には、【誰も居ませんでした】」
「うむ……そうか」
エリアルの報告を聞いて、ヘンリエッタは表情を険しくする。
「最近本当に多いですね、【神隠し】」
神隠し。古来より、突如としていなくなる現象を、神に異界へ連れて行かれたということで、そう呼ぶ現象があった。
「だがここ最近の数は多過ぎ……はっきり言って、人為的な物であると、わしは思っておるのじゃ」
ヘンリエッタが自分の目に触れる。
黄金の色をしたそれをなでながら、言う。
「わしのこの目は未来を見通すことができる。……しかし安定せぬし、詳細もあまりわからぬ。じゃから、異常事態が発生するということしかわからぬでな」
事件を未然に防ぐ、ということはできないのだ。
何か起きる未来を見て、手を打ったときにはもう遅い。そんなことが最近ずっと続き、忸怩たる思いでいるのだ。
「!」
「どうしました、ヘンリエッタさん?」
彼女がさらに表情を険しくした。エリアルは、また彼女が未来を見たのだろうと予想する。
そして案の定、ヘンリエッタは重々しく口を開いた。
「……王都に襲撃じゃ、モンスター。しかも、かなりの数!」
ヘンリエッタは懐から通信用の魔道具を取り出す。
「総員! モンスターが王都を襲撃する! 手の空いてる物は防衛に当たるのじゃ!」
通信用の魔道具を通して、ギルドメンバーたちに命令が素早く伝達される。
ヘンリエッタの持つ未来視の力、そしてこの通信用の魔道具。
この連携が彼女のギルドを、最高位にまで引き上げてくれた。
「エリアル。帰ってきた足で悪いが、すぐに出撃しておくれ」
「承知です。黒銀は?」
黒銀とは、このギルドに所属するSランク冒険者の一人だ。
しかしヘンリエッタはふるふる、と首を振る。
「あやつはこれぬ。エリアル、今動けるSランクはおぬしだけじゃ。皆を頼む」
ヘンリエッタの表情が曇っている。多分かなり厳しい戦いになるのだろう。
このギルドには強い冒険者が何人も居る。だがリーフを含め、彼らは今不在の状況だ。
エリアルは、はっきり言ってこのギルド【最弱】のSランク。
ほかの化け物たちとくらべたら、常識的な強さの範疇にとどまっている。
自分は……弱い。本物の化け物を知ってるからこそ、そう言えた。
ヘンリエッタからすれば、化け物がいない現状はさぞ心細いことだろう。
エリアルは、期待されていないのだ。彼らと比べれば、弱いから。それでも……。
「わかりました! 最善を尽くします!」
エリアルという男は、自分の分をわきまえている。そして、できることをやる、そういう男なのだ。
★
エリアルのパーティ【黄昏の竜】は、天与の原石のギルメンを連れて王都防衛にあたった。
襲ってきたのは未知のモンスターだった。黒い肌を持った、眼のないオオカミ。
ヘンリエッタは便宜上、それらを影狼と名付けた。
影狼の強さは尋常ではなかった。
まずなんといっても、敵に攻撃が通じないのだ。
当たらないのではない。どういうことかというと……。
「くそ! くらえええ!」
エリアルの弟ミオ。
リーフによってゴリマッチョボディを手に入れた彼の手には、巨大な戦斧が握られている。
ミオが斧を振り下ろし影狼を一刀両断したはずだった。しかし……。
「兄ちゃん! だめだ、やっぱ分裂するよぉ!」
腰のあたりで一刀両断された狼は、なんと、そのまま2匹の狼になったのである。
切断された断面から、片方は上半身が、もう片方は下半身が生えたのである。
『やつらは再生能力持ちじゃ! みな、気をつけよ!』
下手に一部分を斬ったものなら、そこから新しい個体が生まれてしまう。
……悪夢だ、エリアルは影狼を見てそう心の中でつぶやいた。
倒しても倒しても、きりが無い。
一匹あたりの攻撃力は、C~Bランク程度。ベテラン冒険者1人分くらいの戦闘力だ。
エリアルたちからすれば、どってことない強さだ。でも再生する、増える力が向こうにある以上、じりじりと削られていってしまう。
ベテラン揃いの天与の原石のメンバーたち。そして、エリアルは苦戦を強いられるしかなかった。
「みな! 辛いだろうが頑張ろう! おれたちは王都最強の冒険者ギルド、天与の原石! おれたちならできる!」
エリアルは仲間たちを鼓舞しながらも、内心では焦りを感じていた。
この王都で最も強い冒険者ギルドである、自分たちがここまで苦戦している相手。
つまり、敵は強者だ。
エリアルたちが負ければそれすなわち、王都にモンスターがなだれ込んでくることになる。
自分たちが最後の希望なのだ。そこを突破されたら王都は崩壊する。
……だが仲間たちにはプレッシャーをかけたくなかった。ただでさえ辛い思いをしているのに、そこに精神的なプレッシャーをかけたら、多分彼らは折れてしまう。
「くそ……! 騎士団はまだ動かないのか……!」
王都の守りはなにも冒険者だけではない。城と王を守る騎士団という物は存在する。
だが騎士団はお役所仕事で、上の命令がない限り出動できない。
今は一秒でも早く味方の増援が欲しい。
そんな危機的状況でも、騎士団は上のお伺いを立てないと、いけないのだ。
「エリアルさん! やばいっす! けが人多数……もう持ちません!」
「く……ここまでか……」
死者は出ていないものの、満身創痍である。
もう駄目だ……と諦めかけたそのときだった。
「兄ちゃん! 上見て!」
「なに……ああ! り、リーフ君!」
彼らの希望、リーフ・ケミスト。
彼は所用で王都を離れていたのだ。
エリアルの心に希望の光がともる。
彼がいれば、勝てる。
リーフは何かを地上に向けて投擲する。
すさまじい音とともに、激しい衝撃が走った。
エリアルたちはその風圧によってすっ飛ばされる。だが、彼らは無事だった。
不思議と肉体的なダメージはなかったのだ。
「……は、はは。なんだこれ……」
王都を取り囲んでいた影狼の群れは、その場に全員倒れていた。
身動きとれないところから、おそらくは、即死した物だと思われる。
「おれたちが、あんな苦労して倒せなかった敵を……一撃で……」
これだ。この規格外の強さ。これが……本物のSランク。
「大丈夫ですか、エリアルさん!」
リーフが心配そうな顔で近づいてくる。
安堵したエリアルは、身体の疲労が限界に達して、気を失うのだった。