64.モンスターの大群もワンパン
俺たちを乗せた馬車が、まもなく王都へと到着しようとしたそのときだった。
「む? 魔物の気配がするぞ」
タイちゃんが、猫耳をぴくぴくさせながら言う。
俺は窓から顔を出して、すんすんと鼻を鳴らす。
「たしかに……たくさんの魔物の匂いがするね」
俺は薬師として、薬草を小さい頃から探していた関係で、鼻がいいんだ。
王都からふく風にのって、魔物特有の匂いが混じってる。それに……。
「血のにおいもします」
「! 王都で何かあったのかしら」
「少しお待ちください。精霊を使って調べさせます」
ぱんっ、とエイリーンさんが手を叩く。
すると彼女の周りに、薄緑色の光点が出現する。
俺もこの点には見覚えがあった。薬を作るときに俺が力を借りている、緑の精霊のそれとそっくりだったから。
じっ、と俺は光の点を見つめる。
俺の目は、以前世界樹っていうすごい大樹の精霊から力をもらって、精霊を見ることのできる、精霊眼ってものになってる。
エイリーンさんが呼んだこの点も見えるんじゃ……。
「あ、あれ? 精霊眼でも……姿が見えない」
「それは当然です。わたしが扱える精霊は、大気中に存在する微少な精霊ですから。知性が低く、簡単な命令しか聞いてもらえないような」
マーキュリーさんが補足で解説を入れる。
「精霊にも位があるのよ。位の高い精霊ほど高い知性と自我を持ち、逆に低いとそれらもまた低いの。リーフ君が普段力を借りてるのは、とてつもなく高度で、しかも世界でまだ認識されていない、未知の高等精霊なのよ」
……む、難しくてよくわからないけど、エイリーンさんが精霊を使って、遠くの様子を見ていることだけはわかった!
「! 王都の周りをモンスターが囲っていて、冒険者達が応戦中のようです」
「な、なんですって!? 王都をモンスターが襲撃!? あり得ないわ。王都周辺にはモンスターがほとんど出ないはずなのに……」
「原因は不明ですが、緊急事態であることは確かです」
エイリーンさんの言うとおりだ。
血のにおいが伝わってきてるってことはけが人がいるってことだ。
「我が主よ、いかがいたす?」
タイちゃんが俺に問うてくる。
「助ける!」
俺は薬師、人を癒やす薬を作るのが仕事だし、それが俺の生きる存在理由だと思ってる。
人を助けるために、この力を、技術を、師匠から受け継いだのだから。
「タイちゃん、背中に乗せて。先行して、けが人の救助に向かうから!」
「委細承知」
タイちゃんが窓から飛び出す。
かっ……! と体が光り輝くと同時に、体がみるみるうちに大きくなっていった。
虎に似た巨大なモンスターへと変化する。
タイちゃんの本名はタイクーン。ベヒモスっていう、すごいモンスターだ。
虎に似たフォルムであるんだけど、たてがみと角をもっており、凶暴そうな見た目をしてる。
『主よ、背中に乗ってくれ!』
「わかった!」
俺は窓枠に足をかける。
「リーフ君! 何する気?」
「けが人の救助です! 俺は戦闘系の職業じゃないので、戦いだと【足手まとい】になってしまいます。でも人を治すことくらいはできる!」
「そ、そう……足手まとい……ね。まあ……ほどほどに頑張って、いってらっしゃい」
「はい! 全力で頑張ります!」
「全力はちょっと……あ! 待って!」
俺はすぐに窓枠を蹴って、タイちゃんの背中にのっかる。
彼女はぐぐっと体を縮めると、思い切り飛び出す。
だだっ、だだっ、と彼女は空を駆けていく。彼女はなんと宙を駆けることができるのだ。
「調剤」
俺はその間に調剤スキルを発動させ、目当ての物を作る。
『回復薬を作ってるのか?』
「いや、モンスターを追い払う、魔除けのお香」
モンスターが邪魔してきたら治療に集中できないからね。
数も多いみたいだし、ちょっと濃いめのお香を作っておこう。
俺の手のひらにお香を丸めて作った丸薬が完成する。
『主よ、到着したぞ。我らは王都上空にいる』
俺は眼下を見下ろすと、たしかに、そこそこの量のモンスターが王都を取り囲んでいた。
「よし、いくぞぉ!」
俺は腕を振り上げて、思い切り、地上めがけて丸薬を投げる。
思い切り!
「でやぁああああああああああああああ!」
ぶん投げた丸薬が地上へとすっとんでいく。
『ちょ!? はや……』
チュドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
魔除けの丸薬が地面に激突した瞬間、大爆発を起こす。
色の付いたお香が一瞬で、王都を包み込んだ。
どさっ! ドサドサドサドサッ!!!!
「あれ? なんか倒れてる? 追い払うためのお香だったのに……」
『主よ……威力が、異常だったのだよ』
「異常って……効き目が弱いってこと?」
タイちゃんがあきれたように大きく息を吸って、はいて……いう。
『強すぎるって意味に決まってるだろうが……』