63.王都への帰還
俺の名前はリーフ・ケミスト。
辺境の村で薬師をする、ただの男だった。ある日俺は婚約者に裏切られて、それがきっかけとなって田舎から都会へと活動の拠点を移した。
俺のいた村でお世話になったおばあさんの孫、マーキュリー・カーターさんの元で居候することになった。
冒険者ギルド【天与の原石】に所属することになった俺は、クエストを通じてベヒーモスのタイちゃん(タイクーン)、ヴォツラークという領地でマーリンばーちゃんの弟子、エイリーンさんと知り合う。
前回は俺の故郷の森、奈落の森に出現したダンジョンをクリアし、そこで元婚約者との和解を済ませ、そして活動の拠点である王都へと戻ってきたのだった……。
「そろそろ王都ね」
俺の目の前に座っているのは、彗星の魔女マーキュリーさん。俺より年上。
長い金髪に、丸い眼鏡が特徴的だ。
俺はどうやら辺境育ちだからか、【多少】、常識を知らないところがあるらしい。
そんな俺にいつも常識を教えてくれる、優しい人である。
「そうなんですか。意外と時間かかりましたね。歩けば数時間の距離なのに」
「あ、あのねえ……あなたの基準の【歩き】って、めっちゃ早いから」
「あれ? そうなんですか?」
「そのきょとん顔まじでやめて……はぁ……」
村を出て、いくつか街を経由して、数日かけた王都近郊へとやってきた俺たち。
「馬車も遅いですよね。うちの馬車だともっと早いですよ」
「……ちなみに、うちの馬車ってたとえば?」
「ユニコーンです!」
「ゆ……!? で、伝説の神獣じゃないのよ……!」
「へ? ユニコーンなんて、村にたくさんいますよ? 牧場があって、そこでわんさか」
「はぁあああああああ!? ユニコーンの牧場うぅうううううう!」
「はい! 王都だと見かけなかったんですけど、あれ、普通にみんな家畜として飼ってますよね、ユニコーン?」
マーキュリーさんが疲れた表情で頭を押さえる。
あ! 俺知ってる!
頭が痛い、そんなときには!
俺は手を合わせる。
「【調剤】!」
俺の持つスキル、調剤スキル。薬師である俺が使えるスキルだ。
手持ちの素材を使って、薬を作る。まあ言ってしまえばそれだけのスキルだ。
だがスキルの熟練度によって、作れる薬の種類は違ってくる。
俺の師匠……治癒の神アスクレピオスは、あらゆる薬を瞬時に作ることができた。
あらゆるとは、文字通り、この世界に存在する薬全部である。
【未熟な】俺には、できない芸当だ。
俺が作れるのなんて、【ごくありふれた】薬だけ。
一瞬で薬を作り、俺はマーキュリーさんに瓶を渡す。
「はい、マーキュリーさん! 頭痛によくきく、いつものお薬です!」
「……ありがとう、リーフ君。これ……よくきくのよね……」
俺の作った薬を、ごくごくと飲む。
しゅおん、と彼女の体が七色に激しく輝いて、一瞬でその光は収まる。
「どうですか?」
「うん……いつも通り……完璧。すごいわ……でも、でもねリーフ君」
彼女はすごい疲れた表情で、言う。
「完全回復薬は、頭痛薬じゃあないの」
完全回復薬。どんな大きな怪我でも、一瞬で治してしまう。病気もまたしかり。
そんな何でもにきく、ありふれた万能薬だ。
「え、でも頭痛にききますよね?」
「そりゃね! 万病に効くんだから、そりゃ頭痛にも効きますよ!? でもね、もったいない! 頭痛ごときにもったいないとは思わないの!?」
「え、全然」
だって簡単に便利に安く作れるしね!
「……ふふ。さすがリーフ様。治癒神の加護を受けた、最高の薬師ですね♡ すばらしい……♡」
細い眼をしたお姉さん、名前をエイリーンさんという。
婚約者を寝取った馬鹿貴族、オロカンが治めるヴォツラーク領。
そこの領地の実質的な統治を行っていた、才女だ。
ちなみにマーキュリーさんと同様、彼女はマーリンばーちゃんのもとで修行していたことがある。
魔法の腕はマーキュリーさんに劣る物の、彼女には【精霊術】という特別な、彼女にしか使えない魔法が使えるなんだって。
ちなみにおっぱいは大きい。
「エイリーン。あんたちょっとリーフ君を手放しで褒めすぎよ。やっぱりね、私は思うの。この子には常識を身につけさせないとって」
「……無意味ですね。あなたの胸くらい意味がありません」
「あ? ぶち殺すぞぁあ?」
つん、とエイリーンさんがそっぽを向く。
「リーフ様は今のままで最高なのです。強い力を持つことの、何がいけないのです? それで多くを救ってきているではありませんか。素晴らしいことです」
「その強い力持ってるのが常識力皆無だからいけねえつってんの! いつか本格的にやばいことやらかす前に常識を……」
まあまあ、と騒動を収めようとする美女がひとり。
タイちゃん。もともとベヒーモスっていう、大きな虎っぽい化け物だった。
いろいろあって俺のサーヴァントになっている。
ちなみに人化、つまり人間になることができる。
長くぼさっとした髪に、むっちむちでっかいでおっぱいが特徴的だ。
「なんかリーフ君おっぱいしか見て無くない……?」
「そ、そんなことないですよ!」
やべえ見られてるようだ。気をつけないとね!
「わたしは大歓迎です。リーフ様、さぁお近くで見てください。触ってもいいですよ」
「吾輩もまあ好きにして良いぞ。吸っても」
「だめに決まってんでしょ!!!! ったく、油断も隙もありゃしない女狐どもめ!」
がるるる、とマーキュリーさんが警戒心をあらわにする。
「え? エイリーンさんは人間で、タイちゃんはベヒーモスですよ?」
「知ってるわよ……! 物のたとえよ……! ああもう……」
マーキュリーさんが疲れた表情でうなだれてる。
そんなときは!
「はい、完全回復薬、飲みます?」
「そんなちょっとお水飲みます? のテンションで超レアアイテムだしてくんじゃないわよぉおおおおおおおおお!」
これが、俺の仲間達。
王都でできた、新しい友達だ。