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6.古竜もワンパン



 俺、リーフ・ケミストは婚約者に裏切られ、故郷を出ることにした。

 懇意にしてくれていた客である、村のばーちゃんから餞別をもらった後……。


 お嬢様こと、プリシラ=フォン=グラハム公爵令嬢とともに、王都を目指していた。

 プリシラの乗ってきた馬車は順調に南下していく。


 この森……奈落の森(アビス・ウッド)

 俺が住んでいた魔境の村デッドエンドと、隣のヴォツラーク領とをまたがるようにして広がる大森林。


 ここを抜けて、さらに南に進めば王都へと到着する。

 俺は馬車に乗ってまずはこのお嬢さんの実家がある、王都へと向かうことにした。


「…………」


 プリシラはうつむいて座っている。その思い詰めた表情から、切迫した状況であることがうかがえた。

 彼女がこの最北端の村へとやってきた理由は一つ、彼女の大事な人が、病に冒されているから。


 俺は彼女のその大切な人の治療を任されている。

 責任は重大だ。がんばらないと。


「ところで、リーフ、様」


 護衛の女剣士リリスが俺に問うてくる。

 様、と恐る恐るつけてきたのは、俺のが立場が上だと思ってるからだろうか。


 主の客人ってわけだからな。


「様なんていいよ」

「そ、そうか……では、リーフ。一つ気になってることを聞いても良いか?」


 こんな雰囲気の中でどうして会話してきたのか。

 そう思ったんだが、多分この子なりに空気を読んだんだろう。


 プリシラの大事な人がピンチって場面で、馬車の中には重苦しい空気が流れてる。

 ずっと沈黙したまま、この空気のままだと主も俺も疲れるだろうと。


 だから、先陣切って話題を提供してきたんだ。

 いかつい見た目の割に、気遣いのできる子なんだな。


「なんだ?」

「この森……奈落の森(アビス・ウッド)には、モンスターがほとんどいないのか?」


 ほとんどいない?


「いや、居るよ。近寄ってこないだけ」

「? どういうことだ。私が伺っていた話だと、この奈落の森には凶悪なモンスターがうようよいて、まともに人が立ち入れないと聞いていた……しかし、我々は目的地付近に至るまでモンスターに襲撃に遭わなかったんだ」


 ああ、なるほど……。

 魔除けが、甘い部分があったんだな。


「モンスターはいるよ。けど、近寄ってこないように、俺が【これ】を使ってたんだ」


 俺は魔法バッグ(大きさを無視して無限にものを入れておけるバッグ)から、小さな袋を取り出す。

 それをリリスに渡す。


「なんだこれは?」

「匂い袋さ」

「におい、ぶくろ?」

「ああ。なかに魔物が嫌う匂いを出す香草をつめてつくった、【魔除けの魔香】なのさ」

「! つまり、この袋の効果で、奈落の森の魔物たちは近寄ってこなかったと……?」

「まぁな」


 師匠から教えてもらったこの匂い袋。

 あの人は村のじーちゃんたちに、余計な負担をかけまいと、森の木々に匂い袋を結びつけていたのだ。


 昔は、じーちゃんばーちゃんたちが出張って、奈落の森の魔物を退治してたんだけど、それも大変だろうという師匠の配慮だ。

 アスクレピオス亡きあと、俺が匂い袋を作ってくくりつけていたのである。


「なるほど……だから魔物がまったく寄ってこないのか……」

「まあ、完全じゃない。ある程度の強さを持った魔物までは除けられるけどな」

「それにしても……すごいな……む? あれ、ではおまえがいなくなったら、まずいんじゃないか? 魔除けのお香がなくなるんだから……」


 確かに、魔除けの効果が無くなり、森の魔物たちが襲ってくるようになるかもしれない。

 けど……。


「村は大丈夫だよ」

「どうしてだ?」

「あの村、強いじーちゃんばーちゃんたくさんいるし、並の魔物は怖がって近づかない……って、マーリンのばーちゃんが言っていた」


 さっき餞別をもらったときに助言されたのである。

 魔物も馬鹿じゃないから、村に寄ってこないだろうと。デッドエンド村【だけ】は、無事だろうと。


 もちろん、馬鹿な魔物はいるだろうけど、どんなのがきたって、あの村にはすごい人がたくさんいるからな。

 だから、魔除けはしなくていいよと、マーリンばーちゃんが言ってくれたのである。


「確かに大賢者マーリンさまがいるなら、村は襲われない……か。む? あれ……村は確かに自衛できるだろうけど、もう一つ、村に面してる領地がなかったか?」

「ああ、ヴォツラーク領か……」


 確かにあそこも奈落の森に面している。

 ばーちゃんたち強い人たちがいるなら、森の魔物もこないだろう。


 けど、あそこには村のひとは、いない。

 

「魔除けのお香がなくなったら、モンスターは襲ってくるんじゃないか?」

「かもしれねーな。まあ、関係ないよ。そこの領地の領主様が、なんとかするだろ」


 ヴォツラーク領、つまり、俺から女を取った馬鹿貴族が治める土地だ。

 ……そんなやつのために、どうして心を痛めないといけないのだろう。


 それに、モンスターへの対処は、領主の仕事だ。

 あのオロカンとかいう馬鹿がなんとかするだろ。


 というか、そもそもあの領地分まで魔除けする義理なんて、最初から無かったんだけど、お香は結構広範囲に広がるから、副次的に守ってただけなんだよな。


「まあ、そうですね。領地の防衛は、領主のお仕事ですから」


 と、プリシラがようやく、会話に加わってくれた……そのときだった。

 がたん! と馬車が停止したのである。


「何があった!?」


 すぐさまリリスが馬車から降りて、先行していた護衛部隊に尋ねる。


「は……ひ……」「あ、あわ……」「だ、ど……ら……」


 外からの聞こえてくる彼らの声に、恐怖が色濃く感じられる。

 魔除けのお香が効かない相手、となるとやっかいなモンスターである可能性が高い。


「プリシラは中に居てくれ」

「り、リーフ様は……?」

「俺はリリスに加勢してくるよ。そこそこ、鍛えてるからな」


 この奈落の森で、俺はアスクレピオス師匠からサバイバル技術や戦闘技術を習っていた。   

 だから、多少の戦闘の心得はある。


「ご、ご武運を……!」

「ああ」


 俺は馬車から降りて、【そいつ】と対面する。


『ふわははは! 小さき人間たちよ! この竜王の餌となるといい!』


 そこにいたのは、でかい……【トカゲ】だ。

 なんだ、トカゲのボスか。


 だが、護衛たちはその場で泡吹いて倒れている。

 ん? なんでだ。


 リリスも顔を真っ青にして、まるで幼い子供のようにその場にへたり込み、震えている。


「どうしたリリス?」

「ど、どうした……じゃない。な、な、なんだ……あの、化物は?」

「大きさ50メートルくらいの、まあまあでかいトカゲ?」


 くわっ、と竜王とやらが目をむく。


『く、くく……小僧。この竜王を前にして、トカゲだと……?』

「ああ。トカゲだろ。村はずれでよく見れる」


 しかしこのしゃべるトカゲ、なんで人間……というか俺に襲ってくるんだろうか。

 北側のトカゲたちは、じーちゃんたちの恐ろしさを知ってるから、近づかないのに……。


 って、そうか。

 ここ、森の南側……つまり、村から遠い場所だからか。


 じーちゃんたち、ここまではめったに来ないし、だから、怖いものを知らないのか、この馬鹿トカゲは。


『愚かな人間め! この竜王の焔で、一瞬で灰にしてやるぅううううう!』


 ぐぉ! と竜王が胸を反らすと……。


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 吐き出された炎はその場にいたすべてを、宣言通り灰に変えた。

 森の木々は一瞬で燃え尽き、その場に人間が【居たなら】、瞬殺だったろう。


『ふははは! 馬鹿が。竜王に逆らうからこうなるのだー!』

「どこ見てるんだトカゲやろう」

『なぁ!? なにぃいいいいいいいいいいいいいい!?』


 俺は上空にいたトカゲの、頭の上に立っている。

 もちろん、無傷だ。


『ば、馬鹿な!? われの焔で貴様ら死んだはず!?』

「死んでねえよ。後ろ見てみろ」

『後ろだとぉ!?』


 竜王がぐりん、と急に頭を動かす。

 だがまあ、俺は体幹を鍛えてるので落ちない。


 そこには、リリスたちと護衛部隊、そして馬車が無傷で存在していた。


『どうなってる!?』

「おまえは、俺の【幻術】にはまってたんだよ」

『幻術だと!?』


 俺は背中の魔法バッグから、1つの匂い袋を取り出す。


「【幻惑の魔香】。かぐと、相手に幻覚を見せる特別な匂い袋だ」


 薬草学は奥が深い。傷を治すだけでなく、組み合わせることで相手を眠らせたり、痛みを麻痺させたりできる。

 師匠から教わった薬学知識を使えば、相手に任意の幻術を見せるお香を作ることなんて、造作も無い。


「おまえは幻の俺たちを焼き払ったんだ。実際には、おまえは後ろに向かって炎をはいていたぜ?」

『ばかな……! 竜王だぞ!? 魔法への耐性は並のモンスター以上! そんな我に対して、幻術をこんな高速でかけるなんて、不可能! 貴様! 何者だ!?』


 俺はばーちゃんからもらった、薬神の宝刀を取り出す。

 手で握って、調剤スキルを発動。


 刃が一瞬で黒く染まる。俺の調合した致死猛毒デス・ポイズンが刃に付与される。

 体がでかいと、触れただけでは相手を即死できないからな。


「俺が何者か……だって?」


 たんっ、と飛び上がって、俺は竜の首に向かって、刃を振う。

 細胞を破壊する毒を付与した刃は、無駄にでかいトカゲの首をたやすく一刀両断した。


「今から死ぬあんたに、教える義理はない」


 竜王の首が、そのまま地上へ墜ちる。

 俺は軽やかに着地した。まあ、高い崖に生息してる薬草を採ることなんてよくあったので、高所からの落下に対する体術も習得している。


「す、すごい……リーフ。こんな、竜の化物を倒すなんて……」


 リリスが声を震わせながら言う。

 腰を抜かしてる彼女に手を伸ばす。


「立てるか?」

「あ、ああ……しかし、しゃべって、この大きさ……おそらくは古竜の一種だろう。それを一撃で倒すなんて……リーフ、おまえは、本当に何者なのだ……?」


 またそれか。

 だがこれに対する答えなんて、一つしか無い。


「ただの、田舎の薬師だよ」


 リリスはあきれたような、それでいて、疲れたような顔で、深々とため息をついたあと……。


「どこの世界に、古竜をワンパンできる薬師がいるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 と怒られてしまった。あれ、俺怒らせるようなこと、やってしまったろうか……?


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― 新着の感想 ―
竜の王様ないなった?
[一言] あらあらここにもワ◯パンマン(・∀・)
[一言] 漫画版から来ました。 小説版の主人公の方が性格が好みですね。
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