53.チート薬師は老人たちに薬を処方する
翌朝。俺は目を覚まして身体を起こす。
窓からはかすかに光が差し込んでいるくらい。まだ多分すごい早朝なのだろう。
「うーん……むにゃむにゃ~……」
俺の隣ではマーキュリーさんが寝ている。
ここはアーサーじーさんが用意してくれた部屋だ。
ゆっくりと身体を起こして俺は外へ向かう。
タイちゃんは人間の姿で寝ていた。全裸で。
寝るときは全裸なんだって。ベヒモスってまあ獣だし、服が苦手なんだろうな。
俺は外に出てぐいっとのびをする。
魔法カバンを背負って、とある場所へと向かう。
田舎の道を歩いてると、やがて見事な田んぼが見えてきた。
「おーい! みんなー!」
「「「リーフちゃん!!!!」」」
村のばーちゃんたちが俺に気づいて、笑顔で手を振ってくる。
彼女たち、というか村の老人たちの朝はめっちゃ早いのだ。
夜明けとともに目を覚まし、いろんな作業をやってる。
泥だらけのばーちゃんたちが駆け足で近づいてくる。
俺はバッグを下ろして準備をする。
「リーフちゃんおはよう!」「よく眠れたかい?」
「うん! ちょーよく寝れた!」
久しぶりの故郷の空気を感じながら、寝たからだろうか。めちゃくちゃ熟睡できた。
やっぱり故郷はいいよなぁって思った。
そりゃよかった、とばーちゃんたちが笑顔でうなずく。
俺はザッと周りを見渡して、スキルを発動させる。
「【調剤】!」
首からぶら下げてる薬壺が光り輝く。
これは俺の作った薬を一時的にストックできる効果がある。
「田んぼの作業で、腰痛かったでしょ。みんな、湿布作ったから」
「「「わぁ……! ありがとぉ~!」」」
ばーちゃんたちみんな、体調の具合って物は違う。
腰が痛い人、肘、膝が痛い人。
俺は痛い場所を的確に治す湿布を作って、みんなに処方する。
するとみんなぽろぽろと泣き出した。
「ど、どうしたのばーちゃんたち?」
「うう……リーフちゃんの湿布きもちよくてのぉ……」「市販の物じゃどうにもききがよわくてね」「やっぱりリーフちゃんの湿布が世界一だよ!」「そうそう! 痛いとこに的確に、しかも迅速に効果が出るからねえ!」
……市販のもの、か。
「リーフちゃん! 朝ご飯まだだろう? うちにきなさいな!」
ばーちゃんのひとりが俺に朝飯のお誘いをしてくる。
「ばっかおめー! 抜け駆けすんなよぉ!」「そうだそうだ! リーフちゃんとデートするのはアタシだよぉ!」「ふざけんなばばあ!」「あんたもババアだろうがぁ!」
ばーちゃんたちが俺を巡って大騒ぎを起こす。
魔法や武器を構えて、一発触発の雰囲気。
「あ、ごめん。次じーちゃんたちのとこ回る予定で、朝ご飯は後」
「「「そっかぁ~……」」」
本当に残念そうに、みんな肩を落としたり、ため息をついていたりする。
みんなが俺のこと求めてくれるのがうれしかった。でも……ずきん、と胸が痛んだ。
「ごめん、じゃ!」
「「「またあとでねー!」」」
そのあと、俺は村のじーさんたちの元へ向かう。
もっぱら、奈落の森で狩りをしている。
水分補給薬や、湿布など、症状に合わせての薬を処方する。
けどそのたびに、やっぱり市販の薬って言葉が出てきて、申し訳ない気持ちになった。
「リーフちゃん」
「アーサーじーちゃん」
上半身裸のじーちゃんが、俺の元へやってくる。
奈落の森の入り口にて、彼は何かをずるずる引きずっていた。
「朝練中に、朝ご飯がちょうどとれたから、帰ろうとしてたとこよ」
「わ、古竜じゃーん。どうしたの?」
「おう、ちーっとにらんでやったらびびって死によったわい」
「そっかー」
じーちゃんは殺気だけで命を摘むことができるからなぁ。
達人はこれくらい普通なんだ、だから、俺なんてまだまだだよなぁやっぱり。じーちゃんすげえ!
俺は古竜を魔法カバンに収納して、一緒に帰る。
「リーフちゃんはなにやっとったんじゃい?」
「ばーちゃんやじーちゃんの薬作ってた」
「ふぅむ……? なんでそんなことを?」
「……贖罪、かな」
俺はじーちゃんと一緒に帰る。二人だけだから、言えないことも言えた。
「俺さ、村捨てて都会に出てきたじゃん。恩人のじーちゃんばーちゃんたちをおいて」
「別に捨てられたなんて……」
「思ってない、って思ってくれてるのは、わかってる。でも、事実はそうじゃん?」
村のじーちゃんたちは、俺の薬を頼りにしてくれていた。
そんな薬師の俺が村から出て行った。
みんなの体調は、誰が管理するんだ?
俺の薬でみんな笑顔になってくれた。その笑顔を見て、余計に、そう思ってしまう。
俺は村を捨てて、しまったのではないかと……。
「てや」
つん、とじーちゃんが俺の額をつつく。
ずっどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
俺の身体がまるで嵐に吹かれた木の葉のように吹っ飛び、地面に大穴を作る。
「あたた。なにすんだよー」
超絶手を抜いてくれたからか、全身骨折程度で済んだので、完全回復薬を使って骨を治す。ま、これくらいじゃね。
訓練の時はいつもこんな感じだったし。
「リーフちゃん、そんな自分を責めるもんじゃあないよ」
にかっ、とアーサーじーちゃんが笑う。
「老人の一番の楽しみを、しっとるかい?」
「ううん……わからない……」
そうかい、と優しく笑って言う。
「未来ある子供たちが、親元を離れて、うんと元気に活躍してくれることだよ」
じーちゃんが倒れてる俺に手を伸ばす。
親元を離れて元気に……か。
「リーフちゃんが村にきたときにね、すぐわかった。おまえさん、都会での暮らしが楽しいんだろう?」
「うん……」
マーキュリーさんやタイちゃん、そしてギルドのみんな。
みんな、優しい。
知らなかったことがたくさんあって、楽しい。
王都にこれてよかったって、心から思ってる。
「孫が元気してる。それで十分わしらは幸せだ」
「でも……じゃあ体調管理は?」
「んなもん、気にせんでええんよ。わしらはわしらでなんとかやってるからな!」
わしゃわしゃ、とじーちゃんが俺の頭をなでてくれる。
「おまえさんはなーんも気にせず、これからも元気に冒険してりゃあええ。ま、たまに帰ってきて欲しいかなって思うけどな。でもたまにでええ。故郷のことは気にせんで自由にやりなさい」
気持ちが落ち込んでいたのを、じーちゃんは見抜いて、励ましてくれたんだ。
ありがとう、って俺が言うとじーちゃんは微笑んで、前を歩いて行く。
でも……じーちゃんは腰が前より曲がっていた。多分朝の稽古で腰を痛めたんだろう。
やっぱり、村にいて、薬師をやってくれる人は必要だ。
……村を出る前に、それをなんとかしたいな。