48.いにしえの勇者の霊を成仏させる
俺は奈落の森にできたダンジョンにて、迷宮主である生ける屍と勝負した。
生ける屍化したいにしえの勇者は、俺との戦いにて、自ら剣を引き、敗北を宣言した。
「ほんとにいいんですか? 俺、あなたを打ち負かしてないですけど」
『ああ。この体じゃいくらやっても君に勝てない。負ける試合が長引くだけだからな』
すごいハッキリとしゃべる生ける屍。
たしかいにしえの勇者アインさんって方の魂が、武具に取り付いてモンスター化していたらしい。
アーサーじーちゃんとタメをはるくらいの、すごい剣術使いだった。
正直アインさんが自分の肉体で戦っていたら勝てたか微妙なとこだ。それくらい強かった。
『いや、君の方が強い』
「いえいえ、俺なんてまだまだです」
『謙虚なのだな君は、強いだけでなくて。素晴らしいよ』
謙虚とかじゃなくて事実を言ってるだけなんだけどな。
まあアインさんみたいな凄いひとから褒められて悪い気はしない。
バディのマーキュリーさんが恐る恐る俺たちに近づいてくる。
タイちゃんはベヒモスのボディから、人間の体に戻っていた。多分警戒を解いたのだろう。
「これからどうするの、リーフ君? 特にその生ける屍を」
「殺しません。迷宮核こわせばダンジョンクリアなんでしょ?」
ダンジョンには迷宮核という、心臓部分がある。これを壊せばダンジョン化は解ける。
心臓を潰されないためにボスが配備されてるだけなので、ボスを倒す倒さないはクリアに関係ない。
もっとも、ボスは基本的に侵入者を絶対殺そうとするらしいので、クリアにはボス討伐が必須ってなってるけども。
アインさんはもう戦う気がない。そんな相手とこれ以上戦うつもりは毛頭無いのだ。
俺は薬師で、戦闘する職業じゃない。
戦わずに済むならそうしたい。それにアインさんは話してていい人だってわかったから、余計に倒しにくい。
「ダンジョン化が解けたら、アインさんは成仏できるんですか?」
『それは……わからない。俺は、この世にまだ未練があるみたいなんだ』
「未練? なんです?」
『……わからない。おれが死んだのはもうずっと昔だからな』
未練の内容を忘れてしまった地縛霊ってことなのか……。
なんて、かわいそうなんだ。こんないい人なのに。
「マーキュリーさん。たしか、死霊系モンスターを成仏させる魔法ってありませんでしたっけ?」
「あるわ。光魔法【死霊送天光】ね」
「アインさんに使ってみてくれませんか?」
「そういうと思った。いいわよ、もちろん」
マーキュリーさんはため息をついたものの、杖を取り出し魔法の準備をしてくれる。
なんだかんだ言ってこの人はおれを助けてくれる。
すごく、すごく、いい人だ。感謝だよなぁ……。こんなにいい人とバディを組めたことに。
マーキュリーさんは杖先に光をともし、空中に魔法陣を描く。
「【死霊送天光】!」
魔法陣が頭上に展開。そこから、まるで天国から差し込んできたみたいな、清らかな光が降り注ぐ。
アインさんの体に光がまとわりつくが……。
パリィイン……!
「くっ! 駄目ね」
「そんな! どうして!」
「彼の中の未練が強すぎて、彼を天に送ることができないわ」
マーキュリーさんが残念そうな顔で首を振る。
タイちゃんも諦めたように言う。
「……未練の内容がわからないのでは、未練を解消することなんて不可能だ」
「いや……まだだ!」
俺は、諦めない。
肉体のない彼を、死返の霊薬で生き返らせることはできない。
薬神の、師匠の弟子としては、ふがいない事実に情けなくなる。
師匠はどんな人も救って見せた。その弟子である俺もまた、救ってあげなきゃいけない責務がある。
師匠から、技と知識、そしてなにより、師匠が弟子に裂いてくれた、時間をもらった身として……!
「でもどうするの? 死霊送天光で成仏させられないんじゃ、無理よ」
「新しい薬を今、作ります! マーキュリーさん、力を貸してください!」
俺はなんとしても、師匠の弟子として、人を救いたいんだ!
そんな思いが伝わったのか、マーキュリーさんは苦笑しながらうなずく。
「で、何すれば良いの?」
「マーキュリーさんはもう一度、死霊送天光をお願いします。それを俺が、魔法薬に閉じ込めます」
魔法薬。魔法が付与された(封じられた)ポーションのことだ。
「でもそれ意味あるの? 単にポーションに魔法を込めるだけでしょ?」
「意味はあります。俺には緑の精霊が力を貸してくれます。ポーションの効能もそこ上げされるかと」
「なるほど、魔法薬で威力をブーストさせるのね! わかったわ!」
マーキュリーさんが死霊送天光を発動させる。
俺は精霊に呼びかける。
俺の周りには翡翠の光が漂う。
「準備OKよ!」
「はい! お願いします!」
「死霊送天光!」
魔法が完成する。俺は魔法薬の入ったポーションを投げる。
翡翠の美しい光、そして、聖なる純白の光が混じり合う。
やがて光が収まると、そこには一本のポーションができていた。
俺はそれを手に取って、アインさんに渡す。
彼は無言でうなずくとポーションを飲む。
『ああ……気分がいい……とても……』
ぽろぽろ……と彼の魂を入れる器だった、鎧が風化していく。
『ああ……そうだ……おれは……君が心配で……』
アインさんは夢を見ているのだろう。
この世にとどまるにいたった、原因となる人と会ってるのだ。
彼は俺の目を見て、小さく静かに微笑む。
『そうか……おれはもう……いなくても、大丈夫なんだね……』
俺に向かって言ってる。俺と誰かを重ねている……いや。
俺の目を見て、そう言っていた。世界樹の精霊さんからもらった、精霊眼を。
『ありがとう……リーフ君。君のおかげでやっと、重い荷物を下ろせるよ……これはせめてものお礼だ……受け取ってくれ……』
彼は最後に、握っていた何かを俺に差し出す。
それは黄金色の、玉のようなもの。
「! これは……賢者の石よ!」
「賢者の石?」
「いにしえの賢者が作ったって言う、とても希少価値の高いアイテムよ。これ一つで大豪邸が、いや、下手したら国が買えちゃうくらい」
俺はそれをもらって、ぎゅっと握りしめる。
「大切に持ってます。これを、ずっと」
売ることなんてしない。だってアインさんからもらった、大事なものだから。
彼は静かに微笑むと、生ける屍は……消えた。
アインさんは完全に成仏したのだろう。
「任務完了……ですよね?」
「ええ、まったく……ほんとすごいわ。魔法で成仏できないような相手を、成仏させる薬、即興で作っちゃうんですもの」
「それって、褒めてます?」
マーキュリーさんは苦笑して、俺の頭をなでていう。
「今日くらいは、素直に褒めてあげるわ。よくやったね、リーフ君。偉いよ君は」