47.いにしえの勇者との、凄まじい激闘
俺は奈落の森に発生した、ダンジョンを攻略にやってきてる。
迷宮主の部屋へとたどり着いた俺たち。
そこには生ける屍となった、いにしえの勇者【アイン】とやらがいた。
彼の装備に持ち主の怨念が宿り、一つのモンスターとして、死なずに生きているらしい。
ゾンビと違って肉体が風化したあとも、この世に残り続けた、かなり強い思いが、この世にはあるとみた。
「リーフ君……大丈夫?」
「はい!」
俺は薬神の宝刀バイシャジャグルを取り出す。
これは村のばーちゃん、マーリンばーちゃんから、村を出る際にもらった餞別品の一つ。
一見するとただの短刀なのだが、これには俺の作った薬を100%伝導させることができる。
「リーフ君が刃物使ってるとこ、久しぶりに見たわ……」
「相手もかなりの、剣の使い手っぽいので」
いにしえの勇者アインは剣を抜いて、自然体で立っている。
……その瞬間、俺は剣の達人アーサーじーちゃんを思い出していた。
じーちゃんもまた、構えは凄く自然体で、けれど凄い強かった。
勇者からは同じ匂いを感じる。麻酔で鈍った鼻でもわかるくらい、強者のにおいがする。
俺は麻酔を解除する薬を作って自分で飲む。
ぶわ……! とむせかえるほどの死の気配に、思わず体が萎縮してしまう。
『我が主……よ。我も、手伝おう』
ベヒモスの姿となったタイちゃんが緊張で声を裏返しながら俺に言う。
この子ですら怯えてしまう相手。かなり強いのは確定的だろう。
けれど俺は首を横に振る。
「タイちゃんはマーキュリーさんを守って。俺が負けたら、マーキュリーさん連れて地上に行って、デッドエンド村に救援を求めて」
じーちゃんたちは基本、現世の事柄に関与しようとしない。
自分たちが出てくることで、世界のパワーバランスが乱れてしまうと自覚しているからだ。
けれど俺が死ねば、さすがに出張ってきてくれる、はず。自意識過剰だろうか。
「何言ってるのリーフ君!」
マーキュリーさんが俺に檄を飛ばす。
「おばあさま達に頼る必要なんてないわ! だってあなたが倒すもの!」
「マーキュリーさん……」
「さ、いつも通り、やっちゃえリーフ君! 遠慮することはないわ!」
マーキュリーさんは俺の弱気を見抜いていたのだろう。
いにしえの勇者。たぶんじーちゃんたちと同じ英雄クラスの人物だろう。
俺はついぞ、じーちゃんたちと手合わせして、一本も取れたことはなかった。
だから負けると、だから勝てないと、心の中で始める前から、ちょっと弱気になっていた。
でも……マーキュリーさんが俺を励ましてくれた。
俺の力を信じてくれた。それが……うれしかった。
「はい、頑張ります!」
俺は宝刀バイシャジャグルを逆手に持って、構えを取る。
互いの視線が交わる。
……刹那。
がきんっ!
踏み込んで、一瞬で敵との距離を詰めて、宝刀を振るったはず。
けれど勇者はその動きに即応して、ナイフを剣で防いできた。
「やりますね!」
「…………」
勇者アインはそのまま俺を弾き飛ばそうとする。
その前に俺は距離を取る。
「いくぞ!」
キンキンキンキンキン……!!!
「やりますね!」
「ちょ……はや……」
「いきますよ!」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!!!
「すごい! なんて剣術だ!」
「ちょ、ちょっと!? 早すぎるって……」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン……。
「ちょっと待てやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
俺と勇者アインさんとが、距離を取って停まる。
「なんですか?」
「何してるのかさっぱりわからないわよ……!!!!!!」
「あれ? 一連の剣のやりとり見えてないんですか?」
「見えねえよ! キンキンって音しか聞こえねーよ!!!!!」
マーキュリーさんが声を張り上げる。
タイちゃんはふるふる、と首を振るった。
二人ともどうやら見えてないらしい。
「だ、そうです、アインさん」
「…………」
アインさんは剣を構えたまま微動だにしない。
俺の声が届いていないのか。
しかし剣から伝わってきたのは、彼が悪人ではないってこと。
霊ではあるけど悪霊ではない。地縛霊のようなものだろうか?
「もう一回やりますから、ちゃんと見ててくださいね」
「いやだから常人には無理だって……」
「いきますよ!」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン……。
「もーええっちゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーの!!!」
俺たちの剣の打ち合いを見て、マーキュリーさんが絶叫する。
「キンキンキンキンうるせええええええええええええええええ!」
「それは刃を交えてるんですから、そうなりますよ。ねえ?」
勇者アインさんがこくんとうなずく。
あ、やっぱり意思疎通ができるみたい!
「良いからさっさと倒してリーフ君!」
「了解……! さあ、いきますよ!」
すると、勇者アインさんは、剣をぶらんと下げる。
そして、ふるふると首を振るった。
「え、どうしたんですか!?」
『もう、いい。十分だ。ありがとう……少年』
生ける屍であるアインさんが……。
「しゃ、しゃべったぁあああああああああああああああああああ!?」
マーキュリーさんがまたしても叫ぶ。喉が痛くないのだろうか……。
アインさんは剣を捨てる。
『おれの負けだ。見事な剣術だったぞ』
「ありがとうございます! 勇者のあなたにそう言われて、光栄です……!」
アーサーじーちゃんにも引けを取らない剣の使い手から、認められたぞ!
やった!
「いや見事って、わたしたち何してたのか、さっぱりわからなかったんですけど!?」
『敵は生ける屍、生きていた頃と比べて数段強さが落ちる物の、それでもあれだけの剣の使い手に勝った。主は、さすがだ』
「いや勝ったって。どうやって!? わたしにはキンキンしてるだけにしか見えなかったわ!? ねえ!?」