44.ゾンビを人間に戻す
俺、リーフ・ケミストは、奈落の森に突如出現したダンジョンをクリアするべく、マーキュリーさんと一緒に探索を開始。
「うう~……なんだかとっても頭が痛いわ~……」
俺の後ろからついてくるのは、彗星の魔女マーキュリーさん。
すごい魔女のお弟子さんで、俺のバディである。
彼女は頭痛をこらえながら、後ろを付いてきた。
「仕方あるまい、マーキュリー嬢。あんなことがあったのだから」
マーキュリーさんの背後からは、ベヒモスのタイちゃんがついてくる。
通路は狭いからか、人間の姿だ。
濃紺の長い髪に、夜会に着るようなドレスを身につけた、犬耳ナイスバディ姉ちゃんである。
「あ、あんなことって……?」
「我の口からはとても……」
マーキュリーさんは俺の作ったちょびっとだけお酒の入った薬を飲んで、それはもうべろんべろんに酔っ払った。
泣き上戸、うざがらみしてきて、大変に鬱陶しかった。
さらにキス魔でもあって、俺は体中をチュッチュされたのだ。
「な、なによ? 気になるじゃない……」
「我が真実を口にした場合、マーキュリー嬢が羞恥で死んでしまうからな」
「そんなに!? ねえ、何があったの、二人とも!?」
……俺も、言えない。タイちゃんも、言わない。
「え、え、やだ、わたし……記憶が無い間に、何かしちゃったの?」
「い、いや……ちょっと。お薬飲んでから、ちょっと、はい……」
「そ、そそ、それって……な、なにを?」
「……それは」
俺が言い出せないで居ると、見かねたタイちゃんが、助け船を出す。
「今は仕事の最中であろう? じゃれ合いは、ダンジョンを出た後にするのはどうだ?」
「そう! そのとおりですよ! ほらマーキュリーさん! レッツゴーです!」
マーキュリーさんは不承不承といったていでついてきた。
ナイス、タイちゃん。
「ところで墳墓型のダンジョンってどんなモンスターが出るんですか?」
「そうねえ、やっぱり死霊系がメインね、レイスとか。あとアンデッド系のゾンビとか」
死霊系モンスターとは、恨みを持って死んだ人間等の魂がモンスター化したもの。
アンデッド系とは、死体がモンスター化して、動く屍となったもの。
「てことは、死霊系もアンデッド系も、元は人間ってことですよね?」
「まあね。でもどっちも死んで、成仏していない時点で、人を襲う化け物よ。不憫だとは思うけど」
暗い表情でそうつぶやくマーキュリーさん。
確かにかわいそうだ。暗い場所で、死ぬに死ねず、永遠に彷徨い続けないといけないなんて……。
「魔法でなんとかできぬのか? マーキュリー嬢」
「無理ね、絶対に。いちおう死者を生き返らせる魔法はあるにはあるけど、大量の魔力を消費するし、それに死後すぐにじゃないと蘇生できないの」
「ふぅむ……魔法も万能ではないのだな」
マーキュリーさんの師匠、マーリンのばーちゃんは回復魔法が苦手だった。
でも村にいるセイ・ファートばーちゃんなら、あるいは。
あの人、アスクレピオス師匠の次にすごい治癒の使い手だったし。
でも今はご高齢だし、ここまで来てもらうのも大変か。
師匠は……死んでしまったし。
「死返の霊薬なら……って、それも確か死後すぐにじゃないと意味ないんだったわね」
「死返の霊薬? なんだ、マーキュリー嬢?」
「死者蘇生の薬よ。前に使ったことがある。でも死んですぐの人間にしか使えないのよね」
そうだ。そう……だったのだ。でも……。
俺にはある予感があった。
「っと、おしゃべりはこれくらいに。ゾンビの群れよ」
前方から、人間がゆっくりこちらに近づいてくる。
ゾンビ。アンデッド系モンスターだ。
「気をつけてリーフ君。ゾンビに物理攻撃は聞かない。弱点は火と光よ」
マーキュリーさんが杖を取り出して、その先端をゾンビの大群に向ける。
呪文を詠唱しだしたので、俺はその手をつかんだ。
「どうしたの、リーフ君?」
「ゾンビなら、なんとかできるかもなんで」
「む、無理よ! いくらリーフ君が無敵のパワーを持っていても、ゾンビに物理攻撃は効かないわ。ぐちゃぐちゃになっても、再生して、動き出すし」
ゾンビが「う~うう~……」とうめきながら近づいてくる。
昔は単なるモンスターの泣き声にしか聞こえなかった。
でも今は……助けてくれる人を、探してるように聞こえる。
俺はカバンから薬師の神杖をとりだす。
薬師の神杖。これは作った薬を体内に直接投与できる、マーリンばーちゃんにもらったすごい武器だ。
「【調剤:麻痺薬】」
まずゾンビの動きを麻痺で止める。
「これからどうするの? 攻撃?」
「いやマーキュリーさんは、見ててください」
カバンを下ろして蓋を開ける。
中から、緑色の光がほわほわと出てきた。
暗い墳墓の中で、それは霊魂のように見えなくもない。
ただしこの正体は緑の精霊。俺に、力をくれる小さな隣人の姿だ。
「精霊を連れてきてたの?」
「連れてきたって言うか、勝手について来ちゃうんですよね」
「相変わらず精霊に愛されまくってるわね……魔法使いでもないのに」
俺は精霊達と対話する。
「今から死返の霊薬って薬を作るんだ。君たちの力で、効能を上げてほしい」
「! そっか……死の直後しか効かない霊薬の薬効を、精霊で増幅すれば……!」
もちろんそれだけじゃない。
俺は、永続的な効果を発揮する、魔除けのお香を作ったときのことを思い出す。
この霊薬も師匠から作り方を教えてもらった。
その通り作ったのでは、このゾンビを救えない。
だから……超える。師匠を。
「みんな、力を貸してくれ!」
緑の精霊達の数が増える。
ぱぁあ……と薬師の神杖の先に精霊達が集中していく。
俺は死返の霊薬を、作る。
「【調剤:】!」
精霊によるブーストを加えた、新しい霊薬をゾンビに投与する……。
すると……
「なっ!? 何ですって!? みるみるうちに、死体が戻ってく!?」
腐った肉体はみずみずしい肌へと。
白く濁った瞳に精気が戻り……。
そこには、裸の、女の子が現れた。
「あれ? ここ、どこ~?」
まだ幼い感じだ。俺はカバンからマントを取り出し、彼女の体にかけてあげる。
「ずっと、白いとこ彷徨ってて……。痛くて苦しいのに、誰も助けてくれなくて……」
「もう大丈夫! 君は、もう生き返ったんだよ! 苦しむ必要はもうないんだ!」
じわ……と女の子の目に涙がたまる。
ぐす……ぐす……と泣き出す。
「う、ぅううう! おにいちゃん、ありがとぉお!」
俺は生き返った少女をぎゅっと抱きしめる。良かった、助けることができて。
「ありがとう、精霊達!」
ぱぁ……! とまたひときわ光が強くなる。
そんな俺の姿を、マーキュリーさんが戦慄の表情で見ていた。
「死者の完全な蘇生……こんなの、もう神様じゃないの……すごすぎでしょ……」
「ああ、主はすごいな」
俺は女の子の抱擁をといて、マーキュリーさんに言う。
「一度エイリーンさんのとこへ戻りましょう」
「いいけど、どうして?」
「俺、できる限り中の人たちを助けたいんです。復活させた人たちを、村に保護してもらいたい。その手伝いを、エイリーンさんたちに頼みたいんです」
俺に助ける力があって、助けを求めている人がいるなら、使ってあげたい。
マーキュリーさんは「わかった」とうなずくと、杖を振る。
光の燕が出現して、それが墳墓の外へと飛んでいった。
「今のは?」
「燕の矢っていう、魔法よ。遠くのひとに手紙を届ける……ま、矢文みたいなものね。エイリーンに応援を頼んでおいたから」
マーキュリーさんは多才だなぁ。
よし……。
たくさん人を助けるぞ……! 待っててみんな!