43.地下墳墓へ
俺、リーフ・ケミストは、ヴォツラーク領にある奈落の森へとやってきた。
この森の中に発生したダンジョンをクリアするのが目的だ。
領地のことをよく知るエイリーンさんに道案内してもらい、ダンジョンの入口へと到着した。
俺の目の前には、苔むした石造りの建造物がある。
ほこらの入り口のようになっており、階段が下へと伸びていた。
「ここがダンジョンの入口ね?」
「……ええ。若者たちの話によると、ここからしたが墳墓のようになってるそうです」
「墳墓ねえ……」
偉い人のお墓みたいなもんらしい。
「ダンジョンが自然発生したっていうか、元々墳墓だったとこが、ダンジョンに変わったのかもね」
「……その可能性はありますね。陰の気がたまりやすい場所は、ダンジョン化しやすいと聞きますし」
さて。
「これからの方針だけど、わたしはリーフ君についていくわ。お目付役だからね」
「我は主について行くぞ。マーキュリー嬢の護衛もかねてな」
「……わたしは外で留守番しております」
エイリーンさんに、俺は魔除けのお香を渡しておく。
これがあればモンスターから身を守れるだろう。
「わたしなぞのことを気にかけてくださるなんて。感謝の言葉もありません……」
「気にしないでください。じゃ、行ってきます!」
「お気を付けて、いってらっしゃいませ」
俺たちはエイリーンさんに別れを告げた後、石造りの階段を下っていく。
地下に行くにつれて瘴気が濃くなってきた。
「うう……くさい……」
「リーフ君、大丈夫? 鼻がききすぎるのも考え物ね」
俺は人より多少鼻が良いのだ。
だがこう、瘴気が濃すぎる場所だとつらい。
身体に害はない(毒無効体質なので)ものの、匂いがやばい。
「ちょっと薬作ります」
俺は胸にかかっている天目薬壺に触れて、スキルを発動させる。
薬壺の中に必要な薬ができる。
それをくいっ、と飲み干す。
ふう……だいぶ、楽になった。
「今、何の薬のんだの?」
「麻酔です。匂いだけを鈍化させる」
「なるほど……痛みだけじゃなくて、感覚も麻酔で鈍くしたのね」
やがて階段が終わると、広い廊下が目の前にあった。
入り口同様、石造りの内装をしていて、奥へ奥へと続いていく。
「く、くく、暗く、て何も……見えないわね……」
「ここもダンジョンなのに、暗いですね」
俺が前に入ったダンジョンは、壁がうっすらと発光していた。
それが光源となって、前に進めていた。
しかしこの墳墓の壁は輝いておらず、暗い道がどこまでも広がっている。
「だ、ダンジョンの壁は魔力結晶が微量に含まれててるの。あ、あの燐光は魔力結晶に……ひっ、光なのよ」
ぶるぶる、とマーキュリーさんが震えている。
そういや、お化けが怖いとかなんとか言っていたな。
墳墓内も暗いし、余計に怖く感じてしまうんだろう。
バディのカノジョが、そんな風に怖がっているのを、見過ごすことなんてできない。相棒だもんな!
「調剤」
俺はすぐさま新しい薬を作る。
「マーキュリーさん、これ飲んでください」
「え、なにこれ……?」
「暗い中でも普通に見えるようになるお薬、と、元気が出るおまじないつきです」
「あ、ありがとう……やだ、頼りになる……」
こくん、とマーキュリーさんが一口、薬を飲む。
「お、おお! 暗視スキルを付与するのね! しかも、なんだか気分が高揚してきたわ!」
マーキュリーさんがほおを紅潮させながら言う。
すんすん、とタイちゃんが匂いを嗅ぐ。
「主よ、これは……酒か?」
「うん、気付け程度に……うわっぷ!」
誰かが俺に、後ろから抱きついてきた。
「な、なに……?」
「うぇえええええええええん! リーフきゅーーん! いつもごべんねええ……!」
「ま、マーキュリーさん!?」
どうしたんだ! マーキュリーさんが急に泣き出したぞ!
顔を真っ赤にして、ひっくひっく、と妙なしゃっくりしながら言う。
「わらしね~。いっつもさ~。おこってばっかりで~。ひっく。ガミガミBBAって、思ってなーい? ねーえー……」
「主よ、マーキュリー殿は、どうやらかなり酒に弱いようだな」
ううん、ほんとにちょびっと入れただけなのに、もうベロベロに酔っ払っているようだ。
ぐすぐすと泣いてる。
「ガミガミBBAなんて思ってないですよ」
「ほんと~? うそでしょ~? ほんとはうっさいなこの年増とか思ってなーい?」
「ないない」
「えへー♡ しゅき~♡」
ちゅ、とマーキュリーさんが俺のほおにキスをしてきた!
「ちょ、マーキュリーさん! 何やってるんですか!」
「ちゅ~♡ ちゅき~♡ ちゅ~♡」
ちゅ、ちゅ、とマーキュリーさんが俺に抱きついて、キスしまくってくる!
なんだこれ!?
「やめてください!」
「うぇええええええええええん! やっぱり私のこと、めんどくさいBBAだって思ってるんだー! だからキスを嫌がるんだー!」
「どうやら泣き上戸でキス魔みたいだな」
め、めんどくさ……いや、うん。相手を無意味に否定しちゃ駄目だって、師匠もいっていた。
泣き上戸なのも、キス魔なのも、立派な個性じゃあないか。
「ちゅー♡ ね、ちゅー♡ ちゅー♡」
「あ、あの……! 仕事があるんで、それくらいにしてくれないですか?」
「え~~~~~~~~~~~ん! リーフきゅんがBBAのキッスを受け入れてくれないよぉ、やっぱり年増はだめなんじゃー! うえーん!」
別にマーキュリーさんって年増でも何でも無いと思う。
ちょっと年上だけど、普通に美人だし。
「大丈夫です、年増でもOKです!」
「うえええええええええええええええん! リーフきゅんが私のこと年増って言ったぁああああああああああああ!」
ああもう、めちゃくちゃだよ! めんどくさすぎるよ!
酔いが覚めるまで、しばし俺はマーキュリーさんにちゅっちゅされまくったのだった。