40.伝説の治癒神を超越する
俺は冒険者として依頼を受け、ヴォツラーク領の復興のお手伝いに来ている。
怪我人、そして壊れた村の建物の修復を行った後……。
俺は村長の家で、休憩を取っていた。
「ありがとうございまする、あなた様はまさに、神様でございます!」
俺たちのいるツヴァイの村の村長が、深々と土下座してきた。
「土下座なんて必要ないですよ、これは俺の仕事ですし」
「おお、なんというお優しいお方だ! 素晴らしい……! まるで伝説の治癒神アスクレピオス様のようだ!」
俺に薬師としてのイロハを叩き込んでくれた、ものすごい癒やし手のことだ。
「いえいえ、俺なんてまだまだ、師匠には遠く及びませんよ」
「なっ!? 今……なんと?」
「え、だから師匠には及ばないって……」
声を震わせながら、またも村長さんが土下座してきた……!
「アスクレピオス様のお弟子様でしたか! そうとも知らず、ご無礼な態度ぉ……!」
「え、ええ!?」
何急に!? 無礼? 何言ってるんだろう、別にこの人ら何にも無礼なことしてないよね?
何で謝ってるんだ……?
「あ、頭を上げてください。別に俺なんにもされてないですよ?」
「アスクレピオス様のお弟子様とはつゆ知らず、力を信用しないなんて態度を取ってしまって、本当に申し訳ない!」
ああ、最初に来たときのリアクションのこと謝ってるのか……。
急に謝ってきたからびびったよ。
「気にしないでください! 俺みたいなひ弱そうなガキが来たら、誰だって疑いますよ」
「おお……なんと慈悲深い……アスクレピオス様の生き写しのようじゃぁ……」
ふと、俺は気になっていることを訊ねてみる。さっきからの村長さんの口ぶりが、まるで師匠と直接会ったみたいな感じだったから。
「師匠を知ってるんですか?」
「ええ、ええ、よぉく知っておりまするとも」
村長さんは、自分が子供の頃の話をしてくれた。
村に今回みたいにモンスターパレードが発生し、大量のモンスターが押し寄せてきたことがあったらしい。
師匠は俺と同じですごい力で治療してくれただけでなく、魔除けのお香を作ってくれたのだという。
そしてお礼を受け取らず、去って行った……と。
師匠……やっぱ、優しくてすごい人だ!
俺はそんな師匠に弟子入りできて、幸せだ!
「アスクレピオス様の魔除けのお香は、それはそれは長く効力を発揮されておりました。……ですが、わしが大人になり、子供をこさえ、そして孫の代になる頃には効力が消えて……」
今に至るってことか。
でも、すげえ。俺の魔除けのお香は、せいぜい週単位でしか持たないのに、こんな何年も持続するなんて……。
「リーフ君、これからどうするの?」
「リーフ様は怪我人の治療と壊れた建物を復興したのです、これでミッションクリアでしょう」
エイリーンさんに、俺は首を振って答える。
「まだ、俺がやるべきことが残ってます」
「と、おっしゃりますと?」
「魔除けのお香、作って置いておきます」
今はじーさんたちのおかげで、魔物の数が一時的に減ってはいる。
だがいずれは元に戻るだろう。そうなると、また村が襲われてしまう。
なら……師匠と同じように、魔除けのお香を作って置いておくべきだ。
「でも主よ。お師匠殿とちがって、週単位しか持たんのだろう? その都度、お香を焚きにくるのか?」
「そんな頻繁にはこれないよ。王都からここまで結構距離があるし……だから」
俺は、一つ決めていたことがあった。
「俺も、師匠が使った完璧な魔除けのお香を、作ってみせる」
魔除けのお香のレシピ、作り方は習った。
でも俺が作ると、師匠が作るとでは持続時間が異なる。
俺は今までずっと、師匠には勝てないって諦めて、【師匠以上】を望まなかった。
でも……師匠の昔話を聞いて、俺も、あの人みたいにすごくなりたいって思いが再燃したのだ。
「それはわかったけど、具体的にどうするの?」
「緑の精霊たちの力を借りようと思うんだ」
「精霊の力……?」
マーキュリーさんの前に、俺は2つの薬草を置く。
「この薬草がどうしたの?」
「マーキュリーさん、鑑定してみてください」
「わかったわ。【鑑定】」
マーキュリーさんはすごい鑑定眼の持ち主。
これに秘められた、情報を読み取ることができる。
「! こっち品質に違いがあるわ。こっちは最高品、こっちは、普通。これが?」
「品質の良いこっちは、緑の精霊が取ってきた薬草なんです。思うに、彼らは緑……草とか、花とか、自然の力を倍増させられるのかと」
「なるほど……人間が手で採るより、精霊が採ってきた方が、品質が向上するのね」
ならば、と俺は考えを発表する。
「魔除けのお香に必要な薬草を、緑の精霊に採ってきてもらう。それを使えば、師匠と同じ、半永久的な魔除けのお香が作れるかなって思ったんです」
同じ技術でできる薬の効力が異なるのなら、使われる素材の品質が、ポイントになるのではないかと考えたのである。
「確かに、あり得そうですね。同じ魔法を使うにしても、ランクの高い杖を使った方が、効果が上がる例もありますし」
エイリーンさんが納得したようにうなずく。
仮説に対する自信がついた。チャレンジ、してみよう。
「村長さん、台所お借りして良いですか?」
「もちろん! 好きにお使いください!」
俺は魔法カバンを持って、台所へと向かう。
作業するなら、水場が近くにあった方が良い(薬に水を使うから)。
俺はカバンを下ろして、台所の上に、魔除けのお香に使われる素材を置く。
緑の精霊達が、ふわふわと俺の周りに集まってきた。
「みんな、お願いがあるんだ。今、この机の上に置いてある薬草を、採ってきて欲しい!」
精霊達は、ものすんごい笑顔になると、窓の外へと飛んでいく。
無数の緑の光が空に向かって飛んでいく様は実に幻想的だった。
正直、精霊たちにこんなふうに、命令することに抵抗を覚えていた。
偉そうに命令して、使わせるなんて、奴隷と主人みたいだって。悪いなって思っていた。
でも精霊達はむしろ嬉々として、力を貸してくれて、ほっとした。ありがとう。
★
ほどなくして、新しいお香が完成した。
俺はそれを持って、村の中心へとやってきた。
「使う前に、マーキュリーさん、品質を確認してもらえますか?」
「おっけー。【鑑定】……って、えええええええええええええええええ!?」
マーキュリーさんがいつも顔で、いつもの通り驚いていたので、俺はいつも通り頭痛薬を渡す。
「どうしたんですかっ?」
「リーフ君……これ、すごい。効果が……永久になってる!」
「永久って……うそ!?」
「ほんとよ! 半永久じゃなくて、永続的な効果をもたらすってなってる……つまり……」
エイリーンさんがキラキラした目を俺に向けながら言う。
「つまり、アスクレピオス様を超えた……ということですよ! 素晴らしいです! さすが、リーフ様です……!」
まさか……俺が師匠を超えることができるなんて……。
師匠……俺、ずっとあなたには及ばないって、思ってました。追いつけない、絶対的存在だって、決めつけて、あなたから受け継いだ技を……磨こうとしていなかった……。
でも……ようやく、技を一つ上に、上げることができました。
喜んで、くれてますか……? そうだったら……うれしいな……。
「リーフ君、さっそく使ってみましょ」
「あ、はい!」
俺はお香に火をくべる。
すると……。ふわ……と緑色の燐光が空中に散布される。
それは空気と混じり合って……やがて、薄い膜のようなものとなり、村全体を覆う。
「リーフ様……どうなりましたか?」
「大丈夫。魔物が嫌うにおい、ちゃんと出てます」
「おお! それでは……!」
「はい、もう魔物はこの村に来ません!」
「おおお! なんとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
村長を含めた、村人達が俺の前で深々と土下座する。
「ありがとうございますリーフ様! このご恩は決して忘れませぬ! あなた様は、第二の治癒神さまでございます!」
治癒神……か。その称号、まだまだ、俺が受け取るわけにはいかない。
でも、一歩は、近づけた、と思う。
「いえ、俺はまだまだです! ですが、助かって良かったです!」
「なんと謙虚なお方でしょう! 素晴らしい! あなた様のご活躍は、子々孫々に、受け継いでまいりますぅうう!」
こうして、第一の村を救うことができたのだった。