4.大賢者から伝説のアイテムを餞別にもらう
ここから短編の続きです。
俺、リーフ・ケミストは、婚約者のドクオーナの裏切りを受けて、村を飛び出した。
森の中で出会ったのは、一台の馬車。
モンスターに襲われていた馬車を助け、中にいたけが人たちを治療したところだ。
「貴様、何者だ?」
馬車を護衛していた騎士の一人、リリスが俺に問うてくる。
長い赤い髪に、メリハリのきいたボディを持つ、剣士。
美しい顔にはしかし、警戒の色が濃く現れていた。
「俺はリーフ・ケミスト。アスクレピオス師匠の弟子の、ただの薬師だよ」
「……本当にそうなのか?」
じろりとリリスが俺をにらみつけてくる。
猜疑心に満ちた目は、俺を全く信用していないように感じた。
「貴様が瞬殺した影狼は、強さで言えばAランク。ベテラン冒険者すら手こずるモンスターを、あんな大量に倒した。薬師にそんなことができるとは思えない」
ちゃき、とリリスが剣を構える。
敵意とともに刃を向けられても、俺は怖いとは思わなかった。まあ、疑われてもしょうがないか。あったばかりだし。
「貴様の強さは、異常だ」
「異常って……異常に弱すぎるってこと?」
「強すぎるって意味に決まってるだろ! からかっているのか!?」
別にそういうわけじゃないのだが……。
「やはり貴様は斬る!」
「おやめなさい、リリス! 恩人に失礼ですよ!」
斬りかかろうとするリリスをとめたのは、彼女が護衛していたお嬢様とやらだった。
美しい金髪。少し、くるっとカールしている。
桃色のドレスに金の髪の毛、高貴な顔立ち。
どう見ても……貴族の娘さんだ。
「プリシラお嬢様! しかし……」
貴族娘はプリシラというらしい。
リリスをいさめたあと、彼女は俺の近くまでやってきて、頭を下げる。
「部下が大変失礼しました。わたくしは、プリシラ。プリシラ=フォン=グラハム。グラハム公爵が息女」
「公爵……令嬢? プリシラ……」
公爵っていえば、俺から女を奪ったオロカン男爵よりも立場が上、だったか。
貴族の階級ってどうにもわからない。
……オロカンを思い出してしまい、若干嫌な気持ちになる。
けれど、プリシラは俺の前で深々と頭を下げている。
「我らを窮地から救い、命まで助けてくれたこと、深く、感謝申し上げます」
……礼儀正しい彼女を見て、この子は普通の貴族と違うのかもしれない、と思った。
貴族への嫌悪感は、完全には拭いきれないけれど、憎しみみたいな感情はなくなった気がする。
「それで、プリシラ……さんは」
「貴様! お嬢様にさんづけだと!?」
「いいのですリリス。……リーフ・ケミスト様、どうかわたくしのことは、プリシラと呼び捨てにしてください」
貴族を呼び捨てに……?
して、いいのか? 不敬罪とかで引っ捕らえられないだろうか。
田舎育ちだからわからん……物知り魔女のマーリンばーちゃんに聞いておけば良かった。
「それで、プリシラ。あんたらこんな田舎に、何しに来たんだ?」
「治癒神アスクレピオスさまに、どうしても治してほしいお方がいるのです」
「師匠に……治療の依頼ってことか。悪かったな、無駄足踏ませて」
俺の師匠アスクレピオスは、もうすでに他界してる。
「いえ……ご高齢と伺っていましたので……仕方ないですよね」
……辛そうな顔をしている。どうやら、よんどころない事情がありそうだ。
「誰を、治してほしいんだ?」
「……母です」
なるほど、母ちゃんが病気してるのか……。
プリシラの思い詰めた表情から、母親は結構やばい病気に悩まされてるのは明らかだろう。
こんな辺境まで、師匠を頼ってくるくらいだ。
そうとう気合いが入ってないとこないだろうし(街にも治癒術師はいるだろう)、そうとう、切羽詰まった状況だと思われる。
……親がそばにいない気持ち。それは理解できる。
大事な親が死んでしまったら、悲しんでしまうだろう。
それは、可哀そうだ。なんとか、してあげたい。
「なあ、あんた。もしよかったら、俺がいって診察しようか?」
「診察……?」
「ああ。師匠ほどじゃないが、俺も人を治すすべを会得してる。あんたの力になれるかもしれない」
「ほんとですかっ!? ぜひ! おねがいします!」
ばっ! とプリシラが俺の前で頭を下げる。
だが、隣のリリスがまたも疑いの目を向けてきた。
「ほんとうに、治療できるのか?」
「リリス! あなた、見ていなかったのですか!? このお方は、我らの怪我を一瞬で治して見せたのですよ!」
「しかしお嬢様。それは怪我の治療であって、病気が治せるかどうかはわかりませぬ。それに、我らを欺くためにあの化け物たちをけしかけたのかもしれません」
「失礼ですよあなた!」
と、そのときだ。
「そうじゃよぉ、若いの。それは、リーフちゃんに、失礼じゃあ」
聞き慣れた声が、上空から聞こえてくる。
見上げるとそこには、杖にまたがった魔女のおばあさん……。
「マーリンばーちゃん」
「「マーリン!?」」
ん? なんで二人は驚いているんだ……?
すぅ、とばーちゃんは俺たちの前に、音もなく着地する。
「ばーちゃん、どうしてここに?」
「薬のお礼をしに薬屋へいったら、リーフちゃんがいなかったんでねぇ。急いで使い魔を使って、リーフちゃんを探していたのさぁ」
……そうだったのか。
なんか申し訳ない。ばーちゃんたちを捨てて、村を出るみたいな選択をしてしまったから。
ばーちゃんはにこりと笑って言う。
「事情はあの馬鹿どもから聞いて、ある程度把握してるよぉ。辛かったねぇ」
「ばーちゃん……」
「アスクレピオス様は、いいお方だったけど、孫娘をあんなにしちゃったのは、ほんと、良くなかったねぇ……わしがおっ死んだら、あの世できちんとしかっておくよぉ」
「そんな、死ぬなんて言うなよ……」
そうだね、とばーちゃんが苦笑してる。
一方で、プリシラが恐る恐る、ばーちゃんに尋ねる。
「あの、お婆様。マーリン様とは、あの……【大賢者マーリン・カーター】様ですか?」
「おお、よぉ知ってるのぉ。そうじゃ、わしがそのマーリンじゃよ」
「やはり! 高度な飛翔の魔法を使っていらしたので、もしやと!」
え、飛翔ってそんなに高度なの?
田舎のばーちゃんたち、普通に使ってたけど……。
「お嬢さん。事情は使い魔を通して聞いていたよ。この子の治癒の腕は、わしが保証しよう。リーフちゃんは正真正銘、治癒神アスクレピオスの一番弟子で、あのお方をしのぐレベルの治癒の使い手じゃて」
「そうなのですね! ほらリリス! 聞きましたか!?」
リリスがこくんとうなずくと、すっと腰を折ってきた。
「すまなかった、リーフ殿」
「あ、いや……信じてもらえたらいいよ」
それにすぐに信じなかったのも、しょうがないよな。
だって主人であるプリシラの母ちゃんの危機なんだ。
そこに、得体の知らない男を連れてくわけにはいかなかったろうから。
しょうがないと、俺は納得できる。
「リーフちゃん。この子について都へ行きなさい。あんたは、正当な評価を受けるべきじゃって、いっつも言ってきたろう? 今が、好機じゃ」
「ばーちゃん……」
どうしても、村のじーちゃんばーちゃんたちのことが、気にかかってしまう。
でも、ばーちゃんは前に言っていた。
自分たちのことは、なんとかできるって。
……目の前に好機がぶらさがっている。
ここで掴まなかったら、たぶん……もう一生巡ってこない気がした。
それにもう、俺はあの女とは二度と関わりたくない。絶対に顔を合わせない場所にいたい。
「ばーちゃん……ごめん。俺……行くよ」
「ええ、ええ、それがいいよぉ……大丈夫。【あとのこと】は、わしに任せなさい。ちゃあんと……【やっとく】から」
あとのこと? やっとく……?
「え、それって……」
「おお、そうだ。リーフちゃん、餞別をあげようかねえ」
「餞別って……?」
ばーちゃんがパチン、と指を鳴らす。
その瞬間、いろんな物が空中に現れる。
「どれもわしが、こんな日のために用意しておいた、魔道具じゃよ」
「大賢者マーリン様の魔道具!? そんなの、超がいくつもつくほどの、すごい魔道具じゃないですか!」
そうなの?
ばーちゃんって、結構手先が器用で、いつも何か作ってたけど……。
まず、木でできた小ぶりの箱が降りてくる。
リュックのように背負えるようになっていた。
「これは新しい魔法バッグじゃよぉ。容量は無限になっている」
「「ええーーーーーーーーー!?」」
プリシラたちが驚いてる?
え、なに驚いてるんだ。
「魔法バッグなんて誰でも持ってるだろ?」
「「いやいやいや! ないですよ!」」
「あれそうなの? 村じゃみんな持ってるけど」
都会じゃ流行ってないのか?
次に、小さな薬瓶。
チェーンがついており、クビから下げられるようになっていた。
瓶には蛇が巻き付いてるようなデザイン。
「天目薬壺。これはリーフちゃんが作った薬を、入れておくだけで量産してくれるんだよぉ。また、いれておけば、時間が止まって、劣化を防ぐよぉ」
「おお、便利! 薬って消費期限決まってるからな」
「次に、薬師の神杖」
節くれ立った大きな木の枝って見た目だ。
ただし、先端に半透明のガラス玉がついていた。
「薬師の神杖はねえ、リーフちゃんが作った薬を、杖の先にためておいて、適切なタイミングで投薬できるようになるよぉ。さらに、広範囲、離れたところにいる複数にも、同時に投与が可能になる」
「投薬機能の拡張と、貯蔵機能ついてるんだ! すげえな!」
杖を手に取ったあと、俺の腰に、1ふりの短刀が装着される。
「それは、薬神の宝刀バイシャジャグル」
「薬神の宝刀……バイシャジャグル?」
「リーフちゃんの状態異常攻撃、あるじゃろう? それを刃に付与できるのじゃ」
俺はナイフを抜いて、致死猛毒を発動させる。
すると刃が真っ黒に染まった。
「これ、すごいよ! 俺の毒って、強すぎて何にも付与できなかったんだ」
「特別な金属でできてるからねえ、絶対に折れないし、リーフちゃんの薬にも耐えられるんだよぉ」
最後に、緑色のマントが俺の体を包み込む。
マント、といっても魔法使いのそれとは異なる。
極東の半纏のような、上着だ。
……この上着には、見覚えがあった。
「これって……師匠の?」
「ああ。わしが預かっておった、治癒神の外套じゃ。防御機能、自動修復機能がついてる。また、あらゆる気温に適応できる温度調整機能もついてる。長旅には必要じゃろうて」
無限に収納できる魔法バッグ、薬師の神杖、薬神の宝刀バイシャジャグル、そして……治癒神の外套。
「なにからなにまで、ありがとう」
「気にしなくていいよぉ。今まで、リーフちゃんにはよくしてもらったからねえ」
俺のために作ってくれたんだ。
……大事に、しなきゃな。
「よし、行こうか……って、どうしたんだ、プリシラ?」
彼女たちがぽかーん、と口を大きく開いたまま固まってた。
「おい」
「あ、す、すみません。その……どれも、伝説級の魔道具で、驚いてしまって」
「伝説級? いや、おおげさでしょ。ばーちゃんの手作り魔道具だよ、単なる」
「そのお婆様がすごいのですよ! そんな彼女から寵愛を受ける、リーフ様は、本当にすごいお方ですね!」
何がすごいんだ……?
まあ、よくわからんが、とにかく旅支度は整った。
いよいよ、都へと出発だ。