38.辺境の領地へ復興にいく
俺、リーフは辺境の地へ向かう馬車に乗っていた。
正面にはバディである、魔女のマーキュリーさん。
翡翠の長い髪に丸眼鏡をかけた美しい人。
そしてその隣には、藍色髪の美女。ベヒモスのタイちゃん。
そしてそして、【もう一人】。
「我が主よ、どこに向かっているのだ?」
「ヴォツラーク領だよ」
「ヴォツラーク……たしか、主の故郷の、お隣さんだったか?」
「うん。そこで復興のお手伝いすることが、俺への依頼さ」
「復興……ふむ……なぜ主がやらねばならぬ? 前領主は何をやってるのだ?」
前領主、つまり俺から女を奪った貴族、オロカン=フォン=ヴォツラークのことを指しているのだろう。
俺が答える前に、【もう一人】が口を開く。
「愚かな貴族は、逮捕されました」
「む? そう言えば、聞こうと思ったが貴様は誰だ?」
「申し遅れました。わたしは【エイリーン・ユアセルフ】。オロカンの元で秘書官を務めておりました」
桃色の髪に、【生き生きとした目つき】。
背が高く、ピシッとした服装の、こちらも美女。
「オロカンが逮捕されて、今は仮の領主代行役です。いずれ、正式な領主様が着任されますので、それまでの」
エイリーンさんはなぜか俺をじっと見つめながら微笑む。
すごい熱烈な視線を向けてくる。なんだろうか……?
「くっ……またリーフ君の近くに、胸の大きなお姉さんが……! どうして私の胸はペチャパイなのよっ、うるせえ誰がペチャパイかっ!」
「どうしたんですか、マーキュリーさん?」
スッ……。
「ありがとう、頭痛薬くれて……」
ぐびぐび……とマーキュリーさんがやけ酒するみたいに、完全回復薬を飲んでいた。
タイちゃんが小首をかしげる。
「領主が捕まったことと、我が主が領地へ向かうことに、何の関係が?」
「代理であるわたしから、ギルド経由で、リーフ様に直接、依頼したのです。村の惨状を、どうにかして欲しくて」
エイリーンさんから聞いた話によると、奈落の森のモンスターがモンスターパレードを起こしたらしい。
オロカンは何もできず、領民たち、そして領地は甚大な被害を受けたそうだ。
そこで、俺の薬師としての腕を見込んで、彼らの、そして領地の治療を頼みたいとのこと。
「本来なら自分たちで復興をするべきですが……我々だけではどうにもならず、すごい薬師であるリーフ様にお願いした次第です」
「別に俺はすごくないけど……でも、困っている人がいるなら、助けるよ」
「ありがとうございます……! ああ、リーフ様……やはり、聞いていたとおり……すばらしいお方……♡」
エイリーンさんが目を♡にして、俺に近づいてくる。
ぐにょり、と大きな乳房が肘に当てられる……。で、でかい……。
「は、離れてくれません?」
「それは承服しかねます……お嫌ですか?」
「いや、いやっていうか……」
離れようとしてもぐいぐい来る。
ど、どうしよう……。
「セクハラNG!」
マーキュリーさんが俺とエイリーンさんの間に割って入ってくる。
よ、良かった……。
「この子はまだ子供よ! なにセクハラしてるのよ!?」
「セクハラ? なんのことでしょう」
「すっとぼけんじゃないわよ。その無駄にデカい乳で、【私の】リーフ君を誘惑してたでしょ!」
ぴくっ、と一瞬エイリーンさんが一瞬こわばった表情をするも、すぐに笑顔になって答える。
「確かにわたしの胸は貴女より大きいですが、誘惑なんてしてませんよ。それはあなたの感想では? あなたの胸がぺちゃなのは感想ではなく事実ですが」
「ぺちゃぁ……!? なに、けんか? けんかか? お?」
「まさか♡ ケンカは同じレベルの間でしか発生しませんよ♡」
「私の胸のレベルがあんたに負けてるって言いたいの? お?」
「そんなこと一言も言ってませんよ♡ そう思ってしまうのは、自分の中で敗北を認めてるからでは?」
「よし、馬車から降りろ。久しぶりに切れちまったよぉ……」
仲良いなぁ二人とも。
「二人ともよさぬか。醜い争いはやめよ。胸の大きさなどどうでも良いではないか
。所詮は脂肪の塊ぞ」
タイちゃんがソファに寝そべってそういう。
体に押しつぶされて、タイちゃんのおっきいおっぱいが、と、とんでもないことになっていた……。
「くそが……もげろ」
「はしたないですよマーキュリーさん」
「あんたはアレ見てどうも思わないわけ?」
「ええ。わたしは別にペチャってないので」
「あ゛? (殺す)ぞ?」
そんな風に楽しくおしゃべりしながら、馬車はヴォツラーク領へと向かっていった。
……正直、ここへ来ることに対して思うことはある。
俺に酷いことをした貴族が治める土地だ。
けれど、それはそれ。
酷いことしたのはオロカンであり、責められるはあいつだけ。
領地に住む、エイリーンさんを含めた領民達に罪はない。
「てゆーか、復興って、わざわざリーフ君に頼まなくても、お隣にすごい英雄たちがいるじゃない。それに、エイリーンはマーリンおばあさまの弟子なんでしょ? 頼めばやってくれるんじゃない?」
ふるふる、とエイリーさんが首を振る。
「お師匠様を含め、あの村の英雄様たちは、外界に対して基本的に不干渉、とルールを作ってるそうです」
「外で起きたことにたいして、関わらないってこと? なんでよ」
「英雄は、いるだけで要らぬ諍いを産みますから」
「まあ……確かに。力を持ちたい貴族とか、英雄を抱き込みたいって考えるわよね」
「そう。だから、マーリン様を含めて、デッドエンド村の住民は、基本的には外と関わりを持たないのです」
そういえば……。
「じーちゃん達よく言ってたよ。【自分たちは第一線を退いた身、外のことは、外の人たちがなんとかせえ】って」
「……でも、あの人ら、リーフ君のためにバリバリ外出てきたけど……」
た、確かに……
するとエイリーンさんが情熱的な目を俺に向けていう。
「外界不干渉を貫く英雄達ですら、リーフ様のためなら動く、それほどまでに愛してるということですよ。ああ……やはりリーフ様はすばらしい……♡」
すばらしいかどうかはさておき、じーちゃんたちが多少過保護なのは昔からだ。
俺のことすごい心配してくるんだよな……。
「俺、まだまだだな……」
「急にどうしたのよ」
「いや、じーちゃんたちが動くのって、俺が未熟だからでしょ? だから……俺ももっと強くならないとなって思いまして」
またもマーキュリーさんが頭を抱える。
「どうしてそういう考えになるのよぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
「…………」スッ。
「無言で完全回復薬だしてくんなや……!」
「飲まないんですか?」
「飲むわよ!!!!」
そんなこんなありつつ、馬車はヴォツラーク領へと到着。
入ってすぐの村、つまり、奈落の森から一番遠い村なのだが……。
「酷いわね、これは……」
建物はボロボロ。怪我人のうめき声が村中から聞こえてくる。
痩せ細った村人達。きっと、ご飯をまともに食べれていないんだ……。
かわいそうに……。
「村の長を呼んで参ります。少々お待ちを」
エイリーンさんが俺たちから離れて、しばらくして、老人を連れてきた。
「この【ツヴァイの村】の村長ですじゃ……。エイリーン様のおっしゃっておった、英雄様とは……この女性のことかのぉ?」
ツヴァイの村の村長さんが、マーキュリーさんを見つめていう。
「そこのペチャではありません」
「おい!!!!!!!!!!」
「こちらの凜々しい少年が、未来の大英雄リーフ・ケミスト様です」
「ハッ倒すぞごら!!!!!」
怒り狂うマーキュリーさんをよそに、俺は前に出て頭を下げる。
「リーフです! 村を助けに来ました!」
「……そ、そうですか……それはそれは……ありがたいことです……しかし……」
不安そうな目を、村長さんがエイリーンさんに向けている。
気持ちはわかる。
「俺みたいな弱そうな子供に、何ができるって思ってるんですよね。確かにそうです」
「リーフ君って時々面白くないギャグ言うわよね……」
「マーキュリー殿、あれは多分素だぞ?」
こそこそ、とマーキュリーさんとタイちゃんが会話してる。仲良し!
「ですが、俺に任せてください! 微力ながら、役に立って見せます!」
俺は魔法バッグから、薬師の神杖を取り出す。
「【調剤:完全回復薬】!」
スキルで作った完全回復薬を、薬師の神杖を使ってまとめて投与する。
この薬師の神杖は、対象となる体に適切な形で薬剤を投与できる。針も錠剤も使わなくてもいい。
また、薬をたくさん作れば、まとめて一気に投与も可能なのだ。
ぱぁ……! と村長を含めた、村人達の体が青白く光る。
「おお! すげえ!」「腕が動く!」「てゆーか腕が生えた!?」「どうなってるんだ!」
村人さん達の歓喜の声が響く。うん、良かった!
目の前で見ていた村長さんは、その場に膝をついて、震える声で言う。
「おお……なんと見事な治癒の術……まさか、あなた様は噂に名高い治癒神さま……?」
アスクレピオス師匠のことだ。
まさか、師匠と同じ扱いされるなんて。俺みたいな、未熟者が。
「違います。俺は神じゃありません」
「では、あなた様はいったい……?」
俺は、堂々と言う
「ただの、薬師です」
ぽかんとする村長。エイリーンさんは涙ぐみながら拍手する。
ふるふると……マーキュリーさんが肩をふるわせると……。
「あんたのどこが、普通の薬師なのよぉおおおおおおおおおおおお!」