37.愚かな貴族は、地位も領地も失う
さて、リーフ・ケミストのもとを去った、アーサー達はというと……。
ゲータ・ニィガ王国の王城へやってきた。
謁見の間にて。
「これはこれはアーサー殿! マーリン殿! ごぶさたしておりまする!!」
玉座に座っていた男……国王が、アーサー達が入るなり立ち上がると、にこやかに笑いながら駆け寄ってくる。
「大きくなったのぉ、ディキール坊」
「あんなに小さくて可愛かったのに、今では立派に国王やってるなんて、時が経つのは早いですねぇ……」
ふたりが、国王とフランクに話している。
一方で王は恐縮そうに肩をすぼめると、何度も頭を下げていた。
……王族が、このような態度を取るなんて、異常事態だ。
それほどまでに、国王からしたら、二人は重要な人物なのだろうと、オロカンは理解した。
……そして、同時に、この後の自分の処遇についても。
「…………」
オロカンはマーリンの出した魔法の糸に縛られて、拘束され動けないで居る。
脇にじわりと汗を搔き、口の中には苦みが広がっている……。
これから起こるだろうことに思いをはせると、気が重くなって仕方が無い。
ややあって。
国王は玉座に座る。
アーサー達はその前に立ち、オロカンはその場に跪いている。
「さて、アーサー殿たちから報告は聞いておる。オロカンよ、貴様はヴォツラーク領を治めなければいけない立場でありながら、その義務を放棄し、強権を発動して利益をむさぼり、領民達の声には耳をかさず、結果、我が愛すべき国民達を危険にさらした……」
じろり、と王がオロカンをにらみつける。
その迫力に思わずちびってしまいそうなくらいだった。
さっきアーサー達に向けていた、好意的なまなざしから一転、こちらに向けているのは明確なる敵意。
「貴様の悪行、到底看過できぬものである。よって、オロカン=フォン=ヴォツラークから、領主の地位を剥奪とする」
「そ、んな……そんなあああああああああああああああああああああああ!」
予期していたこととは言え、いざ実際にそう宣告されたときのショックは、大きすぎた。
もう、領主で居られない。いい思いができない。楽な暮らしが、贅沢な暮らしができなくなるなんて……!
いやだ、いやだ、いやだ……!
オロカンは窮地に、必死に頭を回転させる。
どうすれば自分の地位は守られるのだ?
どうしたら……。
一方でアーサーが王に尋ねる。
「ヴォツラーク領はこの後どうなるのかの?」
「すぐに、次の領主を用意します。ですが、あそこは危険な土地故、任せられる人物は限られております」
それだ! とオロカンは歓喜する。もう、これしかない……!
「発言をお許しくださいませ、陛下ぁああああああああああああああ!」
「……なんだ。許そう」
にちゃぁ……と邪悪な、そして粘着質な笑みを浮かべながら、オロカンが主張する。
「現在わたくしめを領地から外すのは、大変に危険であると愚考いたしますぅ……」
「なに? どういうことだ?」
食いついた! 来た! と光明を見いだしたオロカンは、必死になってまくしたてる。
「陛下がおっしゃっていたとおり! あの土地は非常に危険な場所! ただの一般人ではサクッと命を落としかねませぬ!
「うむ……それはそうだな」
「しっかーし! わたくしめは違います! 祖父、父、とあの地を我が一族は代々守って参りました! これは事実でしょう!?」
「うむ……確かに貴様の祖父、そして父は良い働きをした。しかし……」
「そうしかし! わたくしが駄目と、そうおっしゃりたいのでしょう? しかーし! わたくしは、現につい最近まで、魔物を抑えてきたという実績がありまするぅ……!」
父が死んでからオロカン就任した後、今までの間、結構な期間が経っている。
「もしも仮にぃ! わたくしが無能ならば、なぜこの期間でモンスターが襲ってこなかったのでしょうか!?」
……言われてみると、確かに領主交代でもっとごちゃつくはずだった。
しかし、ほんの短い間だけで、あとは領地は平和だった。
「これは! わたくしめの功績にございますぅう!」
……否、断じて否である。
「よくもまあいけしゃあしゃあと嘘がつけたものだ。あれは、リーフちゃんが魔除けのお香を設置していたからで……」
「それをあなた自身が、目で見たのですかぁ!? ええ、アーサー殿ぉ……!」
そう、オロカンは大商人ジャスミンから聞いた言葉を思い出した。
リーフ・ケミストは村のために、人知れず魔除けのお香を設置していたのだ、と。
それはつまり、村の連中が、リーフがお香をおいていたってことを、見ていなかったという何よりの証拠!
「リーフ・ケミスト殿の功績だと主張するならぁ、証拠を見せてくださいよぉ? え、物的証拠をぉ!」
アーサーが言いよどむ。そう、そこなのだ。
リーフ・ケミストは村の老人たちのために、こっそりと尽力していた。縁の下の力持ちといえば聞こえが良い。
しかし、活躍は人から承認されてこそなのだ。
彼がやったという証拠がない以上、オロカンの主張は通ってしまう。
「ぎゃはは! どうしたんですぅ? ほらほら、証拠を持ってきなさいよぉ! ねえ、それがないならわたくしめを飛ばしていんですかぁ? さらに領地はとんでもないことになりますよぉお!」
と、そのときだった。
「いいえ、オロカン。あなたがいない方が、領地は平和になります」
「なっ!? お、おまえは……エイリーン!」
死んだ魚の目をした、ナイスバディの美女。
オロカンの秘書官、エイリーンだ。
「お久しぶりです、マーリン師匠」
「師匠!?」
「エイリーン、随分と綺麗になりましたねぇ。あたしの弟子よ」
「弟子ぃいいいいいいいいいいい!?」
エイリーンは冷たいまなざしで、地べたに這いつくばっているゴミ、もといオロカンを見下ろす。
「ええ、わたしはエイリーン。このかたは、親を失い、村に居場所のないわたしに、知識と生きる術を教えてくださった……お師匠様です」
そんな……知らなかった……エイリーンが……。
「す、す、スパイだったのか貴様ぁ……! あの村のぉ!」
「スパイなんて人聞きの悪い。お隣の領地で馬鹿やって出てくるゴミが、あの美しい村を汚さぬように、水際で止めていただけのこと」
たしかに、そうだ。
いかにリーフ・ケミストの魔除けのお香がすばらしくても、それはモンスターからの問題を解決するだけのこと。
領地を回していく知恵もコネも無いこの愚かな領主が、領地経営などできるはずがない。
つまり、馬鹿を支えていた影の存在が居たのだ。
それが、エイリーンだったのだ。
「国王陛下。証拠の提出に参りました」
「証拠……?」
「はい。この男がいかに無能で、あの土地に必要ないかという証拠の書類でございます」
エイリーンが指示すると、信頼を置いている部下達が、台車を押してやってくる。
その書類の山、すべてに、愚かな領主を断罪する事実が書かれている。
エイリーンが書類を手に取ると、国王に渡す。
「そちらには、オロカンの祖父、父たちが退けた、あるいは討伐した魔物数が書かれております。そして……こちらがオロカン就任、初年度のデータ」
「これは……明らかに数値が落ちているではないか」
「ええ、不慣れからくるもの、というにはあまりに数値が落ちすぎていますし、なにより……」
次の書類を手に取る。
「彼は着任してからほとんど、近くの娼館に通い詰めております。これが馬車、そして娼館の記録でございます」
「あ、や、やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
じだばたとオロカンが暴れる。
しかしマーリンの施した呪いは、彼から動きを奪っていた。
まるで動けないのである。細いロープで簡単に巻かれてるだけなのに……!
「一方、魔物の数を表す数値がこの時期から明らかに減っておりますね。これはリーフ君が村人のために、お香を焚くようになった時期と合致します。アーサー様から裏を取りました。彼に訓練を施していて、免許皆伝し、一人で森に入ってもいい許可が出た日と一致します」
エイリーンが用意したのは、オロカンの不正の証拠。
そして、リーフ・ケミストが村のために尽力していたことを、証明する根拠であった。
「き、きさまぁ……! わ、わたくしを陥れよってぇ……!」
「わたしはただ、事実を、正確に伝えているだけです。ねつ造は一切していません」
そう、事実なのだ。リーフが有能だったことも、オロカンが愚か者だったことも。
彼女は事実を事実の儘伝えただけだ。そこに手は加わっていない。
「これで明らかになったな、オロカン。貴様が……嘘つきであること。そして……貴族にふさわしくないことを……!」
「あ、ああ……ち、ちが……ちがうんですよぉ……ちがうんですよこれはぁ……信じてぇ……」
「貴様のような嘘つきの愚者の言うことなど聞く物か! おいこやつを捕らえよ!」
騎士達がオロカンを抱き起こす。
「領主の地位剥奪だけでなく、貴族の位も剥奪だ!」
「そんな……!」
「さらに私財は没収! 加えて、王に対する不敬を働いた罪で、鉱山で奴隷として一生働いてもらう!」
「いやぁああああああああ! そんなぁあああああああああああ! うわぁああああああああああああああ!」
醜く泣き、醜態をさらしながら……オロカンは後悔する。
こんなことになるなんて、と。
あのツラがいいだけの馬鹿女を、奪おうとしたばかりに……。
……かくして、愚かな男オロカンは、すべてを失ったのだった。