36.愚かな貴族は、英雄達からの制裁を受ける
リーフ・ケミストから女を奪った貴族、オロカン=フォン=ヴォツラーク。
彼はリーフを辺境へ連れ戻し、昔のように、モンスター駆除をさせようと画策していた。
「俺は、もう村に戻りません」
リーフたちがいるのは、彼の所属するギルド【天与の原石】のギルマスの部屋。
リーフの元婚約者ドクオーナは、リーフの心がもう自分に向いてないという現実を知り、意気消沈している。
「そ、そんな……戻らないだと……」
「ええ。俺はもう村を出たんです。独り立ちしたんです」
どうする……とオロカンは頭をフル回転させる。
どうすれば、彼を利用できる。どうすれば……。
……事ここに至ってもなお、、この愚かな貴族は、リーフを利用しようという気まんまんでいた。
そして、導き出した結論は……。
「ほ、ほんとうにそれでよいのですかぁ?」
「……どいうことです?」
「あの村には、あなたの大事なお爺さまやおばあさまがいるんじゃあないですかぁ!? 彼らを見捨てるんですかぁ!」
ぴくっ、とリーフの顔に、迷いが生じるのを、オロカンは察した。
きたきたきた! と内心で狂喜乱舞する。
やはりそうだ。リーフは村を出たとはいえ、村人である老人達をまだ捨てられてないのだ!
オロカンは内心で、邪悪な笑みを浮かべる。
「あーあ! かわいそうなご老人達! 奈落の森からのモンスターの被害は、彼らにも及んでいることでしょう! 誰かが助けてあげないと……ねえ?」
そう、そうだ。
何もリーフを、ヴォツラーク領に連れて行く必要は無い。
彼が村に戻って、また前みたいに魔除けのお香を焚けば……。
森のモンスターは沈静化する。そうすれば、ただで安全が手に入る!
ふは、ふはっははは! とオロカンは心の中で歓喜する。
リーフにとっての弱点を見つけた。利用できる!
こんなクソ女なんて最初から要らなかったのだ! 老人達を利用してやればよかったのだ!
ぎゃはっはあ! 勝った! 勝ったぁ……! とオロカンは醜い笑みを浮かべる。
「さぁ帰りましょう、リーフ殿ぉ……村の老人達が、あなたの帰りを待っております! 絶対に!」
勝った! わたくしの、勝利だぁ……!
と、そのときだった。
「「帰ってこなくてよい(いいですよ)、リーフちゃん!」」
部屋の中に、一瞬で見知らぬ老人達が入ってきたのだ。
オロカン、そしてリーフも目を剥く。
「あ、アーサーじーちゃん! マーリンばーちゃん!」
そう、リーフが大事にしてる、村の老人たちが、突如として出現したのである。
初めて見るオロカンとはよそに……。
「あ、アーサーに、マーリンじゃとぉおおおおおおおおおおおおおお!?」
ギルマスである、ヘンリエッタすら、驚いていた。
「おや? 君は……ああ、エイジ君の娘さんかね?」
「は、はい……ち、父が……お、お世話になりました……」
ヘンリエッタが直立不動の態勢で、緊張の面持ちで、老人達と会話している。
オロカンは驚いてる。Sランクギルドのギルドマスターが、こんなに緊張しているなんて……。
相手は、よほどの大人物なのか?
そういえば、大商人ジャスミンもまた、彼らに敬意を払っていたような……。
「じーちゃんたち、どうして……?」
「孫娘から話は聞きましたよ、リーフちゃん。ピンチだってね」
「ま、マーキュリーさんが……?」
マーリンが優しく微笑みながらうなずく。
リーフが振り返ると、大汗かいているマーキュリーが、ぐっ、と親指を立てていた。
彼女もまた、リーフとともにこのギルドに来ていたのだ。
リーフの危機を察した彼女は、こっそりと部屋を抜けて、祖母にこの件を報告していたのである。
あとは報告を受けたマーリンが、怒り心頭のアーサーを連れ立って、転移の儀式魔法(とても高度)を使ってここへやってきた次第。
「リーフちゃん……わしらのことを、気遣ってくれてありがとう。やはりおぬしは、優しくてとっても良い子じゃ」
「じーちゃん……」
アーサーは微笑みながら、リーフの頭をなでる。
「じゃが、リーフちゃん? わしらの強さを忘れてはおらぬか? ん? わしらは……強いのじゃぞ? なあばーさんや」
こくん、とマーリンがうなずくと、ぱちんと指を鳴らす。
どさどさどさ! と目の前に、大量のモンスターの死骸が現れる。
「って! これ……全部古竜種じゃないの……!」
一見すると、小型の竜だ。人間のように二足歩行しているような……そんなフォルム。
マーキュリーが鑑定を使うと、それが古竜種の中でも上位の強さを持つ、恐ろしい化け物の死骸であることが判明した。
「リーフちゃんがピンチって聞いてな、ばーさんと転移してくるまえに、わしがちょーいっと、木の棒で払ってやったわ」
「おじーさんってばその一撃で、森の危ない魔物を皆殺しにしてしまったのですよぉ」
「はぁあああああああああああ!? なによそれええええええええええ!?」
驚愕するマーキュリーをよそに、ふふん、とアーサーが胸を張る。
「リーフちゃんのピンチと聞いて、ちーっとばかし本気を出してしもうたわ。1%くらいかの?」
「いや、剣を使わず森の魔物全滅させるって……! そんなの……でき……るわね……お爺さまなら……」
「ほっほ。良い運動になったわい♡」
マーリンが収納魔法でモンスターの死骸を片付ける。
「モンスターはそのうちまた出現するけどねぇ、あたしらは大丈夫だよぉリーフちゃん」
「そうじゃぞ! そのたび村のもんたちが、ちょちょーいって片付けちゃる! ついでに……まあお隣さんの分も片付けてやるからの」
「二人とも……」
リーフに対して笑顔を向ける。
「ごめん、じーちゃん……迷惑かけて」
「ええんじゃよ。リーフちゃんにはこれまでうんと、よくしてもらったからのぉ!」
「そうですよぉ。リーフちゃんのためなら、あたしらは何でもしますよぉ。世界が欲しいって言えば、五秒で取ってきますよぉ」
こわ……とマーキュリーが内心でツッコミを入れる。だが。それくらいのことができるくらいに、この人達はやばいのだ。
「というわけで、村のことも、森のことも、領地のことも問題なしじゃ。リーフちゃんが出張ってくる必要は無い」
「ええ、ええ。だからリーフちゃんは、これまでどおり、後顧の憂いなく、自分の仕事をすれば良いんですよぉ……」
ふたりの優しさに、リーフは涙を流す。
……そんなやりとりの一方で、オロカンは身の危険を感じて、逃亡を図ろうとしていた。
「逃がすと思うか、若造よ」
アーサーがオロカンをにらみつける。
その瞬間……オロカンの四肢が、切断されたのだ。
「ひぎゃぁああああああああああああああああああああ! 腕が! 足がぁあああああああああああああああ!」
本当に一瞬のことだった。
何が起きたのか、リーフ以外わからないでいた。
「お、お爺さま……今何を?」
「む? 視線で敵を切っただけじゃぞ?」
「うん。剣の達人は、何を使っても敵を切れるようになる。じーちゃんは視線だけで敵を切れるんだ。すごいよね!」
「ほっほ、リーフちゃんはさすがじゃな! わかっているなぁ! はっはっは!」
いやいやいや……とマーキュリーが首を振る。
にらんだだけで四肢を切り飛ばすとか、どんだけだよ……と内心で驚嘆のため息をついた。
「し、死ぬぅう!」
「死ぬわけなかろう。切断しただけじゃ。すぐまたくっつく……もっとも、逃げたら困るから、当分はそのままで居てもらうがのぉ……」
アーサーも、マーリンも激高していた。 だが彼らは歳を重ねているため、怒りを表に出すような幼いマネはしない。
ただ、淡々と。
愚か者に制裁を加える。
「愚かな貴族よ。おぬしの悪行は、しかと聞かせてもらった」
「あたしの作った盗聴器の魔道具で、すべて……記録させてもらいましたよぉ」
え、いつの間に……とマーキュリーが驚いている。
いつどこにつけたのか不安だった……。
「これをわしの、古い友人に報告させてもらう」
「ゆ、友人ってぇ……?」
「今は、国王をやっておるな」
「なっ!? そ、そんな……! 国王に報告するだってぇえええええええ!」
「ああ。領地の惨状を添えて、今回の件も含めて、裁いてもらおうかの」
マーリン、そしてアーサー。二人の英雄からの報告があれば、国が動くのも道理。
そして報告が行けば、すぐにオロカンの悪事が表に出るだろう。処罰は免れぬのは必須。
「投獄の上に、爵位剥奪くらいは、してもらおうかのばーさんや」
「そうですねぇ、あまりきついお仕置きをすると、リーフちゃんに引かれちゃいますからねぇ」
いやもう十分引いてるよ……とマーキュリーは思う。
リーフはただ、じーちゃんばーちゃんってすごいなぁとしか思っていなかった。
「ではな、リーフちゃん。わしはこの馬鹿と……ドクオーナを連れて去る」
「あ、う、うん……ありがとう」
「「いえいえ」」
アーサーは散らばったパーツを集めて、マーリンは消沈してるドクオーナを立たせる。
「いやだぁ……いやだぁ……わたくしは、失いたくない……貴族でいたいよぉ……」
「黙れ無礼者。貴様のような愚者に、貴族の地位も名誉ももったいなさすぎる」
「そのとおりですよぉ。【ふさわしい人物】にあげるのが一番ですねぇ」
ふさわしい人物? とリーフが首をかしげる。
そして転移魔法で、彼らは一瞬で飛んで、出て行ったのだった。