34.依頼を断る
俺がこないだ受けたクエスト、ベヒモス騒動がひと段落ついた、ある日の朝のこと。
居候先である、彗星工房にて。
「ううーん……暑い……」
妙な暑苦しさを覚えて俺は目を覚ます。
そこには、おっぱいがあった。
「へ? なんで……」
「ううむ……ぐぅ……」
「あ、なんだタイちゃんか」
藍色髪の、それはそれは美しい美女が全裸になって眠っていた。
彼女は、ベヒモスのタイちゃん。
本当は【タイクーン】という、ごっつい名前なんだそうだ。
あと彼女の好物から、タイちゃんって呼ばれるようになったんだそうで。
ベヒモスは5メートルの、翼の生えた獅子のような見た目だった。
しかし今は、俺の作った変身薬の効果で、若いナイスバディな美女の姿になっている。
俺が望んだんじゃなくて、飲んだ人の願いが、この見た目に反映されているのだ。
そういう薬だからな。
「タイちゃん起きて。それか自分の寝床に戻って」
ゆさゆさと肩を揺らすと、それに伴ってその大きな乳房が、ぷりんぷるんと揺れ動く。
俺も男なので、ついつい目がそちらに行ってしまう。で、でかい……。
「何を凝視してるのだ、我が主よ?」
「うぉ! た、タイちゃん起きてたの……?」
「主が起こしたのではないか。おかしなお人だ」
くわ、とタイちゃんが大きくあくびをしてくる。
若干、いやかなり恥ずかしいぞ。胸を見ていたなんて。
「別に、好きにしてくれ」
「え?」
頬を赤らめながら、タイちゃんが言う。
「我が輩の体は、おぬしのものだ。今、こうして生きていられるのはおぬしのおかげだからな」
「お、大げさな……」
「大げさな物か。我が輩はおぬしに大きな恩を感じている。返しきれぬほどに大きい。おぬしが望むなら、喜んで閨をともにしよう」
「ね、ねやって……そんな……」
と、そのときである。
「すとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっぷ!!!!!」
ばーん! と俺の寝室のドアが開いて、ラフな格好の魔女マーキュリーさんが飛び込んできた!
なんてタイミングだ!
「えっちぃのは、だめです……!」
マーキュリーさんはズンズンズン! と近づいてくると、俺を持ち上げ、抱きしめる。
「この子にはまだ早い!!!!」
「とはいえ、成人をしているのだろう?」
「そうだけども! だめ! 仮の保護者である私の目の黒いうちは、リーフ君は他の子に渡さないわ!」
ふんす、とマーキュリーさんが鼻息荒く宣言する。
タイちゃんは苦笑しながらゆっくりと体を起こした。
たぷん、と乳房が揺れ、さらに隠れていた局部が見えて、目のやり場に困る……。
「えっち禁止!」
「おっと、これは無礼を」
ずぉ……とタイちゃんの体から闇が吹き出す。
ベヒモスは闇の魔法を使う。
闇には決まった形がなく、ゆえに自在に形を変えられるそうだ。
タイちゃんは闇で作ったドレスを身に纏う。
星空のように美しい、藍色のドレスだ。元々の艶っぽい見た目と相まって、お姫様に見えなくもない。
「どうだ?」
「うん、似合ってる」
「そ、そうか……その、ストレートにそう言われると、面はゆいな。ふふっ♡ そうか……似合ってるかっ」
ぴょこ、とタイちゃんの頭から猫耳、お尻からは猫の尻尾が生える。
ぶんぶんぶん、と感情の高ぶりを表してるかのように、尻尾が激しく揺れていた。猫みたいで可愛いな。
マーキュリーさんはそんな様子を見て
、頭を抱える。
「……猫耳ナイスバディお姫様ですって! キャラもりもりじゃないの! くそっ! こっちは【貧乳の魔女】よ! どう見ても劣勢じゃないのっ!」
「大丈夫です、マーキュリーさん? 完全回復薬、飲みます?」
「だから頭痛薬飲む、的なノリで超レアアイテム渡すんじゃあないわよ!!!」
マーキュリーさんがすかさずツッコミを入れる。
俺が何かするたび、怒ったり、反応してくれたりする。それが楽しくて、ちょっとからかってしまう。
「え、飲まないんですか?」
「飲むわよ!」
ややあって。
俺たちは朝ご飯を食べている。
「おお、我が主は料理まで得意なのか。すごいな」
「料理は薬作りに通じるからな。得意なんだよね」
うまうま、とタイちゃんが俺の作ったチーズオムレツを食べる。
一方マーキュリーさんは「ぐぬぬ……」とうなっていた。
すっ、と頭痛薬を差し出すと「頭痛じゃない! 違うわよ!」と受け取ってくれなかった。残念。
「料理がお気に召しませんでした?」
「そうじゃないわよ……ただ……美味しすぎて……食べ過ぎちゃって……」
「? それのどこがだめなんです?」
「だって……食べ過ぎたら、太っちゃうじゃないのよ……」
マーキュリーさんが俺の作ったチーズたっぷりオムレツを、美味しそうにほおばるタイちゃんに、恨めしそうな目を向ける。
「なんで太らないの? そんだけ食べて、もう10個目でしょ?」
「我が輩はモンスター。人間よりも代謝速度が速いため、いくら食べても太らんのよ」
「ぐぅうう……! ずるい! はーあ、いくら食べても太らない方法ってないものかしら……」
あれ?
「マーキュリーさんってダイエット気にしてるんですか?」
「そうよ……これでもヨガとかやって、体型維持に努めてるんだからね」
「へー。なんだ、じゃあダイエット茶、飲みます?」
「だから飲まな……え?」
ぽかんとするマーキュリーさん。
「今、え!? なんて!?」
彼女が立ち上がって、ものすごい勢いで近づいてきて、僕の肩を揺すってくる。
「今なんて!?」
「だ、だからダイエット茶……脂肪と糖分の吸収を抑える、お茶なんですけど……」
「ちょうだい! 今すぐ! なうっ!!!!!」
ものすごい剣幕だったので、俺はすぐさまお茶を作る。
薬とお茶って相性が良いんだよな。
俺は【ダイエット薬茶】を作り、マーキュリーさんの前に出す。
「これを飲めば痩せるのね!?」
「正確には、食前にこれを飲むと、余計なエネルギーを体にため込まなくなる体質が、一時的に手に入るだけですけど……」
「いくら食べても太らないってことじゃない! もう! すごいわリーフ君! 最高! 天才! あなたはSUGOI! FU~!」
い、今までにないくらい、べた褒めされてしまった……。
散々俺が何かするたび、ツッコミをひたすら入れてきたマーキュリーさんが……。
「さぁて、飲むわよダイエット薬茶!」
「あ、でも注意点が」
「ぐびぐび……ぶふぅうーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
マーキュリーさんが飲んだお茶を吐き出す。
ああ、やっぱり……。
「なに、ごれ……げほげほ! ちょー苦いんですけどぉ~……」
「うん。痩せる代わりに、めっちゃ苦いんですこれ」
「早く言って……げほげほ……」
涙目になりながらも、マーキュリーさんはお茶を気合いで飲んだ。
だ、ダイエットにかける執念はんぱない……。
とまあ、そんなふうに賑やかにご飯を食べていたそのときだ。
コンコン。
「おはようございまーす!」
「あらニィナちゃん、どうしたの?」
受付嬢のニィナさんが、部屋に入ってきたのである。
「リーフ君に仕事持ってきたんです。Sランクの依頼です! やりますよね?」
「え、やらない」
「そう思ってました! で、内容が……って、えええええええええええ!?」
ニィナさんがものすんごい驚く。
「ど、どど、どうして!?」
「え、だって俺、まだEランクですし」
王国は、伝統を重んじる風潮がある。
つい先日ギルドに登録してしまった俺が、急にSになったら不必要な諍いを産む。
だから、俺は体面上はEランクってことにはなっている。
「それは対外ではって意味ですって! リーフ君はすごいんですから、Sランクの依頼だって余裕でこなせますよ!」
「いやいや、俺なんてまだまだです」
本気でそう思う。
小さい頃からアーサーじいちゃんやマーリンばーちゃんのすごいとこを見てると、俺なんて……って思ってしまう。
ぱくぱくと口を開いて閉じてるニィナさんに、マーキュリーさんがぽんと肩を置いて、同情のまなざしを向ける。
「無駄よニィナちゃん。この無自覚モンスターにとって、すごい=英雄村の人たちなの。永久に、自分をすごいって思えないわ」
「え、無自覚モンスター? え、モンスターなんているんですか?」
びきっと額に血管を浮かせると……。
「「あんたのことに、決まってるでしょーーーーーーーー!!!」」
「愉快なおなご達だな」
ややあって。
「それじゃ、この依頼受けないんですね? Sランクの仕事で、報酬もすっごくいいのに」
ニィナさんが朝食を頬張りながら言う。ちなみに俺のダイエット薬茶の存在を知ると、彼女もソッコーで飲んでいた。
「はい。俺にはまだ早いかなって」
「そうですか……わかりました。じゃあエリアルさんに話しかけてみますね」
「お願いします」
……と、その日はそういう意味で、依頼を断ったんだけど……。
数日後。
「頼む! リーフ君……いや、リーフ様!」
俺の前には……よく知った顔があった。
忘れたくても、忘れられない顔。
「お願いします、リーフ様!」
そう……俺から女を奪った張本人……オロカン=フォン=ヴォツラーク男爵。
そいつが……
「わたくしめが悪ぅございました! どうか! 我らをお助けください!!!!!!!!!!!!!!」
俺の前で、土下座しているのだった。
どうしてこうなった……。