31.幻獣を治療する
俺、リーフは冒険者として、迷いネコ探しの依頼を受けた。
迷いネコ、もとい、幻獣のベヒモスを森の中で見つけることには成功。
ベヒモスが急に暴れだしたので、睡眠薬を投与して鎮静化したのだった。
「そもそもなんで暴れだしたんでしょうか?」
王都郊外の森の中、俺と居候先の魔女マーキュリーさんが、ベヒモスの巨体を前にしている。
ベヒモスことタイちゃんは、ついさっきまで普通に会話できていた。
けれど急に苦しみだして、暴走を始めたのである。
「鑑定スキル使って調べてみるわね」
マーキュリーさんにはものすごい鑑定眼が備わっている。
彼女の目を通せば、ものに秘められた隠れた情報がわかるのだ。
「わかったわ。タイちゃんは病気よ。脳の」
「脳の病気……ですか」
マーキュリーさんが深刻そうな顔で、鑑定で読み取った結果を俺に教えてくれる。
「脳腫瘍ね。頭蓋骨のなかに、大きな悪性の腫瘍ができてる。だから、暴走してたのね」
「そんな……脳腫瘍だなんて……」
「そうよね、さすがのリーフ君でも、悪性脳腫瘍の治療なんて……」
「思ったより軽症でラッキー!」
「はぁあああああああああああああああああああ!?」
あれ、どうしたんだろうマーキュリーさん。
目をひん剥いて叫んでいる……あ、いつも通りか。
「悪性脳腫瘍なのよ!? ただでさえ、脳の治療はめちゃくちゃ難易度高いの、わかってる!?」
「え、どこが難易度高いんですか?」
「わかってない!? いい、脳はとてもデリケートな部位なの。ちょっとでも傷つけたら植物状態になってしまうほど……って、リーフ君?」
俺は治療用の薬を調合する。
ちょっと複雑な工程を踏むけど、大丈夫。
「何作ってるの?」
「悪性腫瘍の細胞を、元通りにする薬です!」
「細胞を、元通りに?」
「はい。腫瘍って結局は細胞じゃないですか。それが異常をきたして膨らんだ。ならば、細胞をもとの状態に戻せば、わざわざ摘出しなくてもいいし、頭蓋骨を開けるようなことをしなくてもいいですよね?」
「そ、そうだけど……え、なんでそんな難しいこと知ってるの?」
「え、これって常識ですよね?」
俺の師匠である、治癒の神アスクレピオス師匠から、いろんな知識を教わったのだ。
医学知識も一通り頭に叩き込まれている。
また、直し方も心得てる。
「常識じゃないんだっての!!!! なんでわからないの!? 病気なの?」
「はい! タイちゃんは病気です!」
「病気なのはおのれじゃぁああああああああああああああ!」
「…………」すっ。
「無言で頭痛薬差し出すなや!」
俺は調剤スキルを使って、ベヒモスの脳腫瘍を治療する薬を作る。
俺の首からかかっているペンダント、天目薬壺に両手をかざす。
俺の持つ薬草などを、この壺の中に入れることで、薬剤生成速度を超速める効果がある。
「ベースは完全回復薬。ただ、それだと強すぎるから、薬効を抑え、さらに作用する部位を限定する……」
やがて、薬が完成する。
俺は薬師の神杖を魔法バッグから取り出して、杖先をタイちゃんに向ける。
「【調剤:完全回復薬・改】!」
杖先に充填された薬剤が、タイちゃんの体内へ投与される。
苦悶の表情を浮かべていたタイちゃんが……徐々に安らかな表情になる。
『なん……だ、これは……』
むくり、とタイちゃんが体を起こす。
目をぱちくりさせながら、呆然とつぶやく。
『頭の痛みが……嘘みたいに消えている……』
「マーキュリーさん、どうですか? 腫瘍の様子は?」
鑑定スキルを使った彼女が、ふるふると首を振る。
「きれいさっぱり、悪性腫瘍はなくなってるわ……信じられない……奇跡よこんなの……」
『ああ……我が輩も、同意だ。人知を超えた力……まさしく、神の奇跡に等しい所業』
二人が目を剥いてる。
けど……。
「え? こんなの、奇跡でもなんでもないでしょ? じーちゃんばーちゃんたちは、もっとすげえことしてみせるし」
吹き飛んだ腕を気合いで生やすとか、隕石をにらんだだけで消し飛ばすとか。
「素 直 に 感 心 さ せ ろ や!!!!!!!!!!」
『……この少年は、少々感性が人とずれているのか?』
「! そう、そうそうそうそう! そうなの! わかってくれる!?」
マーキュリーさんが涙を流しながら、タイちゃんに近づいていく。
『幻獣を治療したものなど、有史以来、数えるほどしかいない。ましてや、薬でとなると、前代未聞である。それをこの若さでやってのけるなんて、凄まじいを通り越して神の領域にいると言える』
「そうそう! そうなのよぉ! もぉ~! タイちゃんわかってる! ね、この子がおかしいのよねっ! ねっ!」
マーキュリーさんがタイちゃんの首にだきついてちゅっちゅしてる。
なんかよくわからないけど、マーキュリーさんがタイちゃんとすごい仲良しそうだ。
『少年、我が輩を治してくれたこと、心より、感謝する』
タイちゃんがその大きな体を、窮屈そうに丸めて、俺に頭を下げてくる。
「気にしないで。さ、帰ろう。リリが……君の飼い主が帰りを待っている」
けれどタイちゃんは暗い顔をして、ゆっくりと首を横に振るった。
『それはできぬ』
「どうしてさ」
『……我が輩は、大きくなりすぎた』
タイちゃんは事情を語る。
彼は幻獣の子供であるらしい。
卵(卵生なんだって)を親から盗んだ悪い盗賊は、親に報復を受けて死亡。
だがそのときに、卵は川に落ちて流れてしまったそうだ。
それを拾ったのがリリらしい。
卵からかえったばかりのタイちゃんを、リリは一生懸命育ててくれた。
結果。
『このような巨体になってしまった、という次第である』
「なるほど……昔はちびだったんだ」
『うむ……日増しに大きくなっていく体、そして頭の腫瘍のせいで、理性を保てなくなった。早晩、愛しいリリを傷つけると思い、王都を出たのである』
なるほど、とマーキュリーさんがうなずく。
「腫瘍がなくなって暴れる心配がなくなっても、その体の大きさじゃ、王都の人たちは不安になるわよね」
『致し方あるまい。我が輩は……化け物なのだから……ここで身を隠し、一生過ごすことにしよう』
「そうね……そのほうが、リリちゃんにとってもいいし……」
諦めムードが、その場に漂っている。
「え、なんであきらめようとしてるの……?」
『「え?」』
タイちゃんとマーキュリーさんが目を丸くする。
「り、リーフ君……聞いてなかったの? 大きくて、恐ろしい体じゃ、王都の……リリちゃんの元に返れないって」
「それでほんとに良いの?」
俺はタイちゃんを見やる。どうにも、俺は疑問だった。
だって……タイちゃんの意思がそこにはないじゃないか。
「君は、どうしたいんだよ? タイちゃん。リリの元にいたいんじゃないの? また、一緒に暮らしたいんじゃないの?」
『…………』
タイちゃんがぎゅっ、と唇を噛んで、何かに耐えるようなそぶりを見せる。
さっきの頭痛をこらえてるときとは、まるで違う。
あれは身体的な痛みに耐えてるだけだ。
でも……今こうして涙を流しているタイちゃんからは、悲しみに耐えてるように感じられた。
「本当のこといいなよ」
『……ああ。我が輩は、リリの元へ帰りたい』
うん、そうだ。それが聞きたかったんだ。
「大丈夫、俺に任せてくれ!」
「まかせてって……どうするのよ?」
「薬、作ります!」
俺はもう一度、天目薬壺を使う。
さっきよりも作るのは簡単だ。
一瞬で薬を完成させ、俺は薬壺を、タイちゃんに差し出す。
「これは【変身薬】」
『へんしんやく……』
「文字通り、飲めば自在に姿形を変えることができる」
『! そんな……ことが……なら……』
「うん。これを飲めば、君は願いが叶う! さぁ!」
薬師の神杖で投与しなかったのは、この子の意思を確認しておきたかったからだ。
自分で、選び取って欲しかったからだ。未来を。
『我が輩は……飲む』
うん、やっぱり。それがいいと俺も思う。だって、家族が離ればなれなんて、辛いもんな。
タイちゃんが大き口を開く。
「な、何回見ても怖いわね……」
臆するマーキュリーさんをよそに、俺はタイちゃんの口の中に、作った変身薬を注ぎ込む。
カッ……! とタイちゃんの体が光り輝く。
「すごいわ……みるみるうちに体が縮んで……って、えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
驚くマーキュリーさんの眼前には……。
「おお、これは……異な事だ。人の体に、なっている……」
なんと、人間の姿に変化したタイちゃんがいた。
ネイビーの長い髪に、猫耳に尻尾。
若く、そして美しい、女性がそこにいたのだ。
全裸で。
「見ちゃだめぇええええええええええええええええええええええええ!」
マーキュリーさんが俺の目を手で覆う!
「ちょ、離してくださいよ。変身薬の後遺症がないか調べないと」
「大丈夫です! 子供にあのナイスバディは、目に毒だから!」
「え、俺毒効きませんよ?」
「そういう意味じゃねえよ……! くっそ……なによあのバリボーなおっぱい……ぐぅう!」
マーキュリーさんがさっ、と背後に回って俺の着てるマントを奪う。
そして、人間へと変化したタイちゃんに、服を着せる。
「なにがっつり見てるのよ!」
「うん、変身後の副作用はないみたいだね」
「あ、そんなに女の裸に興味ないお年頃……?」
「綺麗だし」
「やっぱりあるの!? どっちなんっだい!?」
タイちゃんがじわり……と目に涙をためる。
「我が輩は……また、リリの元に……帰れるのだな」
「ああ。その姿を見て、怖がる人はいないよ!」
タイちゃんは体を震わせると、俺にがばっと抱きつく。
ぐんにょりと、大きな乳房が、押しつけられる。
「感謝する。リーフよ……。心から、ありがとう」
うんうん、まあ、何はともあれ、これで一件落着だな!
よし、帰ろう!