30.暴走するベヒモスもワンパン
俺はギルドの依頼で、迷い猫探しに森へ来ていた。
女の子から探して欲しいと言われたのは、身体の大きさ五メートルで、爪と牙を持ち、空を飛ぶ黒猫。
「ベヒモスじゃないのよぉお……!」
付き添いできてる彗星の魔女マーキュリーさんが、地団駄を踏んでいる。
ベヒモス……?
「幻獣の一種よ。フェニックスやユニコーンなど、高い知性を有し、強い魔法の力を秘めた、希少価値の高いモンスター」
「え? フェニックスもユニコーンも、うちの村じゃゴロゴロいますよ?」
「いねえよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
マーキュリーさんが頭を抱えて身体をひねる。
「え、居ますよ。フェニックスなんて春の産卵の時期になると、田畑を荒らしてこまるーって、村のばーちゃんたちがよく言ってますよ?」
「カラスと同列にフェニックスを語るなよ……! 希少なの、希少!」
うーん……いまいち納得できない。
俺の村じゃフェニックスもユニコーンも普通に居るしな。
「わかりました、マーキュリーさんが言うなら、そうなんですね!」
「なんっでわたしが間違ってるみたいなことになってるのよぉもぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「大丈夫ですか、頭痛薬いります?」
「いりません!!!!! とにかく、ベヒモスは貴重な種なの。こんな都会にいて、良いモンスターじゃないわ。一体どうして……?」
俺の正面で倒れていた黒猫……もとい、ベヒモスが目を覚ます。
「す、すごいわ……リーフ君お手製の即死音爆弾を受けて、生きてるなんて!」
「いやだなぁ、音爆弾じゃ死にませんよ~」
「わたしは死んだんだよ……!!!」
「生きてるじゃないですか?」
「だからんもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ふらふら、とベヒモスが身体を起こす。
「あ、タイちゃん起きた。はじめまして、俺、リーフって言います。冒険者やってます」
「り、リーフ君……よくこんな化け物と、普通に会話できるね……?」
マーキュリーさんが俺の身体にぎゅっとしがみついてきている。
がたがた……と身体を震わせている……なるほど。
「マーキュリーさん、戦いたいんですね?」
「どうしてそうなるの!?」
「え、だって武者震いしてるし」
「怖いんだよ! こんな、見るからに凶暴そうなモンスターを目の前にして!」
見上げるほどのデカいからだ。
口からは鋭い犬歯が2本伸びている。
てらてらと輝く黒い毛皮は、ぶわっと逆立っていて、よく見ると刃物のように鋭利そうだ。
『ぼうけん……しゃ……?』
「うん。あの子……えと、リリちゃんからね、居なくなった君を探してきて欲しいって頼まれて来たんだよ」
『リリ……』
ぽた……とタイちゃんの目から、涙がこぼれる。
泣いてる……?
どうしてだろう……。
厳つい見た目をしているけれど、そうやって涙を流す姿からは、なんだかただならぬ事情を抱えてるように思えた。
それに……怖いとも、まあ最初から思っていなかったけど、なおのこと思わなくなった。
『人間……ここから、立ち去れ……』
「え、やだ。君を連れて帰らないと」
『【今の】我が輩では……だめだ。リリを傷つけて……う、うぐう……』
タイちゃんが顔をしかめてうつむく。
ごごご……! と身体から黒い魔力が立ち上った。
「なっ、何よこの化け物みたいな魔力量! これが……幻獣種……ベヒモスの秘めたる力!」
『にげ……ろ……早く……! 我が輩が……自我を保てて……うぐあぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
ごぉお……! とタイちゃんから黒い風が吹く。
……いやな匂いがした。
「マーキュリー! 引きますよ!」
「え? ぐぇえええええええええええ!」
俺はマーキュリーさんの襟首をつかんで、遥か後方へとジャンプする。
タイちゃんから吹き荒れたのは、黒い暴風。
その風に触れた部分が、消えていく……。
「消滅の力……!? あれは……闇の魔法!」
「闇の魔法?」
「触れるとすべてを破壊、消滅させる魔法のことよ。ベヒモスは闇の幻獣……あらゆる闇魔法の使い手!」
タイちゃんを中心に吹き荒れる嵐。
それにより森の木々が消滅していく。
地面も吹き飛んだ木の葉も、何もかも。
黒い嵐の中心にタイちゃんがいて、野獣のようなうなり声を上げている。
さっきまでとは違い、知性を一切感じさせない姿からは、手負いの野生動物を彷彿とさせた。
……それと同時に、【別のイメージ】も抱いた。
「リーフ君、どうするの? どう見ても、あの子を連れて帰るのは不可能よ。リリちゃんには申し訳ないけど、駆除するしかないわ、絶対」
「いいえ……マーキュリーさん。俺はタイちゃんを連れて帰ります」
ぎょっ、とマーキュリーさんが目を剥く。
「あ、あの暴れっぷりを見て、なんでそんなことが言えるの!?」
「はい。俺には……タイちゃんがまだ、ギリギリ踏ん張ってるように見えるんです」
「踏ん張ってる……?」
「本能と理性とで、っていえばいいんでしょうか。本当に俺たちを殺す気なら、とっくに襲いかかってきても良い。でも、あの子は暴風を起こすだけで、その場から離れない」
「た、確かに……殺そうと思うなら、もっと簡単にできるものね。爪なり牙なりで」
そう。さっき話した感じといい、今のあの苦しんでいるところといい、俺はどうしてもタイちゃんを駆除の対象とは思えなかった。
「でも……どうするの? あの暴風に触れたらいくらリーフ君でも、消滅してしまうわ?」
「大丈夫です!」
「は?」
「俺、行ってきます!」
「ちょっとお!?」
俺はタイちゃんのいる方角へ、全速力で走る。
黒い風が俺の右手に触れる。
バシュッ……!
右手が消滅する……。
しゅぉん!
「右手が自動で生えたぁあああああああああああああああああああ!?」
風が俺に襲いかかってきて、闇の魔法のせいで身体が消える。
と、同時に再生する。
「どうなってるのよぉ!?」
「完全回復薬です!」
「完全回復薬!?」
「はい! 薬の量をいじって、完全回復薬の効果持続時間を伸ばしたんです!」
通常の完全回復薬は、一度飲むと瞬時に効果が発動し、すぐさま人体を治す。
発動時間は、ほんとうに一瞬だ。
でないと、過剰に治しすぎてしまい、それはそれで身体に良くない。
薬は転じれば毒となる。
過剰な薬は、細胞を傷つける毒となってしまうのだ。
「俺は完全回復薬がずぅっと発動してるように調整したんです。つまり! オートで身体を治し続ける! 消滅するたびに!」
「で、でもその理論で行くと……体にずっと毒を浴びることになって……あ!」
そう、俺は毒無効体質がある。
幼い頃から、実験を繰り返した結果、毒がまったくきかないのだ!
俺は黒の暴風の中を進んでいく。
やがて、タイちゃんの目の前までやってきた。
「タイちゃん! 俺はおまえを連れて帰る!」
『ぐがぁあああああああああああああああああああああああ!』
身体をのけぞらせ、タイちゃんの口から、ブレスが発せられる。
ドラゴンの息吹にも匹敵するような、凄まじい勢いのブレスだ。
しかも黒い闇魔法を纏った、超圧縮の風の一撃。
「ふんっ!」
俺は握りこぶしを作って、それを弾く!
斜め上へと弾かれたブレスは飛んでいった。
「俺は君を……治療する! だからちょっと眠ってておくれ!」
俺は懐に忍び込む。
今、薬師の神杖は手元にない。
ならば……直接投与するしかない!
「調剤:睡眠薬! あんど……ふんぬぅう!」
俺は手の先に睡眠薬を作って、潜り込んだ先にある、タイちゃんの土手っ腹に一撃入れた。
ばごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
タイちゃんは身体を【く】の字に曲げると……そのまま気を失った。
俺は倒れないようにそっと抱き留めて、地面に寝かせる。
「ふぅー……よし!」
「よしじゃないっ!!!!!」
マーキュリーさんが近づいてきて、ぺんっ、と頭をはたく。
「あぶないでしょうがっ!!!!」
「え、危なくないですよ?」
「死んだらどうするんのよ!!!!」
「? 蘇生すれば良いだけでは?」
「そういうわけじゃないんだよぉもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
なにはともあれ、タイちゃんの暴走を止められた。
さて、治療だ。