3.森で人助け
……気づけば、俺は森の中で倒れていた。
どうやらがむしゃらに走っていたらしい。
「ぜえ……はあ……はあ……」
場所は、多分いつもの【森】のなか。
ここは俺が師匠と一緒に修行した場所でもあり、普段から薬草そのほかを採取する場所。
つまりまあ、勝手知ったる庭である。
だから、何も考えずともここまでこれたのだ。
「これから……どうするかな」
村のみんなには悪いけど、ここにいても居づらいだけだ。
じーさんばーさんたちは、もちろん俺をあしざまに言うことはないだろう。
けれど、この先もずっと同情され続けるのも、それは嫌だった。
「出てくか……マーリンばーちゃんも、出て行ってもいいっていってたし」
村のじーさんたちの体調管理のことは、気にはなる。
でもマーリンばーちゃんがなんとかなるって言っていた。機会があれば、出てってもいいと。
「…………」
正直このまま村に戻る気には、毛頭なれなかった。
気まずいし、何より俺はもう、あの女には二度と会いたくないからだ。
「最後に、師匠に挨拶してから、ここを離れよう」
この森には師匠が使っていた小屋と、お墓がある。
確か小屋には予備の、調剤に使う道具とか、生活品とか、金とかあった気がする。
そこへ行っていろいろ装備を調えてから出発しよう。
そう思っていた、そのときだ。
「だ、誰か助けてぇーーーーーーーーーーーーーーー!」
……森の中に響く女性の悲鳴。
こんなへんぴな森に訪れるものは少ない。
早寝早起きのじーさんばーさんたちが夜出歩くとは思えない。
と、なるとこの森に初めて来た人ってことになるわけだ。
「…………」
気づいたら、俺は走っていた。
自分が婚約者に裏切られ、傷心中だというのに、俺は助けを求める手を取りに行こうとしている。
なぜ、といわれると、そういうふうに教わってきたからと答える。
俺の師匠、アスクレピオスは、困っている人を助けるために力を使いなさいといつも言っていた。
薬の力も、そして【薬師として】の力も。
だから助ける。
「いた……」
そこは、師匠の小屋の近く。
馬車が横転していた。
血だらけの女騎士。周りには護衛らしきほかの騎士もいる。
そして……身なりのいい少女が、青い顔をして震えていた。
少女達の周りを、【影狼】の群れが取り囲んでいる。
鋭い瞳と牙で、女の柔らかい肉を食らおうと、今まさに飛びかかろうとしていた。
俺はポシェットに手を突っ込んで、必要となる素材をひとつかみ。
「【調剤:麻痺毒】」
ばっ! と俺が作った【粉末】を、影狼めがけてふる。
それは空中で化学反応を起こし、電気を放ちながら、周囲にいた狼たちを麻痺させた。
「麻痺の魔法!?」
「いや、薬だ」
「薬だと……!? 薬にあんな化け物を止める力があるのか!?」
血だらけの女騎士が問うてくる。
調剤スキル。薬を作る技術だ。師匠からたたき込まれた俺は、あらゆる薬を調合できる。
「ああ。薬も過ぎれば毒となる。薬師の俺は、ああいう毒も作れるんだよ」
俺は次にポシェットに手を突っ込んで、必要な素材を掴む。
「【調剤:睡眠薬】」
今度は白い煙が発生する。
麻痺って動けなくなっていた影狼たちが、一瞬でダウンする。
「仕上げだ……【調剤:致死毒】」
俺の手がずぉ……と黒く染まる。
眠ってる狼の顔に、触れる。
その瞬間、狼の体が一瞬で黒く染まると、ボロボロ……とチリも遺さず死亡した。
「そんな……馬鹿な……あの影狼を、一撃で?」
「女騎士さんよ。あとは俺に任せてくれ。すぐこいつら倒して治療するから」
残りの眠ってる狼たちをタッチ。
全員まとめて死亡した。まあこれで危機は去ったかな。
作っておいた致死毒が消え去り、手の色が元に戻る。
「さて……と。大丈夫かい?」
「う、動くな……!」
ちゃき、と女騎士が剣を構えて、俺に向かって声を荒らげる。
どうにも警戒されてるようだ。まあそりゃ、目の前であんな毒みせつけられたら、警戒は当然か。
「大丈夫。俺は薬師だ。あんたと、そのお仲間は怪我してるようだし、治療させてくれないか?」
「治療だと……?」
すると後ろに控えていたドレスの少女が、俺たちの元へやってくる。
「リリス。このお方の言葉を信じましょう」
「しかしお嬢様……」
女騎士はリリス、そして彼女が守っているのが、このお嬢様ってわけか。
お嬢様は俺を見て、ぺこっと頭を下げる。
「助けてくださりありがとうございます。そして、お願いがあります。あのものたちをどうかお助けください」
所作からみて、かなりいいとこのお嬢さんっぽい。
ひょっとしたら貴族かもしれない。
……正直、さっきあんなことがあって、貴族に対してはいい思いをしていない。
だが、それは私情だ。
助けを求めている人の手を、振り払う理由にはならない。
「了解した。すぐすませる。手始めに、あんただ【調剤:回復薬】」
俺はポシェットから薬草を掴んでスキルを発動。
空中に放り投げると、それは緑色の液体となって滞留。
パシャッ……とそのままリリスにぶっかけると……。
「!? き、傷が治った!? あの深手を、一瞬で!?」
「次はほかの護衛達だな」
リリスよりもさらに深く怪我を負っているようだ。
手足が欠損してる人もいるし、なんだったら仮死状態のやつもいる。
「残りの素材全部で……【調剤:完全回復薬】」
「「え、完全回復薬!?」」
俺の手の中にある素材、そして空中の水分、周りの薬草などを使って作る。
スキル調剤によって作るのは、あらゆる怪我も病気も治してしまう万能薬、完全回復薬。
それをありったけ作り、空中に水の玉が出現。
それを分裂させ、雨のように降らせると……。
「うう……あれ!?」「おれ死んだはずじゃ……」「すげえ! 手が! かみちぎられた手がなおってる!?」「どうなってるんだこりゃあ!?」
よし、けが人はこれで全部治したな。
「す、すごいです……!」
ドレスのお嬢様が俺を見て、キラキラした目を向けてくる。
「あの恐ろしい影狼を瞬殺しただけでなく、こんなにたくさんのけが人を一瞬で治し、しかも完全回復薬を調合してみせるなんて!」
そして、彼女がこういった。
「あなたが、わたくしの求めていたお人……伝説の治癒神アスクレピオス様ですね!?」
……ああ、なんだ。
この人達、師匠を訪ねてきたのか。
「悪いけど、師匠は死んだよ。だいぶ前にね」
「そうなのですか……? では、あなたは?」
「俺? 俺は……リーフ。アスクレピオス師匠の弟子で、ただのしがない薬師さ」
ぽかん……とした表情のお嬢様と、リリス。
だがリリスはすぐに正気に戻ると声を荒らげた。
「いや、おまえのような薬師がいてたまるかぁあああああああああああああああああ!」
★
……ここは、魔境の村デッドエンド。
偉大なる英雄達が引退して、のんびり暮らしている村。通称、【英雄村】。
そこで師匠アスクレピオスから異次元の治癒術と調剤スキルを習い、また魔物うろつく森で鍛えたことで、規格外のパワーを手に入れていた俺……リーフ。
婚約者を馬鹿貴族に取られて、不幸のどん底だった俺の運命はこの日、一人のお嬢様との出会いで、180度変わることになる。
これは辺境で育ったチート薬師が、都で正当な評価を受け、大成していく物語。