270.
ガチャン、と重い鉄扉が閉まる。
途端に、背後から聞こえていたピンク色の阿鼻叫喚が遮断され、ひんやりとした静寂が戻ってきた。
「……死ぬかと思った」
僕は階段の踊り場に崩れ落ちる。
白衣はヨレヨレ、ボタンは全部弾け飛び、全身が汗と残り香でベトベトだ。
たかが健康診断で、なんで貞操の危機を感じなきゃならないんだ。
「お見事でした、先生」
ジョシューさんが、涼しい顔で階段を指差す。
「第1階層『一般囚人区』の健診は完了です。……さあ、次は第2階層へ参りましょうか」
「……え?」
僕は耳を疑った。
次? まだあるのか?
「ちょ、ちょっと待ってください。ここ、何階層まであるんですか?」
「申し上げていませんでしたか? この大監獄は地下10階層まで続きます」
「じゅ、10……!?」
僕は目の前が真っ暗になった。
今のでまだ1階層。つまり、あと9回もこの地獄を繰り返さなきゃいけないのか。
「ご安心ください。下に行けば行くほど、収監されている女囚の『質』は上がりますから」
「質?」
「はい。より凶悪で、より性欲が強く、より男に飢えている……いわゆる『ヤバい女』たちがお待ちかねです」
「安心できる要素がひとつもない!」
絶望だ。
レベル1でこれなのに、ラスボス級の痴女とか出てきたら、僕の身が持つわけがない。
「嘘だ……夢だと言ってくれ……」
膝から崩れ落ちる僕の足元に、フワフワとした毛玉が擦り寄ってくる。
愛らしい子猫の姿をした、伝説の魔獣――ベヒーモスの幼体、タイちゃんだ。
『タイちゃん、わかんないぞ?』
タイちゃんはつぶらな瞳で僕を見上げ、首をコテンと傾げる。
『ここ、てんごくじゃないのか? あんなに綺麗なおなごたちに、わーってされて、よしよしされるのは、男にとって良いことなんじゃ?』
「タイちゃん……」
純粋無垢な瞳が、今の僕には眩しすぎる。
魔獣の世界では、メスに囲まれるのは強者の証であり、至上の喜びなのかもしれない。
でも、人間(僕)にとっては、ただの体力と理性の消耗戦なんだよ。
「そんなことないよ……。うわーん、タイちゃーん!」
僕はたまらず、その温かい毛並みに顔を埋めた。
子猫サイズとはいえ、中身は最強の魔獣ベヒーモス。
そのモフモフとした感触と、陽だまりのような匂いに、ささくれ立った心が少しだけ癒やされる。
ザリザリとした舌で涙を舐められ、僕は情けなく鼻をすすった。
「よしよし。主様、甘えん坊だな」
「甘えさせてくれよぉ……」
僕が魔獣に縋り付いていると、もう一人の同行者――猫獣人のミーメイが、呆れたように腕を組んだ。
「だらしないっすねぇ、先生は」
彼女はピンと立った猫耳をピクピクさせ、鼻を鳴らす。
「強い雄に、メスが寄ってくるのは当然のことっす! 先生がフェロモンむんむんで、優秀な種馬だってバレてるから、みんな食いついてくるんすよ」
「種馬じゃない! 薬師だ!」
「似たようなもんっす。……覚悟を決めて、全員孕ませるくらいの気概で行くっすよ」
「行かないよ!」
ミーメイの野性味溢れる励まし(?)を全力で否定し、僕は重い腰を上げた。
逃げ道はない。
ジョシューさんが、第2階層へのゲートを解錠している。
その暗闇の奥から、すでにねっとりとした視線と、獲物を狙うような熱気が漂ってきていた。
「はぁ……。次はどんな変態が待っているのやら」
僕は胃のあたりを押さえながら、さらに深く、欲望の底へと続く階段を降りていくのだった。
【おしらせ】
※2/11(水)
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