25.世界樹を治療し、世界を救う
俺、リーフ・ケミストは隠しダンジョンに取り残されたギルドメンバーたちを助けに来ていた。
牛こと、ミノタウロスをぶったおした直後。
「迷宮をクリアした! 報酬はおれたちのもんだぞ!」
「「「おおー!」」」
Sランク冒険者エリアルさんと、同僚のグエールさんが歓声を上げる。
報酬? そんなのもらえるのか……とぼんやりおもっていた、そのときだ。
「ん? 何の匂いだ……?」
「どうしたのリーフ君……まだなにか?」
彗星の魔女マーキュリーさんが首をかしげる。なんかお疲れの様子だ。大丈夫だろうか。
「いや、なんか変なにおいがするんですよ」
「変な、におい?」
「はい。さっきまで牛と血のにおいで気づかなかったんですが、ちょっと瘴気くさいというか……」
ほっといちゃやばい類の毒のにおいがした。
今はかすかだけど、このままだとあふれ出てくる気がする。そうなると、地下にいる人たちは危ない。
ギルドメンバーたちに被害が及んでしまう。それは嫌だ。仲間が苦しむのを見てはいられない。
「すみません、エリアルさん。俺、ちょっと気になるとこがあるんで、見てきていいですか?」
「え!? いや、リーフ君。報酬の山分けをこれからするのだけど」
「報酬はどうでもいいです。皆さんで分けてください。戦ったのは皆さんなんで。じゃ!」
俺はいちはやく、現場へと向かう。
ぎゅん! と加速して、においのほうへと走っていく。
「ちょ! リーフ君! 待って! 君を一人にするとやばい!」
マーキュリーさんがはるか後方から叫ぶ。
悪いけど、今は急ぎだからね。
俺が来たのはボス部屋の奥。そこにはまた扉があった。
扉を開けて奥へと進んでいく。
長い通路を抜けると、そこには……。
「なんだこれ? 大樹……?」
ボス部屋よりも大きなホールがあった。
周囲の壁にはなぜか、滝が流れている。
部屋の入り口から中央にかけて橋がかかっており……。
その先に、大きな木があったのだ。
「なんで地下に樹なんてあるんだろ……?」
日の光も届かないような地下に植物が生えてる時点でおかしかった。
見上げるほどの大樹に、けれど、どこか既視感を覚える。
「あ、そっか。デッドエンド村に生えてる、ご神木さまだ」
うちの村にまつられてる、でっかい樹。
ご神木と言って、村のじーちゃんばーちゃんたちが大事にまつっていたのだ。
そのご神木と、目の前の大樹が、同じような気がした。
多分分枝でもしたんだろうか。
「でもおかしいな。ご神木様って、確か光っていたはず……」
だが目の前の大樹は、枯れはてる一歩手前だった。
枝はしおれ、葉は枯れ落ち、そして根っこは腐っている。
大樹の根元はプールのようになっていて、そこに液体がたまっていた。
たぶんこの大樹を育てる水なんだろうと思うんだけど……。
「うわ、水が瘴気で濁ってる! こんな水じゃ腐っても当然だな」
瘴気。それは人体にはものすごい有害な毒ガスのこと。
それがこの大樹を、侵していたのだ。
「このままほっとくと瘴気は地上に出てしまうし、なにより……このご神木様も枯れちゃうよな」
それは、可哀そうだ。
だっておそらくはご神木様は、俺の村にあるのと同じ、あるいは分枝した兄妹だろうから。
知り合いが困っていたら助けないとだよね。
「ちょっと待ってな。すぐに浄化するから」
俺はマーリンばーちゃんからもらった、天目薬壺を取り出す。
ご神木様を侵してる、瘴気の毒を目で見て、成分を分析。
それを打ち消す薬を、即興で作る。
素材を薬壺にぶち込んで、調剤。
「よし、あとは投与するだけだな」
俺は薬師の神杖を魔法バッグから取り出して、作った薬を充填。
この杖は適切な形で、薬を対象に投与できる。
たとえ相手が樹木だろうと、俺には関係ない。
「【調剤:浄化ポーション】そして、【調剤:完全回復薬】!」
浄化ポーション。あらゆる毒を浄化する、最高のポーション。
瘴気だろうと何だろうと、毒であればこのポーションがあれば浄化できる。
毒を浄化し、そして完全回復薬を使って、枯れた大樹をもとの状態へと戻す。
しゅぉお! という音とともに、枯れかけの大樹は、みるみるうちに元に戻っていくのだ。
やがて……。
「よし、もう大丈夫だな!」
そこにあった枯れかけの大樹はもうない。
みずみずしい若木が、光を放ちながら佇立している。
「り、リーフ……君……」
振り返るとそこには、唖然とした表情のマーキュリーさんがいた。
どうやら俺を追いかけてきたらしい。
「今、何したの? 枯れてたあれが、一瞬で元通りになったような……」
「ああ、枯れてたご神木様を、治療したんだ」
「ご、ご神木……? 何言ってるのよ」
すっ、とマーキュリーさんが光を放つ大樹……ご神木様を指さして言う。
「世界樹じゃないのよ!!!」
「せかいじゅ……?」
なんか聞いたことがあるような……なんだっけ?
ああ、そうだ。
「完全回復薬の原料でしたっけ?」
「そうだけど、ちっげーよ! そうだけども!」
「どっちなの……?」
ずんずんとこちらに近づいてきて、マーキュリーさんがご神木……世界樹? を指さす。
「たしかに、世界樹の雫は完全回復薬の原料よ。でもね、そこじゃないの。重要なのは、これが世界樹ってこと!」
「はあ。なんかすごい樹なんですか?」
「そうよ! いい、この世界に存在する魔力の源、魔素を生み出す。それが世界樹なの!」
「魔力の源……ってことは、魔素がないと、魔力が練れない?」
「そうよ。魔力は魔法を使うためのエネルギー。それがなくなるってことはつまり、魔法が使えなくなること!」
魔法が使えないって……。
「あれ、結構やばいんじゃ?」
「そうよ! この世界の技術は、魔法を根幹にしてる。魔法が使えなくなるってことは、わたしたちの生活が成り立たなくなるってこと!」
たしかに便利な魔道具はもちろん、生活、戦闘におよぶまで、魔法がないと今の世の中回っていかない……。
それは辺境のデッドエンド村ですらそうなんだから、王都から魔法がなくなったら、そりゃもう大変だったろう。
「いやぁ、危機一髪でしたねぇ……」
「ほんとよ……てゆーか、リーフ君。あなた、自覚ないでしょ?」
「自覚ない? 何の自覚です?」
「まあありとあらゆること全部なんだけど……世界を救ったのよ、あなた」
世界を、救った?
ああ、魔素を発生させる世界樹を治したからか。
「そっか! じゃ、帰りましょうか」
「いやリーフ君……世界を救ったのよ? もうちょっとこう……ないの?」
「? 俺が助けたのはこの樹ですよ。世界とか言われても、わっかんないですよ」
「はあまあ……そうよね。うん。まあ……はぁ」
ぐったりした調子で、マーキュリーさんがしゃがみ込む。
これは!
「完全回復薬ですね! はいどうぞ!」
俺はすかさずエリクサーを調剤して、彼女に手渡す。
「もう、なんというか……もう……突っ込み疲れたわよ……」
「完全回復薬は疲労回復にもなりますよ!」
「誰のせいだと思ってんのよだれのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
え、また怒ってる?
どうしたんだろう……。
と、そのときだった。
ぽわ……と世界樹から放たれる光が、1つに集約していく。
「な、なに!? 光が……人?」
大樹から放たれた光はやがて、1人の美しい、少女へと姿を変えた。
その人は空中に浮いている。
「せ、精霊だわ……世界樹の」
「世界樹の精霊?」
「世界樹に宿るという、意思の集合体よ。すごい……最高位の精霊じゃない……」
ふわり、と少女は地上へと降り立つ。
「その方のおっしゃる通り、わたしは世界樹の精霊です。あなたにお礼が言いたくて、こうして姿を現しました」
翡翠の瞳に、流れるような金髪。
少しとがった耳が特徴的で、白いワンピースを着ていた。
「名前を、ぜひお聞かせください。救世主様」
「名前? 俺はリーフだけど、救世主?」
なんだそれ?
「世界の根幹を支える世界樹を救ったんだから、救世主でしょ」
「あー」
「リアクション、薄すぎでしょ! もっと自覚持って! これに限らず、すべてにもっと!」
くすくす、と精霊さんは微笑むと、俺に頭を下げる。
「わたしを救ってくださって、どうもありがとうございました。瘴気におかされ、あと一歩でわたしが枯れて、この星の滅びが始まるところでした……」
「そ、そんなきわきわだったのね……あぶなあ~……」
と言われてもあまり実感がないというか。
まあでも助かってよかった!
精霊さんはまた頭を下げる。
「ありがとうございました、救世主様。ぜひともお礼をさせていただきたいのですが」
「え、いらない」
「え……?」
ぽかん……と精霊さんが口を大きく開く。
「ちょ、リーフ君。要らないって……」
「え、だって別に、大したことしてないし、俺」
「世界救ったでしょ今!!!!」
「いやいや、俺はただ、困ってる人を助けただけですよ。まあ今回は樹でしたけど」
目を丸くしていた精霊さんは優しく微笑む。
「あなたは、本当に素晴らしいお方ですね。ありがとうございます。せめて、これだけは、受け取っていただけないでしょうか」
精霊さんが右手を差し出す。
その上には、翡翠色のきれいな宝石が乗っていた。
「これは、精霊核」
「せいれいかく?」
「世界樹の魂のかけらです。その一部を、あなたに」
「え、いいんですか?」
「はい。もちろん。あなたへの大きな恩は、これくらいじゃ返しきれないくらい大きくて、申し訳ないのですが」
別にそこまで恩を感じてもらわなくていいんだけどな。
受け取るか否か。
まあでも、せっかくの厚意だし、断るのは申し訳ないか。
「ありがとうございます。もらっときます」
精霊さんが微笑むと、精霊核が俺の胸の中へと飛び込んできた。
ずず……と俺の体と同化する。
「これで何か変わったんです?」
「世界樹と接続しました。無尽蔵の魔力を使い放題です。それと、精霊の目を手にしました」
「精霊の目ってなんです?」
「精霊を視認できるようになる目です」
ふーん……まあよくわからんが、まあいいか。
「…………」
「ま、マーキュリーさん? 大丈夫ですか?」
彼女はうずくまって頭を抱えていた。
完全回復薬を無言でさしだすと、一気飲みする。
「あのね……リーフ君。精霊核って、超が100……いや、1000くらいつく、超レアアイテムなのよ?」
「へー」
「魔力が無制限に使えるって、どれだけやばいかわかる? 無尽蔵のエネルギーを手に入れたってことなのよ」
「ほー」
びき! とマーキュリーさんが額に血管を浮かべる。
あ、これ知ってる。怒ってるやつ。
「少しは!!!! 驚けよ!!!! この、無自覚ボケ男ぉおおおおおおおおおおお!」
「え、誰ですそれ?」
「あんたのことだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
まあなにはともあれ、こうしてダンジョンでのミッションは、無事終了したのだった。