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20,プラシーボ効果で落ちこぼれを最強に育てる



 ある日のこと。居候先の店、【彗星工房すいせいこうぼう】にて。


「やぁマーキュリー。リーフ君はいるかい?」

「エリアル? どうしたの」


 エリアルさんは俺の所属するギルド、【天与てんよの原石】のメンバーの一人。

 Sランク冒険者の、凄腕の剣士だ。


 短く刈り込んだ茶髪に、すらりとした体躯。そしてイケメン。うらやましい。


「実はちょっと、リーフ君に頼みたいことがあってね」

「俺にですか? なんです」

「弟の悩みを聞いてあげてほしいんだ」

「弟……?」


 はて、弟なんてどこにいるんだろうか?

 すると、エリアルさんの後ろに、誰かがいることに気づく。


「後ろの子が弟さんですか?」

「ひぃ! ご、ごめんなさいごめんなさい!」


 エリアルさんの後ろに、小さな男の子がいた。

 兄貴とちがって、ちょっと気弱そうな印象の男の子である。


「ミオ……そんな怯えなくてもいい。リーフ君は怖い人じゃないから」

「ミオ?」


 それが弟君の名前だろうか。


「で、ででで、でも! こ、古竜や上位竜種をワンパンで倒した、やばいやつなんですよね!?」

「いや、そんなことしてないですよ?」「いや、したわよ」


 はぁ、とマーキュリーさんが息をつく。


「こないだ倒したでしょ、ヒドラとバジリスク」

「え、でもあれどっちもただの毒蛇ですよね?」

「で、ミオ君はこのやばいやつに、何の用事なのかしら?」


 あれ? なんかスルーされてる? まあいいけど。

 ミオ君が何かを言おうとして、でも、エリアルさんの後ろに隠れてしまう。


 お兄さんはあきれたように息をついて説明した。


「実はこいつを強くしてほしいんだ」


 話をまとめるとこうなる。

 ミオ君は冒険者だ。


すごい職業ジョブ、【二刀流剣士】を持っている。

 だが冒険者を始めて5年たつのに、まだFランクなのだそうだ。


「二刀流剣士って、すごいじゃない。希少職レアクラスよ」

「マーキュリーさん、希少職って?」

「とても珍しい職業ジョブのこと。ほんの一人握りの人間しか持てないといわれてるわ。現に、英雄って言われてる人たちはみんな希少職よ」


 へー……そうなんだ。

 じゃあじーちゃんばーちゃんたちも希少職なのかな。

 ん? それって全然希少じゃなくないか?


 エリアルさんが話を続ける。


「ミオは希少職なんだが、いかんせん気弱でな。自分の能力を全く活かせていないんだ」

「気弱って……たとえば?」

「一人で街の外に出れない」

「弱すぎでしょ……冒険者向いてないわ」


 ぶんぶん! とミオ君が首を振って言う。


「で、でで、でも! ぼ、ぼく……兄ちゃんみたいな、強い冒険者になりたいんです!」


 なるほど……お兄さんに憧れを抱いているのか。

 だから冒険者にこだわっていると。


「頼む、リーフ君。君の薬で、どうにか弟を強くしてやれないだろうか」


 マーキュリーさんがため息交じりに言う。


「あのねぇ、エリアル。仮に薬の力で強くなっても、それは一時的なもの……ドーピングよ? ほんとの意味で強くなったとは言えないんじゃない?」

「それは……たしかにそうかもしれない。けれど、自信を持たせてやりたいんだ」


 なるほど。

 話をまとめると、ミオ君はポテンシャルはすごい。でも気が弱くて万年Fランク。

 彼にどうにか自信をつけさせて、落ちこぼれを脱却させたいと。


 ふむ。なるほど。方法は、あるな。

 

「わかりました。俺が何とかします」

「おお、ほんとかい! ありがとう!」

「ちょっと準備してきますんで、待っててください」


 俺はマーキュリーさんの作業場を借りることにする。

 後ろからついてきた彼女が不安げな表情で言う。


「なんで引き受けたの?」

「同じギルドの仲間ですから。仲間は大切にしなさいって、いつもばーちゃん言ってたし」


 作業場へとやってきた俺は、大気中の水分を集めて、天目薬壺てんもくやっこの中に入れる。

 そして、調剤スキルを発動させずに、瓶の中に注いだ。


「これ……透明だけど、水?」

「そうです。【ただの水】です」

「あなたが言うとただの水が、ものすごい水に聞こえるんだけど……」

「いや、今回はまじで、【ただの水】ですよ」

「それをミオ君に与えて、どうするつもり?」

「まあ見ててください」


 俺は水の入った瓶をもって、ミオ君たちのもとへ行く。


「お待たせしました。俺特製の、ええと、【飲めばたちまち元気びんびん24時間働けるようになるドリンク】、略して【元気ドリンク】です!」

「なんかやばい薬にしか聞こえないんだけど……」


 しかしその実態はただの水だと知ってるマーキュリーさんは、元気ドリンクを不安そうな目で見てる。

 まあ見ててください。大丈夫ですから。


「こ、これを飲めば、ぼ、ぼくも強くなれますか?」

「ああ。俺が保証するよ。大丈夫、俺を信じて」


 ミオ君の不安そうな顔に、ぱぁと光が差す。


「はい! ぼく、リーフさんのこと信じます! エリアル兄ちゃんが、めちゃくちゃすごい薬屋って、べた褒めしてたから! だから、ぼくも信じます!」


 なるほど、俺の言葉じゃなくて、俺を信じる兄貴を信じることにしたのか。

 まあどっちでもいい。


「じゃ、しっかりそれ飲んで冒険いってね。あと今日から毎日ここに通うこと。その都度出してあげるから、元気ドリンク」

「はい! じゃあさっそく、いただきます!」


 ミオ君は俺の作った元気ドリンク(※ただの水)を飲む。


「ぷはー! うまい! こんな飲みやすい薬初めてです!」

「……そりゃ水だからねただの」


 ぼそっ、とマーキュリーさんがつぶやく。

 だめだめ、それを言ってしまったら、意味がない。


「なんか、ぼく、行けそうな気がします! うぉおおお! やるぞおおお!」


    ★


 その日の夜。


「リーフさん! やりました!」


 どさっ! と工房のカウンターに、モンスターの死骸を載せる。


「ぼく、ついにモンスター、一人で倒せました!」

「おお。おめでとう!」


 カウンターの上にはただの狼が横たわっている。

 見たことないが、まあ多分モンスターなのだろう。自己申告してたし。


「これもリーフさんの元気ドリンクのおかげです! ありがとうございました!」

「いえいえ。また明日も来るんだぞ」

「はい!」


 ミオ君は意気揚々と、死骸を担いで帰って行った。

 マーキュリーさんが目を丸くしながら訊ねてくる。


「どうなってるの……? Fランクで今まで戦えたことなかったあの子が、Aランクのモンスターを倒したなんて」


 Aランク……?

 よくわからないけど、やっぱりさっきのはモンスターだったんだ。

 うちの森じゃうじゃうじゃいるような、普通の狼だったけども。


「マーキュリーさんは、【プラシーボ効果】って知ってます?」

「ぷらしーぼ……?」

「偽薬効果とも言います」


 俺は彼に飲ませた元気ドリンクを手に取って説明する。


「彼はこのただの水を、【すごい薬】だと思い込んで飲んだ。すごい薬なのだから、さぞすごい効果をもたらすだろう……そう思い込むことで、本当にすごい効果を発揮する。これがプラシーボ効果です」

「なるほど……思い込みの力ってことなのね」

「はい。彼は希少職レアクラス。ということは強くなるポテンシャルは十分でした。思い込みの力で、自信のなさを解消してあげれば、本来の力を発揮できて、結果が出せるって寸法です」

「はぁ~……なるほどね。初めて知ったわ。物知りね、リーフ君って」


 いちおう薬師だからね。

 薬の作り方以外にも、薬の使い方も心得てる。


「てっきり今回は、リーフ君が作ったやばい薬でドーピングするのかと思ってたわ」

「マーキュリーさんも言ってたじゃないですか。薬による強化は一時的なものだって。それじゃ意味ないんです。プラシーボ効果で自信を持たせて、本当の実力を発揮できるようになったほうがいい」


「そうね。薬がキレたら何も出来なくなるわけだし……ふふ、さすがリーフ君。色々考えてるのね」


    ★


 翌日からも、ミオ君はうちで元気ドリンクを飲んで、冒険に出発する日々を繰り返した。


「リーフさん! おれ、今度はクマ倒してきました! 10匹も!」

「すごい!」

赤熊ブラッディ・ベアじゃない! Aランクモンスターよ!?」


 あくる日。


「リーフさん! 見てくれよ! おれさまドラゴン倒したぜぇ!」

「すごい!」

「すごいけど……な、なんか性格変わってない……?」


 さらにあくる日。


「ひゃっはぁあああああああ! 見ろよリーフの兄貴ぃいいいい! 古竜を素手で倒してきたぜウェエエエエエエエエエエエエエエエエエイイ!」

「ちょっとまったあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 マーキュリーさんがストップをかける。

「どぉおおおおしたんですかマーキュリーの姉御おぉおおおおう!?」

「変わりすぎでしょ!? なにそのゴリゴリマッチョ身体!」


 気づけば、確かにミオ君、でっかくなっていた。

 身長は2メートルくらい。


 もうびっくりするくらい筋骨隆々なボディ。

 上半身は裸で、ベストを1枚。


 とげとげのピアス、じゃらじゃらとした銀のアクセサリー。

 そして頭をモヒカンにして、顔にはタトゥー入れている。


「ひゃっはー! モンスター倒しておれっちもベリベリすとろぉおおおぐになったのさー! 筋肉ビルドアップ!」

「いやビルドアップとかいうレベルじゃないでしょ! 見た目も! しゃべり方も! 性格も! 変わりすぎなのよぉおおおおおおおおおお!」


 確かに、ちょっと見た目がかっこよくなってる。


「でもほら、マーキュリーさんもお化粧するし、アクセサリーだってつけるじゃないですか。都会ってそんなもんじゃないんですか?」

「わたしのおしゃれを、これと同列だと思ってたの!? くっそショックなんですけどぉおおおおおおおおおお!?」


 なんでショックなんだろうか……。


「リーフ君……いくらなんでも……これおかしくない? だって思い込み効果なんでしょ? それでこんな、人間ががらっと変わるくらいの効果ってでるもんなの?」

「うーん……確かに、ちょっと効き過ぎなきがしますね……」


 そのときだ。


「う、うぐうぅうううう!」

「ど、どうしたのミオ君!?」


 急に、ミオ君が苦しみだしたのだ!


「げ、元気ドリンク……ドリンクをぉ~……はあはあ……あ、あれがないとおれは……ぐぉおおおおおおお! ドリンクぅうううううううううう!」


 ミオ君が暴走しだした! 

 手当たり次第、ものを破壊し出す!


「ちょっ!? リーフ君止めて!」

「はい! 【調剤:睡眠薬スリープ】!」


 どさっ!

 暴走をやめたミオ君を見て、ほっと息をつくマーキュリーさん。


「ちょっとリーフ君!!!! どうなってるのよ! ただの水のはずじゃないの!? かんっっっっぜんに、中毒症状でてたじゃないの!?」


「あれ……おかしいな。ただの水なのに……」


 俺は天目薬壺てんもくやっこを取り出して、瓶に水を注ぐ。


「やっぱりただの水なんだけど……」

「ちょっと貸して、【鑑定】!」


 マーキュリーさんは鑑定眼を持っている。そのものに秘められた情報を見ることができるのだ。


「ってなによこれぇええええええええええ!」

「え、どうしたんですか?」

「どうしたじゃないわよ! なにがただの水よ!【超神水ちょうしんすい】じゃない!」


 ?

 それがどうしたんだろう……?


「なにそのぽかんとした顔! 超神水ちょうしんすいよ!? 世界最高の水! 飲んだだけで疲労回復、寿命が延びて、若返るだけじゃない。他の薬草などと組み合わせて、永続的な効果を発揮し、錬金術にも使われる、超超超レアな水じゃないのよぉ……!」


 あれ?

 そんなすごい水なの、これ……?


「でもこの水、俺が薬作るときにいつも作ってる、【ただの水】ですけど?」

「くそっ! 異常者の自己申告【普通】は、信じちゃだめだった! くそっ!」

「異常者? 誰?」

「あんたのことだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ……その後、ミオ君の中毒症状は、俺の治療によって治った。

 超神水ちょうしんすいを飲まずとも、モンスターをたくさん狩ったことで彼は自信をつけ、結果、お兄さんと一緒のSランク冒険者になった。


「ひゃっはー! リーフの兄貴まじ感謝! おれっち一生あなたの舎弟で生きますので夜露死苦よろしくぅ!」

「ま、マーキュリー! 弟がグレた! 助けてくれ!」


 エリアルさんが助けを求めてきたけど、マーキュリーさんは引きぎみに言う。


「ま、まあ……当初の予定通り、自信を持たせて、強くなったから……いいんじゃない?」

「そうですよ!」

「あんたはちょっと反省しなさい……!!!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] このスーパーハイスピードでボケツッコミの世界がサイコーにヒャッハーで汚物は消毒だァー ってお話だと思いますコレ。頭のネジビン曲がるカイカンです。
[一言] ちゃんと、井戸から汲ませないと……………ww
[気になる点] 村の年寄りどもからモンスターの事について教わっていても良いと思うんだけど…調剤するのにも材料等の知識が必要なのに、ここまで無知なのは流石にどうかと思う。 正直、リーフ側の物語は詰んでい…
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