2.パワハラ幼馴染と絶縁してやった
「は……? 出て行け? どういう意味だよ……」
ある日のこと。
俺がいつもの通り工房で薬を作っている最中だった。
婚約者のドクオーナが来て、いきなり言ってきたのだ。
「聞こえなかった? あたし、彼と結婚することにしたの、ね~、オロカン様ぁ~♡」
ドクオーナの隣に立っているのは、ひょろ長い体つきで、嫌みそうな顔つきの男だった。
だが身なりはかなりいい……。貴族だろうか。
……てゆーか、ドクオーナもいつの間にかドレスとか着ちゃってるし。
「そうである。オロカン=フォン=ヴォツラーク男爵である」
オロカン男爵とやらは俺を見て、ふっ……と小馬鹿にするように、鼻で笑ってきた。
その見下した目つきと態度から、一般庶民である俺を下に見てることがわかる。
……たしかに貴族の方が庶民より偉いだろうけど、いらっとくる。
「ドクオーナは我が輩の、伴侶となったのである」
「は? は、伴侶って……貴族……か?」
「そうである。貴様のような小汚い平民のガキに、このように美しいドクオーナは実にもったいないのである!」
小汚い平民のガキ……って俺のことかよ。
なんだよ、その言い草。
ドクオーナはいきなり来た貴族を名乗る男に、べったりとくっついてる。
「あーん♡ オロカン男爵様ぁ♡ 美しいなんてうれしいですぅ~♡」
べったりとくっつくその姿からは、無理矢理命令されてやらされてるようにはとても思えない。
まるで、愛しい人に向けるような、情熱的な目を向けている……。
そんな……。そんな目、俺に向けてくれたこと、一度もないのに……。
言い様もない、敗北感のような物を覚える。
い、いや……重要なのはそこじゃない。
「こ、この人と結婚するって……じゃ、じゃあこの店はどうなるんだよ? 俺は? これから、どうなるんだよ……」
するとオロカン男爵はフッと、馬鹿にしたような笑みを浮かべて言う。
「そんなの決まってるのである。この店を出て行くのである」
「なっ!? 出てけだと!?」
「そうである。この工房は我が輩の妻、その父が残したものである。当然、伴侶となる我が輩のものである。おいてある物は、ぜーんぶ」
「ふざ……ふざけんなよ! この工房の器具も、師匠が残したレシピも……常連客も差し出せっていうのかよ!」
「その通りである。理解が遅いグズであるな」
なにが……なにがグズだ。ふざけんな、ふざけんなよ!
俺から婚約者も、師匠との思い出が詰まった店も、受け継いだ技術も、俺に優しくしてくれる客も……。
全部横から、この貴族に取られてしまうってことかよ!
「ま、でもねリーフ。あたしも鬼じゃ無いわ。恩情をかけてあげる」
ドクオーナ……。
そうだよな、俺たち幼馴染だもんな……。
「あたしの元で、召使いとして、雇ってあげてもいいわよ」
「…………………………………………………………は?」
「このままこの家を追い出されて、仕事が無くて困るでしょ? だからあたしの下で下僕のように働きなさい。そうすれば、パパの工房を使わせてあげてもいいわ」
……召使い?
下僕……だって……。
なんで、どうして……そんなひどい提案ができるんだよ?
俺たち、幼馴染じゃ無いか。
同じ人の元で一緒に薬学を学び、一緒に父親の遺した店を、経営してきた仲じゃないか。
なのに……そんな仕打ち。
あんまりだ……畜生……チクショウ!!!!!
「ざける……な」
「え? なに? 下僕になるって?」
「ふざけんじゃねえよ……!」
知らず、声を荒らげていた。俺のなかにふつふつと湧き上がる感情が、理性で抑えきれずに表に出たのだ。
これは……怒りだ。そう、俺は怒ってるんだ。この、女に。ドクオーナに。
「俺を召し使いとして雇ってやってもいいだと? ふざけんじゃねえよ! 今までも散々、召使いみたいにこき使ってきたじゃねえか!」
「ちょ、ちょっと……なに怒ってるのよ?」
「うるさい! おまえなんてもう知らん! 俺は出て行く!」
「なんですって……!?」
驚くドクオーナをよそに、俺はきびすを返す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんでそうなるのよ。オロカン様のところで雇ってあげるって言ってるのに」
「こんな最低男と、最低女のいるとこで、働けるわけねえだろ!」
「な、な、なによ最低女って! ひどい! あんまりな言い方だわ! 撤回しなさい!」
「するわけないだろ! 人の気持ちを踏みにじりやがって……!」
俺は何も持たず、工房のドアに手をかける。
「お望み通り、この工房のものは全部おいてく。釜も、薬草も、器具も全部勝手に使えばいいさ!」
「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 使い方とか、薬草の名前とか、あんたしかわからないじゃないの! どうするのよ!」
「知るもんか! 勝手にしろ! そこの最低男とどうぞお幸せにな!」
俺は何も持たず、手ぶら状態でドアを開ける。
「ちょっとー! 待ちなさいよリーフ! 戻ってきなさいって!」
ドクオーナのことを無視して俺は、夜道を走る。
なにが戻ってこいだ。ふざけるな。もうあんなやつの顔なんて二度と見たくもない!