195.元婚約者は感服する
《ドクオーナSide》
リーフの元婚約者、ドクオーナ。
彼女はリーフとともに、窮奇に感染したウイルスの特効薬、および、ワクチンを作っている。
ドクオーナは病状が悪化しないように、適切に薬剤を投与するだけしかできない。
「ドクオーナ……すごいよ!」
そんな自分を、リーフは凄いと褒めてくれた。
嬉しい反面、何を言ってるのだ……と思う。
「(凄いのはあんたよ)」
リーフは複数のことを同時に、そして高レベルに行っている。
ウイルスを培養し、そのウイルスに効く手段(薬剤、熱、紫外線)を模索してる。
それも、恐るべきスピードでだ。
作業台の上には魔法の敷物が置かれている。
そこに無数の卵がおいてあり、リーフは卵一つ一つに、ウイルスを不活化する、別々の手段を試していく。
正直、彼のやってることを理解するのは不可能に近い。
薬学を少しかじった程度の自分には、リーフが凄いってこと、そして……。
「(おじいさん……)」
薬神アスクレピオス。
ドクオーナの祖父。その背中と、リーフのそれが重なる。
ドクオーナは覚えている。
かつて……英雄村に、未知のウイルス病が流行ったことがあった。
既存の治療薬では、直すことができなかった。
そんななか、アスクレピオスは今リーフがしてるように、ゼロから特効薬を完成させた。
ドクオーナ……そして、リーフも、あのときアスクレピオスの凄さを、見ている。
彼女は感じていた。予感があった。
リーフは、アスクレピオスに並ぶほどの力を、身に付けている、と。
「よし! できたっ!」
リーフが薬師の神杖に、液体を垂らす。
「調剤……!」
リーフが薬師の神杖を窮奇にかざす。
窮奇の体が輝き出す。
その輝きだけで、ドクオーナは確信を得た。
リーフは、成し遂げたんだと。
「ぐ……ぐうぅ……ここは……?」
「! 目がさめたんだね! 窮奇さん!」
むくり、と窮奇が自力で立ち上がる。
「助かったのか……?」
「はい!」
じわ……と窮奇が涙を流す。
「なぜ……? なぜ助けた……? そなたを、酷く罵ったのに……。そなたを、傷つけたのに……?」
リーフが言う。
「俺は、薬師ですから!」
……ああ、成った。
彼は、薬神になったのだ。
薬神の技術、そして、心持ち。
その二つが、今、リーフに備わった……。
「あれ……? なんだ、これ……?」
ずずずう……とリーフの両手に、何か【紋章】が浮かび上がってきた。
太陽、そして月。
二つの紋章を手に入れたリーフ。
「! それ……おじいさんとおなじ……」
「! そっか……そういや、師匠もこの手の紋章があった……じゃあ……」
「ええ。そうよ! やったじゃないリーフ! あなたは……師匠に追いついたのよ!」
……本当に、凄いことだ。
薬神に、十代で追いついて見せたのである。
「すごいわリーフ!」
リーフは呆然と両手を見つめたあと……笑う。
その笑顔は、窮奇に向いていた。
「それもうれしいよ、でも……窮奇が元気になったほうが、うれしいな」
ドクオーナは、感服する。
そして納得した。
彼が、心と体、その二つ、薬神に並んだからこそ……アスクレピオスとおなじ力を天より授かったのだと。