19.魔女の悩みを解決してホレられる
わたしは彗星の魔女マーキュリー。
マーリンおばあさまの娘の、娘。つまりは孫だ。
お母様もまた高名な魔法使いで、現在は帝国の宮廷魔法使いをしている。
わたしもまた母の才能を受け継いでる。いわば、天才だ(どやぁ……)。
幼少期からチヤホヤされまくったわたし。
いやぁ、将来は明るいなぁ! だってわたしは天才だしなぁ……!
と調子乗っていられたのは、魔法学園に入学する前のこと。
わたしは、デッドエンド村に居る、マーリンおばあさまのとこへ、一時的に預けられることになった。
お母様の意図としては、図に乗りだした小娘(※わたし)の、鼻っ柱を砕くためだったのだろう。
確かに……わたしは井の中の蛙だった。大海を知らなかった。
……自分より、遥かにすごい存在がこの世にはごまんと居ることを。
こうしておばあさまのところで預けられて数年、すっかり自信を失った……というか、自分があまりたいしたことがないと知ったわたしの考えは、変わった。
すなわち。
本物の天才には、なれないと。
だから英雄は目指さないと。
魔法学校を主席で卒業して、いろんなところから引く手あまただったけども。
わたしは全部断った。だって結局、自分よりすごい人はたくさんいるわけだから。
まあ、そこそこ裕福な暮らしができればいっかなーっという考えのもと、王都で何でも屋みたいなことを始めた。
幸いにして、わたしは鑑定眼を持っていたので、それを使って鑑定士として働けることになった。
英雄にはなれないけど、まあいいのだ。 平凡な生活も悪くない。
そう……思っていた。
彼が、わたしのもとへ来るまでは。
★
リーフ君がヒドラと九頭バジリスクを討伐した、その日の夜。
わたしは寝室で一人、大の字になっていた。
「はぁ……やばすぎでしょ、あの子……」
リーフ・ケミスト君。
英雄たちの集う村、デッドエンド村の出身で、治癒の神アスクレピオスの弟子。
さらに剣聖アーサーおじいさまから剣術と、賢者マーリンおばあさまから魔法とスキルの知識およびチートアイテムの付与。
「……ほんと、すごすぎでしょ」
あの子は本物の天才だ。
英雄村の住民にふさわしい、まさに英雄の卵といえよう。
だって古竜を一撃で、上位竜種も一撃で倒してるのよ?
ありえないでしょ! なんなのあれ!?
「レベチすぎて笑えるわ……はは」
と、そのときである。
『マーちゃん、マーちゃん、聞こえる?』
「!? この声は……おばあさま!?」
うっそ!? なんで、マーリンおばあさまの声が!?
いったいどこから……?
すると、部屋の隅に大きめの包みが置いてあった。
ああ、そういえばわたしあてに荷物が、ギルドに届いていたんだっけ。
わたしが包みを破くと、そこには大きめの姿見があった。
「この鏡は……まさか!」
『そのまさかよぅマーちゃん。【幻夢の鏡】。一対の鏡になっていて、映した姿をリアルタイムで、相手の鏡に映し出す魔道具』
「そ、そんな伝説級の魔道具を、ぽんと送ってくるなんて……」
わたしのため、ではないのだろう。
おそらくは、リーフ君のためだ。
そりゃそうだ。マーリンおばあさまが一番かわいがってるのはリーフ君なんだから。
……わたし、あなたの孫なんだけどなぁ。
「鏡までおくって、そんなにリーフ君のことが気になるんです?」
『何言ってるのぉ? あなたのことも、気になってるわ。リーフ君の様子もそうだけど、あの子に振り回されてるだろう、あなたの様子もね』
……ああ、いちおう気にはかけてくれてるんだ。
まあでもついで感がするな。
『リーフちゃん、どんな感じかしらぁ?』
やっぱりリーフ君の近況が知りたくて送ったのね。
ほんと、愛されてるわね、彼。あの村のみんなから。
彼が愛されるのは、才能があるから。かなぁ……はぁ。
劣等感にさいなまれながらも、わたしは彼のことを話す。
『あらまあヒドラと九頭バジリスクをすごいわぁ。さすがリーフ君ねえ』
おばあさまが感心したように言う。やっぱり、甘い。
いやね、確かにすごいよ? 本当にすごいことだと思うよ?
……わたしには、おばあ様全然褒めてくれなかったのよね。あの村にいたころは。
やっぱり才能の差かなぁ。
『上位竜種を倒したんだから、もうSランクくらいは余裕でなったわね?』
「いや、認められませんでした」
『あらぁ? どうして?』
「バジリスクの死骸を、リーフ君が瓶詰にして回収したからです。ギルドは、倒したモンスターの一部を提出しないと、討伐したって認められないですから」
ヒドラについても同様だ。あの毒魔竜の毒を、全部リーフ君が吸い取ってしまった。
ゆえに、討伐したって扱いにはならなかったわけで、リーフ君は昇格しなかったのである。
『あらぁ……』
すっ、とおばあさまの目が細くなる。
ぞくっ! とするくらいの、殺気を放っていた。
『ギルド……つぶしちゃおうかしら』
「だめだめだめ! 何言ってるのおばあさま! あなたなら火球一発で、王都を地図から消しちゃうレベルで強いんですからね!?」
『ほほ、わかってるわよぉ。冗談よ冗談♡』
ぜんっぜん冗談に見えなかったんですけど!?
まじでつぶす気だったわこのおばあ様。こわ……。
リーフ君が認められなかったからって、本気で怒ってたわ。
どんだけ孫バカなのよ。まったく……孫はわたしでしょうに。
はーあ……才能のない孫は孫じゃないですか? はーあ……。
ま、才能ないのは事実だけど、さ。
『マーちゃん』
「なんすか……?」
『あらどうして、そんな気落ちしてるの? 何かつらいことでもあったかしら?』
おばあさまが気にかけてくれる。
つらいこと? そりゃ、現在進行形で起きてるっての。
……なんか、腹立ってきた。急にあんな【爆弾】送り付けてきて、才能の差をまるで、見せつけるかのようにしてきて……。
「別に……ただ、当てつけみたいに思えて」
『当てつけ?』
「才能のないわたしに、あんな才能あふれまくってる超すごい子を預けるなんて、当てつけ以外の何物でもないですよ」
わかってる、おばあさまはそんなひどい人じゃないって。
でも、リーフ君には才能があって、わたしにはないのは事実じゃないか。
『マーちゃん……』
「男の孫ができてさぞかわいいでしょうけどっ。わたしもいちおうあなたの孫なんですけどねっ!」
言って、わたしは冷静になった。世話になったおばあさまに、わたしはなんて酷いことを……。
自分の才能のないことにたいして、他者のせいにしても、無意味なのに。
「……すみません。おばあさまには恩義があるし、この店を作る資金の援助も受けたこともありますし、しばらくリーフ君の面倒は見ますから。ご安心を」
『マーちゃん……あたしはね、』
「もう疲れたんで、寝ます……おやすみなさい」
わたしは気まずくて、鏡に布をかける。
こうすると、向こうからの通信を一方的に切ることができる。
わたしはベッドに大の字になって倒れる。
ああ、自己嫌悪……おばあさまに何を当たり散らしてるんだ。
リーフ君も、おばあさまも、悪くないのに。
リーフ君は、すごい。凄すぎる。それに対して、うらやましいってやっぱり思ってしまう。
おばあさまに、あんなに愛してもらえる、気にかけてもらえるなんて、ずるい。
わたしだって、もっと気にかけてほしいのに……。
と、そのときだった。
コンコン。
「マーキュリーさん。起きてますか?」
★
部屋に入ってきたのは、リーフ君だった。
わたしは彼と一緒に、なぜかお茶をしていた。
「え……やば、めちゃ美味い……」
彼の煎れたお茶は、今まで飲んだことないくらい、おいしかった!
なにこれ!? わたしが今まで飲んでたの、泥水!?
「こんなおいしいの、初めて飲んだわ……」
「そうですか! よかった! 俺、薬師だから、薬草を使ったお茶作るの得意なんですよ!」
「はは、そう……ってあれ? 肩こりが治って、頭が痛いのもなんか……」
わたし、胸が結構あるから、慢性的に肩こりで、また本を読むから、眼精疲労持ちだったの。
けれどリーフ君のお茶飲んだ瞬間に、体調が万全になった!
なにこれ!?
「これ、爽健美紅茶っていうんです」
「そうけんび、こうちゃ?」
なんだろう、そのネーミングはあまり使っちゃいかんって思ってしまうわたしがいた。
理由は不明。
「爽健美紅茶は、紅茶なんですけど薬でもあるんです。飲んだ人の代謝をよくして、健康に、美容にいいお茶なんです」
「まじか……まじだ。なんかお肌つるつるになってるし」
しかも何十時間も熟睡したみたいに、目がしゃっきりしている。
なにこれ……売れば、たちまち大金持ちになれるじゃない!
「こんなお茶、どうしてわたしに?」
「マーキュリーさんに、元気になってもらいたくって」
「っ!? そ、そう……ありがと」
どうやら一目で、わたしが元気ないってわかってしまったのだろう。
そんなに表情が顔に出ていたのか。明日からも仕事あるし、気を付けないといけないのに。
「何かあったんですか? 悩みがあるなら、聞きますよ」
……あんたがすごいから、わたしが凹んでるのよ。
なんて、この子に言うのは、いじわるよね。
だってこの子、悪い子じゃないし。
わたしが落ち込んでたら、元気になるようにってお茶煎れてくれたわけだし。
「ありがとう。でも大丈夫だから」
「そうですか……あ! これ、幻夢の鏡ですよね!」
部屋の隅に置いてある、おばあさまからの魔道具を見て、リーフ君は目を輝かせる。
「おばあさまが送ってきたの。リーフ君の様子をおしえてって」
「へえ……あ、俺使ってみてもいいですか!」
「え? ああ、どうぞ」
まあ別にいいか。リーフ君も久しぶりに話したいんだろう。
わたしは邪魔しちゃいけないから、部屋を出ていく。
「風呂入ってくるね。ごゆっくり」
★
風呂から戻ってきて、わたしは自分の部屋に入ろうとする。
「マーキュリーさんって、すごいよね」
部屋から、リーフ君の声が聞こえてきた。
多分おばあさまと話してるんだ。
「何でも知っててすごいし、あと鑑定眼! あれほんと凄いよね」
『そうなのよぉ、リーフちゃん。あの子も、本当はものすごい才能の持ち主なのよ』
……え?
おばあさま……?
「そうだよね。前言ってたもんね、鑑定眼って、使い方をきちんと知らないと、宝の持ち腐れになる。けど、マーキュリーさんはちゃんと使いこなせてるって。だからすごいって」
……そんな、こと。
言ってたの、おばあ様?
なんで、わたしの前じゃ、そんなふうにほめてくれたこと、一度もないのに……。
『ええ、すごい子なの。でも、すぐに調子に乗っちゃう子でもあってね。だから、あえて厳しく育てたのよ。そしたら、自信がぽきっと折れちゃったみたいでね』
そんな。そう、だったのか……。
あの厳しさは、愛情の、裏返しだったなんて。
『リーフちゃん、お願いがあるの。あの子のこと、うんと褒めてあげて』
「そりゃもちろん! だってマジにすごいし!」
『よかった。あたしはね、あなたと同様に、あの子のことも期待してるの。停滞を是として、今の立場に甘んじてるあの子に、もう一度やる気を取り戻してほしい。その起爆剤となればと思って、あの子のもとにあなたを送ったの』
……そう、だったんだ。
当てつけじゃ、なかったんだ。
「ばーちゃん、ほんと孫バカってか、大好きだよねマーキュリーさんのこと」
『当たり前でしょぉ。あの子は、可愛い可愛い我が孫なんだから』
……気づけば、わたしは泣いていた。
そっか、リーフ君だけじゃなくて、ちゃんと、わたしのことも想っててくれたんだ。
「ばーちゃんの意図はわかったよ。俺、マーキュリーさんに刺激与えまくるね!」
『ええもう、手加減無用よぉ。リーフちゃんは、もう思う存分暴れてあげて。それを見たあの子が、なにくそって、がんばろうって、また上を向いてくれるように』
ああもう……。
わたし、なんて馬鹿だったの……。
おばあさまも、リーフ君も、悪人じゃないってわかっていたのに。
当てつけだなんて、馬鹿らしい。
そんなことするわけないじゃないか。
ああ、ほんと……ばかだなぁ、わたし。
「じゃあね、ばーちゃん! お休み!」
通話が終わる。ああ、だめだ。こんな、泣いてる姿、見せられないよ。
わたしが外に出て行こうとした、そのときだ。
「マーキュリーさん」
ドアが開いて、彼が出てくる。
「ほらね、ばーちゃんいい人だったでしょ?」
「! き、気づいてたの?」
「まあ、なんとなく」
わたしがつまらないことに悩んでたことに、彼は気づいてたんだ。
だから、おばあさまの意図を、聞かせるために、わざと……。
トクン。
「ばーちゃんから、頼まれたからさ。これからも俺、マーキュリーさんに迷惑かけ続けるよ! ごめん!」
トクン、トクンって、胸が高鳴ってる。
なに、これ? なんなのだろう、この気持ち。
顔が熱くなって、彼を見てるとドキドキする。
笑顔になれる。ああこれって、まさか……。
「マーキュリーさん?」
「な、なんでもないわ。も、もう夜も遅いし、寝なさい」
「はい! おやすみなさい!」
彼があてがわれた部屋へと向かう。
その姿をずっと、後ろから見ていた。
トクントクンって、まだ心臓が、強く脈打ってる。
わたし、年下好きだったのね……。
まあ、何はともあれ。
わたしのちんけな悩みは、彼によって解消されたわけだ。
「ありがとう、リーフ君。……これからも、よろしくね」