18.上位竜種もワンパン
俺、リーフは王都に近づいてきた毒蛇を倒した。倒したって言うか、まあ毒を吸収しただけなんだが。
「リーフ君!」
「マーキュリーさん」
杖にまたがって、こっちに飛んでくるのは、俺が世話になってる魔女マーキュリーさん。
マーキュリーさんは俺と冒険者の上空へと止まると、すとんと降下してくる。
「エリアル、無事!?」
「ああ、マーキュリー。おれは大丈夫だ」
あれ、二人とも既知の間なんだろうか。
気安いし、多分そうだろう。
「てゆーか、心配するなら、【ふたりとも】無事かって聞くのが筋じゃないのか?」
「リーフ君は……うん。負けるわけないから」
「ずいぶんと信頼してるんだな、おまえ」
「まあね……」
マーキュリーさんに信じてもらえるのって、うれしいな。
すごい人だからね、この人も。なにせマーリンばーちゃんのお孫さんだし!
エリアルさんがぐいっと背伸びする。
「ヒドラは無事、彼が倒した。あとは無事に王都へ帰還するだけ」
「その前にこのあたりの消毒はしないとね」
ヒドラの分泌した毒のせいで、草原の草花は枯れ、大地もひび割れてしまっていた。
「帰る前にちゃちゃっと直しますかね」
「そうね……でもいったん街へ戻りましょう。何かあるかわからないし」
「何かって、なんです?」
「帰るまでが冒険だから。まあ、ヒドラ以上にやばい敵なんて、そうそうでないでしょうけど、絶対」
と、そのときだった。
ゴゴゴゴ……!!!!
「っ!? なにこの魔力反応!」
「どうしたマーキュリー?」
マーキュリーさんがエリアルさんの足下を指さす。
「この遥か地下から、超高速でモンスターが近づいてきてるわ……それも、ヒドラなんて比じゃないレベルの!」
「なんだと!? リーフ君、マーキュリー! 撤退を……」
「だめ! 間に合わない……きゃあああ!」
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
地面を突き破って……【そいつ】が姿を現す。
さっきの毒蛇よりも、もう一回り大きな体。
そして……9本の首を持った……。
「な、九頭バジリスクですって!?」
マーキュリーさんが戦慄の表情を浮かべる。
エリアルさんも身体を震わせていた。
「そんな……SSランク。古竜の一種じゃないか! どうしてこんなとこに……」
ぎろっ、と九頭バジリスクの目が俺たちに向く。
『シュラシュシュシュ! おやおやぁ、吹き飛ばしたはずなのに、どうしていきてるんですかぁ?』
「しゃ、しゃべっただと!?」
エリアルさんがまたも目をむいてる。
マーキュリーさんは緊張の面持ちで解説する。
「上位の竜種は知性を持つわ。つまり……」
「それだけ、この竜は強いってことか……!」
9本首のやつが俺らを見回す。
『その女も男もザコ。ザコ。ざぁこ……んんぅ~? ザコしかいないじゃないかぁ』
蛇のやつが俺たち三人を見てブフ……! と吹き出す。
『なんだぁ。われの毒を消し飛ばしたやつは、もういないようですねぇ』
「毒……ま、まさか!?」
エリアルさんがおびえた表情を浮かべた。
「あのヒドラは……九頭バジリスクが分泌した毒に過ぎないってことか!?」
『フシュシュ! そのとぉり! あれはわれのもつ9つの毒の一つに過ぎない! しかも……フシュ! その中でも特に弱い毒でしかない!』
「そんな……」
絶望の表情を浮かべるエリアルさん。どうしたんだろう。おなかでも痛いんだろうか。
「お、おれたちがあんだけ苦労して、それでも……倒せなかったヒドラが、単なる九頭バジリスクの、毒に過ぎない……しかも、最弱だったというのか……」
『フシュシュ! そうさぁ! ザコ払いはあの毒にまかせて、われらは食事をいただくという段取りだったのよぉ。ヒドラがやられたから様子を見にきてやったが……フシュ? どこにいるのだ、【聖女】、あるいは【聖者】はぁ?』
聖女? 聖者?
聞いたことない単語だ。
「マーキュリーさん、聖女と聖者って?」
「あ……あわ……あわ……」
「やっぱおなか痛いの? 完全回復薬飲んどく?」
ぶんぶん! とマーキュリーさんが首を振って言う。
「きょ、強力な浄化の力の使い手のことよ。街にモンスター除けの結界を張ってる……」
「へえ、そんなものがあるんですねぇ」
知らなかった。
王都っていろいろ田舎と違うんだなぁ。
『フシュゥ? なんだ小僧、なぜおまえだけ我を恐れない?』
「え? なんで? ただの蛇に?」
びしっ! とその場の空気が凍り付いた。
え? なに、俺何か変なこと言っちゃった?
『ふ、ふしゅぅ? き、気のせいかな……? この我を、古竜のなかでも上位存在……上位竜種を? 言うに事欠いて蛇と……?』
「え、だって蛇じゃん。竜と名乗ってるくせに、翼ないし」
ぶちぶち、と何かが切れる音がした。
「り、リーフ君! なんてことを!」
「え、だってほんとのことじゃん。蛇じゃん」
『ふ……ふふ……初めてですよぉ。この我を、ここまでコケにした馬鹿ザルはぁ……!』
ごっ! と九頭バジリスクの身体から魔力が吹き出す。
そういや、マーリンばーちゃんが言っていたな。
魔力は通常人間の目には見えない。
けれどあまりの高濃度の魔力は可視化されるって。
それだけこの蛇が出した魔力が、すごいってことか。ふーん。
『貴様には最上級の竜息吹で葬ってやろう! 我の最大の一撃……【石化竜息吹】でねえ!!!!』
蛇の九つの口に魔力が集まり、そして……照射される。
ビゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
吹き荒れる風。
それが通った後は、一瞬で石化される。
「結界が間に合わない! 逃げなさい!」
「駄目だ! おれが壁に……ぐぅう!」
ブレスが俺たちに襲いかかった。
……。
…………。
………………。
『フシャーシャシャシャ! 全滅だ! 我をコケにした報いですよぉ! シャシャシャー!』
「誰が全滅だって?」
『ナニィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?』
蛇がはいたブレスを受けても、俺はぴんぴんしてる。
てゆーか、なに驚いてるんだ……?
『あ、ありえん! この上位竜種の全力のブレスを受けて、なぜ無傷なのだ!?』
「え、だって俺毒無効体質だし」
『む、むこ……いやいや! それでもヒドラの毒なんて比じゃないレベルの毒だぞ!? それに、我の石化は絶対! 生物も非生物も! これを受けて一瞬で死ぬんだ! 毒を受けて無効化する間に窒息して死ぬはず!』
「いやだから、何言ってるんだよ?」
不思議なことを言う蛇に、俺が言う。
「殺されたくらいじゃ、人間って死なないだろ?」
なんども俺はアーサーじーちゃんと手合わせしたことがある。
あの人容赦なくて、急所にすさまじい一撃を入れてくるんだ。
そのたび俺は仮死状態になって、動けなくなっちまう。
だから俺は、死ぬとその瞬間に、体内で蘇生ポーションを自動で高速精製されるよう、訓練を積んだ。
結果、死ぬとそれがスキル発動のトリガーとなって、調剤スキル:蘇生ポーションが発動するように、オートでできるようになったのである。
「じーちゃん言ってたよ。殺したくらいじゃ生き物は死なないって。殺すんだったら頭を潰せってさ。あれ、習わなかった?」
ぱくぱく……と口を大きく開いて呆然としてる蛇。
「ちょっと待ってな。今ふたりとも、蘇生させるから。調剤」
俺は石化を解除する薬と、蘇生ポーションを作り出す。
それを薬師の神杖を使って、ふたりに投与。
石化が解除されて、マーキュリーさんたちが動けるようになった。
「かは! はあ……はあ……」
「え、え、なに? 何が起きたの!? リーフ君!?」
うん、二人とも無事っぽいな。
「ブレスで死んだみたいだったんで、蘇生させました」
「な!? 蘇生ですってぇええええええええええええええええ!?」
またも驚くマーキュリーさん。え、何そんな驚いてるんだろう?
「蘇生くらいでどうしたんですか?」
「いやいや! 蘇生なんて普通できないから!」
「え? でも村の人普通にできますよ?」
「だからあんたのいた英雄村での普通は、普通じゃねえんだよぉおおおおおおおおお!」
頭を抱えてもだえるマーキュリーさん。
「えー、でもたくさんのばーちゃんたちが、死者蘇生くらいならできたし、普通じゃないのですか? セイばーちゃんとか」
「死者蘇生できるご婦人がたくさんいるって……やばすぎでしょ……」
あれ、エリアルさんも驚いてる?
「冒険に出るなら蘇生手段はもっとかないとですよね?」
「なにその外に出るならハンカチ持っとかないとね、みたいなノリ! 神の奇跡だから蘇生はぁああああああああああ!」
あれ、そうなのか……?
いや、どうなんだろう……うーん、だって魔法使いじゃないアーサーじいちゃんだって、普段は不死鳥の羽根っていうアイテムを持ち歩いてるし、即死対策は基本って言ってたしなぁ。
『ば、ばかなぁ……こ、この我の一撃を受けて……生きてるどころか……石化を解除だとぉ……』
「ん? おお、待たせたな。じゃ……採取させてもらうぜ」
俺は薬神の宝刀を取り出して、蛇に近づく。
「さ、採取……?」
「はい! だって上質な毒を分泌する毒蛇なんですよぉ……」
ふふ、おっと笑いが漏れてしまう。
「瓶に詰めて置けば、上質な毒がいつでも手に入るじゃないですか」
毒も転じれば薬になる。
薬を作るとき、毒物質も必要となるのだ。
こいつは9つも、すごい毒を持っている。
薬を作る上で、すごい役に立つってことだ。
「で、でも死んだら毒なんて分泌しないんじゃ……」
「ああ、大丈夫大丈夫。死なないように、殺しますから」
「どういうことなの!?」
俺は薬神の宝刀に、薬を充填する。
「【調合:不老不死の霊薬】」
「なっ!?」
刃が七色に輝く。俺は一瞬でバジリスクに近づく。
『ひぃいいいい! いやぁああああああああ!』
「せいっ!」
スパパパパパパン……!!!!
……ぶつ切りにされたバジリスクの肉が、ボトボトとその場に崩れ落ちる。
俺はばーちゃんからもらった、天目薬壺を取り出す。
ずぅぉおおお! と壺の中に、馬鹿でかいバジリスクの肉が吸い込まれていった……。
「よっしゃ!」
「よっしゃ、じゃないわよぉおおおおおお!」
マーキュリーさんが叫ぶ。この人叫びすぎじゃない?
「大丈夫、喉痛めません? 完全回復薬の……」「飲まねえよ! だから喉薬感覚で完全回復薬使うんじゃねえよ……!」
地団駄踏むマーキュリーさん。
あ、元気っぽい。
「今の何!?」
「え、だから不老不死の霊薬をあいつに投与したんです。これなら、死なないでしょ?」
「いやいやいや! 不老不死の霊薬って! そんなの伝説の偉人! 大賢者ニコラス・フラメルしか作れなかった、超伝説級のアイテムじゃないのよ!」
「え、そうなんですか?」
でも俺に教えてくれたセイばーちゃん、普通に作ってたけど……?
「そうなのよ!」
「し、しかもリーフ君……君なにしたの? 一瞬であの巨体がバラバラになったんだが……?」
あれ、エリアルさんは見えてなかったのか?
「単に近づいて、ぶった切っただけですけど……」
唖然、呆然とした顔の二人とも。
あれぇ……?
「えっと……俺、何かしちゃいました?」
二人はみるみるうちに、顔を赤くすると……。
「「何かしちゃいましたじゃねえよ! やらかし過ぎなんだよぉおおおおお!」」