16.ヒドラもワンパン
薬師リーフ・ケミストが、大商人ジャスミンにポーション作成した、少し前。
王都郊外では、Sランク冒険者パーティ【黄昏の竜】が、今まさに戦闘を行ってるところだった。
「ぜえ……はあ……だ、大丈夫かてめえら!」
黄昏の竜リーダー、エリアルが仲間たちに呼びかける。
彼らは王国最高峰の冒険者パーティ。
古竜すら討伐したことのある彼らは今、一匹の【竜】に苦戦を強いられていた。
「ちくしょう……毒魔竜ヒドラ! なんて厄介な相手だ!」
ヒドラ。見上げるほどの巨大な蛇に、一見すると見える。
体表からはどす黒い猛毒が、止めどなく分泌されており、竜の立っている、通った場所の大地は死んでいる。草の一本も生えない。
エリアルたち黄昏の竜と、王国騎士団は、合同でこの毒魔竜に挑んだ。
メイン攻撃を黄昏の竜が、サポートと防御を騎士団が、という布陣での戦闘。
しかし結果……。
王国騎士団はヒドラの前に壊滅状態。
エリアルはなんとか粘ったが、もう盾となってくれる騎士はおらず、自分たちの体力も限界に近い。
リーダーは目を閉じて、やがて決断する。
「伝令! 撤退だ! おれら黄昏の竜がしんがりを務める! その間に退却を!」
伝令の騎士は青ざめた顔になる。
「しかし……それでは皆様は!」
「ふっ……なぁに、おれらは最強だぜ? こんな毒竜の相手くらい、おちゃのこさいさいよ!」
……とはいえ、エリアルも、そして伝令の騎士もわかっていた。
この毒魔竜には、絶対に勝てない。
だからしんがりをつとめる黄昏の竜のメンバーたちは、全員、死ぬだろうと。
……だが伝令は、彼らの覚悟を汲み、未来に可能性を託すことにした。
「すみません! すぐに、応援をよんでまいりますので!」
「おーおー、頼りにしてるぜ」
伝令が涙を流しながら、撤退を伝えていく。騎士たちは躊躇するものの、動けるものは協力して、その場から逃げていく。
黄昏の竜のメンバーたちは、おのおのの手段で回復する。
「リーダー。逃げてください」
「そうっすよ、頭がいれば竜は死なねえんだ」
メンバーたちの優しさに胸が熱くなるも、しかしエリアルは首を振る。
「ばっかやろう。頭がなくちゃ、飛べねえだろ。……いくぞ。おまえら!」
仲間思いなリーダーがいて、本当に良かったと彼らは心から思った。
そして、腹は決まった。すなわち、死ぬ、覚悟を決めたのだ。
「ここが最後の活躍の場だ! 踏ん張れよ!」
「「「おう!」」」
まず、弓使いの男が魔法矢を放つ。
魔力で作られた矢は、空中で不死鳥の姿になると、毒魔竜の体に襲いかかる。
じゅぅう……! と焼けるような音がした。
だがそれは、竜が炎に焼かれた音ではない。
魔法の矢が、ヒドラの分泌する毒によってとかされたのだ。
「リーダー! すまねえ……渾身の鳳の矢が……」
「魔法すら解かす溶解毒……か。くそ! 白兵戦だ! いくぞ!」
リーダーを含め、前衛職たちが武器を抜く。
「付与術士! 最高の硬化付与を頼むぜ!」
武器の攻撃力と強度を上げる付与魔法が、武器に宿る。
後のことを考えない、最高の付与を味方に施す。
「いくぞ! うぉおおおおお!」
エリアルたちが武器を手に特攻をかける。
だが……ヒドラはにやりと笑った。
じゅぅうう……
「武器が……げほっ!」
「げほっ、ごほ……! り、りーだ……毒ガス……だ……がはっ!」
エリアルたちの武器が溶解している。
全力の付与をかけても、それを突破するほどの溶解毒だ。
さらにヒドラの体の周りには、人の内臓を破壊する毒ガスが発生している。
近づくことは、不可能。
「複数の毒を……自在に操る……くそ……ばけものめ……だが! 槍使いぃい! 食らわせてやれぇええ!」
後ろで待機していた槍使いが、助走を付けて、槍を投擲する。
「うぉおおお! このおれの最後の一撃! 穿て!【強翼螺旋槍】ぉおおおおお!」
命を削って放たれた、最強の一撃。
彼の槍は遺物、金剛不壊の能力が付与されている、絶対に壊れない槍。
その槍を尋常じゃない速度で投げつける技だ。
螺旋を描き超スピードで飛んでいく槍は……ヒドラの毒ガスをもえぐる。
ヒドラの眉間を、槍が貫いた。
「やったか!?」
頭が消し飛ぶほどの一撃だった……しかし。
うぞぞ……と体から分泌された毒が、頭部に集中していく。
毒が粘土のようにこねくり回され、それは失ったはずの頭部へと変化した。
それを見て、エリアルたちは絶望する……。
「そんな……あの竜は、毒を分泌する竜だと思ってた。けど……違うんだ。毒そのものなんだ」
毒が固まって、竜の形をしていたのである。
その事実はエリアルたちから、最後の希望を奪っていった。
「魔法も効かない……武器攻撃も効かない……こんなの、無敵じゃないか……! 倒せるわけがない……!」
毒ガスによる肉体的ダメージと、新事実の発覚による精神的ダメージ。
黄昏の竜のメンバーたちは、みな、絶望の表情を浮かべていた。
にぃい……とヒドラが醜悪に笑う。
ふっ……とエリアルもまた、笑った。
「いいさ……おれらの仕事は、こなした。今は勝ち誇るが良い……毒蛇め。いつかきっと、てめえをたおす……英雄が現れる」
その言葉が毒魔竜に届いたかわからない。
ヒドラは嘲笑するかのごとく、大きく胸を反らすと、毒のブレスを吐き出した……。
そのときだった。
「【調剤:浄化ポーション】」
ばしゅっ! 一瞬で、毒ガスが消えたのだ。
万物を犯し、溶かす死の気体が、一瞬で、まるで霧が晴れるかのように消えたのである。
「大丈夫ですかー?」
そこに現れたのは、特徴の無い男だった。
年は18くらいだろうか。黒い髪に黒い目。
緑の半纏をはおり、背中には木でできたリュック。
その手には大きな杖を持っていた。
「あらら、結構ボロボロですね。すぐに治療します」
「お、おまえ! に、逃げろ! ヒドラが!」
「ヒドラぁ~?」
少年は振り返って、「ああ」と納得したようにうなずく。
「問題ないですよ。あんな【無害な蛇】」
「へ、蛇ぃ!? 無害だとぉお!?」
信じられない。
あらゆるものを溶かす毒を使い、攻撃を全て無効化する最強の毒魔竜を。
あろうことか、この少年は無害な蛇といったのだ。
「毒も……たいしたことない毒ですね。これなら……【調剤:解毒ポーション】」
少年が杖を振ると、その場にいた全員の体が輝く。
「か、体が楽に!?」「リーダー! 体が痛くねえよぉ!」「毒治ってるし、体のダメージも消えてるだと!?」
信じられない治癒の技だ。
一瞬で解毒と治癒を同時に行ったのである。
「お、おまえはいったい何者……?」
「ん? 俺はただの……」
そこへ、怒ったヒドラが毒ブレスを放ってきた。
高密度に圧縮された毒のブレスが、少年に襲いかかる。
「逃げろ、少年!」
「え、必要ないですよ」
一瞬で少年はエリアルたちを、遠くに投げ飛ばす。
毒ブレスが少年に、頭からぶっかけられる……。
じゅうぅうううう……と音を立てて、大地がとかされていった。
エリアルたちはそのあまりの毒の破壊力に、絶句している。
「少年……おれらを、逃がすために……犠牲に……!」
「うぺぺ、汚れちゃった」
「な、な、なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
驚愕するエリアル。ヒドラもまた目をむいていた。
「な、なんでおまえ、生きてるんだ!? 毒魔竜のブレスを、もろに受けたんだぞ!?」
まさしくヒドラが思ったことを、エリアルがちょうど口にする。
ヒドラもまた同意するようにうなずいていた。
「え? あ、俺、毒が効かないんです」
「毒が効かないだとぉおおお!?」
なんだそれ! とヒドラとエリアルが驚いてる。もはや敵と味方、同じ思いを抱いていた。
第三の……化物の登場に。
「俺、昔から毒草とか、毒もってるモンスター食ってたんで、毒に耐性ができてるんですよ。そこの無害な蛇も食ったことありますね」
「ば、ばけものめ……」
ヒドラの思いを、エリアルが口にする。
さて、と少年は杖をしまって、ナイフを取り出す。
「あとは……さっさとこの蛇を採取するかな」
「採取……?」
少年がナイフを構える。
「無駄だ! そいつに物理攻撃は効かない! そいつは毒の塊なんだぞ!」
「知ってますよ。だから、せやっ!」
ぶすっ、とヒドラの腹に少年がナイフを突き刺す。
すると……。
ずず……ずずずず……!
「!? ひ、ヒドラが吸われてく!? あのナイフを通して、少年の体の中に、吸収されてくだとぉおおおお!?」
ヒドラの体が徐々に小さくなっていく。
まさしく、毒を彼が吸い取っているように見えた。
「なんだよそれ!? 何が起きてるんだよ!?」
ヒドラの思いを(以下略)。
「これは毒吸収スキルです」
「毒吸収!? スキルだと!?」
「はい。本来なら、体内に入ってる毒を、体外に捨てる医療系のスキルなんですけど、俺の場合は毒が無効なんで、体内に毒をためておけるんですよ」
つまり、注射器をぶっさして、体内の毒を抜いて、体外に捨てるためのスキル。それが本来の用途なのだ。
しかしこの少年は何をとち狂ったのか、吸い取った毒をそのまま吸収しているのである。
万物を溶かす死毒を、彼は、平然と……飲み干した。
あとには何も残らなかった……。
「ふぅう……もう大丈夫ですよ」
にっこりと笑う少年を見て……。
黄昏の竜たちは、こういった。
「「「ば、化け物ぉおおおおおおおおおおおおおお!?」」」
すると少年……リーフ・ケミストはきょとんとした表情で、周囲を見渡す。
「え、どこどこ?」
「「「おまえのことだよぉおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
こうして、リーフはあっさりと、ヒドラを討伐して見せたのだった。