13.元勇者パーティもワンパン
俺はギルドに登録するうえで、適性試験を受けることになった。
最初の魔力測定で、水晶玉を破壊してしまった。
だが許してもらえた。良かった……。
「つ、続いては戦闘能力試験です」
受付嬢のニィナさんが引き気味に言う。 戦闘能力、つまり直接敵と戦う力を見る訳か。
「ギルド側が用意した試験官と1対1で勝負してもらいます。リーフさんは前衛と後衛、どっちですか?」
前衛とは、武器を用いて前で戦う職業。
後衛とは、魔法を用いて後ろから戦う職業らしい。
「どっちかって言えば、前衛ですかね」
俺は魔法をメインに戦わない。ナイフ+状態異常スキルだからな。
「では、前衛となると試験官は……」
と、そのときだ。
「おいおいおい、これは何の騒ぎだい?」
人混みを縫ってあらわれたのは、銀髪の、長身の男だ。
年齢はわからないが、3,40くらいだろうか。
村のじーちゃんたちと同じく、強者の雰囲気を纏わせている。
「ウルガーさん!」
どうやらこの銀髪の男はウルガーというらしい。
受付嬢ニィナさんとは知り合いってことは、このギルドの人間だろうか。
「やあニィナ、それにマーキュリーも! 二人とも今日も美しいね、ハッハッハ! ところで……そこの彼は、誰だい? 見ない顔だね」
「あ、はい。彼はリーフさんで、このギルドへの加入を考えてるんです」
ふむ……とウルガーさんが俺の身体を見て、うなる。
「なかなかやると見た」
「わかるんですか?」
「フッ……僕をなめてもらっちゃ困るね。どうだろう、戦闘能力試験、僕が見てあげても?」
どうやらこの人が試験官を務めるらしい。
ニィナさんが慌てて止める。
「う、ウルガーさんだと強すぎますよ」
「大丈夫、彼もなかなかやると思う。このウルガーが見るに値する人物だと思うよ」
よほど自分に自信がある人のようだ。
どんな人なんだろうか?
でも……強いのは見て確かだ。
アーサーじーちゃんが言っていた。武芸に秀でた人は、立っているだけでわかるって。
重心の使い方を意識して立ってる。
じーちゃんが言うには、こういうタイプは結構強いらしい。
「ウルガーさん。相手はまだ初心者ですから、あまり本気にならないでくださいね。自信なくして、逸材を逃すわけにはいきませんので」
「わかってるさニィナ。大丈夫、新人に怪我を負わせるような真似はしないよ。本気は出さないと約束しよう……」
ただ、とウルガーさんが前髪を、さらっと払う。
「この僕の強さを前に、自信を喪失させてしまうかもしれないけど、そのときはすまないね」
この人ほんとに自己評価高いな……。
よっぽど強い人なんだろう。
そんな人と手合わせできるなんて、光栄だ。
村じゃ戦闘訓練は、アーサーじーちゃんとしかやったことないし。
果たして、どこまで通用するだろうか。ちょっと不安……。
するとマーキュリーさんがこっそりと耳打ちしてきた。
「……いい、リーフ君。わかってると思うけど、本気を出しちゃだめだからね」
「え? なんで……?」
「なんでって……わかるでしょっ?」
いや、さっぱりわからないのだが……。
「おいおいおい、この僕に手を抜く必要なんてないよ! 全力でかかってきな!」
あ、ほら向こうもこう言ってるし……。
けれどマーキュリーさんは、青ざめた顔でぶんぶんと首を振る。
「いいから、だめ! 本気だめ!」
「何を言ってる、本気でこないと意味がないだろう!」
ああもう、どっちでやればいいんだよっ!
★
戦闘力試験を受けることになった。俺の対戦相手は、ウルガーさんという、このギルドのかなりの実力者らしい。
俺たちがやってきたのは、ギルドの裏手にある教練場という場所。
円形のコロシアムみたいな建物だ。
「さ、試験を始めようか」
ウルガーさんの得物は槍だ。
木でできた模擬戦用の槍を構える。やはり、できるなってのが構えから伝わってきた。
「リーフくーん!」
教練場には観客スペースが存在する。
彗星の魔女マーキュリーさんが叫んでいる。
「わかってるわね!? だめよ、本気出しちゃ、ぜーったい!」
「そんな無茶な……」
どう見ても、相手はかなりの使い手だ。
手を抜くなんてことはできない。
「彼女はああいってるが、手加減は無用だ。本気で、【獲る】気できたまえ」
獲る。つまり、相手を殺す気でこいといってるのだろう。
そう提案しておいて、しかし全く余裕な態度と構えを崩さない。……これは、本気でやらないと。
「俺も、本気で行きます」
「だぁあああああああめぇええええええええええええええ!」
マーキュリーさん若干うるさい……。
ウルガーさんが槍を構える。
俺は、魔法カバンから薬師の神杖を取り出す。
「魔法職なのかい? 腰の短刀がメインでは?」
「杖も剣もどっちも使います」
「杖術とナイフ術ね。ふっ……楽しみだ。いくよ!」
俺は杖を構えて叫ぶ。
「【調剤:麻痺薬】」
俺がスキルで作った麻痺の薬を、薬師の神杖でウルガーさんの体に投与。
麻痺薬がウルガーさんの体に一瞬で回り、地面に倒れ伏した。
「勝った」
「う、た、タイムタイムタイムぅうううう!」
しびれて動けないウルガーさんが声を荒らげる。
俺は解毒薬を作ってウルガーさんに投与。
彼は立ち上がると、俺に向かって叫ぶ。
「なんだね今のは!?」
「え、ただの状態異常薬ですけど」
「状態異常スキル持ちなのかい! 前衛職なのに!?」
「いや正確にはスキルじゃないんですが……」
ウルガーさんは憤慨しながら言う。
「君ね、これ何の試験かわかってる?」
「実戦を想定した戦闘訓練ですよね?」
「そのとおり! 見たいのは君の直接戦闘力! 武器を使っての!」
なるほど、どうやら今のは評価されないらしい。
「わかりました。次はちゃんと武器で戦います」
「よろしい……では、仕切りなおそう。またしょっぱな麻痺スキルはだめだからね!」
「はい!」
麻痺はだめね、了解。
俺とウルガーさんは離れて、立つ。
「さぁきたまえリーフ君! 特別に先手は譲ろう!」
「ありがとうございます!」
俺は杖を構えて、前に飛び出す。
薬師の神杖は100センチほどの長めの杖だ。
俺は接近して、ウルガーさんめがけて杖を振る。
がきぃん!
「なかなかいい、一撃だね! しかし……」
「【調剤:睡眠薬】!」
杖をぶつけた瞬間、俺は睡眠薬を調合して投与。
ウルガーさんがその場に倒れる。
「勝った」
「ま、ち、たまえ……!」
モンスターを一撃昏倒させる睡眠薬をうけて、しかしウルガーさんが目を覚ましていた。
おお、すごい。
「なんで、状態異常スキルを使うんだね!?」
「え、ちゃんと杖で戦いましたよね?」
「結局スキルだよりじゃないかね! 僕が見たいのは、スキル抜きの純粋な戦闘力!」
ちゅ、注文が難しい……。
実戦を想定するなら、スキルを併用して戦うべきじゃないのか?
いや、あくまでこれはテストなんだ。
試験官の要求に、応えないと。
「わかりました。じゃあ、この薬神の宝刀だけで戦います」
「うむ、それでいい……しかし、見事な状態異常スキルだった。効果といい、発動速度といい、申し分はなかったよ」
あ、いちおう褒めてはくれるんだ。
優しい人だな。
俺は宝刀を逆手にもって立つ。
ウルガーさんはさっきまでの余裕の笑みを引っ込めて、真剣な表情で槍を持っていた。
「さっきの一合で、君がかなりやるのは理解したよ。足運び、重心の移動からね。だから、次は手を抜かない。かかってくるのだね」
「はい! いきます!」
俺は宝刀を構えて、スキルを使って薬を作る。
「【調剤:強化薬】」
「ふっ、身体強化スキルかね。いいよ、好きにかけて……」
「【強化薬強化薬強化薬強化薬強化薬強化薬強化薬】」
「お、おう? り、リーフ君? なんだか、どんどんと力が増してっているような……」
「いきます!!!」
アーサーじーちゃんと、本気での【シアイ】をするときと同様、俺は強化薬を重ね掛けする。
腕力を含めて、すべてを強化した俺は……。
ドンッ……!
「ちょっ!?」
「でりゃぁあああああああああああああああ!」
ばっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
「ふぎゃええええええええええええええええええええええええ!!!!」
ふっとんでいくウルガーさん。
教練室の壁をぶちぬいて、部屋の外へと飛んで行った……。
「ウルガーさぁああああああん!?」
ニィナさんは血の気の引いた顔で叫ぶ。
マーキュリーさんは客席から慌てて飛翔し、破壊された壁から外に出る。
俺もあわてて、彼に近づいた。
「だ、大丈夫ですかウルガーさん?」
あおむけに倒れているウルガーさん。
その両手には、壊れた槍が握られてる。
す、すごい。
この人、俺が強化して放った一撃を、ぎりぎり槍で防いだのだ。
すげえ! 王都は、やっぱりレベルが高いな。
「ふ、み、見事な一撃、だよ……まさか、この元勇者パーティのウルガーを、ワンパンで倒すとはね……」
「え、元勇者パーティ?」
てか、勇者ってなんだ……?
俺は治癒の薬を調合してウルガーさんに投与する。
「え、えええええ!?」
「ウルガーさん勇者ってなんですか?」
「あ、いや、ちょ、ちょ、ちょっと待ちたまえ!?」
ウルガーさんが立ち上がって、自分の体に触れる。
「どうしたんですか?」
「折れた骨が治ってるんだが!?」
「え、はい。それが?」
「それがって……」
「骨折くらい、一瞬で治せますよね、薬で」
愕然とした表情で、ウルガーさんが俺を見やる。
あれ、なにか失礼なことしてしまっただろうか……?
あ、そうだ。
壊れた壁を直さないとな。俺は杖を構えて、【修復薬】を作る。
杖をつかって、壁に投与。壊れた壁が元通り。
「「「ちょっと待ってぇえええええええええええええ!?」」」
今度はニィナさんとマーキュリーさんも叫ぶ。
え、え、なに?
「教練室の壁が、直ってるんですけど!?」
「あ、はい。修復薬で治しました」
「てゆーかリーフ君、教練室の壁って絶対壊れないように、魔法がかけられてたのよ!?」
「え、そうだったんですか?」
三人ともが唖然とした表情で俺を見てくる。
ええと……。
「あの、皆さんどれに対して驚いてるんですか……?」
すると三人が声をそろえて……。
「「「全部にだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
ええー……デジャブ―。
てゆーか、そんなに驚くことだろうか。
アーサーじーちゃんとの模擬試合の時には、普通に今使った薬使うんだけど……。
「リーフ君、あなたね、もう少し常識を覚えたほうがいいわ」
ぐったりしながら、マーキュリーさんが言う。
「あなたの周り、やばい人ばかりだったの。だから、感覚がマヒってるのよ」
「え、いやいや、俺の周りはじーちゃんとばーちゃんたちで、みんないいひとばかりで、悪人なんて一人もいませんでしたよ?」
「やばい=悪人て意味じゃないんだよぉおおおおおおお!」
ウルガーさんはため息をつきながら、けれどうなずく。
「ま、これだけ強いんだ。うちの冒険者になることは、認めていいと思うよ。常識外だけど」
「そ、そうですね。魔力量も申し分ないですし。規格外ですけど」
そんなこんなあって、俺はこのギルド、天与の原石の冒険者になれたのだった。