111.伝書鳩《ピジョン》
リーフがダンジョンから王都へ向かう一方……。
王都の時計台の上では、一人の男が、眼下の様子を見て笑っていた。
「ははは! すごいすごい! ぼくの指示であちこちで暴動が起きる! 世界を自在に操る、まるで指揮者にでもなったようだぁ……!!!!」
黒いフードをかぶり、首からはドクロのペンダントをぶら下げている。
彼は……邪教徒。今王都で、顔なしの化け物を使って暴動を起こしている、元凶だ。
そんな邪教徒のもとへ、一人の、仮面の男が近づいてきた。
「きちんと仕事をしてもらわないと、困りますね」
「おお! 伝書鳩殿……!」
伝書鳩。白いスーツに、白い仮面。
長身で細身、だが顔を隠しているため年齢はうかがえないものの、青年だと思われる。
邪教徒は伝書鳩の登場に歓喜する。
「見てください伝書鳩殿! 邪神さまのご要望通り、王都を混乱に……ふぎゅ!」
伝書鳩は一瞬で邪教徒のもとへ近づき、その顔を片手でわしづかみし、持ち上げる。
「どこが要望通りなのですか?」
「ぴ、伝書鳩どの……?」
彼はそのまま時計塔の端っこまでいく。
邪教徒を時計台の外に突き出しながら、伝書鳩は平坦な調子で言う。
「人がまだ死んでいません。ケンカ程度で満足されては困ります」
「し、しかし……相手が、ちょっと手強くてですね……特に、天与の原石。あいつらが暴動を必死になって止めようとしてるせいで、なかなか人死にまでは……」
「いいわけは結構」
ぱっ、と伝書鳩が手を離す。
「ぎやぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
邪教徒は頭から、時計塔の真下へと落ちていく。死ぬ……! そう思った次の瞬間……。
「はっ!? な、なんだ……時計台の上に!? な、何が起きてるんだ……!?」
邪教徒は時計台の上で尻餅をついていた。
伝書鳩は仮面越しに、邪教徒を見下ろす。
「邪神様が望むのは破壊と混沌。なんのために、この王都に留まっていた英雄達を王都から出ていくよう根回ししたと思ってるんですか?」
天与の原石に所属するSランク冒険者、黒銀の召喚士をはじめ王都にはかなりの実力者が多数存在した。
しかし彼らがいては仕事がしにくいからと……。
伝書鳩は、彼ら英雄級の力を持つ者達を、この日この瞬間近づかないように遠ざけたのだ。
そこにはエリアルとリーフも含まれている。
「すみやかなる虐殺を。そのために、邪神様のお力を分けてもらったのですから」
「は、はい……すみません……伝書鳩さま」
ふぅ、と伝書鳩はため息をつくと、懐から何かを取り出す。
ピンク色の塊で、時折どくんどくんと脈打ってる。
「こ、これは……?」
「邪神様の御身から採取された、肉です。これを摂取すればさらなる力が得られるでしょう」
「おお! ありがとうございます!」
邪教徒は喜んで肉を受け取る。
伝書鳩はこう続けた。
「ただし、その肉塊は、食べれば最後。力を得る代わりに自我が消滅し、二度と元には戻らない」
「なっ!? そ、そんな……あぶないものを……?」
「使わずに済むよう、努力せよということです」
「は、ははぁー! 承知いたしましたぁ!」
伝書鳩はうなずいて、時計台の手すりの上に立つ。そして、とん……と手すりを蹴って宙へ体を投げる。
邪教徒が慌てて確認するも……伝書鳩の姿は無かった。
「……失敗は許されない、か」
現状、天与の原石の頑張りのせいで、王都壊滅がうまくいっていない。
このままではこの肉を食べて、死なねばならない。
「大丈夫だ、こんなの必要ない。計画は絶対にうまくいく! 王都には邪神様の分身がどんだけいると思ってるんだ! これを倒せる手段を持つやつなんて、この世には存在しない!」
そのときである。
ドーーーーーン……! と激しい音を立てて、王都の端っこで爆発が起きた。
「な、なんだぁ……!?」
……今まさに、彼が懸念した存在が、王都にようやく到着したのである。
邪神の力に対抗できる……。
唯一の、特効薬が。




