1.婚約者からパワハラを受ける日々
【☆★おしらせ★☆】
あとがきに、
とても大切なお知らせが書いてあります。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
「ちょっと、リーフ。どこにいるの、リーフ!」
ある日の朝、俺は作業場にて薬を調合していると、婚約者の【ドクオーナ】が背後から声をかけてきた。
小柄で、胸が平らなことをコンプレックスにしてる。
「あたしのご飯がまだ用意できてないようだけど!?」
「出来てるって……キレるなよそんなことで……」
「なに!? 口答えする気!? リーフ、あんた誰の家に厄介になってるのかわかってるの!?」
ドクオーナは俺に近づいて、腰を蹴飛ばしてくる。
倒れ伏し、近くに置いてあった泥付きの薬草に顔ごとつっこむ。
「ここはね、あんたの薬師の師匠、【アスクレピオス】の工房で、あたしはその孫娘! 誰が偉いのか言ってごらん!? えぇ!?」
「……別に、偉いとかそういうのないだろ」
「うるさい! おじいちゃんが死んで、この工房はアタシのもの! アタシの家に住まわせてやってるんだから、もうちょっと申し訳なさそうにしなさいよ!」
……まあ、確かにそうなのだ。
俺……リーフ・ケミスト、18歳。
元々孤児だったのだが、ドクオーナの祖父、アスクレピオス師匠に拾われた。
その後、俺は師匠の元に住まわせてもらいながら、彼に師事した。
晩年、祖父であるアスクレピオス師匠から、この工房と、そして孫であるドクオーナのことを頼むと言われた。
俺は師匠への恩を返すべく、こうして工房で薬師として働きながら、ドクオーナの面倒を見ているのだが……。
「いいからさっさとご飯用意しなさいよ!」
「……自分で温めろよ」
「魔道具って使えないのよ! そんなこともわからないの、このグズ! さっさと顔洗って来なさいよね! 汚くて薬草臭いんだから!」
ドクオーナはそう言うと、部屋から出て行ってしまう。
知らず、ため息が漏れた。
「師匠……あなたはすばらしい人格者だったのに、どうして孫のドクオーナはああなっちまったんですかね……」
ドクオーナの母、つまりアスクレピオス師匠の娘さんは、旦那といっしょに逝去してしまっている。
村にモンスターがやってきたときに、二人とも食われてしまったのだ。
一人残された孫のドクオーナを不憫がり、師匠は彼女を甘やかした。
その結果が、あの酷い性格の女に成長したって訳だ。
師匠が悪いわけじゃない。
「はぁ……」
俺は工房を出てぐいっと背伸びする。
そこには、周りに何もないような田舎の風景が広がっている。
ここはデッドエンド。
物騒な名前がついてるものの、その実態は王国北端に位置する最果ての村だ。
辺境や魔境なんて言われてもいる。
「今日もいい天気だ……お先は真っ暗だけど……」
この村で師匠に拾われ、そして育ち、それから今日までずっとここで暮らしてきた。
田舎暮らしに不満はない。
「リーフちゃん……」
「マーリンばーちゃん。どうしたんだ?」
よぼよぼのおばあさんが、杖に乗って俺の前までやってくる。
すっ、と音もなく着地すると、杖をついて近づいてきた。
「朝早くに悪いねぇ……腰がまたきゅーに痛くなって……」
「なるほど、いつものやつね。わかった。すぐ作るよ」
「いつもごめんねぇ~……」
「いいって。待っててね」
ドクオーナからメシを作れって言われてたけど、それよりばーちゃんのほうが優先だ。
ばーちゃんは酷い腰痛持ちなのである。
今もかなり痛いのを我慢してるのがわかる。
痛そうにしている患者と、腹を空かせている婚約者。どちらを優先するのか?
……時と場合に寄るが、俺は患者を優先する。
てゆーか、あいつの朝飯はもう用意してあるんだよ!
あっためる魔道具の使い方だって、教えてあるし、未だに使えないのは、あいつが使い方を覚えないせいだ。
俺は工房へと戻り、薬の準備をする。
作業台へ向かい、必要となる薬草を台の上に乗っける。
「【調剤:痛み止め】」
その瞬間、薬草がバラバラに分解されて、粉末へと変わる。
俺の薬師としてのスキルのひとつだ。
薬師。文字通り、薬を作る職業のこと。
この世界では女神様から、職業といって特別な力を授かる。
たとえば剣士の職業を持っていれば、剣を軽々と振れるし、魔法使いの職業なら魔法を勉強しなくても使えるようになる。
薬師の職業の特性は、文字通り、薬の調合。
ただそれしか使えないので、外れ職業扱いする人も多い。
けれど俺はアスクレピオス師匠の元で修行し、この調薬のスキルを鍛えた結果……。
「【調剤:湿布】。それと、【調剤:胃薬】」
この世に存在するあらゆる薬を作れるようになった。
まあ尤も、師匠と比べるとまだまだであるのだが。
薬を作り終えると、紙袋に入れて、ばーちゃんの元へ向かう。
「マーリンばーちゃん、お待たせ。はい、いつもの」
「おお、リーフちゃん……ありがとうねぇ……」
ばーちゃんは頭をペコペコと下げる。腰も痛いだろうから、そんなのいいのに。
「アーサーじーちゃんの胃薬も一緒に入れといたよ」
「おお、リーフちゃんはほんとに気が利くねえ……。リーフちゃんはこのデッドエンドの村に、必要不可欠な薬師じゃよぉ。この村は【退役】した老人が多いからねぇ」
マーリンのばーちゃんもアーサーのじいちゃんも、昔はすごい人だったらしい。
というかこの村に住んでいるのは、みんなそんな感じで、昔はバリバリ活躍していたけれど、疲れて、この土地に流れ着いたって人が多い。
そう。この村は老人の人口がよそより多いのだ。
だからこそ、彼らの体調を管理する薬師の存在が重要なのである。
「でもねえ……リーフちゃん。いいんだよぉ、村を出て行っても」
「そんな……俺が要らないってこと?」
だとしたら、悲しい……。
けれどばーちゃんは微笑んで、首を振る。
「ううん、リーフちゃんが必要さ。けどね、あんたはもっと評価されていい。こんな最果ての、さびれた村で一生を過ごすには、もったいない薬師だからだよぉ」
……評価、か。
確かに俺の周りで、評価してくれるのはばーちゃんじーちゃん以外にはいない。
ドクオーナは、俺を一度も褒めてくれたことはない。
村以外の人から評価なんて、されたことないな……言われてみれば。
「だからね、リーフちゃん。外に出る好機が来たら、迷わずそれをつかむんだよ」
「ありがとう……でも、そしたらじーちゃんばーちゃん達はどーすんだよ?」
「そんなもん……なんとかするさ。あたしらも、昔の【ツテ】がある。そりゃリーフちゃんがいつまでも居てくれた方がいいにきまってるけど……それ以上に、リーフちゃんの幸せをみーんな願ってるからねぇ」
「マーリンのばーちゃん……」
村の外、か。
行ってみたい気持ちはある。
けれど、俺には師匠の残したこの薬屋があるし、師匠から託されたドクオーナもいる。
「ありがとう……でも無理だよ。俺は。村を出れない」
「リーフちゃん……」
と、そのときである。
「ちょっとリーーーーーフ! いつまで待たせるのよこのグズ!」
小屋から出てきたのは、俺の婚約者のドクオーナ。
怒り心頭といったご様子で、こっちにやってくる。
「悪い。でも、お客さんが……」
「は~~~~~~~~~!? 客ぅ? ちょっとババア! 今何時だと思ってるのよ! 店やってるときに来なさいよ! このボケ!」
マーリンばーちゃんに罵声を浴びせるドクオーナ。
俺は嫌な気分になった。この薬屋の常連客に対してそんな、横柄な態度をとるなんて。
それに、俺のことを気遣ってくれる、優しいばーちゃんに対して、なんだ、その態度は……。
「おいドクオーナ。しょうがないだろ、腰が痛いんだから」
「うっさいうっさい! あんたが甘いのよ! そんなふうに甘い商売してるから、じじいばばあどもがつけあがるんでしょうが!」
じじい、ばばあだと……?
俺たちの薬屋を懇意にしてくれる、大事な客に対して……。
「……おい。その言い方はなんだよ……」
「リーフちゃん。いいんだよぉ。ごめんねぇ、朝早くから」
「まったくよババア! 次は開店時間内に来てよね! ほらリーフ! あんたはさっさとご飯作りなさいよ!」
そう言って小屋に戻っていく。
ほんと、なんて女だ……。
「ごめん、ばーちゃん……」
「いいんだよぉ……。まさか、アスクレピオス様のお孫さんが、あんな子ぉに育ってしまうなんてねぇ……」
この村のばーちゃんたちは、師匠に対して敬意を払っている。
村の健康を一人でずっと、死ぬまで管理していたのが、師匠だからだ。
「アスクレピオス様の孫娘だから我慢してあげてるけど……そろそろあたしらも我慢の限界だよぉ。リーフちゃんがいなかったら……」
「……ごめん」
「あんたが謝る必要はないよぉ。じゃあね、リーフちゃん」
そう言って、ばーちゃんは杖に乗って家へと飛んでいった。
はぁ……。どっと疲れた。主にドクオーナのせいで。
「こんな日々が……ずっと続くのか……」
ドクオーナに召使いのようにこき使われる日々。
果たして、いつまで耐えられるだろうか。
じーちゃんばーちゃんたちがいなかったら、俺はとっくにストレスで倒れてる気がする。
「しょうがない……か……はぁ……」
……しかしそんな日々が長く続くことはなかった。
★
「リーフ。悪いけどあたし……あんたとは違う人と結婚するから」
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