1.婚約者からパワハラを受ける日々
短編だったものを、長編化したものです。
短編の続きは4話からです
「ちょっと、リーフ。どこにいるの、リーフ!」
ある日の朝、俺は作業場にて薬を調合していると、婚約者の【ドクオーナ】が背後から声をかけてきた。
小柄で、胸が平らなことをコンプレックスにしてる。
「あたしのご飯がまだ用意できてないようだけど!?」
「出来てるって……キレるなよそんなことで……」
「なに!? 口答えする気!? リーフ、あんた誰の家に厄介になってるのかわかってるの!?」
ドクオーナは俺に近づいて、腰を蹴飛ばしてくる。
倒れ伏し、近くに置いてあった泥付きの薬草に顔ごとつっこむ。
「ここはね、あんたの薬師の師匠、【アスクレピオス】の工房で、あたしはその孫娘! 誰が偉いのか言ってごらん!? えぇ!?」
「……別に、偉いとかそういうのないだろ」
「うるさい! おじいちゃんが死んで、この工房はアタシのもの! アタシの家に住まわせてやってるんだから、もうちょっと申し訳なさそうにしなさいよ!」
……まあ、確かにそうなのだ。
俺……リーフ・ケミスト、18歳。
元々孤児だったのだが、ドクオーナの祖父、アスクレピオス師匠に拾われた。
その後、俺は師匠の元に住まわせてもらいながら、彼に師事した。
晩年、祖父であるアスクレピオス師匠から、この工房と、そして孫であるドクオーナのことを頼むと言われた。
俺は師匠への恩を返すべく、こうして工房で薬師として働きながら、ドクオーナの面倒を見ているのだが……。
「いいからさっさとご飯用意しなさいよ!」
「……自分で温めろよ」
「魔道具って使えないのよ! そんなこともわからないの、このグズ! さっさと顔洗って来なさいよね! 汚くて薬草臭いんだから!」
ドクオーナはそう言うと、部屋から出て行ってしまう。
知らず、ため息が漏れた。
「師匠……あなたはすばらしい人格者だったのに、どうして孫のドクオーナはああなっちまったんですかね……」
ドクオーナの母、つまりアスクレピオス師匠の娘さんは、旦那といっしょに逝去してしまっている。
村にモンスターがやってきたときに、二人とも食われてしまったのだ。
一人残された孫のドクオーナを不憫がり、師匠は彼女を甘やかした。
その結果が、あの酷い性格の女に成長したって訳だ。
師匠が悪いわけじゃない。
「はぁ……」
俺は工房を出てぐいっと背伸びする。
そこには、周りに何もないような田舎の風景が広がっている。
ここはデッドエンド。
物騒な名前がついてるものの、その実態は王国北端に位置する最果ての村だ。
辺境や魔境なんて言われてもいる。
「今日もいい天気だ……お先は真っ暗だけど……」
この村で師匠に拾われ、そして育ち、それから今日までずっとここで暮らしてきた。
田舎暮らしに不満はない。
「リーフちゃん……」
「マーリンばーちゃん。どうしたんだ?」
よぼよぼのおばあさんが、杖に乗って俺の前までやってくる。
すっ、と音もなく着地すると、杖をついて近づいてきた。
「朝早くに悪いねぇ……腰がまたきゅーに痛くなって……」
「なるほど、いつものやつね。わかった。すぐ作るよ」
「いつもごめんねぇ~……」
「いいって。待っててね」
ドクオーナからメシを作れって言われてたけど、それよりばーちゃんのほうが優先だ。
ばーちゃんは酷い腰痛持ちなのである。
今もかなり痛いのを我慢してるのがわかる。
痛そうにしている患者と、腹を空かせている婚約者。どちらを優先するのか?
……時と場合に寄るが、俺は患者を優先する。
てゆーか、あいつの朝飯はもう用意してあるんだよ!
あっためる魔道具の使い方だって、教えてあるし、未だに使えないのは、あいつが使い方を覚えないせいだ。
俺は工房へと戻り、薬の準備をする。
作業台へ向かい、必要となる薬草を台の上に乗っける。
「【調剤:痛み止め】」
その瞬間、薬草がバラバラに分解されて、粉末へと変わる。
俺の薬師としてのスキルのひとつだ。
薬師。文字通り、薬を作る職業のこと。
この世界では女神様から、職業といって特別な力を授かる。
たとえば剣士の職業を持っていれば、剣を軽々と振れるし、魔法使いの職業なら魔法を勉強しなくても使えるようになる。
薬師の職業の特性は、文字通り、薬の調合。
ただそれしか使えないので、外れ職業扱いする人も多い。
けれど俺はアスクレピオス師匠の元で修行し、この調薬のスキルを鍛えた結果……。
「【調剤:湿布】。それと、【調剤:胃薬】」
この世に存在するあらゆる薬を作れるようになった。
まあ尤も、師匠と比べるとまだまだであるのだが。
薬を作り終えると、紙袋に入れて、ばーちゃんの元へ向かう。
「マーリンばーちゃん、お待たせ。はい、いつもの」
「おお、リーフちゃん……ありがとうねぇ……」
ばーちゃんは頭をペコペコと下げる。腰も痛いだろうから、そんなのいいのに。
「アーサーじーちゃんの胃薬も一緒に入れといたよ」
「おお、リーフちゃんはほんとに気が利くねえ……。リーフちゃんはこのデッドエンドの村に、必要不可欠な薬師じゃよぉ。この村は【退役】した老人が多いからねぇ」
マーリンのばーちゃんもアーサーのじいちゃんも、昔はすごい人だったらしい。
というかこの村に住んでいるのは、みんなそんな感じで、昔はバリバリ活躍していたけれど、疲れて、この土地に流れ着いたって人が多い。
そう。この村は老人の人口がよそより多いのだ。
だからこそ、彼らの体調を管理する薬師の存在が重要なのである。
「でもねえ……リーフちゃん。いいんだよぉ、村を出て行っても」
「そんな……俺が要らないってこと?」
だとしたら、悲しい……。
けれどばーちゃんは微笑んで、首を振る。
「ううん、リーフちゃんが必要さ。けどね、あんたはもっと評価されていい。こんな最果ての、さびれた村で一生を過ごすには、もったいない薬師だからだよぉ」
……評価、か。
確かに俺の周りで、評価してくれるのはばーちゃんじーちゃん以外にはいない。
ドクオーナは、俺を一度も褒めてくれたことはない。
村以外の人から評価なんて、されたことないな……言われてみれば。
「だからね、リーフちゃん。外に出る好機が来たら、迷わずそれをつかむんだよ」
「ありがとう……でも、そしたらじーちゃんばーちゃん達はどーすんだよ?」
「そんなもん……なんとかするさ。あたしらも、昔の【ツテ】がある。そりゃリーフちゃんがいつまでも居てくれた方がいいにきまってるけど……それ以上に、リーフちゃんの幸せをみーんな願ってるからねぇ」
「マーリンのばーちゃん……」
村の外、か。
行ってみたい気持ちはある。
けれど、俺には師匠の残したこの薬屋があるし、師匠から託されたドクオーナもいる。
「ありがとう……でも無理だよ。俺は。村を出れない」
「リーフちゃん……」
と、そのときである。
「ちょっとリーーーーーフ! いつまで待たせるのよこのグズ!」
小屋から出てきたのは、俺の婚約者のドクオーナ。
怒り心頭といったご様子で、こっちにやってくる。
「悪い。でも、お客さんが……」
「は~~~~~~~~~!? 客ぅ? ちょっとババア! 今何時だと思ってるのよ! 店やってるときに来なさいよ! このボケ!」
マーリンばーちゃんに罵声を浴びせるドクオーナ。
俺は嫌な気分になった。この薬屋の常連客に対してそんな、横柄な態度をとるなんて。
それに、俺のことを気遣ってくれる、優しいばーちゃんに対して、なんだ、その態度は……。
「おいドクオーナ。しょうがないだろ、腰が痛いんだから」
「うっさいうっさい! あんたが甘いのよ! そんなふうに甘い商売してるから、じじいばばあどもがつけあがるんでしょうが!」
じじい、ばばあだと……?
俺たちの薬屋を懇意にしてくれる、大事な客に対して……。
「……おい。その言い方はなんだよ……」
「リーフちゃん。いいんだよぉ。ごめんねぇ、朝早くから」
「まったくよババア! 次は開店時間内に来てよね! ほらリーフ! あんたはさっさとご飯作りなさいよ!」
そう言って小屋に戻っていく。
ほんと、なんて女だ……。
「ごめん、ばーちゃん……」
「いいんだよぉ……。まさか、アスクレピオス様のお孫さんが、あんな子ぉに育ってしまうなんてねぇ……」
この村のばーちゃんたちは、師匠に対して敬意を払っている。
村の健康を一人でずっと、死ぬまで管理していたのが、師匠だからだ。
「アスクレピオス様の孫娘だから我慢してあげてるけど……そろそろあたしらも我慢の限界だよぉ。リーフちゃんがいなかったら……」
「……ごめん」
「あんたが謝る必要はないよぉ。じゃあね、リーフちゃん」
そう言って、ばーちゃんは杖に乗って家へと飛んでいった。
はぁ……。どっと疲れた。主にドクオーナのせいで。
「こんな日々が……ずっと続くのか……」
ドクオーナに召使いのようにこき使われる日々。
果たして、いつまで耐えられるだろうか。
じーちゃんばーちゃんたちがいなかったら、俺はとっくにストレスで倒れてる気がする。
「しょうがない……か……はぁ……」
……しかしそんな日々が長く続くことはなかった。
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「リーフ。悪いけどあたし……あんたとは違う人と結婚するから」
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