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王子と魔法使い

作者: たなべりこ

 昔々ある国に心優しい魔法使いが住んでいました。魔法使いは、自分が魔法を使えることを秘密にしていました。秘密にしている方が楽だったからです。


 ある日森を散歩していると、どこからか助けを呼ぶ声が聞こえてきました。声のする方へ行くと、馬がいました。

『私の声が聞こえるのですか?助かりました。道に迷ってしまって困っていたのです。私の友人も怪我をしてしまって……』

 そう言う馬のそばに青年が倒れていました。

「大変だ。薬草を持っていますから、そこを動かないでくださいね。水を汲んできます。大丈夫。あなたの友人の怪我も酷くない」

 魔法使いはそう言って、近くの川へ水を汲みに行きました。馬の元へ戻ると、魔法使いは馬に水をやり、青年の怪我の手当てをしました。青年は意識を取り戻しましたが、まだ馬に乗れるほどではありません。

 仕方がないので、魔法使いは自分の家へ連れて帰ることにしました。


「こんなところで会えるなんて奇跡の様だ。怪我の手当まで。本当にありがとう」

 青年は魔法使いの家へ着くと、魔法使いの手をとって感謝の言葉を述べました。

 魔法使いは知っていました。この青年は、この国の王子だったのです。王子は怪我が治るまで魔法使いの家でしばらく過ごすことになりました。魔法使いは困ってしまいました。

 だって、魔法を使えることは秘密なのですから……


 それから幾日か過ぎました。

 魔法使いは、普段からあまり魔法を使っていませんでしたので魔法の秘密に関しては問題ありませんでした。けれど、他人と一緒に生活をしたことがありませんでしたので、王子との暮らしは驚き戸惑うことばかりでした。


「怪我の具合はどうですか?そろそろ家に帰った方がご家族も心配されていると思いますが……」

「大丈夫だよ。家族は別に心配などしていないし、君と一緒にいる方が楽しいんだ」

 王子がそれはそれは楽しそうに言うので魔法使いもそれ以上は言えませんでした。


「他人と生活をすることが、こんなに大変だなんて思わなかった」

 魔法使いは、王子の馬にエサをやりながら話をしていました。

『すみません。私がお願いしたばかりにこんなことになってしまって……王子はあなたとの暮らしがとても楽しいと仰っています。それは本心からの言葉だと思います。城ではお父上もお母上も王子の事を大切に思ってくださっているのですが、王子自身にその気持ちが届いていない様なのです』

「届いていないってどういうことなの?」

『王子は生まれてからずっとお城の中でしか暮らしたことがなく、外の世界を知りません』

「うん」

『それに例えば、城では王様のことが絶対です。王様の言うこと全てが正しいのです。でも、それは本当ではありません。王様だって間違うこともあるでしょう。誰もが分かっていることですが、それを口にすることは許されません。城の中の人たちは、思っていることを口にすることができないのです。その様なところで育つ王子も自分の意思を表すことが上手くできなくなっているのです。それはお父上もお母上も同じ……』

「大変なんだね」

『そうなんです。でも、あなたとの暮らしが王子に良い変化をもたらしていることを知っていて欲しいのです。楽しいことは楽しいと、悲しいことは悲しいと言っていいんだということを知って欲しい。私はそう思うのです。それはあなたにも言えるのではありませんか?……すみません。出過ぎたことを言いました』


 魔法使いは馬に言われたことをずっと考えていました。

「楽しいことは楽しいか……」

 魔法使いはさっぱり分かりません。自分の感情を口に出すなんてことはしたことがなかったのですから。


 **


 魔法使いは生まれながらの魔法使いですが、家族は魔法使いではなく、普通の人間でした。

 魔法使いが子どもの頃、何気なく使った魔法に魔法使いの家族は驚きましたが、魔法使いはもっと驚きました。全ての人々が魔法を使えると思っていたのです。たくさんの人々が、魔法使いの力を貸して欲しいと毎日毎日家までやって来て、その度に魔法使いが力を使う。そんな生活が続いたある日、魔法使いの力を逆恨みした人がやって来て暴れました。魔法使いは突然のことで驚き慌てましたが、魔法使いの家族が守ってくれました。けれど魔法使いはショックでほとんどの魔法が使えなくなっていました。

 魔法が使えないなら自分はここにいる意味がない。そう思った魔法使いは家族に黙って家を出て、ここで暮らすことにしたのです。


 **


「ねえ、大丈夫?」

 突然王子に後ろから抱きしめられた魔法使いは驚き固まってしまいました。

「だだだ、大丈夫です。だ、大丈夫なので離れてもらってもいいですか……」

「なんかさ、苦しい顔してたから。君には笑っていて欲しいんだ」

「……すみません」

「謝らないで。そう、一度家に帰ろうと思うんだ。君に助けてもらったことを家族に言いたくて」

 王子はそう言うと改めて魔法使いを抱きしめました。

「本当にありがとう。君のおかげでこんなに元気になった。何とお礼を言ったらいいのか」

 魔法使いは何と言葉を返したらいいのか分からず黙ってしまいました。

「大丈夫。明日には帰ってくるから」

 王子はそう言うと、馬に乗って帰っていきました。


 明日には帰ってくる。

 突然のことで魔法使いは王子の言葉が耳から離れません。何も手がつけられないまま明日がやって来ました。昼になっても、太陽が傾き始めても王子は帰ってきませんでした。

「王子だもんな。こんなところには帰ってこないよな。っていうか、帰ってくるって何だよ」

 ハハハと乾いた笑いが口から勝手に出てきます。それと一緒に涙も。

「なんで涙」

 魔法使いの目から涙が落ちた瞬間、魔法使いの体が光りだし、気がつくと蝶の姿になっていました。


(……元に戻れない)

 魔法使いは人間の姿に戻れないか考えましたが、方法が分かりません。そうこうしているうちに夜になっていました。魔法使いは疲れてしまい、ウトウト眠ってしまいました。

「明日にはきっと元の姿に戻っているはず」

 そう思ったのですが……

 翌日になっても蝶の姿のままでした。


「ただいま!遅くなってごめん」

 翌朝、王子が帰ってきました。

「どこか行っているのかな?昨日すぐに戻れなかったから怒ってるのかな?」

(おかえりなさい。ここにいますよ)

 蝶の姿になった魔法使いの言葉に王子は気がつきません。王子は家中を探しますが魔法使いは見つかりません。

「どこに行ったんだろう。散歩にでも行ったんだろうか」

 王子は家の周りを探すことにしました。

(すみません。こんな姿になってしまいました)

『驚きました。元に戻れないんですか?』

 魔法使いは王子と共に戻ってきた馬のところへ行きました。

(自分が望んでなったというわけではないので戻れないんです)

 そう言って魔法使いは馬の頭にとまりました。


 そこへ王子が帰ってきました。

「見つからない。どこにいったんだろう。おや、新しい友だちかい?いいよなお前は。すぐに仲良くなれてさ。私なんていつも困らせてばかりだ。私のことは本当は嫌いなのかもしれない」

 馬の頭にとまっている魔法使いに目をやって王子はその場に座り込んでしまいました。

(――そんなこと)

 魔法使いは王子の頭にとまりました。

(そんなことありません。それは……驚くことはたくさんあったけど、嫌いになんてなりません。本当はあなたの方が困ってたんじゃありませんか。私は人と話をすることが上手ではありませんし、楽しくなかったんじゃありませんか?)

「ん?慰めてくれるのか?優しいんだな。やっと見つけたんだ。ずっと探していたんだ。子どもの頃からずっと。それなのに……」

(子どもの頃から?まさか――)

 魔法使いの記憶の中で小さな男の子が泣いていました。魔法使いはすっかり忘れていました。王子とずっと前に出会っていたことを……。


 **


 魔法使いがまだ魔法を使えていた子どもの頃、一人で遊んでいた森の中で、泣いている男の子を見つけたのです。

(なぜ泣いているの?)

 魔法使いは男の子に話しかけたいのですが、上手く言葉になりません。

(泣かないで……)

 そう言って、魔法使いは蝶になりました。蝶は男の子の顔の前までくると鼻の頭にとまりました。

「蝶だ。こんなところに止まって。僕の鼻は花じゃないよ。フフフ……」

 男の子は泣き止み、蝶も男の子の周りを飛び回ります。蝶はいつの間にか魔法使いに戻っていました。男の子は驚きましたが、魔法使いと一緒に遅くまで遊んでいました。


 **


 ――あの後、そうあの後事件が起こったのです。

 魔法使いは思い出しました。


 男の子と遊んだ後、帰り道が分からないと言われ、一緒に村まで帰ってきた魔法使いに、村の人々は魔法使いの家で暴れている人がいること。それは魔法使いを探しているから隠れた方がいいことを教えてくれました。魔法使いは家族が心配なので家に入ろうとしますが、男の子がそれを止めて自分が見に行くと言うのです。

「大丈夫。すぐに帰ってくるから」

 そう言って魔法使いの家に入ると、騒がしかった音が静かになりました。魔法使いはそろりとドアを開けて中を覗くと、部屋の中で父親が倒れているのを見つけました。

「入ってくるな!」

 男の子の声が聞こえた魔法使いでしたが、中へ入ろうとドアを開けると、見知らぬ男に手をつかまれました。

「見つけたぜ。なあ、一緒に行こうや」

 明らかに様子がおかしい見知らぬ男に魔法使いはふるえ、そして意識が遠くなりました。どのくらいの時間がたったのでしょうか。気づけば見知らぬ男も男の子もおらず、魔法使いはベッドに寝かされていました。

 見知らぬ男は魔法使いの力を奪い逃げたのです。


(……思い出した)

 王子の頭に止まった蝶の姿の魔法使いは、王子の鼻の頭にとまりました。

「思い出したのか?こんなところに止まって。僕の鼻は花じゃないよ。フフフ……」

 蝶の姿の魔法使いは光り、元の姿に戻っていました。

「き、気づいてたのですか?私が蝶になっていたこと。それだけじゃない。子どもの頃のことも覚えていたのですか?」

 王子は魔法使いのことを抱きしめながら言いました。

「ずっと探していたんだ。でもちょっと不安だった」


 あの事件の後、王子は迎えに来た城の兵士に男を探すように命じました。すぐに男は見つかり、捕らえられました。王子はそれを伝えに魔法使いの家に行ったのですが、その時には魔法使いは家を出た後だったのです。


「ずっと目を覚まさないから心配だったんだけど、君の家族に心配ないから帰るようにと言われたんだ。城から迎えも来たし、男のことも気になった。捕まえたらまた来ますと言って帰ったんだけど、聞いてなかった?」

「覚えてません。というか、魔法の力が無くなってそれどころじゃなかったので」

 魔法使いは思い出そうとしましたが、思い出せません。

「いいよ、無理に思い出さなくても。それに、魔法の力だって完全に無くなったわけじゃないでしょ?」

「まあ、そうなんですけど」

「ああ。でも、こうしてまた出会えた。良かった……」

 王子は魔法使いを強く抱きしめました。

「もう、離れたくない。城に戻って言ってきたんだ。これからはずっとここにいるから」

「え……」

「あの時、君に助けられて思ったんだ。そばにいたいって。ダメかな?」

「ダメってそんな……」

 魔法使いの中に温かい気持ちが溢れて、体が光りに包まれました。魔法使いは、失った魔法の力が戻ってきた様な気がしました。

「じゃあ決まりだ。これからもよろしく」

「はい。よろしくお願いします」

 こうして王子と魔法使いは2人で暮らしましたとさ。

 おしまい。


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