巻き戻された人生に希望を持てなかった令嬢の話
悪役令嬢に仕立てられ、殺された令嬢が、時が巻きもどっても、頑張りたくなれないほど絶望してたら、どうなると思う?
彼女は死んだ。
俺と初めて会った、その日に。
「初めまして、お嬢さん」
「は、はじ…め、まして。グレン王子殿下」
俺の顔を見るなり、怯えた様にブルブル震えて、青い顔をして彼女は精一杯の挨拶をして、名も告げずに後ろに並ぶご令嬢に場を譲り去って行った。
「フォーブス、あの子は何だ? どこのご令嬢だ?」
後ろに控えた従者に小声で訪ねると、何人かがそっと彼女の後を追った。
その日は、10歳になった王子の婚約者を決めるための顔合わせパーティーだった。集められたのは今年7歳になる国内外の貴族、富豪の令嬢ばかり。この国の王家のしきたりで、王子は皆3歳年下の妻を娶ることになっている。婚約者を決めるのは王子が10歳になってから、それもきまりだった。
ブルブル震える令嬢に興味を持った王子の一言に、後ろに控えていた者達が彼女を追うのも当然だった。
なのに、彼女は声を掛けにきた従者を見て、絶望した表情で王宮のテラスから身を投げ死んだ。
何故彼女は身を投げたのか。何故あんなに俺を怖れたのか。
彼女の家族にも、その理由はわからなかった。
※※※※※※
「ジョディ、君にはがっかりだよ。まさか、この程度も出来ないなんて。」
「…ご、ごめん…なさぃ。申し訳…あり…ま…せん…」
ジョディと呼ばれた令嬢は、消え入りそうな声で謝罪の言葉を重ねるが、向かいに座る声の主は大きなため息をついて、冷ややかな目でジョディを一瞥し、隣に座る華やかな女性に目を移す。
「もういい。…ごめんよ、ユリア。ジョディが粗相して。そうだ、君がこの前欲しがってた物を手に入れたんだ。こんな不愉快な所にいる必要はない。僕の私室へ行こう。」
ユリアと呼ばれた女はジョディを見て、勝ち誇ったようにくすりと笑い、優雅に立ち上がると男にエスコートされ、部屋を後にした。
『地味でさえないご令嬢』
それがジョディという令嬢につけられたあだ名だった。十人並みの見た目。美人でも可愛くもない、だからといって醜い訳でもない。天才的な何かがあるわけでも、努力する秀才でもなく。考え無しのおバカさんでもない、頭脳も平凡だった。
それでも眉目秀麗な王子の側に居れば、やっかみも相まって、「あの見た目じゃあねぇ。」、「何であんなのが王子妃候補なのよ。」と令嬢たちにバカにされ、ジョディには味方なんか居なかった。
そうジョディは国王陛下が決めた、王子殿下の婚約者だったのだ。
「お前を愛することはない。婚約者だからと言って、大きな顔で王宮を闊歩出来ると思うな。俺が呼びつけた時はすぐ来い。それ以外はお前の顔など見ても鬱陶しいだけだ。呼ばない限り、顔を見せるな!」
王子はそう言って、ジョディが婚約者となった日から、十年間一度も顔を会わせなかった。成人した王子と共に夜会に出なければいけない時ですら、最初のエスコートのみで、後は同じ会場に居てもジョディを徹底的に無視した。
婚姻を結ぶ日が近づいてきた頃、王子は初めてジョディを王宮に呼び、愛人とのお茶の時間に給仕をさせて、粗相したと難癖をつけて追い返した。
「ユリアに酷いことをしてるらしいな。王宮を我が物顔で動かして、もう王妃気取りか?」
王子から呼び出しを受け、久しぶりに王宮を訪ねたジョディは、いきなり衛兵に捕縛され、床に押し倒されたまま王子から詰られ、蹴られた。
「なんの事でしょうか…いたッ…」
「しらばっくれるな。下働きの者に金をやってユリアの部屋を荒らしたり、ユリアの私物を盗んだり。王子妃予算から横領までして。俺が知らないとでも思ったのか!」
「…し、知らない…知りません!」
「この、性悪女が!牢に放り込んでおけ!」
ジョディは牢に入れられてから散々な目にあった。
牢番にニヤニヤと厭らしい目で見られ、時には詰られ、食事も日に一度だけ。やっと目の前に出された食事も牢の柵が邪魔をして届かない。
「あぁ、なんだ。食べられないから中に入れろって?」
「その細っこい腕なら、隙間から取れるだろうよ」
わははと笑いながら、手をのばすジョディの邪魔をする。手が届きそうになったら、ヒョイと横にずらしたり、手が滑ったと言いながら、最初からろくに入ってないスープの椀を傾けて空っぽにしてみたり。
カチカチのパンですら、「お前のような者にやるなら、ネズミにでもやるさ」と取り上げられる。
あまりの空腹に、気を失うように眠りそうになったら、牢番達に大きな音を立てられ、眠らせてもらえない。ジョディが牢に放り込まれて1週間。限界だった。
そんなところへ傲慢王子が屈強な兵を何名か連れて、ジョディの前にやってきた。
「牢に放り込んでもなお、他人を使ってユリアをいびり倒すとは。引きずり出せ、この場で叩き斬ってやる!!」
屈強な男達に取り囲まれ、王子の前に連れ出されるも、眠れず食事もろくに摂ってないジョディは小さく首を振り、掠れた声で王子の横暴な態度に精一杯抵抗し、拒否した。
「やっ。やめ…て……し…ら…な…い、ち…がっ…」
「往生際が悪い!ユリアがどれほど辛かったか、思い知れ!」
傲慢王子の剣がジョディを貫いた。
※※※※※※
「わたし、じゃない。ちがう。イヤだ。やめてぇ」
声にならない叫びをあげて、血塗れで意識を失ったはずのジョディが目にしたのは、あの、初めてあった日の王子の姿。
「殺される。このままじゃ、殺される。イヤだ、やぁぁあ!」
声には出さなかったけど目の前が真っ青になったジョディは、パニックを起こしながらも、挨拶の順が回ってきたのに気付いて、精一杯努力して挨拶を済ませ、回れ右して王子の前から去った。
「お母様、気持ち悪い…お家に帰りたい…」
「あらあら、さっきまで王子殿下に会えるって、楽しみにしてたのに。緊張し過ぎちゃったのね。」
母はうふふと笑って、「そういう子の為に休憩室をご用意して下さってるから」と、ジョディを連れて王宮の中をどんどん進む。
「オードリー夫人、そちらはお嬢様で?」
ジョディと母の後ろから、王子の後ろに控えていた従者が声を掛けた。ジョディは知っていた。傲慢王子の従者である事を鼻に掛け、自分も権力側かのように傲慢に振る舞っていたその男を。
「あら、ごきげんよう、トーマス様。えぇ、娘で……」
母がその男と挨拶を交わし始めたのを見て、ジョディはもう逃げられないと思った。それまでギュッと握っていた母の手を離し、開け放されていたテラスへの扉目掛けて一目散に駆ける。
「イヤだ、イヤだ。怖い。やめて、もうあんな目に合うのはイヤよ。」
テラスの端まで駆け、手摺を超えてジョディは飛び降りた。
もう二度とあんな生き方はしたくない。
やり直しなんかしたくない。
巻き戻された生だとしても、未来を変える手立てがあったとしても、このまま生きていたくない。
ジョディは死んだ。
10年後に殺されるなら、今すぐ死ぬ方がよっぽどマシだと思ったからだ。
※※※※※※
「なーんだ。つまんないの。もっと足掻いてくれなきゃ、面白くないじゃないか。」
水晶玉を覗いていた魔導師がつぶやく。
「えっ? 面白いじゃないか、巻きもどってすぐに死に逃げるなんて。生きたいと強く願ったから巻きもどったはずの時間で、死を選ぶなんて、人間とはなんと愚かしく、面白いものだろう。」
魔導師の肩にのったカラスが笑った。
巻き戻された人生をやり直すお話はたくさんあるから、ちがう路線で書いてみたくなったので。もっと極悪非道な傲慢王子にしないと、そこまで絶望しない気もするけど、さらっと書いてみただけなので、つまらなかった人ごめんなさいm(_ _)m