拝啓、『子供』だった君たちへ。
拝啓、『子供』だった君たちへ。
私はどうやら君たちを――。
私はどうやら、人より遅いペースで生きているようだ。
そんなことに気づいたのは、二十歳になったばかりの頃だ。
成人の日で、久しぶりに、高校時代の友人たちと会うということで、私は――普段無精な恰好ばっかりしているのもあり――着なれないスーツを着込んで、成人式に向かった。
同じクラスのあの子はどうしているだろう。県外へ進学した仲良くしていたあの子は元気だろうか。楽しかった高校時代を思い出しながら、私はどこか夢見心地で、冬独特の灰色の冷たい風が吹く、新潟の街を、慣れないパンプスで歩いた。
そんな中でも、私はたぶん、浮かれていたんだと思う。
美大受験に失敗し、仲の良いグループの中で、独りだけ新潟に残った私はずっと寂しかった。そもそも友達は多い方ではなかったから、今では特別、何処に出かけるわけでもなく、絵画教室と家の往復くらいしかすることがない。だから今日という日を、とても楽しみにしていた。
しかし私の淡い期待は、割とすぐに崩れた。
(化粧くさい……)
会場についてまず思ったことは、それだった。少し前まで素顔で無垢に笑っていた少女たちは――成人式と言うこともあるのだろうが、ばっちりと化粧をしていて、まるで大人の女性に見えた。まあ二十歳なのだから大人の女性とも言えなくないのだろうけど……。
それにしても、香水なのかなんなのか、頭がくらくらした。しかしみんなは平気そうにしている。この匂い、この感じ、どこかで感じたことがあるような……。
「ユウじゃん! 久しぶり!」
私が目を回していると、後ろから声がかかった。高校時代一番仲良くしていてくれたマナミだった。しかし彼女の姿を見て、私はまた驚くことになった。
高校時代、化粧やファッションに無頓着だった彼女は見る影もなく、彼女もみんなと同じ「大人の女性」になっていた。
「えー、すっごい久しぶりじゃん! っていうか、ユウ、全然変わってなくない?」
悪い気のない一言だったのだろうけれど。
私はその言葉を聞いて、大きな石でも飲み込んだような気持ちになった。
新生活を謳歌しているらしい元クラスメイト達は、嬉しそうに、楽しそうに、騒がしく笑っている。私はその間ずっと愛想笑いをしていたような気がする。
『変わっていない』
当時の無二の友人から言われた一言が、喉の奥にずっと重く残り続けた。
そして、集合写真を撮る段になって、気が付いた。
(あ……)
そうだ、この匂い。
小学校の時の授業参観の時の匂いだ。
狭い教室の中で、保護者から漂ってくるあの独特の匂いだった。
みんな「大人」になったんだね。
私はやけくそ気味に笑って、フラッシュを浴びた。ちなみにその写真は今になっても一度も開いていない。
二次会はさらに、私を打ちのめした。
この間まで制服を着て、白球を追いかけていた野球部のキャプテンが、髪を茶色に染めて、女の子とお酒を酌み交わしている。
「ユウ、飲んでる?」
出来上がり始めたマナミが聞いてきたので、私は「飲んでるよ」とグラスを掲げてみせた。――本当はあまり飲んではいけないんだけれど、そんなこと言える空気じゃなかった。
飲みつけないビールは苦いだけでちっとも美味しくなくて。でもみんなは、どんどんグラスを空にしていく。なんだ。一体、みんな何がしたいんだ。これ、本当に美味しい?
また嗅ぎなれない匂いが流れて来たので、振り返れば、隅で煙草に火を点けている集団がいた。近くの女子が「アンタたちもう少し向こう行ってよ」とふざけたように言うと、煙草をくわえていた一人が、「喫煙者に人権ねぇよなぁ」と言いつつ、にやにや笑いながら、紫煙を吐いた。
ついに我慢の限界がきて、私は「明日も勉強あるから」と言って席を立った。
マナミだけ「もう帰るの?」と惜しんでくれたけれど、私はもう耐えられなかった。
コートを着込んで、冬の新潟の夜の下に出る。はあ、と息を吐くと、白くて、少しだけお酒臭い。コートも少し、煙草くさい。
来る時とはうってかわって、私はうんざりした気持ちで帰路についた。
『ユウ、全然変わってなくない?』
これが自然の時間の流れだと言うのなら。
私はきっと、人より遅いペースで生きていて、独りだけまだ「子供」のままなんだ。
鼻がつんとして、気が付けば頬に熱い涙が流れていた。何だか無性に悲しかった。
取り返しのつかないものが、失われてしまった気がする。
私はマナミの誰のことも気にしてないような、歯を見せた笑顔が好きだった。
野球部のキャプテンが、泥まみれになりながら練習している姿も、男子がふざけて机を叩いて流行りの歌を歌っている姿も、合唱コンクールでクラスの統率がうまく行かないからって泣いてしまう女子の姿も、何だかんだ言って好きだった。
気付けば私は、河原を歩きながら、わんわん泣いていた。
拝啓――私と同じ、『子供』だった君たちへ。
私はどうやら君たちを――愛していたみたいだ。