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(7) 11歳 この世界で生きる目標

(父ジュールが伏線を回収します。昭和レベルまで発展した理由がここに。 ついに学園の名前も出てきました。)

 ミズホ市の公邸。


 ジュールが新聞に目を通しているとコンコンと軽い音が鳴った


「入れ。」


 柄にもない口調で言ったが、ドアが開かれ、愛娘が入ってくる。


「お父様、お話があります」


 娘のアリシアが真剣な眼差しを向けてくるので、無言で続きを促す。


「私は8歳のときに、前世を思い出したことを打ち明けました。」


 もう随分と昔のことに思える。今からだいたい3年前くらい。


 アリシアが急に倒れたと聞き、慌ててこの公邸に帰ると急に大人びたアリシアが居た。


 その時点でアリシアが前世を思い出したのではと察しがついていたが。


「その後、私にできることを探すために領内を見て回りたいと言いましたが、ちょっとした行き違いから反抗してしまいましたね。」


「ああ、あの時は私もすまなかった。」


 この世界では平和な日本の常識は通じない。領の外の世界は弱肉強食の世界だ。それを伝える意味でも多少キツく言ってしまったために、アリシアをムキにさせてしまった。


「いえ。あの難題な条件のためにいろいろな技を習得できました。クリアできたおかげで、私は自信がつきました。結果的にフウガとも契約できましたしね。」


 確かに、結果的には良いものとなった。アリシアが本気で条件をクリアしようと努力したおかげで、前世の知識をつかってオリジナル魔法を生み出したし、それでドラゴンと戦えた。


 だが、個人的には不本意だ。アリシアにはもう少し時間をかけて育って欲しかった…。というのは親のわがままだろうか。


「そして私はフウガの知識の一端に触れ、領の外の世界も見る必要があることに気が付きました。もちろん、一人で周るつもりはありません。自分ひとりでどうこうできるなんて思っていませんから。」


「うん。」


「でも、どうせ護衛をつけたとしてもお父様は心配なさるのでしょうと、あの時感じました。だから、お父様が心配しないで外に出せるようになるからと言ったんです。」


アリシアが笑っていう。「前世を思い出してから初めて難題をクリアした達成感もあったのでしょうけど、私、いつから武闘派な性格になってしまったんでしょうかね。」


「全くだ。前世では大人しい性格だったんじゃなかったのか。」


 子は親に似るというが、これはメルの影響だな。5歳から模造刀振らせてたら、そりゃそうなるか。貴族令嬢らしからぬ娘になってしまった。


 まあ、アリシアが前世を思い出したおかげで、令嬢教育や教養の教育が省けるようになったので問題なはない。唯一、親離れが早くなったのが残念だ。


「今日、領の外に出るための条件として頂いた課題、Cランクのビッグオークを剣と補助魔法のみで倒しました。立会人はお母様です。」


「ああ、一人前になったな。私も安心してアリシアの”やりたい”を支援するよ。で、どうする?外の世界を見に行きたいか?」


「はい。でも目的が変わりました。」


アリシアの瞳には信念が宿っていた。「期せずして私は、初めてドラゴンと契約し、魔の森を踏破した勇者の再来って領の歴史に名を残すことになってしまいました。」


 1年前の掃討作戦後はお祭り騒ぎだったからな。


「皆、口々に感謝の言葉をくれて…。それで私は気が付きました。平穏な日常の大切さに。」


「そうだな。つまらないかも知れないが、何もない日常ほど大切なものはない。」


「はい。だから私、領主を継ぎたいです。領主になって、お父様とお母様に安泰な老後をプレゼントします。抽象的ですけれども、私は、この領の人々の日常を、笑顔を守ります。あと、私も、皆と一緒に笑い合いながら天寿を全うしたいですね。それが今世での私の生きる目標です」


「なるほどね。アリシアがやりたいことをやればいい。私たちはそれだけで幸せだ。だが、いいのかい?領主になるということは、社交界に出るということだ。年に1回くらいは王宮に参賀しないといけないし、正直面倒だぞ。」


 アリシアが望まないのなら、養子をとってきて次期領主に据え置くつもりだった。それをしなくてもいいのは助かるが…。


「ええ。そこも理解しています。それが、外の世界へ出る目的が変わったと言った理由です。まずは慣れるために、王都のセントレア学園に入学します。」


「ああ、知っていたのか。」


 王都のセントレア学園は、貴族子女、将来有望な商人の子など、有力者が集まる社交界の縮図だ。ここで懇意になった関係が、そのまま卒業後の関係にも影響してくる。


 学園では王国の歴史や、経営学、武術、魔術を習う。設立当初は「貴族の義務は民を守ることである」という理念があり、学園を卒業した貴族の治める領は移住希望者が殺到したと言われている。


 …今はどうだか。正直なところ、冒険者ギルドのランクを有している貴族のほうが民は安心するんじゃないかな。現に武に秀でたミニアーノ侯爵領は活気が溢れていると聞く。


 意味のない通学かもしれないが、まあ貴族家当主となる人間は通学することを強く推奨されているから仕方ない。


「そうだな。では、入学の手続きをしておく。在学中は王都の公館から通うことになるだろう。公館に部屋も用意しておく。あとは…明日、一緒にチトセ基地へ行こう。」


 少なくとも、アリシアに目標ができたことは喜ばしい。


 子はいつか、親から飛び立つのだ。それが少し…、いや、かなり早まっただけだ。あとは、悩むことなく、やりたいことをやってほしい。幸せになってもらいたい。


「さてアリシア。アリシアは8歳のときに前世を思い出した。そして、今、この世界で生きる目標ができたのだと理解する。」


俺は最後の質問を投げかける。「今、元の世界に帰りたいと思うか?」


「いいえ。」


アリシアははっきりと言った。「もし、元の世界につながるのなら、前の家族に、私は元気ですと、とても幸せですと伝えたくはあります。でも、今世では、私はここで、お父様とお母様に愛される娘であり続けたいです。」


「そうか。」


それを聞いて安心した。「薄々感づいているとは思うけど、私も転生者だ。」


「は?」


「ん?気づいていたのではないのか?」


 俺の領政では、なんとも都合よく前世の日本のいいとこ取りをしている。”2代目が転生者だったから、その知識だ”では済まないだろう。


「はい。恥ずかしながら…全て2代目の、ひいお爺様の知識だと思っておりました。」


アリシアは気まずそうにいう。「その…前世は、いかがでしたか?」


 ああ、そのことか。


「良くも悪くも、普通だったな。2代目は20世紀の始まりの年に生まれ、昭和を駆け抜けた。私はその昭和の最後に生まれたな。まあ平凡な人生だったよ。でも波風のない日常で十分に、小さな幸せを感じていたからな。満足だ。ああ、普通に寿命は全うした。だから今世でも高望みはしないよ。」


 遠い前世を思い出して言う。


「そうですか…。あの、お父様は、この世界で葛藤とかありましたか?」


「そうだな…。戸惑いはした。だが私の時は2代目の爺さんが同じ日本人の前世を持っていたということを早々に知ってな。そこからは爺さんと一緒に鉄道を引いたり、親父のために生産量を倍にしたりで悩む暇なんかなかったな。」


懐かしいな。爺さんや親父と一緒にやったあれこれを思い出す。「今思えば、前世は相当な苦労続きであったが…、まじめに生き抜いてよかった。あの経験、思い、知識、全てが役にたつ。最愛のメル、そしてアリシアを守るために。」


「お母様と私を?」


「そうだ。私の生きる目標は、お前たちが幸せに暮らせるようにすることだ。そして代々の領主たち、兵士たちも同じく、大切な誰かを、仲間を、領民を守りたい一心で己が役割を全うした。アリシアもここに続くわけだな。」


「はい。」


「庇護を受ける者から、庇護する者へとなるアリシアには伝えておかないといけない先人の言葉、領主の心得がある。」


 学校の道徳の教科書には「守られる者へ。汝は一人では無い。我らが見守っている。キルシュバウムの民は一蓮托生。汝は隣人を、仲間を助けよ。」との言葉がある。しかし、領主となる人間の心得は違う。


「守る者へ。汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。」


 これは王国に名誉を奪われ、追放されたこの地で、ついには夫をも失った後の初代辺境伯爵夫人…つまり伝説の錬金術士の言葉。戦の無い世の中など理想論。戦は交渉事の一手段である。よって平和は戦の準備期間として捉えないといけない。準備を怠れば、犠牲になるのは自身が守りたい者、自領の民なのだ。


「然るに、戦は始めるのはたやすいが、終わらせるのは難し。相手にも相手の信念があると知れ。」


 昭和の大戦を経験した転生者、二代目の言葉。相手がこちらの思い通りに動くはずない。戦とは目標・目的を明確にして情報を集め、相手を知り己を知り、しっかりと計画を立てて挑むべきもの。我こそは正義なんて酔いしれてはいけない。相手も自分が正義だと思っている。


「やむを得ず戦に乗るならば、相手を討つならば、決して手を抜くな、隙を見せるな。一瞬の迷いで汝が、仲間が討たれると覚悟せよ。」


 これは俺の妻、メルの口癖だ。よく言われている、撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだと。


「常に目的を忘れるな。汝は守るために戦う。他の国、他の領の地を欲するな。他の国、他の領の争いに介入するな。」


 3代目…俺の親父の言葉。他の国、他の領同士の争いに巻き込まれれば、絶対に終わりが来なくなる。これは先に書かれた正義の反対は正義理論にもつながる。


「我ら、汝が守りたいものを守れることを願ふ。」


 領主の心得をじっくりと反芻する最愛の娘を見て思う。どうかアリシアが「私は備えるだけで終わったよ」と笑顔で次の世代に引き継げますようにと。


「ともかく、私はこの信念に基づいて常に備えた。魔の森からのスタンピードにも、北の連邦や東の帝国からの侵略にも、そして…この王国との戦いにも。王都へ流れる川の水源を押さえ、王都に流通する穀物の9割を自由に絞れる優位性。王国すべての領と戦争しても負けないように領を運営してきた。経済力と軍事力は昭和レベルまで発展することを目指した。」


 中世ヨーロッパ的な外の世界を舐めているわけではない。実際にフウガの騒ぎの時や、その後の魔の森からのスタンピードの危機の時は、領の存続が危ぶまれた。アリシアがフウガと契約したおかげで戦力は向上したとは言え、油断せず、あらゆる脅威に備え続けなければならない。


「高度な教育を受けた団結力の強い民たちの理解もあり、我々は壁によって外の世界と領内を完全に分断することにした。」


「ああああああああ!」


アリシアが声を上げる。「そう言えば、小学校のあの詩…狼さん。まさか子供の時からすりこみを…。」


 思い当たる節があるかな?


「今まで黙っていてすまなかった。」


 俺と違い、アリシアは前世の記憶と今世のはざまで苦悩したのだろう。


「いえ。教えてくれてありがとうございます。どうであろうと私はお父様のこと大好きです。あ、お父様が転生者ってことは、お母様は知っているのですか?」


「うん。公言しているのはメルとユーリとワイズマンだけだ。アリシアも打ち明けるのはその程度にしておけよ。」


 これだけは伝えておかないといけない。


「外の世界で他の転生者と出会うこともあるかもしれない。アリシアは出会ってから3年くらいは隠しておきなさい。疑われても2代目の知識だと誤魔化せ。理由はわかるかい?」


「相手が転生自体をよく思っていない可能性や、利用しようとする可能性があるからですね。」


「理解が早くて助かる。」


 そう言って、鍵のかかった本棚から1冊の本を取り出す。”20世紀技術史”と書かれてある。


「アリシア・ラナ・キルシュバウム。」


「はい。」


 アリシアが背筋を伸ばして返事する。


「貴官を次期領主に指名する。また、王都周辺における領主代理およびチェリー商会会長代理の権限を付与する。ただし、これは文官としてだ。軍の命令系統には組み込まれない。」


「承りました。」


「これは2代目の話をまとめた本だ。以降はアリシアが持ちなさい。」


「了解いたしました。」


 アリシアが綺麗な敬礼を返した。


「おやすみなさい、アリシア。」


「おやすみなさい。大好きなお父様。」


 アリシアがいつも通り俺の頬にキスをして出ていく。


 ああ、俺は幸せ者だな。


----------


 早朝の執務室。


「アリシアが生きる目標を日常に見つけた。」


若草色の髪の男が話す。「…それに絡んで、領主を継ぎたいと言ってきたよ。」


「それは、よかったではないですか。」


「ええ。おめでとうございます。」


 細身の執事と黒髪のメイドが手をたたく。


「アリシアはセントレア学園へ行きたいと言っているわ。領主になる上でも、日常を謳歌する上でも、学園での生活はきっと良い経験となるわね。」


 空色の髪の女が言う。


「魔の森のスタンピードの危険も無くなりましたし、良いことずくめですな。」


 4人が互いに頷きあう。


「結局のところ、伝承のとおりに勇者を登場させて犠牲にしなくとも、スタンピードを乗り越えることはできる。ということね。」


「全くだ。人騒がせな伝承だな。」


「ドラゴンが襲来したときは、さすがに焦りましたけれど。」


「そう言えばあのドラゴン、食費が馬鹿にならないほどかかっておりますぞ?」


 笑い声が重なり合う。


 いつもの執務室。


 しかし、いつもとは違って、和やかな雰囲気が流れていた。

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