(6) 過去と現在
(戦闘が3回続いたので、執事兼近衛隊長のワイズマンが昔の記憶を語りつつ、最終回に繋がる伏線を用意します)
キルシュバウム辺境伯爵領の西の街、ユフ市。
魔の森とは直接接していませんが、魔の森の素材はこの街に集積されます。
魔の森の素材といえば、魔石を忘れてはいけません。
魔の森の地下には大量の魔石が眠っています。魔の森の濃い魔素が原因で生み出されているのか、それとも魔石が眠っているから魔の森には魔素が溢れているのか…。この私でも、どちらが先なのかはわかりません。
魔石の鉱脈。数十年前から細々と採掘が行われてきたのですが、領主となったジュールの坊ちゃんが土の魔法で坑道を作ってからは大規模採掘になりました。雷の属性を帯びさせた魔石の需要が高まったからです。
ここで採掘された魔石は属性を帯びていないため、採掘後はまとめて避雷針とつないでおきます。雷が落ちた後に雷属性が付与されますので、あとはモータに繋ぐなりして電池として使用できます。
さて、魔の森の掃討作戦を終えた私たちは、ユフ市にて慰労会を行いました。ついでにアリシア様が作った柔らかいパンのお披露目がなされ、大好評でした。
「ワイズマン隊長。ご指導いただきありがとうございました。」
慰労会も終わり、後片付けが始まる部屋。若手の魔人が傍らにやってきて、礼を言ってきました。「魔法の使い方。いろいろと工夫してみます。」と。
「そうですね。頑張ってください。」
恐らくはアリシア様に触発されたのでしょう。
領主の娘という立場に驕らず、ひたむきに成長しつづける姿、そして生み出した新しい魔法の数々は、魔人の彼らにも、良い刺激を与えたはずです。
そもそも、“魔人”と呼ばれ始めたのは何時からだったでしょうか。
ただ、普通の人族よりも保有する魔素が膨大だった個体、普通の人族よりも老いるのが遅い個体が、総称として魔人と呼ばれるようになってきたのです。
この普通とは少し違った個体は、なんの前ぶれもなく変異した状態で産まれたり、もしくは魔の森のような魔素の濃い環境下に長期間さらされたり、何らかの事情で濃い魔素を一気に吸収してしまったりすることで生まれます。
獣は魔獣に、人は魔人になるのです。なお、変異した際に理性を失ったり、何らかの要因が加わったりすると、異形の魔物になってしまうと言われております。
もちろん、理性を持った魔人は、別に進んで人に危害を加えるなんてことはありません。
しかし、いつ魔物に変わるか、また、自分たちとは違い、膨大な魔素を持ち、自分たちの倍以上の長寿といったところが不気味に感じてしまうのでしょう。
そういった理由もあり、魔人はいつしか忌み嫌われるようになっていきました。
王国では特にその気が強い。
何故そうなったのか。原因は110年前にあります。それは遥か昔の私の記憶。
今から110年前、王国は魔の森からのスタンピードに備え、兵を、そして冒険者を集めていました。それだけでは足りず、市井から多くの若者たちをかき集めました。
集められた人々の中には後の勇者、聖女、魔導士、剣聖、錬金術士、そして賢者と呼ばれることになる私がいました。
勇者は、王国で5本の指に入る冒険者の青年でした。魔獣との戦いに慣れており、次第に数を増す魔物に勇敢に立ち向かいました。
聖女は、数十年に一度現れる光の魔法の使い手でした。重傷者を助けることは出来ませんでしたが、それでも傷ついた兵士たちを魔法で癒しました。
魔導士は、火、水、雷、風の属性の4大魔法を扱える才能を持っていました。その多彩な魔法で迫りくる魔物を次々葬りましたが…ただ、彼は貴族の息子であり、ちやほやされて育ったため、性格に難がありました。
剣聖は、騎士団の元団長でした。騎士たちを率い、周辺の村を守るべく魔物たちと戦っておりましたが、徐々に劣勢になると、残った部下たちを撤退させ、自身は勇者とともに戦い続ける熱い男でした。
錬金術士は、土魔法使いの少女でした。工房を営む仕事柄、土魔法の操作には人一倍長けていたものの、武の心得はありませんでした。しかし、土魔法を使える人間を募集していると聞くと、自分にも手伝えることがあるのだと志願。西のダンジョンで発見された古の巨大ゴーレムを見事に操り、スタンピードに立ち向かいました。
そして私は、当時、30代の若さで王都の冒険者ギルドのマスター代理にまで上り詰めていました。実力を買われ、ビガー公爵家に婿養子として迎えられましたが、依頼の裏どりや下調べが主の地味で残業の多い仕事であったため、スタンピードが起こると廃嫡され、妻と子供とは離縁させられました。
そんな状態でしたので、もう己が職に殉じるつもりで最前線へ向かいました。
私たちが招集されてから日も経たず、魔の森からのスタンピードが始まりました。
魔物たちを抑えていた軍は全滅。周辺の村を守っていた騎士団や魔法士団は命からがらに逃げました。
集められた兵や冒険者たちの半分は西の遺跡ダンジョンに向かいました。古のアーティファクト、巨大なゴーレムがあることが確認されていたからです。
多くの犠牲を出しながらも、ゴーレムを入手した私たちは、魔の森へと向かいました。スタンピードの元凶を倒すために。
…いや、私たちとは言いましたが、その場に聖女と魔導士は居りませんでした。聖女は王都に避難してきた人々を癒すのが仕事です。しかし、稀な能力を持つ魔導士も王都から出ませんでした。ですが、それで王都が守られたのだから、そのときは良かったのです。
ゴーレムに乗りこんで魔の森の最深部に到達した私たちでしたが、そこで大きな衝撃を受け、ゴーレムは擱座しました。ゴーレムの胴体を貫通するように牙や爪が食い込み、同乗していた凄腕の冒険者たちがあっけなく死にました。
闇落ちしたドラゴンが、魔素の暴走を引き起こしながら襲い掛かってきたのです。
勇者がゴーレムから飛び降り、果敢にドラゴンと戦い始めました。
私と剣聖もゴーレムを降りて、寄って集ってくる周囲の魔物を排除しました。ドラゴンの隙をつき、錬金術士が巨大なゴーレムを再び立ち上がらせ、必死に私たちをサポートしました。
やっとの思いで、私たちはドラゴンを倒しました。しかし代償に勇者と剣聖は深い傷を負いました。
それでも、残りの魔物をゴーレムで蹴散らした私たちは王都に凱旋しました。
こうして私たちはスタンピードを乗り越えたのです。
ゴーレムは王都の地下に隠され、次のスタンピードの時まで封印されることになりました。錬金術士がゴーレムを弄り、魔素さえ込めれば誰にでも動かせる一方で、悪用されることを防ぐため、封印を解くためには勇者、聖女、魔導士、剣聖、錬金術士、私、そして当時の国王、7人のいずれかの血筋を組む7人の証を要求するようにしました。
これで無事に幕を閉じられればよかったのですが、魔の森の最深部で戦って生き残った私たち4人は、強い魔素に当てられて魔人化しておりました。
そして、何を思ったのか、当時の国王と魔導士が奸計をめぐらし、勇者を辺境伯爵として北の果ての地に追いやりました。私と錬金術士もまとめて追いやられました。深い傷を負っていた剣聖は隠居することで見逃されましたが、しばらくして亡くなりました。
聖女は国王と魔導士に囲われ、当時の王太子と結婚し子を成した。王太子が王の座を継ぐと、無茶苦茶な政治を始めた。最終的には政変が起こり、その後どうなったのかわかりません。
一方、追いやられた私たちは、延々と魔の森の魔物たちとの戦い続ける日々。そんな戦いの中で勇者と錬金術士は惹かれ合い、結婚し、子供を産みました。そうして辺境伯爵家の歴史が始まったのです。私は執事として仕えることにしました。
もう国には関わりたくなかったので、私は国王が健在な内にいろいろと条件をつけて盟約を結ばせました。代わりに、私たちがこのまま辺境から出てこないことを約束。真実は隠し、先のスタンピードを防いだ功績を譲ってやることにしました。
しかし、国王と魔導士は私たちが黙っていることをいいことに、魔人の危険性、非人間性を主張し、魔人となった私や、勇者と錬金術士の名誉を貶めました。
それが今につながる魔人を忌み嫌う考え方の元になってしまったようなのです。
王国内で、次第に迫害されるようになっていく魔人。
私は迫害されるようになった魔人を保護することにしました。
先ほど挨拶にきたマーティンもそうです。彼は純粋な人間の両親の下に産まれたのですが、突然変異で魔人として産まれていたようでした。しばらくして彼の魔素の量が異常であることに気づいた両親に捨てられ…、私が保護しました。
実の息子を捨てるとは…。これが人の業でしょうか。
難儀なものですね。そう思っていると、ふと背後に気配を感じました。
「ヤクモですか。久しぶりですね。丁度昔のことを考えていたところです。」
私は振り返る。
そこには、昔と変わらない外見でたたずむ錬金術士の姿がありました。
スタンピードを終わらせてから9年くらいたったころ、勇者は亡くなりました。戦いの日々が傷を悪化させていたのです。錬金術士は遂に最愛の人までも奪われたのです。
残された私たちの老いが進まないことに気づいたのは丁度そのころでした。
私は名前をワイズマンと変え、ここから先のキルシュバウム家を影から支えていくことにしました。錬金術士も名前をヤクモと名乗ることにし、表舞台から姿を消したのでした。なお、“ヤクモ”という名は、息子さんである2代目辺境伯爵が付けた名です。
2代目は前世が技術者だった記憶を持つ転生者でしたので、ヤクモは毎日息子といろいろなものを造って楽しそうにしていました。きっといい気分転換になったでしょう。その後、2代目を見送り、表舞台から姿を消したヤクモですが、実は今も、碌でもないものを造っては私に見せに来るのです。
「魔の森の魔物狩り。昔から考えると随分と楽になったよね。」
「貴女はあの兵器の製造に関わっているでしょうに。」
彼女の口調は何十年たっても変わらない。
それが懐かしくもある。そう感じる私は変わってしまったのかもしれない。
「うん。もう王国に奪われたくないから。私たちの子孫に、あんな思いさせたくないから。」
「…そうでしたね。あの時、私たちにもっと力があれば、違ったのかもしれません。」
力があれば、ドラゴンとの戦いで勇者が深い傷を負うことは無かった。私たちを辺境への追放しようとする国王に歯向かえた。名誉を貶めようとする貴族たちに堂々と異を唱えれた。辺境の地で、魔の森の魔物たちとの戦いで、勇者が傷を悪化させることも無かった…。
だから私たちは、この地が、勇者の子孫たちが、再び王国から奪われることのないように支えている。
「そういえば、今回は何の用ですか?ああ、歩いてきたことは評価します。」
「ひどい。2年前のは新しい飛行機の性能を見せたくって、ちょっとふざけただけよ。」
ヤクモがふくれっ面を見せる。
「…貴女が公邸まで飛んできて、上空で宙返りなんてするから、アリシア様が卒倒されたのですがね。」
「だって、戦闘機の開発を中断してでも、重鈍な双発偵察機を優先して造れって指示が来て…。公邸に抗議ついでに試作戦闘機の性能を見せつけてやらないとって思って。」
「なんでまた…」
「最近、王国南端の公爵領が気になるんだって。ジャガイモを食用のために増産したり、なんかいろいろしてるって話があって、偵察したいって。」
ほう…カエルラ公爵領ですか。まあ、それはそれで気にかけておきましょう。
「で、なんの用でございましょうか?」
「ちょっと様子を見に来ただけよ。私の子孫たちのこと。ジュールは、アリシアちゃんは元気?」
「ええ。ジュール坊ちゃんは相変わらず幸せそうですよ。アリシア様も、そろそろ前世の記憶からくる葛藤を乗り越えられそうです。」
「そう。よかった。何事もない日常こそが大切だからね。」
それだけで満足したのか、ヤクモは踵を返す。
「お待ちなさい。」
私は彼女を呼び止め、確保していたパンをバスケットごと差し出した。「アリシア様が造ったパンです。なんでも、酵母?から作った柔らかいパンです。美味かったですよ。」
「へえ?じゃあ、1本だけ頂いていくわ。ありがとう。」
抜き取ったパンを大切そうに眺め、今度こそ部屋を出ていくヤクモ。「そうそう。魔の森攻略の功績者の一人として、ご褒美に新ネタを要求したら、ジュールからヘリコプターっての教えて貰ったの。すごいわよ。楽しみにしててね」なんて言い残していかなければ、彼女の幸せも祈ってやりましたのに…。
私は、残ったパンを口に放り込む。いやあ、美味い。長生きはしてみるものですね。
魔の森に来ると、何時もあのころを思い出して嫌になる。
しかし、今日は、なんだか不思議な気持ちだ。悪くはありません。
私たちが表舞台を去っても、このキルシュバウム家は代々続いていく。ここで、新しい世界が生み出されていく。
私たちが必死になって戦った意味は、ここにあることを感じられました。
「ところで、アリシアちゃんたち、クサツ市でドラゴンの強力な魔素を浴びたよね。どう考えても私たちと同じっ!ぶっ!?」
「…帰ってくるな。早くヘリコプターとやらを造りにいったらどうですか?」
「この似非執事め。口調にボロが出ているわよ?」
…本当に、早く表舞台から引退してください。
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ユフ市近郊の農村。
「こんにちは!ツグミちゃん、いますか?」
「まあ、アリシアちゃん。いつもツグミと遊んでくれてありがとう。今呼ぶわね。」
銀の長髪の少女がとある家を訪問していた。
家のわきには納屋があり、トラクターと自転車が押し込まれている。
「あ、その前に、お母様、これ新しく作ってみたパンです。良かったらどうぞ。」
「あら、ありがとう。」
銀髪の少女は紙で包装されたパンを差し出す。
「ツグミ!アリシアちゃん来たわよ。」
「おー!いらっしゃい!勇者さん。」
母親に呼ばれて出てきたのは浅葱色の髪をした快活そうな少女。
「勇者?どういうこと?」
銀髪の少女は首をかしげる。
「ドラゴンをつれたアリシア様のおかげで魔の森の魔物の討伐は大成功。みんなで感謝しましょう。って」
浅葱色の髪の少女はこれ見よがしに子ども新聞を掲げた。
「自治会の皆も、アリシアちゃんに感謝しているって言ってたわ。私からも、本当にありがとうね。」
彼女の母親は深く頭を下げる。
「この新聞によると、今度、記念の銅像立てるってよ?」
「なっ。見せて!」
「えー。どうしよっかなー。」
新聞をちらちら見せながら距離をとる浅葱色の髪の少女。
「あ、待ってよ~」
それを追いかける銀髪の少女。
「池まで競争っ!駅までの通学で鍛えあげたこの足。今日は隠していた実力を発揮する!」
「貴女、最近学校まで車で送って貰ってるでしょうが!!」
2人の少女が駆けていく。
平和の保たれた田舎の風景がそこにはあった。