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(4.5) フウガ

「ちょっとフウガ!まさか寝ちゃった!?」


 フウガ?ああ、我のことだったな。


「《思いのほか気持ち良すぎたのでな。》」


 背中でデッキブラシを担ぐ小さな我の契約相手がふくれっ面をしておる。


 何かにつけて湯治中の我の世話を焼きに来るのは意外であった。そしてそれを受け入れている我自身に戸惑いもした。


 産まれて直ぐのころは、魔の森の深淵、スタンピードの中心地で、親の亡骸を喰らうて生を繋いだ。血肉を、魔素を取り込んだ。そして、親の知識を受け継いだ。それがドラゴンの世代交代の儀式のようなものだからの。


 エンシェントドラゴンという種としての本能か、親の残留思念というものか、風系統だけでなく闇系統魔法も扱えるようだった。…ついでに光の属性への適正もあったようだが、他の竜種と違い、火の属性への適正はなかった。


 魔の森や周辺の山々を周回し、攻撃的で脳みその無い馬鹿な魔物たちを返り討ちにし、喰って寝る日々を過ごした。


 我だって別に何にでも嚙みついたりはしない。ちょっかいをかけてくる奴らがいけないのだ。その点、縄張り内に住み着くフォレストウルフやワイバーンたちは利口で、目障りな行動はとらなかった。たまに得物を分けるくらいはしてやった。


 時折、地位や名声を求めて我に挑んでくる人間の冒険者とやらが居たようだ。ようだ…というのは、我にたどり着く前に、魔の森の外縁で全滅していたからだ。大抵の場合、泣き叫んで逃げまどう声が響いて終わる。


 数十年に一度は、山脈の北のノルン連邦とやらの軍勢が、我の山を越え、南下しようとしているのを見かけた。「大陸統一の覇」を唱えておったが、我の姿を見かけるなり散り散りに逃げて行きよった。


 全く…、弱く臆病で寿命の短い種族であるのに、争いたがるのは何故なのか理解できない。


 一方で、魔の森に住む長命の人族…森の民たちは我を崇めていたようだが、別にこちらから何かするつもりもない。


 そうやって己が力一つで108年余りを孤高に過ごした。あの忌々しいエリュトロスドラゴンが来るまでは…。


 我にとって初めての歯が立たない相手だった。しかも火の属性に適正がないことを馬鹿にしおって。


 辛うじて逃れたが、しかし逃げた先、魔の森の間近にも我の鱗を貫くものが居た。それが人間の手によるものだというのだから信じられん。そして、我が人間と契約することになるとは…。


 まあ、人族にやられるなど滑稽と馬鹿にしておきながら、言った本人が人間の小娘にやられるとはいい気味だ。あの時、契約して正解だったわけだ。


 だが…。


「《もっと怖がるとか、もしくは使役しようとするものではないのかの?》」


「言っとくけど、ちゃんと働いてはもらうわよ。あんたが原因で倒壊した瓦礫の運搬、それから怪我した人全員に“時戻し”かけて、しっかりと謝罪して。終わったら、発電所の増設工事手伝って。」


「《いや、それはするが…。》」


 我と契約した人間がどうするか興味はあったが、…なんだか違うのではないか。


 全く、ここの人間どもは不思議な奴らだ。火薬という兵器、そして我の知識にない魔法。強大な力を持ってなお、それをやたらと振りかざすこともせず、平穏を望むか。


 特に、この小さき契約相手。


 あの時に小娘が使った“窒息”とやらは、共有している我の魔素を容赦なく削ったが、エリュトロスドラゴンを瞬殺する威力であった。


 しかし、その次に我の魔素を使って発動した魔法は、ただの“グランドウォール”だった…。確かに、人間の保有魔素だけでは行使できないような広い範囲を対象とした魔法であったが…。101の落とし穴を一度に造り上げて父親に自慢するのはどうなのだか。


 その次に試したのは、やはり魔素を多く使用するために人間には継続できぬ“フライ”の魔法。我が契約主は“揚力”と言っていたが、ほんの20mの高さに上がっただけで降りてきた。


 まだまだ魔素は腐るほどあるというのにどうしたかと問えば、身一つで宙に浮くのが怖いらしい。山とか崖とかの傍ならいけると言うが、同じことでは?


「…何か、失礼なこと考えているでしょ。」


「《あーいや、折角契約したのだ。お互いの知識の共有をしようではないか。転生者とやらの知識、異世界の魔法も気になるのでな。》」


 我の契約相手は、異なる世界からやってきたらしい。だから不思議な魔素の流れを起こす魔法を扱っていたのだな。


 大抵の魔法は、周囲に放出される魔素の流れで予想できる。だが、ここの人間が行使する魔法の中には、我の知識にないものがある。それは異世界の知識に由来する魔法らしい。


「《その知識を持っているのが、お主と…》」


 なんぞ?執事?口に人差し指を立てて…それは秘密ということか?ああ、わかったわかった。


 改めて、我が契約相手にのみ、異世界の魔法について聞こう。


「んー異世界の魔法っていうとなんか違うんだよね。科学っていうかなんだけど…。例えば空気を圧縮して…“圧縮熱”!」


 そう言って我の契約相手は、魔素に風属性を付与して行使し、枯れ葉を燃やした。


「《どういうことじゃ?風魔法で火を扱えるのか?》」


「ひょっとしてフウガ、あの赤いドラゴンの言ってた火が使えないって言葉を気にしてた?私としては、火なんかより、闇と光を扱えるフウガのほうがよっぽどいいと思うけどね。」


「《いや、気にしていないぞ…ただ、まあ、その…なんだ。》」


「んじゃあ、これはどう?…これはルーペって言って、小さいものを拡大してみたいときに使うんだけど。」


 そう言って、我の契約主は背負鞄(ランドセル)からガラスを取り出し、太陽に向ける。すると暫くして、太陽と反対側の枯れ葉が燻り始め、しまいには火を上げた。


「これ…光魔法で大きなレンズ作って、やってみたくない?私のことを対等な相手として見てくれるなら、教えてあげてもいいんだけどなー。」


 むむ。これは一本とられたわい。元よりそのつもりだったがの…。認識を改めねばなるまい…。どうやら我は教えを乞う側の立場のようじゃ。


 こうして、この108年で初めて他の者に頭を下げた我は、凸レンズだの、焦点距離だのを教え込まれた。こんなものを、ここの領の子供は学校で習うらしい。学校というものは凄いの。


 ああ、我が契約主(アリシア)は、普通に学校に行っておるぞ。前世を思い出したというのに小童(こわっぱ)とつるんで楽しいかと聞いたら、「友人は大切!馬鹿にするな」とひどく怒られた。なんでも前世では友人が少なかったらしい。我にはわからん気持ちだが…いずれわかるのかもしれんの。


 本人に自覚はないが、契約主(アリシア)は、自分の大切なものを貶されることを嫌い、失うことを極端に恐れている節もある。前世の記憶からか、それとも我が両親を傷つけてしまったせいで悪化したのか…。我も不用意に逆鱗に触れんように気を付けるとしよう。


 傷を癒し、魔素も十分に回復した我であったが、あれからというもの、魔の森のねぐらには帰らなかった。発電所の羽根車の設置を手伝わされ、我が契約主(アリシア)と学校に行って人間の子供の相手をし、共に帰って魔法を試し、飯を食って、館の庭で寝た。


 ここの領の住民たちも適応が早いもので、普通に呑気な話をしてくる。


 前までは考えもしなかった生活だが、こういうのも良いものだ。なんだか言い表せないが、いいものだ。


 それに…毎日が楽しみで仕方ない。案外、何気ない日常こそが、かけがえのないものというのは、その通りかもしれん。


 我の世界を広げてくれた礼としてではないが、我も契約主(アリシア)の世界を広げてやりたい。参考になるかはわからないが、我の持つ知識を授け、これまで見てきたものを伝えた。


 契約主(アリシア)は我から教わったことを吸収し、できることを増やしていった。成長を急ぐ理由があったからだ。


 先の新月の夜、なかなか寝付かない主に念話で声をかけると、悩みを打ち明けられた。早く自分が生きた証を残したいらしい。


 ふむ、生き急がなくとも、主は長生きする。なんたってエリュトロスドラゴンから霧散した濃い魔素を浴びて…ん?なんぞ執事。どこから出てきた?お、これも秘密かえ?お前もそうだろう。ああ、わかったわかった。


 しかし…既に新聞とやらに今回の主の功績が載ってるし、不安になっていた人間たちから感謝されておるではないか。


 そもそも我と契約しただけでは足りぬか?それが仮に人の世で忘れ去られても、我が永遠に語り継ごうぞ?


《ふふっ。それは確かにそうかも。》


 まあ、主は納得いくまでやるがいい。常に我が支えよう、覚えていよう。やりたいことがあれば手伝おう。できないことがあるなら、共に考えよう。少なくとも主は一人ではない。皆と、我と一緒に進んでいこうじゃないか。


《そっか…。フウガ、私と契約してくれてありがとう。》


 いや…我のほうこそ。ありがとう、アリシア。

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