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(4) ドラゴン襲来

(メイドのユーリ視点です。)

 自警団の人間が半鐘を鳴らしている。


 旅館に泊まっていた観光客たちは、何事かと不安になりながら、出てくる。


 交番から駆け出してきた警官が、拡声器で駅まで避難するように指示を出す。


 先ほどの轟きと衝撃で辺りには破片が散乱していた。


「アナタ、アリシアをお願い。」


 奥様は双剣を引き抜き、確認しながら、旦那様に言う。


「いや、私も行こう。領主の義務だ。領民たちを守らねば。」


 旦那様もボルトアクション式の6.5mm小銃を担いでいた。


 と、サイレンの音が近づいてきた。クサツ署の軍と警察の車列だ。下の町から駆けつけてきてくれた。


 先頭の橙色のワゴン車の助手席では新人警官が手回しサイレンを懸命に回している。


 避難民が道のわきに逸れ、石畳の坂道を上る車列に声援を送っている。


 荷台にポンプと電気の魔石で動くモータを備えた赤いトラックが止まった。消防隊員が魔物の腸で作られたホースの一端を温泉に突っ込む。黄色のワゴン車が旅館の入口につけられ、ガラスの破片で怪我をした職員の手当てを始める。


 ひと際声援が大きくなった。緑土色に塗られた3台のトラックが進む。


 荷台には4人の隊員と、40mm57口径速射砲が1基ずつ積まれている。


 “ピュィイー”っと指笛を吹いて奥様が手を振ると、1台がわたくしたちの前で停車した。


「旦那様、奥様、ご無事で何よりです。ここは我々に任せて避難を。」


「うん?避難?」


 助手席から飛び降りた隊長さんが退避を促す。けれども奥様はその場を動かず、胸元につけた領軍司令長官のバッジを指す。「確かに私は伯爵夫人だけども、守られる側の人間ではなく、守る側の人間だ」と。


「失礼いたしました長官。クサツ分隊、只今到着いたしました。メルシア長官の指揮下に入ります。ご命令を!」


「よろしい。現状報告しなさい。」


 強い意思を悟った隊長さんが慌てて撤回する。


 奥様はとても満足そうな笑みを浮かべていた。


「はい。斥候からの報告によると、轟きと衝撃波の原因はドラゴンの咆哮だとのことです。上の源泉に着地し、今も同じ場所にいるそうです。先ほど、チトセ基地に伝令をだしました。主力隊をよこしてもらう予定です。」


「わかりました。不測の事態に備えクサツ分隊は展開。いつでも撃てるようにしておきなさい。立ち去らないようならば害獣駆除対象とし、チトセの主隊到着後に排除する!」


 そう言って奥様はトラックの荷台に乗り込んだ。


 続いて旦那様が手を引き、お嬢様をわたくしのところに連れてくる。


「ユーリ、アリシアを頼む。」


「待って!私も行く!」


お嬢様が叫んだ。「冷静に考えて、ドラゴンに実弾兵器が効くかわかりません。前世の知識でいろいろな風系統の魔法が使える私がいれば、選択肢が増えるはずです。実弾兵器が効く、もしくは魔法が効かないとわかれば下がります。」


 旦那様が否定するよりも早く、早口で紡がれた言葉は8歳児の外見には違和感満載の現実味を帯びた言葉だった。まあ、お嬢様も前世持ちなら仕方ありません。


「…わかった。来い。ユーリ、目を離すなよ。」


 しばらく無言で悩んだ旦那様は、お嬢様の言葉を受け入れた。


 おそらくは、領主としての立場と父親としての立場で葛藤があったはず。


 奥様が意味ありげに笑みを向け、旦那様は苦笑を浮かべていた。


 わたくしは中折れ式の25mm擲弾銃に弾を込め、安全装置をかけてホルスターに入れる。


「お嬢様はわたくしが守ります。」




 黒いドラゴンがボロボロに傷ついていた。


 背中から血を流し、右の翼には大穴が開いている。


 クサツ温泉郷の源泉に横たわる巨体。周囲の木々はなぎ倒されていた。


 奥様の指示でトラックは分散させ、三方向から様子をうかがうことにした。


 トラック荷台の40mm砲には4名が付き、いつでも撃てるように展開させている。


 そして各車2名が、それぞれの方向から近づいて、ドラゴンの状態を偵察することになっていた。


「『別動隊、状況を報告。』『こちら別動隊。ドラゴンの右後方に到着。右の翼の付け根に歯形のような傷を確認。他の種からの攻撃である可能性がある。』『了解。引き続き監視せよ。急に火炎放射してくる可能性に注意。いつでも逃げれるようにしておきなさい。次の通信は3分後を予定。』」


 奥様の“風通信”でつながった別動隊から報告が入る。


 この魔法は、風系統魔法で任意の空間の音、つまり空気の振動を伝えることができる。


 ある場所とある場所をつなげば、小声でしゃべっても、傍らでしゃべっているかのように聞こえる便利な魔法だ。


 さて、わたくしも倒れた木々の影に隠れながらドラゴンの左側面に近づく。正面には入らない、寝たふりをしている可能性もある。決して気を抜かない。それが今回の監視任務の心がけだ。


 そして、ドラゴンが暴れたり、下の町までおりたりするような動きをするなら、戦うしかない。


 しばらく観察しているとドラゴンの瞼が開き、顔をこちらに向けた。


「っ!?」


 全員が横に飛びのく。


「《ほお、珍しい魔素の源はお前たちか。》」


 音ではない、脳に直接響くように語り掛けてくる。


「《人族か?まあ、どうでもよい。》」


ドラゴンが起き上がる。「《お前らを喰ろうて、少しばかりでも魔素を回復させてもらうとしよう。》」


「『撃て!!』」


 ドラゴンがこちらに牙を向けるのと、奥様が叫ばれたのは同時だった。


 立ち上がったばかりのドラゴンに三方向から40mm砲が火を噴いた。この砲は円周上に6つの薬室があり、いちいち給弾しなくても1分間で装填済みの6発を発射できる速射型だ。


 うなりをあげて飛び込む18発の砲弾。ドラゴンの胴体を貫くことはできなかったが、鎧鱗を歪ませ、内臓に衝撃を与えるくらいのことはできている。右後方から放たれた2発は、傷口を抉りながら体内に飛び込んだ。


「Gァォォオn!!!」


 耳をつんざく大音響でドラゴンが吠え、大きな衝撃派が広がる。


 とっさにお嬢様を抱きしめ、地面に伏せる。


 周囲の木々が吹き飛ばされ、後方のトラックは横転してしまった。


 旦那様と奥様も吹き飛ばされてしまったのか、周囲には見当たらない。


「《…貴様ら、ただで済むと思うなよ。》」


 血を吐きのたうちながらも怒り狂ったドラゴンがこちらに向かってくる。


「お嬢様、逃げてください。」


 そう言ってわたくしはお嬢様を倒れたトラックのほうに押しやった。


 せめてお嬢様だけでも逃がし、わたくしが時間稼ぎをしなければ。


 覚悟を決め、腰の25mm擲弾銃を抜く。拳銃よりかはマシ。


「“逆揚力(ダウンフォース)”」


 震えた涙声が響いた。


 お嬢様、まだ逃げていなかったんですか!?


 焦って振り向こうとする、その前に、ドラゴンが地面にたたきつけられた。


「ユーリ、皆を連れて逃げて!」


 泣きながら必死に魔法を行使するお嬢様。真っ青な顔で直ぐにも魔素切れを起こしそう。


 慌てて身体を支え、わたくしの魔素を送る。身に着けていた御守りの魔石の分も含めて全て。


 ドラゴンは前足に力を込めているようだけれど、深手を負っていたこともあり、身体を起しては地面に押し付けられている。


 けれども、もう魔素がもたない。額を汗がつたう。

 

 そんな緊張状態のさなか、


 突如として空から火球が撃ち込まれ、黒いドラゴンに着弾した


《人族にやられるなど、滑稽だな。火の魔法をつかえぬドラゴンなどトカゲと同じだというのは間違いでなかったようだ。》


 ゆっくりと降りてくる大きな赤い影。


 ドラゴンはもう1体いた。


《ぐっ…だまれ!》


《まあ、よい。全てまとめて消してやる。そこで最期の時までゆっくりと見ているがよい。》


 堂々と可視の魔素の塊を見せつける新手、赤いドラゴン。


 わたくしたちは先ほどの戦いで魔素が殆ど尽きてしまった。赤いドラゴンを睨むことしかできない。


 そんなの気にも留めていないのだろう、赤いドラゴンは周囲から魔素を集め続け、巨大な魔素の爆弾を作り続けている。


「《おい、小娘。》」


 唐突に声がかけられた。「《共同戦線といこう。我の魔素を貴様と共有してやる。お前らの力を今度はあいつに使え。》」


 ハッと、倒れた黒いドラゴンのほうを見る。もう動けないのか、首だけ起こし、苦々しい顔をしていた。


 対するアリシアお嬢様は何も言わず、ただ、黒いドラゴンをにらみつけた。


「《この場に来たこと、襲い掛かったことについては謝罪する。…あいつに負けた我は、新しい力が欲しかった。それで、珍しい魔素を使うお前たちが居たこの場所に来た…。》」


黒いドラゴンが淡々と告げる。「《いや、共同戦線とはおこがましかったか。…もう我はあいつには勝てない。温存していた残り僅かの魔素はくれてやる。あとは好きにするがいい。》」


 ドラゴンの言葉が終わると、お嬢様の身体が白く輝き始める。


 つい、現状を忘れてしまいそうになるくらいに神秘的な光景だ。


「一つ聞かせて。」


 光に包まれたお嬢様が意を決した表情で問う。


「《なんだ?》」


「ドラゴンって呼吸できなくなったら死ぬよね。」


「《まあな。》」


「そう…。“窒息”」


 お嬢様が上空のドラゴンに向かって言う。


 しばらくすると、赤いドラゴンは突如としてもがき始めた。何かをつかもうと前足がジタバタと動き、空をきる。最期は大きく仰け反って仰向けに地面に落下して息絶えた。


 赤いドラゴンが集めていた魔素の塊は制御するものがいなくなったため、まばゆい光となって一気に拡散される。魔素爆発は起こらなかった。しかし、濃い魔素の放出に当てられたわたくしの意識はそこで途切れたのだった。


----------


 あれから1ヵ月が経った。


 クサツの町は元の活気を取り戻している。


 吹き飛ばされた旦那様、奥様、そしてクサツ隊の隊員たちは、チトセから来た主力部隊に救助され、一命をとりとめた。ということになっているそうだ。


 本当は、チトセ隊は無傷で気を失った皆を回収しただけだ。と言うのもアリシアお嬢様と契約したドラゴンが、お嬢様発案の闇系統“時戻し”の魔法を使い、吹き飛ばされた皆の傷を、衝撃波でダメージを受ける前の状態に戻したから。


 それがなければ重症のままだったか、下手すれば死んでいたかもしれない。事実を知るのは旦那様、奥様、お嬢様とわたくしだけ。まあ、あとでワイズマン執事兼近衛隊長に伝えるのは必須なのだけれど。


 その後、涙と鼻水まみれの顔のまま、旦那様と奥様に抱き着いたお嬢様。もう大切な人を失いたくないと泣きながら何度も繰り返されていました。


 お嬢様は契約した黒いドラゴンにフウガと名付けた。エンシェントドラゴンという種類で、比較的若い個体にあたるらしい。他のドラゴンとの縄張り争いに疲れたとかで、ウチの領に定住するとのこと。


 ドラゴンにも魔法の制限があるらしい。フウガは火に適正がないことを恥じているらしいけど、風と光と闇の3属性に適応しているとのこと。


 “時戻し”の逆は無いのかとお嬢様とフウガに聞けば、“時進め”ができそうだと。わたくしはピンときてお嬢様の髪にかけてもらった。おかげで美しい銀のストレートロングが復活した。


 今回のことは、これで許してあげてもいいでしょう。公邸の皆も涙ながらに喜んでいましたし。


 ただ一つ、困った問題が起こった。


 契約したドラゴンの知識を得たアリシアお嬢様が、領の外の世界も見てみたいと言い出したのだ。


 もちろん、前回の反省を踏まえ、旦那様、奥様とお嬢様はしっかりと話し合われた。


 「私が一人で魔物と戦えるようになれば、安心してくれる?」と意気揚々に言うお嬢様。


 一方の旦那様は「頼むから傷ついたり、無理をしたりするのはやめてくれ。」と縋りついていた。


 なんとほほえましい日常。それを守るために、このユーリも粉骨砕身働かせていただきます。


----------


「つまり、幸いなことに、こちら側に向けてのスタンピードは起こらなかったんだな?」


「はい。こちら側にドラゴンが来たことで、領に接する浅いところの生物は、むしろ中心部のほうへと逃げ出したようです。しかし、魔の森内部の住み分けが崩れ、逆に森の深部にいるような魔物が、こちら側に近い区域に出没するようになりました。」


「わかった…。引き続き警戒してくれ。」


「はい…」


 夜明け前の執務室。とある執事が若草色の髪の男に報告していた。


「ところで、アリシアはどうだい?ドラゴンと契約したらしいが、どうなった?」


「体調という話でしたら問題なさそうです。ドラゴンと契約したというのは魔素の共有のみのようですので、心配なさることは無いかと。」


 執事の言葉に、若草色の髪の男は腕を組む。


「ドラゴンの知識を得たと言っていたけど、責任を感じていたり、何かに思い悩んだりしているような様子はあった?」


「いいえ。全くありません。むしろ、生き生きとしてきました。」


「そうか。」


「人間、やることがないときは酷く思い悩んだりします。そう言った意味で、旦那様が提示した、領の外へ出るための条件、新たな課題が、アリシア様が前に進むきっかけになったのでしょう。」


「どうせ、お前もアリシアにさせようとしていたんだろう?」


 若草色の髪の男は大きくため息をついた。


「アリシア様が自ら課題を与えてほしいと言われたのは僥倖でした。」


 細身の執事が視線を落とす。


 机の上には箇条書きされた紙が数枚置かれていた。


  一番上には“Cランク以上の魔物、魔獣を一人で狩れること。”とあり、その下には、“止血や心臓マッサージなどの応急救護を身に着けること。”や、“有毒の動植物を暗記すること。”など、様々書かれてある。


「願わくば、この課題が無駄になることを…」


 小さな呟きが部屋に響いた。

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