2-10 サモナ諸島沖海戦
(護衛艦“八重桜”が真価を発揮する!
クライマックスだからこそ、アリシアの父であり、転生者でもあるジュール視点です。
軍の長官でもある母メルシア、3代目キルシュバウム辺境伯爵で現“八重桜”艦長の祖父、航海長の祖母も大活躍!)
護衛艦“八重桜”の艦橋。
ウィングと呼ばれる張り出した見張り台にジュールはいた。
後方を眺めれば、娘たちの乗った戦闘強襲偵察艇が大きく回り込んで“八重桜”の右胴に着く様子が見えた。
手空きの砲雷科の船員たちが手伝い、スロープ上に引かれたレールを使って戦闘強襲偵察艇を引き上げている。
左舷側を確認すれば、追手のディザスタータートルたちは40mm57口径速射砲の威力に怖気づいたのか、島へと逃げ帰っていくのが見える。
「格納庫より報告。CRRC回収完了。欠員なし!」
格納庫から引いてある真鍮製の伝声管を伝って報告が上がる。
「両舷前進原速!針路このまま。」
艦長である親父が指示を出す。
「両舷前進原速よーそろ。」
航海長のお袋が復唱し、伝声管で機関室に速度の連絡をする。
“八重桜”が加速を始める。
「艦長。島との距離5000mまで離れてくれ。敵が出てきたら先制攻撃を許可する。私は後部甲板格納庫へ行く。」
艦橋から篭の昇降機に乗り、第二甲板まで降りる。
昇降機の柵を開け、機関室を見下ろせる舷側作業通路を艦尾へ向かって走る。
息を切らしながら最後の階段を上り、格納庫への防水扉を開ける。
「アリシアっ!」
「大丈夫よ。」
アリシアが笑いながら答える。
ずぶ濡れだが、怪我ないようだ。
アリシアの友人が水系統の“クリーン”魔法をかけ、被った海水を綺麗に取り除く。
彼女が今回の保護対象である在外領民。
「では、作戦完了だな。」
「まだ終わっていません。このままだとグラトニィトータスが大陸を襲います。」
あの島…グラトニィトータスという亀の魔物らしい。
保護した彼女…元サモナの王女の話だと、サモナ王家の伝承に、300年前この周囲一帯を灰燼に変えた化け亀の魔物の物語があるらしい。
周辺諸国に上陸し、何でも飲み込みながら進む恐怖の存在。
しかし食べるものが無くなると、その巨体を維持できず、仮死状態になっていたようだ。
それでも周囲と比べて十分に濃い魔素が残ったのだろう。様々な生物が魔素に引かれて集まった。
グラトニィトータスの背中には砂が積もり、草木が生え、その甲羅の内側に魔物たちが寄生するようになった。そうして、いつしか南のダンジョン島として扱われるようになったと。
だが、今回の一件で、グラトニィトータスは復活してしまった。
シーマイトたちはアーティファクトの杖の力で制御できていると勘違いしているが、実のところは、魔石を抜かれたグラトニィトータスが本能のままに魔素の補給のため大陸へと向かっているのだと。子亀であるディザスタータートルを大量に吐き出しつつ、向かう先はカエルラ公国。
300年前の悪夢の再来。グラトニィトータスが上陸し、全てを食べ尽くす。
「このままだとカエルラ公国は壊滅。そのまま西の共和国や東の帝国へ侵攻するでしょう。さらにはサモナ諸島、南の大陸に至り、世界中が災厄に巻き込まれます。」
「それに、さっき魔石を盗みとったブルードレイク…。人間を支配すると言っていたわ。手始めにサモナを襲うと。」
「今はサモナの上空でフウガが押さえているけど、魔石の力で強化されたらしくって面倒な相手らしいの。」
「この大きな船、強いんだからさ、やっつけてやろうよ!」
元サモナ王女に続いてカエルラ公女、アリシア、ミニアーノ侯爵令嬢が口を揃えて戦おうと言う。
だが、確認しなければならないことがある。
「我々は領民の生命、財産、そして我が領の主権を守るために在る。」
戦う意味、戦う目的を履き違えてはいけない。「もし、お前たちが世界を守りたいとでも思っているのなら、ここからは大人に任せて、家に帰って避難誘導でもしてなさい。」
英雄になりたいなんて漠然とした考えで戦う奴は大抵死ぬ。
そうではない明確な戦う目的がある奴は冷静でいられる。
そして、アリシアには答えがあるのだろう?促すように視線を向ける。
「もちろん、世界がどうなろうと、知ったことではありません。」
アリシアが静かに口を開く。「私は次期領主です。例え億単位の外の人間の命と引き換えにしてでも、1人の領民の命を優先するべきとの考えに変わりはありません。兵士だって1領民。無意味な戦線の拡大など愚の骨頂です。」
「…アリシア。」
「しかし、その大切な領民を地震で傷つけ、さらには私の守りたい大切なものに手を出した奴らを野放しにするつもりはない!」
拳を握りしめて言うアリシアの目に慢心は無い。
ならば、アリシアがやりたいことをできるよう、保護者として答えよう。「わかった。」と。
アリシアは友人たちを連れ、休む暇なく“八重桜”搭乗のワイバーンに乗って飛び立っていった。上空でエンシェントドラゴンのフウガと合流し、元凶のブルードレイクを討つらしい。
「全く、お転婆ね。」
「誰かさんに似たのだろう。」
「あら?奇遇ね。私も“誰かさんに似たのでしょう”と思っていたわ。」
あっという間に空に消えていく影。「無茶だけはするなよ」と祈りを込め、メルとともに見送った。
サモナに居るブルードレイクは第五飛行隊のワイバーンたちが対処する。
そして、さっき変異しながら飛んで行ったブルードレイクの親玉については、フウガとアリシアたちが向かった。
現在、大陸沿岸、プリムラ地区へも押し寄せるディザスタータートルについてはキルシュバウム本領から第一飛行隊のワイバーン24頭と、第四飛行隊の爆撃機花雪20機が出撃して対処することになっている。
そして、今、目前にいるグラトニィトータス。これを足止めするのが我々の役目だ。
応援として、プリムラ基地から“葦原”飛行隊の支援戦闘機叢雨20機と、第二飛行隊のワイバーン24頭が15分後には来られるらしい。
「アリシアは随分と成長したな。」
「ええ。」
メルとともに艦橋へと戻る。
「戦闘用意。攻撃目標は南のダンジョン島改めグラトニィトータス。“八重桜”は距離3000まで接近し、あらゆる手段で攻撃せよ。」
親父とお袋に告げる。
「取り舵一杯、進路150°。機関前進戦速。」
親父が自信満々に指示を発する。
お袋が復唱しながら舵を回す。伝声管で指示を受けた機関長も命令を復唱。機関室では主蒸気弁が全開に開かれただろう。高圧の蒸気を受けたタービンが全力で回転し、軸に繋がるスクリューを回す。
艦首がグラトニィトータスを向く。
一瞬、甲羅の頂が青白く光ったような気がしたが…気のせいか?
「舵戻せ。よーそろ。左砲撃戦。攻撃目標はグラトぬっ!?」
いよいよ戦闘開始というタイミングで、皆、自分の目を疑った。
突如、“八重桜”を挟むように海中から2本の触腕が空高く突き出たかと思うと、空中でぐるぐると絡みあい、そのまま前部甲板を締め付けるかのように巻き付いた。
「クラーケンだ!」
誰かが叫ぶ。
ちっ。さっきの青白い光はシーマイトの野郎がクラーケンを呼び出すためにアーティファクトの杖を起動した光だったのだろう。
「被害報告!」
「1号タービン配管蒸気漏れ!機関室負傷者2名!」
「2番砲塔揚弾装置損傷!重傷者1名。応援を求む!」
海中に引き込もうとしているのだろう、ミシミシと船体が軋む音がする。“八重桜”の速度が急に低下する。
「くっ。三胴船の浮力なめるなよ!」
「しかし、このままでは前部甲板が真っ二つです!」
「私がやるわ。」
「あっ、長官っ!?」
誰もが近くの物を掴み、つんのめるような減速に耐える中、メルが艦橋の梯子を登り、屋上に上がっていく。
「お義父様、撃つわよ!」
言うと同時に据え付けてあった12.7mm多銃身銃をぶっ放す。
船体を撃ち抜かないよう前部甲板の角へ向けられた射線。弾丸は巻き付いた右の触腕だけを吹き飛ばす。
痛みに驚いたのか、クラーケンが怯んだのがわかる。が、左の触腕が今度は艦橋に向かってきた。
「アナタ、ここよろしく!」
瞬時に飛び出したメル。
「おおっ!?」
艦橋の窓ガラスの真ん前に躍り出て、空中で一回転すると腰の双剣を抜く。
風の魔法で空中姿勢を整え、向かってきた左の触腕を切り刻んだ。
フウガの牙を使って一から打った双剣の切れ味は抜群のようだ。
「艦長!ありったけの爆雷を投下しろ。急げ。」
梯子を登りながら親父に指示を出す。
「む!爆雷投下用意。」
「爆雷投下用意!調定時間25秒!」
親父と砲雷長に後を任せ、屋上に半身を乗り出して12.7mm多銃身銃を構える。
前部甲板ではメルが、海から出てきた8本の足を牽制している。
「『左側任せたわ』」
「『おう。射線に入るなよ。』」
“風通信”の魔法で意思疎通は容易。
躊躇うことなく引き金を引き、4本の足を薙ぎ倒す。
ビクッと硬直した右側の足の1本をメルが切り伏せる。
残る3本の足がだらんと海中に没しながら後方へ流れていく。
「爆雷投下始め!」
砲雷長の指示で“八重桜”の後方のレールのストッパーが外される。
レール上を転がるのは60kg航空爆弾の周りに円筒の骨組みを溶接した代物。
レバーを引くごとに、一定の間隔を開けて20個がばら撒かれる。
海中に落ちた爆雷は涙滴形の頭を下に向け、20秒ほどで80mまで沈降する。
時限信管が作動し38kgの火薬が爆発。強い衝撃は上へと伝播。“八重桜”の後方100mに立て続けに水柱が上がる。
「右150°距離160に浮遊物および変色。」
墨で染まったような海面にズタボロになった頭部が浮かんでいた。
惜しい。急ぎでなければ回収してワイバーンやフォレストウルフたちにタコ焼き…いやゲソ焼きを振る舞えたのにな。
「左砲撃戦。攻撃目標グラトニィトータス。」
「1、2、3、4番砲塔、目標方位角左90°距離3000。」
改めて親父が砲雷長に指示を出す。
指示を受けた砲雷長は伝声管で各砲塔の指揮を執る。
艦橋からは前部甲板にある2基の12cm56口径単装砲塔がゆっくりと左に向けられていくのが見える。
元々は飛行場や基地、トレーラに積まれたりして、高射角砲として運用していた砲が、今は水平を向いている。
後部甲板の2基も同様だろう。
「1番から4番、発射用意良し。」
何時でも撃てますという報告に無言で頷く。
「攻撃始め!」
親父が高らかに宣言。
「撃ち方始め!」
砲雷長が伝声管で指示を伝えると、小刻みな振動とズンッという発射音を続け、"八重桜"から4発の12cm砲弾が撃ち出された。
砲塔内では装填手が左右のレバーを同時に引き、尾栓を開放。空薬莢を排出する。
続いて右足のペダルを踏むと、尾栓の下にぶら下っていた籠が弧を描きながら持ち上がる。
籠の角度が砲身と一致する位置まで来ると、今度は左のペダルを踏みこむ。籠に載せられていた20kgの砲弾が砲身へと押し出される。
レバーを戻し、再び尾栓を閉鎖すれば、砲塔内に緑のランプが燈る。
同時にペダルを戻したことで籠が下に戻り、リミットスイッチを叩けば、コンベアが1ノッチ進んで次の砲弾を籠に入れる。
わずか10秒で次の発射準備が完了。
「続けて撃て!」
その間に砲の射角を微調整していた砲手。ランプが燈ると同時に、手元の引き金を引く。
砲弾は3000mの距離を一瞬で飛び、岩肌に命中。
300年の時を経て甲羅に定着したあらゆるものを一瞬で消し飛ばす。
ああ、何かを叫んでいたシーマイトの野郎はミンチになったようだ。
「撃て!撃て!撃ちまくれ!」
戦に情けや容赦など不要だ。
爆音は止むことなく続く。
艦の全員が一体と化して100発以上の12cm砲弾を撃ち込む。
地すべりのように土砂が一気に海へと流れ、グラトニィトータスの甲羅が露わになった。
続けて砲弾が甲羅に突き刺さる。
「Gyオオxォン!?」
自分の甲羅を貫通するとは思っていなかったのだろう。
グラトニィトータスがのたうち回る。
「目標の速力低下。」
「左120°高度5000からブルードレイク、数2。」
高みの見物をしていたのか、それとも単にこちらがグラトニィトータスにダメージを入れられると思ってもいなかったのか。焦ったように急降下してくる2頭のブルードレイク。
「面舵一杯!機関最大!」
親父がとっさに叫ぶ。
直後、先頭のブルードレイクが放った“ウォータブラスト”が至近の海面を貫く。
ギリギリ回避できたかと思った次の瞬間には“八重桜”に衝撃が走る。
「被害報告せよ!」
「こちら機関室。2番煙道に逆流!2号ボイラ停止!」
後続のブルードレイクが放った“ウォータブラスト”が運悪く2番煙道に直撃。
雨水ドレンキャッチャを超えた水流が2号ボイラの燃焼室にまで逆流したようだ。
加熱されていた水管が急冷され、ひん曲がったのだろう。ドラムと水管の継ぎ目が外れ、高圧蒸気が噴き出しているとの報告が続く。
「機関員は後部機関室から退避!」
残念ながら、洋上での修理は不可能だろう。
1番煙突が離れていたことが幸いだ。
まだ1号ボイラと2号タービンは健在。全速は出せないが、推進はできる。
「ブルードレイクさらに接近!」
しつこい。
一旦体制を立て直すか?
そう思ったところに横から多数の“ファイヤーボール”が飛んできた。
「左15°距離5000にワイバーン8頭。友軍です。高度2000。」
第二飛行隊の先遣隊だろう。
歓喜の声が上がる。
ワイバーンたちは4頭ずつに分かれ、格闘戦に移った。
「対空戦闘!」
「3番、4番速射砲の目標、方位角左105°、仰角30°。撃ち方用意。」
ちょうど1頭のワイバーンがブルードレイクを引き連れて向かってきた。
ワイバーンが軽くバンクを振って合図を出した後、大きく横滑りする。
「始め!」
タイミングよく砲術長が合図を出せば、40mm速射砲が立て続けに6発を撃ち出す。
直撃を食らったブルードレイクが肉塊に変わる。
残る1頭はワイバーンたちが持つ12.7mm多銃身銃の十字砲火で射殺していた。
さあ、ここから最後の勝負だぞ。
「艦長。“八重桜”をグラトニィトータスの前に出してくれ。」
「よし。前進一杯!グラトニィトータスの前へ!」
「よーそろ。」
“八重桜”の1号ボイラがフル稼働しているのが伝わる。
「右15°にムラサメ20機。高度1500」
制空権が確保されたのを待って、空母“葦原”飛行隊の叢雨20機が飛来した。
待ちわびた瞬間だ。
「魚雷発射用意。グラトニィトータスに止めを刺せ。」
艦首に装備された45cm魚雷発射管に魚雷が装填される。
「面舵一杯!」
グラトニィトータスの前で“八重桜”が回頭する。
「前後バウスラスター起動、右回頭!」
グラトニィトータスの頭と向かい合う。
擲弾銃に緑色の線の入った25mm発煙弾を込め、グラトニィトータスへ向けて撃つ。
空中に黄緑色の煙の軌跡が現れる。
プリムラ基地から飛んできた空母“葦原”の艦載機20機が急降下を始める。
パイロットが安全カバーを外し、4つのボタンを押したのだろう。
翼下にある4本の筒から75mm噴進弾が撃ち出された。
合計80発の噴進弾が逆落としに降り注ぐ。
ワイバーンの鱗で強化した固い弾頭が突き刺さり、遅信管が作動。すり鉢状に成型された指向性爆薬が爆発し、内臓をぐちゃぐちゃにする。
「ぐgyAAAA!!」
断末魔の叫びが響く。
「今だ、魚雷発射!」
「撃て!」
魚雷発射管から勢いよく飛び出した4本の45cm魚雷がグラトニィトータスに向かう。
「お前は越えてはいけない一線を越えた。」
皆と共に迫りくるグラトニィトータスを睨む。
「地震を引き起こし、領の皆を傷つけた。」
「大量の子亀で商会の船を襲い沈めた。」
「「そして、なにより、アリシアを悲しませた!」」
私とメルの声が重なる。
私たちが守りたい大切な娘の…キルシュバウムの民の宝物の心に影を落としたお前を許さない。
我々が戦う理由は…お前を斃す理由は、それだけで十分だ。
「くたばれ。そして二度とアリシアの前に姿を見せるな。」
時速60km/h以上の速度で突進した魚雷が大きく開けていた口に飛び込んだ。
4本の魚雷は内臓に突き刺さり、1本あたり240kgの炸薬が炸裂。
“ズン”という衝撃のあと、巨大な甲羅が肉体から離れて吹っ飛ぶ。
頭を天に向けたのが最後の抵抗だったのだろう。
グラトニィトータスは光の届かない深海へと沈んでいった。
(次回、最終回。
果たして如何なる結末を迎えるのか。)




