2-7 地震あるいは…
(続編2-3話でのやりとりが回収されます。)
夏の暑さが和らぎ、朝晩の冷え込みが感じ始められた或る日の正午。
大陸の人々は突如として突き上げるような地揺れに襲われた。
特に揺れの激しかった沿岸部。地盤沈下が発生し、町に海水が流れ込む。瓦礫の隙間で救助を待っていた人間は、結局水に溺れて助からなかった。
山間部のとある村は、揺れと同時に起こった山体崩壊に巻き込まれ、全てが土砂に埋まった。
都市部では積み木のように重ねられた建物が一瞬で崩壊し、住人が押しつぶされた。
助かった人々もパニックに陥り、右往左往する。
早速、食料の略奪が始まり、倒壊した貴族の家から金品を盗もうとする輩もいた。
そんな混沌を象徴するかのように、あちらこちらで火の手が上がる。
昼食前という時間帯が災いした。竈の火が瓦礫に燃え移っていた。
水の魔法で消火を試みる者もいたが、火元が多すぎる。
火炎は風に煽られ、渦巻ながら上昇気流を起こし、火災旋風となって生き残った人々を襲った。
揺れに襲われたのはキルシュバウム辺境伯爵領も同じだった。
幸いなことに、一般家屋は耐震基準に従った平屋建てだったため、全壊は十数軒に止まった。
皆、兵役の際に受けた防災訓練を思い出しながらバケツリレーで火を消し、瓦礫を片付け始める。
手の付けられないような火災現場へは消防車や魔術士が向かい、倒壊した現場へは軍人とフォレストウルフが救助に向かった。
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先ほどまで南の方で立ち上がっていた黒い煙が白くなっている。
4頭のワイバーンが大きな箱を抱えて小学校のグランドに降りていくのが見える。
「第一飛行隊のワイバーンより報告。ミズホ市にて家屋の全壊13か所、大火事5か所の発生。どの現場も一次対応は完了しました。クサツ、チトセ、ユフ市においては、塀や屋根の損傷、複数の小火を確認するも家屋の全壊なし。」
「地下インフラ道の一部が埋没。点検および復旧のため、領内全域で停電、断水となっています。」
「死者7人、負傷者59人、避難生活が必要となる人間は5百人を超えます。現在、小学校に避難所を設けています。」
キルシュバウム辺境伯爵領ミズホ市の公邸でアリシアは報告を受けていた。
地震発生から2時間。この場で陣頭指揮を執り続けた。
頭の隅にあったのは、前世の私が死ぬ原因となった地震。
天井が落ちてきて、妹を庇って…。私は無力だった。
今回は立場が違う。私は多くの人を助けられる地位にいる。
マニュアル通り、即座に空からの状況確認を指示した。
被害が大きいところを優先して部隊を派遣する。
マニュアルには小さな火災も延焼に繋がるので無視しないとあったけれど、領民たちが自主的に消火に回っているという話を聞いて、そちらは信じて任せることにした。
一人でも多くの命を救う皆の思いは一緒だから。
おかげで軍や消防の対処が分散せずに済んだ。
ようやく落ち着いたけれど、物凄い揺れだったのに思ったよりも被害が少ないのは、これまでの領主、そして周りの人々が常に備えてきたおかげなのでしょうね。
特にお父様が前世の記憶を元に行った地震対策は十分な効果があったんじゃないかしら。
耐震基準の設定、何燃性木材の採用、広い道路や緑被地などの空間確保。避難所や物資の備蓄とか、いろいろとやってたからね。防災訓練なんかも今回はすごく役に立ったみたいだし。
同じく日本で生きていた前世を持つ私だけれど、こういうのはお父様だからこそね。
まあ、人には得意不得意があるから、私は私なりに領民のためになることをするわ。
…この領、私の代になる前に昭和レベルまでチートされてますけどね。
「なお、南方プリムラ地区では人的被害なし。ただ、ガントリークレーン2基が倒壊したとのことです。また、鉄道のレールが歪んでいる可能性があり、点検中。」
「建造中の空母“葦原”は?」
「進水式準備でドックには水を張り終えており、幸いなことに被害は免れました。」
安堵の息をつくお父様。そんなに気になるなら見てきていいわよ。
「わかりました。あとは領の外に出ている領民の安否確認と、復興に向けた話を始めましょうか。市役所に場所を移しましょう。」
私の言葉にお父様とお母様、ミズホ市長が頷く。
一応は領議会を開いて、ざっくり臨時予算を出すことへの承認をもらわないと。
「では、クサツ、チトセ、ユフ市の市長を連れてまいります。」
「ええ。そうしてください。」
報告に来ていた第一飛行隊所属の兵士2人が早速部屋を出る。
本領防空を担うワイバーン24頭で編成される第一飛行隊に所属する兵士がいるのには、こういう伝令とか、ワイバーンへの指示とかの役割がいるからなんだけれど、最近は送迎みたいなことまでさせて悪いわね。
ワイバーンたちの何頭かは人間の言葉をカタコトで話せるようになったから、もう暫くしたら、ワイバーンだけで各市長とか呼びに行ったりしてもらおう。
ちなみに呼び出しが必要な理由は、各市長が領議会議員も兼ねているから。
領議会議員は、見習いだけど領主の私、領営企業の代表としてお父様、軍のトップとしてお母様、あとはウチの領に住み着いた騎獣の代表としてフウガ。選挙で選ばれたミズホ市、クサツ市、ユフ市、チトセ市の市長と、カツラノハマ農業地帯の管理者として執事のワイズマン。合計9名ね。
フウガの意思は念話で伝わるから、6名は直ぐに参加できることになる。3分の2の議員がいるから採決してもいいけど、緊急じゃないから、全員揃うのを待ってもいいでしょう。
本当の緊急時なら、議会なんて開かないけどね。ウチはなんちゃって民主主義だから。
暫くすると、軽い衝撃とワイバーンの嘶きが聞こえてきた。
庭のヘリポートから飛び立ったみたい。
「領の外か…、皆は大丈夫かな。」
脳裏に思い浮かぶのは皆の笑顔。
予算が通ったら、まずはイリーナ様のところに向かおう。
どちらにしろ、在外領民の安否確認の指揮のためにはプリムラ地区に行った方がいいし。
と思っていたら、トントンと急ぎのノックが響いた。
「どうぞ?」
「失礼します。第五飛行隊のワイバーンより緊急報告です。」
先ほど出ていったはずの兵士さんだ。
ってことは、さっきのは、裏のヘリポートにプリムラ基地所属のワイバーンが着地した衝撃かしら。
「緊急報告?」
「はい。サモナ諸島から50km北西に、黒い霧がたちこめ近づけない海域ができたと言っています」
「何それ!?どういうこと?」
「わかりません。関連性は不明ですが、プリムラ地区の南方海域に多数のディザスタータートルを確認。どうやらカエルラ領へ向かっているようです。途中、チェリー商会の帆船が襲われていたため、第五飛行隊は一部ディザスタータートルを追い払い、これを救援したとのこと。」
ウチの商会の船を襲ったってことは、ディザスタータートルの群れは敵ね。
「護衛艦を出して周辺海域を航行中のチェリー商会の船を護衛してください。指揮はお母様に任せます。」
「了解。直接出向くわ。アナタも来て頂戴。“八重桜”を出港させるわよ。」
お母様の言葉にお父様が頷く。
本格的な海上での実戦は初めてだもの。軍のトップのお母様だけでなく、前世の知識を持つお父様も必須だわ。
「それから…、サモナ北島レイン崎にて要救助者2人を保護したそうです。アリシア様の御友達のようで…。」
「えっ!?まさかティアとレベッカ!?」
「わかりません…。うち1人が衰弱していたため、カエルラ家の公邸に搬送したそうです。」
「そんな…。」
いったい何が…。
「アリシア様も、行ってください。」
「えっ?いいの?」
「行きたいと顔に書いておりますな。」
「こちらは落ち着きました。我々でも判断できます。復興の計画は今の異常の原因を判明させてからでしょう。御友達のことも心配でしょうから、そちらの様子も確認されるといいでしょう。」
「ありがとう。軍の統制はチトセ基地司令が、各市の対応は市長に任せます。統括のワイズマンと連絡を密にして臨機応変に対処ください。」
「了解しました。通達します。」
私の感情まで知っていて自然な流れで指揮を引き継ぐ執事兼近衛隊長のワイズマン。
貴方ほんと、優秀よね。
「ミズホ市長…いろいろと迷惑をかけるわ。よろしくお願いします。」
「いえいえ。私もアリシア様の支えになりたい一心で市長に立候補した身。アリシア様には、やりたい事をやって貰いたい。私が当選したということは、これが民意ですよ。」
またまた、大げさな。
でも、ありがとう。
「しかし…ウチの護衛艦が本格運用を始めてから1年も経ってませんよね。万一のとき心配なのですが…。」
「大丈夫よ。船務科員はチェリー商会のベテラン船乗りだし、機関科員は火力発電所の技術者に出向してもらっている。砲雷科員はウチの軍の凄腕を集めた。航空隊も揃っているし、万一なんて…」
「おっと、そこまで!フラグは立てません!」
慌ててお母様の言葉を遮る。危ないところだった。
「アリシア、ナイス!」
お父様がサムズアップする。
キョトンとするお母様。この辺は前世を持つ私たちにしかわからないのかもね。
「『フウガ…、そろそろ魔素全回復したでしょ。健康のためには運動も必要だし来てよ。』」
念のために最大戦力を用意しておくわ。
こんなこともあろうかとっていう展開のほうへ向けるわよ。
「『なんじゃ。我は別にサボってたわけではないぞ。まあ、行くがな。』」
不満そうな念話が帰ってきたけれど、これで安全を確保できるわね。
何が起こっているのかわからないけれど、私は私のやり方で大切なものを守る!
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「アリシア!ティアを助けて!」
「お願いします!姉上を助けてください!」
公都カエルラ家の公邸。イリーナ様の実家に着くなり客室に通されれば、涙ながらに飛びついてくるレベッカと、苦悶の表情を浮かべて起き上がり、懇願するティアの弟リカルド様。
…ティアは居なかった。
話を聞くと、一昨日の夜、サモナの王宮に魚人シーマイトが集団で侵攻してきたらしい。
シーマイトたちはサモナの北西に位置するダンジョン島の山頂の魔石に魔素を注ぐように要求。
従わないならブルードレイクがサモナ諸島を蹂躙すると言ってきたらしい。
贄に指名されたティアは、島の全員の安全と引き換えに、覚悟を決めた。
その時に書いた手紙があると…。
「『アリシア、イリーナへ。
レベッカが無事に手紙を届けたようで何よりです。
彼らの目的は不明ですが、大陸沿岸に牙をむく可能性もあります。
イリーナはカエルラ公爵とミニアーノ侯爵に沿岸の防御を整えるよう調整を。
兵士だけでなく、冒険者の招集も必要です。
特にアリシア、油断しないで最大限の戦力を確保してください。
アリシアは独断で軍を外に出せないかもしれませんが、確かキルシュバウムの法に、
在外領民の保護や、自領が武力攻撃を受ける可能性があるなどの緊急性を有する場合は、
領主もしくは同等の権限を付与された人間の独断で軍を動かせる文言があったはずです。
私、この前手続きをしましたよね。
最後に必要だった、サモナ王女の退位とサモナ王国を抜ける宣誓書、
父上のサイン付きで添付しておきます。
これで私はキルシュバウムの民です。
私のことはいいからなんて言いません。助けてください。
出来るだけ時間を稼ぎますので、私の魔素が切れたり、敵の目的が達成される前に、
貴女たちが来てくれるのを待っています。』」
封筒のもう一枚は、ティアの退位と、キルシュバウム領民となることの宣誓書。それを認めるサモナ王のサインが入っていた。
ティア…。
長い付き合いだからわかる。気丈な内容だけれども、文字が微かに震えている。
「自分たちはブルードレイクの見張りの目をかいくぐって、連れ去られるティアを後から追った。」
「えっ?」
レベッカとリカルド様は居ても立っても居られず、秘密の水路から海に出たらしい。
水魔法を極めているリカルド様が水流を操って沖まで出たまでは良かったが、荒波に翻弄された。
リカルド様の魔素が尽きようとしていたところで上空を見上げると、偵察中の第五飛行隊所属のワイバーンを発見。
レベッカが御守りのカラビナの魔石から火魔法を打ち上げて合図を送り、乗せてもらったのだと。
「急いでダンジョン島の上空まで辿り着けば、ティアの声が聞こえた…。」
ティアはきっと私が風属性を付与した御守りのネックレスで“風通信”を使ったのね。
「『ワイバーンさん。私の言葉をアリシアに伝えてください。ダンジョン島のシーマイトの数は20人程度、それからブルードレイクが1体。山頂の魔石の周りに干乾びた魔物の死体がたくさん積み上がっています。恐らくは、ダンジョン島や周りに元々住んでた魔物です。それに人間のミイラもあります。船乗りの服装をしているから、周りの船を襲ったのでしょう。』って。」
レベッカたちはワイバーンに頼んでさらに接近を試みたらしい。
けど、上空を守っていたブルードレイクに見つかり、追い払われてしまった。
遠目でレベッカが島に目を向けると、ティアが魔石と繋がれた瞬間、島の頂上が光ったのが見えた。ものすごい空気の揺れが発生。同時に島の上空が一気に歪な魔素の黒い霧に覆われていき、ワイバーンが近づけなくなってしまったために泣く泣くカエルラ公国まで撤退してきたと。
「レベッカ嬢は最後に、ダンジョン島からディザスタータートルの群れが出現するのを見たらしい。恐らくはスタンピードだ。」
「っ、ごめんなさい…。」
振り向くと、涙を浮かべるイリーナ様が震えていた。
イリーナ様、どうしたの?
「私のせいなの…」
イリーナ様が涙を浮かべて告げる。「あの時の列車で見た夢で知っていたの。主人公が悪役令嬢に負けると海から魔物溢れ…。それがこのことなの…。私が生き残ったせいでティアが…」
「そんなわけない!何度でも言います。ゲームの世界?夢?関係ない。私はイリーナ様守った上で、敵対する全てを消し炭にかえる。私は皆と…イリーナ様と生きたい!」
だから、生き残ったせいでとか、そんな話は止めて。
ティアもそんなこと思っていない。
「…っ。覚えています。ずっと。私も皆と…アリシアと生き抜きたい!」
涙をぬぐうイリーナ様の頭をそっと撫でる。
大丈夫。私に任せて。
大切な親友を悲しませる奴らは…、親友を贄に利用しようとする奴らは、滅ぼしてやる。
「ティアは大切な我が領民となった。これを保護するために我が軍が動くのは、一般的な在外領民保護活動の一環として当然のことである。それは、相手が何であろうと関係ない!」
イグノス様とリカルド様に対し宣言する。
関係ないとは言ったが、今回の相手は単なる魔物の群れではなく、シーマイトの一族であり、つまりは紛争に発展する可能性がある。
けれど、止めるつもりはない。泣き寝入りなんてしない。
せめてもの礼儀として、国の代表となる2人には頭を下げさせてもらうわ。
「うん。必要ないかもしれないが、公王の代理として答えよう。今回の件に関するキルシュバウム領軍の公国内での通行および戦闘を許可する。」
そう。なら、もういいわね。
ああ、頭に血が上っているのがわかる。
「『フウガ。全領軍に通達。“公国内での通行および武器の使用無制限。拉致された在外領民の救出のため、即応体制を取れ。プリムラの第五飛行隊は全頭サモナ沖で待機。こちらのダンジョン島に突入に合わせて、サモナのブルードレイクを排除してもらいます。ああ、でも私たちのほうに2名ちょうだい。』」
「『うむ。3分で着く。』」
念話でフウガにお願いする。
ついでに本領の第二飛行隊24頭を後詰めで呼び寄せるのも忘れない。
「早速ですが、イリーナ様をいただきます。」
「わ、私は…行っても…いい?」
予想外にイリーナ様が立ち止まっていた。
私と目が合ったあと、今度はお兄さんであるイグノス様のほうを見ている。
「行きたいのだろう。ああ、こちらは任せておけ。父も言っていた。イリーナ、公国の代表として沖合での戦闘に関する判断を一任する。公女として、この戦いを見届けてこい。」
スッとイグノス様が寄り添った。「多分、アリシアさんは、イリーナ以外の公国関係者の同行は拒否するのだろう。我々は強要することができない。お前の兄としては複雑な気持ちではあるが、アリシアさんたちと一緒ならイリーナの気持ちを尊重したい。公太子としての立場で言うならば、公国の代表としてイリーナだけでも行ってほしい。さあ、行け!行って今回の騒動の元凶を倒し、お前の見た悪夢、しがらみを断ち切って来い!」
そう言ってイグノス様が背中を押した。言うじゃないのイケメン。
「あ、僕も姉上を…」
気力を振り絞ってベッドから出ようとするリカルド様。
その心意気は見事よ。でも…。
「ごめんなさい。でも、今の状態では貴方は何もできないわ。気持ちは分かりますが、ティアが大切なのは私もです。私たちに任せてください。」
真っすぐに見詰め返す。
理解してもらえたのかリカルド様はぐっとこらえて引き下がった。
レベッカがそっと肩を叩いている。
さあ、ワイバーンが着いた。殺りに行くわよ!
庭に出ると、既にワイバーンがしゃがんで待っていた。
イリーナ様もレベッカも手慣れた感じで素早く鞍に跨る。
「ティアを必ず助け出す!」
私が足で合図を出せば、ワイバーンは「グアゥ」と返し、その脚力で大空へと飛び上がった。
(アリシアたちは護衛艦“八重桜”へと向かいます。果たして無事にティアを助け出すことができるのか。
次回「南海事変」。力と力のぶつかり合いが始まる。)




