2-6 (幕間) ワイバーン飛行隊長の一日
(本編5話では“ファイヤーボール”を飛ばすだけだったワイバーンは、本編23話では60kg爆弾で急降下を行い、そして今や12.7mm多銃身銃で武装しています。…もう最終話では64式対戦車誘導弾で武装しているかも。)
俺はワイバーンのハヤテ。人間の文字では疾風と書いてハヤテと読む。
名づけてくれたのは、フウガ様の契約者であり、ここキルシュバウム辺境伯爵領の5代目領主になることが決まっているアリシア様だ。
5年ほど前に領軍の第一飛行隊長に就任した際に有難くも名前をいただいた。
魔の森のレッドコングから反撃の岩をぶつけられていたような俺も随分と成長したものだ。…まあ、あの時はいいところを見せようと周りをきちんと見ていなかったのが原因だ。
俺はこの領の産まれではない。8年前にエンシェントドラゴンのフウガ様に誘われ、群れごとこの地に移住することになった。
縄張り争いに追われ、安息の地を求めていた俺たちを保護してくれたフウガ様、アリシア様の御父上には感謝してもしきれない。
恩返しするために懸命に働いた。いち早く人間の言葉も覚えた。
その頑張りをフウガ様は密かに見ていてくれたのだろう。
おかげで俺は24名をまとめる隊長となり、領の人間から頼られる存在になった。
上空を飛ぶたびに笑顔で手を振ってもらえると、ああ、皆を守れるこの仕事に就いて良かったと思える。
そんな俺、ここ最近は引っ張りだこだ。
第二飛行隊の手伝いで旧王都東のダンジョンから溢れた魔物の残党狩り、さらには第五飛行隊の代わりに南国のサモナ諸島に手紙を届け、先日は基地祭に呼び出されて子供を乗せて飛んだ。これも俺が領の中で最も常識を持ったワイバーンだからだな。
さて、何故俺がこんな話をしているのかというと、昨晩保護した別の種の群れ、フィッシャーワイバーンの子供たちに領の制度の説明をするためだ。
いやー、「識別圏に侵入、所属不明のワイバーン3体、応答なし。」って、フウガ様から聞いた時には騒然となったよ。まあ、事なきを得て良かった。
俺はチトセ基地の駐機場の隣に設けられた大きなテントへ向かう。
朝食のオーク肉の卵とじ丼にかぶりつく3頭のフィッシャーワイバーンが居た。傍らでは昨日一緒にスクランブル発進した俺の相棒が見守っている。名前はアヤモ。彩雲と書く。アリシア様の御父上が名付けた。
さて、3頭は入ってきた俺に気づくと、食べるのを止め、俺に深々と頭を下げた。
<保護していただき、ありがとうございました。>
比較的年長の子供が代表して説明してくれるらしい。
なんでも、餌場の移動中にブルードレイクの群れに襲われ、親たちは子供を逃がすために犠牲になったと。必死に海から離れ、北上しているところでウチの哨戒線に引っかかったとか。
<雑用でもなんでもします。>
ああ、まずは領のことを見て、そしてルールや人間の言葉を学んでくれ。
その上で、工場で勤務するか、農林業で勤務するか、軍で勤務してほしい。
どこも人手不足らしいしな。
特に新しくできた造船所が建造ラッシュらしい。クレーンが足りないせいで、俺らが手伝いに入ることも多い。
木材の需要も最高潮。魔の森の難燃性の木材は構造物の組み立てに重宝される。その他の木材だって、製鉄やボイラの燃料として大量に必要だ。伐採やトラックへの積み込みに何度も助っ人要請がきている。まあ、そっちはフォレストウルフ達の方が向いているかもしれない。
そして軍は軍で忙しい。先の戦の功績とやらにより、ここから500km南の海に面した男爵領がキルシュバウム辺境伯爵領の飛び地として編入されることになったせいで、哨戒範囲が拡大。飛行隊の増設も決まっているから直ぐに活躍できるぞ。
まあ、たぶん相当忙しいとは思うが、それでも、やはりおすすめは軍だな。寮…つまり宿舎に無償で入れて、さらに朝夕の食事つき。
仕事内容?平時は俺たちみたいに領の空を警備する仕事か、周辺地域で魔獣や魔物を狩って持ち帰る仕事。それから人手不足の現場への支援。どれも大切だぞ。
ああ、装備品は軍が全負担するから安心してくれ。その代わり職務中に狩った獲物は素材も肉も全て軍に引き渡すんだぞ。皆のものだ。
ちなみに給料は固定給だからな。寮費とか保険料とか税を引いた金額がもらえるぞ。
ただ、お前らから剥がれた鱗や、食事していて牙が折れてしまったりしたときは、軍が素材として買い取ってくれるからな。臨時収入だな。
<給料?保険??ですか?>
お、そこからか。いいだろう。俺は最も常識のあるワイバーンだからな。
さてでは…
<給料は、ようは働けば定期的に人間の貨幣が手に入る。で、休暇のときに温泉に入りに行って、ついでに美味い飯を食って帰ったり、漫画を借りたりができるってこと。あと、保険は、怪我したり病気になったら、診てもらえる。>
俺の相棒が口をはさむ。
おい。せっかく説明しようとしていたところなのに。
あ、漫画ってのは人間が描いた絵の本だ。人間の文字が読めなくても絶対ハマるぞ。
<保護した時の初めの説明ってこれくらいだっけ?>
<あと代表のことと注意事項ね。>
…言い忘れていた。
では続けて説明しよう。1年に1回、選挙ってのがある。人間は4つの市から代表を1人ずつ出すが、俺らは龍族173頭と狼族38頭でひとくくりだ。ちなみに俺らの代表はぶっちぎりでフウガ様。
ああ、代表はそれぞれのグループの要望をまとめてアリシア様に説明する大切な役目も負っている。去年は龍族及び狼族用の温泉の新設に予算がついた。そんな感じの種族的な要望も聞いてもらえることもあるから、気が付いた点があれば、言ってみろ。
<まあ、そういうことね。では、最後に注意事項よ。絶対に守ること!>
うむ。ここ肝心。俺の相棒が急に真剣になって伝える。
この領の人間とは対等な関係だ。互いに尊重し協力しあうことが大前提。俺たちは一領民だということ忘れないように。
その上で、アリシア様には絶対に迷惑をかけないこと。まず、アリシア様の御母上がキレる。メルシア様、俺よりも強いからな。で、フウガ様が飛んでくる。威圧されただけで死ねるぞ。捕まったあとは首から下埋められてジュール様から皮肉を延々と聞かされるからな。「昔、昔、あるところに愚かな…」から始まるあれ、精神的に相当苦痛だぞ。
っていうか、たぶん一番強いのはアリシア様だからな。フウガ様が火属性への適正を持ってないのに、火っていうか、それよりも恐ろしい“凝縮太陽光線”を使えるのってアリシア様が教えたからだぞ。
そしてアリシア様が使える“窒息”の魔法。あれ、ヤバいから。
<ま、相手を思いやる気持ちを持っていれば大丈夫だ。とりあえずわからないことがあったら俺でも、基地の人間にでも相談しろ。あと、キルシュバウムに所属する証としてレッグバンドは必ず身に付けておけよ。>
白の布地に白銀の桜の刺繍が入れられたレッグバンドを渡す。
俺たちの誇り。キルシュバウムのシンボルだ。
<じゃあ、俺は先にお前らの手続きするからな。>
保護した3頭への説明を終え、テントを出る。
彼らを見ていると改めて、初めてここに来たときを思い出す。俺もかなり戸惑ったものだ。懐かしい。慣れるまでは面倒を見てやろうと思いながら待機所に戻る。と、そんなところで遠距離種族念話が入った。
《緊急連絡。カエルラ領西の砂漠上空にてブルードレイク1体と遭遇。攻撃を受ました!こちら第一飛行隊所属っ―》
さっき西方の巡回に向かった俺の部下、東雲だ。
《退避だ!一旦戻ってこい!》
《了解しました。戻ります!》
部下を助けなければ!
地面を蹴って宙に浮く。そのまま駐機場を横断して武器庫に向かう。
事務所に待機していたワイバーンの誰かが人間に伝えたのだろう。警鐘が鳴らされる。
駐機場に兵士が慌ただしく散らばり始めた。待機中の戦闘機にパイロット2人が飛び乗りモータを回す。整備兵が車止めを外し、滑走路への誘導を始める。
滑走路脇では12cm56口径要塞砲に砲兵が集まり、仰角を最大まで上げている。
《こちらから手を出したわけではないんだな!》
念のために東雲に確認する。
《はい。もちろんです!挑発行為も行っていません!言葉での交渉にも応じない模様。》
ああ、ちゃんと規則を守っているな。
って感心している場合ではない。12.7mm多銃身銃を掴む。銃弾ベルトを肩から巻く。
相棒も、スクランブル待機中だった2名も一緒だ。
<あの…、僕も連れて行ってください。お父さんとお母さんの仇です。>
気づけば先ほどの年長の子供がそばにいた。
しょうがねーな。気持ちはわからんでもない。
<あの人間の飛行機に従ってついて来い。立ち会うだけだ。守れないなら…わかっているな。>
飛び立ったばかりの複葉の戦闘機を指さす。
<はい。>
よし。ならいいだろう。
全員を引き連れて事務所棟に向かう。
唯一2階建てとなっている部屋。ベランダに基地司令が見える。
「第一飛行隊。待機中の2名+2名。出撃準備完了しました。」
「よろしい。接近中のブルードレイクが領民に危害を加えるような敵性であった場合、もしくは許可なく領空を侵犯した場合は国防法第二条に従って其の場で処分せよ。任せたぞ。」
「はい。国防法第二条にて対処。了解いたしました。」
一礼したのち、地面を強く蹴って宙へと飛ぶ。
周りの風の操り、音速の半分の速さまで加速すれば、あっという間に先行していた戦闘機を抜き去る。
前方の青空に黒い影。鋭い水流が飛んでいるのも見える。
ブルードレイクが“ウォータブラスト”で東雲を攻撃しているんだ。
《助けに来たぞ!》
《隊長っ!!》
こちらに気が付いたのだろう。見る見るうちに近づいてくる。
《安全装置解除。指示があるまでは撃つなよ。》
仲間に指示を伝えつつ、手元の多銃身銃のロックを外す。
《こちらはキルシュバウム領軍第一飛行隊。接近中のブルードレイクに告ぐ。貴君が我が隊の隊員に一方的に攻撃をしかけたことに強く抗議する。また貴君は我らが領の領空に接近中である。直ちに引き返せ。警告する。直ちに引き返せ。》
俺たちの3倍…全長18mはありそうな巨体が迫る。
ふん。ビビッてられるか。その程度のデカさはウチの爆撃機で見慣れてるんだよ。
《最終警告する。これ以上接近するなら撃墜する。》
まあ、これで大人しく帰るなんて思ってないけどな。
おっと。翼を翻す。数m脇を“ウォータブラスト”が走る。
《お前らの空などないわ。大人しく死ね。》
明確な敵対宣言ありがとよ。
《ならば排除する。“ファイヤーボール”》
身体の魔素に火属性を加え、火球の魔法を放つ。
間髪入れず相棒、部下の2名が続く。
4発の“ファイヤーボール”。しかし、あっさりと並列起動の“ウォータボール”で消火されてしまう。
《下等種が。俺様と渡り合えると本当に思うのか。無駄に足掻くのを止めるなら苦しまずに逝かせてやろう。》
典型的に舐めてかかってくるブルードレイク。
こんなとき、アリシア様の御父上から習ったセリフがある。
《バカめ。だ。総員撃ち方始め!》
12.7mm多銃身銃の引き金を引く。
雷属性が付与された魔石から電気が流れモータが回る。
銃身と同じスピードで回る上下2枚の歯車が銃弾ベルトを引きこむ。銃身とは直交する歯車がベルトに嵌められた銃弾を円周上の銃身の薬室へ押し込む。
弾の込められた銃身が頂点まで来れば、薬室は閉鎖され、スパークが飛び…。
《くたばれトカゲ野郎。》
800m/sで打ち出された12.7mm弾がブルードレイクに襲い掛かる。
鱗がへこみ、捲れ上がれば、続けて飛び込んだ弾が肉に食い込む。
《ぐっ。こざかしい。》
ただの鉄弾じゃないぞ。日常生活で俺たちから剥がれた鱗の山を粉にして混ぜた特注弾だ。
固い翼にも穴を開けていく。
それでも奴が落ちないのは風の魔法で飛んでいるからだろう。
《頭を狙え!》
《おのれ!》
ブルードレイクが身体をよじるが、無駄だ。半包囲状態で叩き込む。
集中の切れたブルードレイクが地面に落下していく。
振り返れば、ちょうど背後に4機の戦闘機が到着した。
「『こちら第一飛行隊。第三飛行隊へ。とどめよろしく。』」
「『第三飛行隊了解!』」
風防を開け、コックピットでサムズアップする第三飛行隊のやんちゃなパイロット。
さあ、仕上げだ!
付いてこいと顎をしゃくり、戦闘機を守りながら急降下。
横にロールして射線を開ける。
間髪入れず、戦闘機の翼下に備え付けられた4本の筒から75mm噴進弾が放たれた。
75mm野砲の砲弾に有翼ロケットがついていて自分で推進、加速する恐ろしい兵器だ。
もちろん、弾頭は俺たちの鱗を混ぜた鋼鉄カバーで強化されている。
まずは3発がブルードレイクに突き刺ささる。遅信管が作動し、炸裂。外れた5発も付近の地面に突き刺さって炸裂した。もんどりうって倒れるブルードレイク。
《これで勝ったと思うな…既に南の海は制圧した。俺の仲間が直ぐにでも此処に来るだろう。》
息絶え絶えに捨て台詞を吐いているが、ざまあみろだ。
続けて次の8発が降り注ぎ、ブルードレイクの肢体はバラバラに吹っ飛んだ。
「『脅威の排除を確認。第三飛行隊、基地に帰投する。』」
《こ、これは…》
ついてきていたフィッシャーワイバーンの子供が戸惑っているようだ。
《これが俺たちの普段の仕事だ。お前も早く慣れてくれよ。》
《ああ、言いたいことはわかるわよ。非常識だよね。》
《何を言っている。ルールに従った対応をしただろうが。》
同情するように言う俺の相棒。
どこが非常識だ。
《普通のワイバーンは、束になってもドレイクなんかに手も足もでない。そんな相手に立ち向かって悠長に「引き返せ」なんて言わないわよね。だけど、残念なことに、これがウチの常識的な対応なの。慣れてちょうだい。》
《ほら。常識的な対応だろう。さあ、今日の晩飯はコイツだ。運ぶのを手伝ってくれ。往復になるだろうが、鱗の一つ残さずに回収したい。》
飯のあとには歯磨きを教えてやろう。
なんたって俺は領で最も常識的なワイバーンだからな。
(ブルードレイクの捨て台詞のとおり、暗雲が急速に立ち込めます。
次回「地震あるいは…」
災害を風化させず教訓としてのこすことが、多くの人を助けるのだと信じて…。)




