2-5 大切な皆をチートに巻き込むことにしました
領内を時計回りに東へと向かう。
余程気に入ったのか、イリーナ様の“影収納”から買った装備を取り出して眺めるレベッカ。
車内で鞘からは抜かないでよ。
「アリシア、また鉄路が分かれていきました。」
ティアが山手を指さす。
「ああ、左に見え始めた火山の周囲にいくつか鉱山があって、そこで金属を採掘しているんだよ。ちょうど、分岐したレールが行った方向に製錬所があって、その上に鉱山があるの。」
今見えているのは銅の精錬所ね。
掘り出した黄銅鉱を製錬して、銅線のロールと、硫酸を作っている。
お父様の話では、重金属鉱水とか、亜硫酸ガスとか、ともかく公害を起こさないように気を付けて操業しているらしい。鉱山からの水は専用の排水路を通って処理場へと向う。決して領内では河川に混ぜるなと聞いているわ。
あ、ちなみに火山の火口付近には硫黄の鉱山もあるよ。
白煙を吐く雄大な山を眺めていると、電車はあっという間にクサツ駅に到着。
ついにティアとレベッカも電車の乗り方を覚えたみたいで、スイスイと切符を手渡して改札を通りました。
今晩は温泉旅館をとっています。チェックインしたら、浴衣に着替えてぶらぶら歩きましょう。…やっぱりイリーナ様が一番似合っていて素敵だわ。
とりあえず、温泉饅頭を買い食いしながら、湯飲みを買ったり、錦鯉に餌をやったりと街歩きを楽しむ。
やたらと人が多いのは、今日が夏祭りの日だから。
ってことで屋台で水風船をゲット!
「なんだか、前世の幸せだったころを思い出すわ。」
「じゃあ、今世では私がイリーナ様を最期まで幸せにします。」
「ふふっ。ありがとう。」
夕暮れの温泉街。駅前から続くメインストリートには白熱電球が燈り、漆喰の塗られた白壁の街並みが幻想的に光っている。
「これは…なんとも明るいものですね。」
ティアが感嘆の声を上げる。
火山の周囲の地熱発電所で発電した電気で灯しているっていっても難しいかな?
これから鵜飼いを見学してもいいけど、皆、温泉に入りたくてウズウズしてそうだから旅館に帰りましょうか。
「あれ?あっちは派手な感じだね。」
レベッカが指さすのはメインストリートから2本隣の道。
「そっちは風俗です。店内でイケメン男子もしくは美女とお酒飲んで、どうでもいい話をして楽しめます。ダーツとかトランプとか一緒にゲームできたりもするよ。全店、領が監査しているので値段も安心です。」
「あの黒で落ち着いた感じの店も?」
「あ、それはソープです。温泉街ですからね。」
お話して、一緒にお風呂に入って、マットやベッドの上でいろいろとするそうです。ちゃんとコンドームは付けてもらいますよ。
「アリシア…ずけずけと…」
「大学校の最後、性教育として男子全員が一人ずつ行くことになってますので。」
これはお父様の方針。
前世は草食系だったお父様いわく、『初めていくのは勇気がいる。躊躇してしまうのは仕方がない。なら、切っ掛けを作ればいい。そうだ、大学校の授業に入れちゃおう』だって。
まあ、私はお父様とお母様のおかげで産まれてきたわけだから。その考えを否定はしないわ。
そんなことより、夕ご飯にしましょう。
旅館に戻ると、部屋には御膳が並べられていた。
鮎の塩焼きと天ぷらの盛り合わせ。胡瓜の漬物に白米と味噌汁。どうよ!
では、手を合わせて。
「「「いただきます!」」」
もうね、ティアとレベッカは私との付き合いが長いせいで食文化については違和感ないよね。米や大豆もミニアーノ侯爵領では栽培しているから珍しくもないかな?
「あれ、なんだか食感が…。」
「ねっとりしていまして、噛むほど甘い?」
うん。寒さに強くて美味しい種を分離選別して育ててきたからね。
本当に苦労して育ててるのよ。麦作りのほうが向いていると言われるウチの領で、お米のためにオウミ湖の周囲の沼地を水田に変えたんだから。
「おいしいわ。魂が求めていたものね。」
イリーナ様がご飯を噛みしめていた。
ひょっとして、こちらの世界では初めての和食だった?
イリーナ様の幸せそうな顔も見れて、大満足の食事のあとは温泉へGo!
まずは身体を洗う。イリーナ様の背中は私が擦ってあげる。
モデルのようなスタイリッシュな外見は服を脱いでも変わらず、むしろ際立っている。
引き締まった身体、程よくついた胸…。羨ましいわ。
さあ、内湯は檜で、外は岩の露天風呂だよ。
「あら、酸性のお湯ね。」
イリーナ様は軽くかけ湯をした後に肩まで浸かる。「ああ…沁みいって気持ち良いわ。」
でしょ。肩こりとか筋肉痛に効くし、あとは古い角質を剝がしてくれたりするんだって。
私も温泉を堪能したいところだけど、…こちらの目の前にはプカプカと浮かぶものが。
「おのれ!」
「ふあぁっ!?」
この大きさ!…ティアの胸は私の2つも上?
「アリシア止めなさい。」
「は~い。」
自分の胸でも揉んでまーす。
「いや~、いいねぇ。」
他人事のように大の字で湯船に浮かぶレベッカ。
…一応、貴女よりはあるからね。
気を取り直して、長湯は厳禁。上がり湯を浴びて部屋に戻りましょう。
「ひゃっ!」
「レベッカ…。青い方は冷たい水でしょうが。」
「えーっと、この世界で建物内に蛇口が整備されてるのってキルシュバウムだけだと思うの。むしろ当たり前のように使うティアとレベッカが凄いわ。」
いや、そうなんですけど、レベッカは何度もウチの旧王都公館やチェリー商会本部に来ているわけだし、青色が水ってわかっているはず。
ちなみに旧王都公館は、領から毎日タンク車で水を運んで、地下の貯水タンクに貯めてました。そこからポンプで圧をかけてましたので厳密には水道ではないですね。
一方で、こっちの領内は、地下のインフラ道に加圧上水配管と下水配管と電線と、あと雨水溝があって、各家庭にまで走ってるんだよね。電気給湯器でお湯も沸かせるし。
あ、ここも洗い場の蛇口は水道水だよ。
脱衣所には普通にドライヤーも置かれていた。私の場合は風魔法が使えるので、ちゃちゃっと乾かす。もちろん、皆にもかけてあげるわよ。レベッカ以外は長髪だから、普通にやってたら時間かかるものね。
部屋に戻れば、布団が敷かれていた。
「今日は楽しかったぞ!」
「見るもの何もかもが新鮮でした。」
「ほんと、発展し過ぎてて戸惑ったわ。実はここ日本なんじゃないの?ってくらいに。」
「旅行先は昭和レベルまでチート済みの領でしたって感じでしょ?私も前世の記憶を思い出したときには凄く戸惑った。」
「でも、この世界で諦めていた炊き立ての白ご飯とお味噌汁に、露天風呂まで入れて、皆と温泉街を散策して…ちょっと夢が叶った感じだわ。」
「私、実は皆で布団を並べて寝たかったんだ。」
こうやって大切な親友と語って、今ある幸せを噛みしめながら。
「ふふ。やっぱりアリシアは甘えん坊さんなのかしら?」
「うん。狂おしいほどに、皆のことが大好き。」
「自分もだぞ。」
「わたくしも。」
「私も、皆と出会えて良かったわ。」
敬愛する両親、共に歩む仲間、慕ってくれる領民、そして大切な親友が居る。
私は幸せ者ね。
最終日。ずっと電車でもいいけど、環状線に並行して環状道路があるわけだし、レンタカーを借りてミズホ市まで戻ることにする。
アクセルを押し込めば、雷属性の魔石から流れる電流が増えてモータの回転数が上がる。
「何これ凄いぞ!」
「これは…わたくしにでも動かせるのでしょうか。」
ティア、動かすのは簡単なのだけど、交通ルールってのがあるから。
「ひょっとして、前世と同じかしら?」
はい。同じなんでイリーナ様は直ぐにでも運転できそうですけど、一応免許を持ってないといけないので。
…宥めるのが大変だったわ。
周囲の景色は椿の群生地から次第にクチナシや藍などの工芸作物畑へ。ちょうど紅花を収穫しているみたい。この後で染物に使うからね。
あと、紅花は種まで待てば油を抽出できる。菜の花の種、向日葵の種、椿の種と合わせて、生活にも美容にも重要な品ね。
美容と言えば、リーナタベルナの化粧品。お試しで輸入してみたらウチでも大人気です。イリーナ様、是非増産してください!
レンタカーはミズホ市で返却。
駅前の商店街周りでアパレルショップを見て回る。
革製品が得意なブティックで、サウザンドエレファントの革で作られたコルセットとジョッキーブーツをレベッカに。ウェッジヒールパンプスをティアに贈る。イリーナ様には今年流行りのサイドゴアブーツで。私はロングのレースアップブーツ買うわ。
次のお店は、カジュアルのブランドを扱っている。早速試着してもらうわよ。
レベッカはキュロットスカートを買うのね。ティアはオフショルダーのワンピとオペラグローブか…。私はブレザーとブラウスを買おうかな。
「イリーナ様も遠慮せずにロングスカートはどうですか?」
普段着用だから、そんな高いものでもないでしょ。
「…ひょっとして、キルシュバウムの人たちって、普段着でサウザントエレファントの革製やシルバーワームのシルク製の服を着ている?」
「おしゃれでしょ?まあ、軍服や作業服は植物系だし、一概には言えないけれども。」
ちなみに、軍服や作業服も、魔の森のワンダーリネンという麻の一種の繊維で紡いでいる。
「…下手な革鎧よりも強度のある普段着を、皆が当たり前のように身に着けているのね。」
「いや~。ホントすごいよね。」
魔の森由来の素材は入手性がいいからってのもあるけど、確かに素材自体が頑丈だったりするので、推奨しているのよね。
ちなみに、普通の“ファイヤーボール”程度なら焦げるだけで防げる。
おかげで私が9歳のころは、普段着が強すぎて、魔法って上級魔法じゃなきゃ弱いじゃんって勘違いしてた。実はウチの領の普段着が異常なんだって気づいたのは、13歳のときにティアの“ウォータボール”が悪ガキを吹っ飛ばしたのを見たことが切っ掛けだったりする。
あの時、少年のシャツは水玉を弾かず、ズブズブになっていた。あれが“ファイヤーボール”だったら…。
やっぱり、人間は簡単に死ぬ。領の外の世界では、特にそうだ。
「だから、私は、大切な皆を守るために出来る限りのことはしておきたい。服や装備一つでも、万一の時に守る助けになるならば。」
「そう…。なら、遠慮なくいただくわ。」
是非とも貰ってください。
こうして私たちのショッピングは大満足の内容で終わった。
あとは昼食を食べて解散だね。
今回はお店ではなく、私の実家…つまりウチの公館に向かう。
帰りの経由地プリムラ地区へは、庭のヘリポートからワイバーンで向かうことになるわけだし。
食後のスイーツを食べ終わるや否や、イリーナ様の“影収納”から品々を出して貰って満面の笑みを浮かべるレベッカ。
「ウチの領の観光、どうだった?楽しんでくれた?」
「いや~今回、装備を全部新調しちゃったよ。普段着もなんだか頑丈になったし。」
「観光も最高でしたが、改めて、アリシアがわたくしたちのことを大切に思ってくれていることが凄く伝わってきました。」
「ちなみに、アリシアが隠し持っているそれも?」
レベッカ…。相変わらずこういうのには敏いよね。
私が持ってきたのはキルシュバウム領の桜の文様が描かれた白銀の腕章。
「まあ、ウチに来ない?っていう勧誘なんだけど…。」
これを領の外で身に着けるという意味は、ウチの領に所属していることの証となり、ウチの庇護下にあることを明示することになる。
一方で、その言動は常にキルシュバウムの益に繋がるよう振る舞う責任が伴う。そもそもウチは二重所属を認めていないので、3人が今の実家、今の所属から抜けないと渡せない…。
「さすがに引くよね。」
「いえ?何でしたら父上にも弟にも認めさせて、サモナ王家から抜けましょうか?」
「自分はティアの騎士ってのが重要だから、ミニアーノの家とか、サモナ騎士の所属は抜けてもいいぞ。」
は?そんな簡単に?
「わたくしの地位などどうでも良いのです。それに家族と絶縁というわけでは無いのでしょう?わたくしにとって重要なのはサモナの繁栄。そしてそれがキルシュバウムの益になるように行動すれば良いだけのことです。両立は容易ですね。あとでルール、教えてくださいね。」
ええ。まあ、他の地域の繁栄を助けてはいけないという法律は無いわね。ただ、技術の開示には制限があるからね。ちゃんと把握しておいてよ。
「とりあえず、そういう建前は置いておくとして…、これ着けてたら、いつでもキルシュバウムに出入りできるんでしょ?ティアも自分の欲望に忠実だよね。どちらかと言うと、そっちがメイン?」
「悪いですか?結局のところ、わたくし自身の人生、アリシアたちと楽しみたいではないですか。父上も弟も、常日頃からわたくしの幸せを願ってくれていることですし。」
なるほど、ティア自身の生き甲斐にもつながるから、王女という地位を捨てる選択肢もある?のかな?…う~ん?こっちから提案しておいて、ちょっと…喜んでいいのかわからない。
「私は…、未だ公女としての役目を果たしていないから。私のお店、リーナタベルナもあるし…。」
だよね。それが普通の反応だよね。
私も無理にとは思ってない。お父様も本人が希望する場合のみ腕章を渡すべきだと言っているし。ただ…
「1年間。」
「えっ?」
「1年間で公国を落ち着かせて、公女となった義務を果たしてくるから、その時にいただくわ。リーナタベルナはチェリー商会と提携ということで。」
イリーナ様、いつになく真剣な表情だ。
出かかった「別に流されなくてもいいよ」の言葉は飲み込む。だって…私、こんなにも嬉しいのだから。
「ありがとう。皆がウチに来てくれるのを楽しみに待っている。」
ということで、皆の戸籍と住民票の所在地は此処、私の実家の住所で仮申請しておくから、後で所属を抜けたことの証書を頂戴ね。それで成立よ。
庭のヘリポートへ移動しながら、ウチの法典を渡す。
じゃあティアはさっさと実家に帰って説得してきて。イリーナ様は公女の義務、早く終わらせてね。なんだったら私も手伝うから。
そうだ。皆が帰るついでに、私が3人のご両親に挨拶に行きましょう。「絶対に幸せにしますので、娘さんを私にください!」ってね。
善は急げとばかりにワイバーンの鞍を掴んで飛び立つ。
「『父と兄に勘違いされるから止めて…。』」
「『さすがに冗談でしょ。』」
慣れた様子でワイバーンに跨り追ってくる親友たち。
う~ん、じゃあ半分冗談ってことにしときましょう。
「『次は再来週の土曜と光曜日にミニアーノ侯爵領公館に集合だっけ?』」
「『そうそう。自分とこの魔物狩りも手伝ってよ。今、父さんも兄さんも公国内の他の地域の魔物狩りに出向いてて、自分とこの領地が手薄になってるんだよ。』」
それ、再来週で大丈夫なの?
「『あ、それは大丈夫。実家の町の住民は皆、物理的に強いから。』」
まあ、レベッカが大丈夫っていうならいいけど。
「『じゃあ皆、再来週まで元気でね!』」
「『アリシアも、無茶苦茶するんじゃないわよ。』」
は~い。
キルシュバウム領の南側半分を占める大穀倉地帯の上を飛び去っていく3人を見送る。
眼下にはミズホ市の住宅街。そして北を振り返れば、キルシュバウムの心臓とも言える工業区が広がる。
私には守りたいものが沢山ある。だから私は、ここに生きる。
第一飛行隊のワイバーンに跨って帰っていく皆を、私は大きく手を振って見送った。
(アリシア「キルシュバウム辺境伯爵領にもお盆はあります。
今の世代につなげてくれた先祖に感謝の気持ちを込め、灯篭を飛ばします。
私たちも、先代から受け継いだ“今”を精一杯生き抜いて次代に繋げます!」
次回「ワイバーン飛行隊長の一日」。
情勢というものは急変するものです。)




