2-1 戦後処理~変わらぬ関係と新たな気配~
(南方海岸沿いに新たな飛び地領を貰ったキルシュバウム辺境伯爵家。
一方で、南の海では怪しい動きが…。
本編では書けなかった自重しないアリシアたちが日常を楽しむ続編。
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~旧ゴルゴール男爵領から100km南の島~
お椀をひっくり返したような島は標高40m程度。生えているのは低木や草本が主で、大部分は険しい急斜面に剥き出しの岩肌が露出している。
風化した岩の隙間には島の内部へと続く洞窟があって、様々な魔物が住み着いていた。
夕暮れ時、島の山頂に集まる者たち。
この島に住処を持つ半魚人シーマイトの青年たちだ。
彼らは、特殊な素材でできたハンマーで、山頂にある真っ黒な岩を叩く。
暫くすると岩が割れ、露わになったのは内部にあった超巨大な魔石。
「騒がしいな。何をやっておる。これはどういうことじゃ」
騒音に文句を言いながらシーマイトの長老たちがやって来た。
「だから何度も言っているだろう。このままでは俺たちシーマイトの一族は、大陸の人間に滅ぼされる。だから、対抗する力を手にするんだ。」
青年の一人が面倒くさそうに言う。
彼らシーマイトたちの祖先は元々、北の大陸の海岸線に住んでいた。人間たちとの関係も良好で、漁で得た魚で物々交換もしていた。
だが100年ほど前にオステン王国が興されると一転、彼らの先祖は煙たがれ、追い出された。そうして、散り散りに分かれた集団のうちの一つが、この島にたどり着いた。
以来、数世代に渡り、シーマイトの一族はこの島…他の魔物も住み着く危険なダンジョン島で、細々と暮らすしかなかった。
そんな島に半年前、突如として人間の聖女がやってきた。
彼らも初めは胡散臭いと思った。
が、魔物との縄張り争いで傷ついた仲間を、光の魔法で癒してくれたことで、警戒を解く。
彼らを助けてくれた聖女が言うには、「今、大陸では悪の貴族たちが勢力を広げようとしている。この島も狙われています。」と。
そして彼らにアーティファクトの杖を渡した。海の魔物を支配できる杖だと。
厳密には好意を抱かせるだけのもので、支配できるわけではないし、後々対価が必要になるのだが、彼らは知る由もない。
聖女様は、「ともに戦ってくれませんか?時が来たら、合図を出すので、杖の力を使ってブルードレイクを呼び、協力して島の力を解放させて欲しいのです。」と言った。
聖女様のゴーレムが悪の公爵家を成敗している様子は海からも見えた。シーマイトの青年たちは興奮して合図を待った。
だが、そのゴーレムは漆黒のドラゴンによって破壊されてしまった。聖女様も行方不明。
悪の公爵家が聖女様の王国を消し去り、勝手に公国の建国を宣言していた。
彼らが偵察に出ると、大陸では、ゴルゴール男爵領の海岸に城のような港が出来ていた。配置換えで新しい革新的な領主が来たらしい。同時に、見たこともない巨大な鋼の船を造っていた。
このままでは、聖女様の言ったとおり、島に攻め込まれ、滅ぼされてしまう。
彼らはついに杖の力を使うことを決め、今日、島に5頭のブルードレイクを呼び寄せた。
「聖女様の戦いには間に合わなかったが、志は引き継がれる。俺たちは、ブルードレイクたちと共に戦う!」
青年のリーダーが空を指さす。
「なっ!?何故ブルードレイクが此処に!?」
狼狽える長老たち。
「お前ら落ち着くのじゃ。ブルードレイクが味方になるはずなどなかろう。」
「陸の人間と争って何になる…」
「黙れ。俺たちが苦労して手に入れたこのダンジョンの素材、お前たちが密かに持ち出して人間たちに渡し、酒と交換していることは知っている。貴様らは人間の手先だな。」
青年リーダーが短剣を抜いて言う。「殺れ。」と。
次の瞬間には長老たちの胸に槍が突き刺さった。
真っ赤な血を噴く亡骸を魔石に投じれば、“ズンっ”という空気の振動とともに、魔石が光り始めた。
その神秘的な輝きに、近くにいた一人の青年が無意識に引き込まれ、魔石に手を振れる。
「ぐぎぁあああああ!」
青年は悲鳴を上げながら枯れていく。
「これほどの魔石になるとな、周囲に魔物を寄せつけるようになる。弱い者は魔石に喰われるが、強い者は魔石の力を使える。こいつの持ち主は、それを利用している。今はそれだけ教えておこう。」
上空で眺めていたブルードレイクたちは満足そうにすると、次の指示を出す。「以後は、満ちるまで魔素を注げ。周辺の島や船から人間たちを攫って使うのもいいだろう。魔素を多く保有する人間を見つけて効率的にやれ。」
「言われなくてもわかっている。聖女様の予言で、当てはあるからな。その者を捕らえ、魔石を満たせば、全ては我ら、海の者のものとなる。」
「うむ。我らのために。」
ブルードレイクたちは歓喜の声を上げていた。
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先の戦い…聖女ローズが王国の主要人物どころか多くの市民を意のままにし、東のエスタニア帝国や、ここカエルラ領に攻め込んだ戦乱を収めてから4ヵ月。
戦後処理によって王国は完全に無くなることになった。
王国の3分の1の土地はエスタニア帝国への割譲が決まり、残る3分の2で帝国の庇護の下、公国を興すことになった。
公国の公都の練兵場。
公爵令嬢から公女となったイリーナは、サモナ王女のティアと、その騎士レベッカ、セントレア学園の武術課程側の同期たちとともに、親友を、同期会の最後のメンバーを待っていた。
しばらくして東の空から4頭のワイバーンが近づいてくる。
うち1頭が着地。背中に乗っている銀髪の令嬢は優雅さの欠片もなく、どさっと足を着くと、そのまま倒れ込んだ。
「うへ、間に合った…。」
「ちょっとアリシア!?どうしたの?」
慌てて真っ青な顔をしている親友を抱きかかえる。どこにも怪我は無いみたい。
「…ちょっと、新しい領の改造で魔素使いすぎて…ティア、魔素ちょうだい…」
「任せてください。」
そういうとティアは流れるようにアリシアに口付けした。
次第にアリシアの表情が赤くなり始める。…それ別の理由で赤くなってない?
っていうかティアも…。
「ひゅー熱いね!」
空気を読んでか読んでないのか、レベッカが茶化す。
あ、ティアの“ウォータボール”とアリシアの蹴りが。
まあ、元気になったのなら良かったわ。でもなんだか複雑な気持ち…。
「ねえ、魔素の譲渡って口付けの必要ないわよね。」
「ええ。折角の機会でしたので。」
ティア…どういう機会よ?
あとでじっくりお話するとして、
「アリシア。その…明後日の公国戦勝式典、晩餐会にも出席して欲しいのだけれど。」
直前になって申し訳ないわ。父からお願いされているのよ。
「えー。貴族の晩餐会とか出たことないんですけど。」
「必要なものは私が揃えます。作法も。問題は、エスコート役なのだけど…」
「うわっ、エスコート役とか…。式典にはお父様とお母様と行く予定だったので、そういうのは…。」
「おっ!エスコート役?いいね。ここで決めよう。」
レベッカが閃いたように手を打つ。「おーい。模擬戦で明後日のアリシアのエスコート役決めよう!」
「「「おっしゃあああ!」」」
皆が歓声を上げてる。
「ちょっと、レベッカ!?」
「あーそれでいいです。」
アリシア…投げやりになってない?
「レベッカはあっち。武術課程21人対魔術課程3人のルールで。私に勝った人がエスコート役。該当者が居なければ、私は晩餐会には出ない!」
悪そうな笑み。そのルールだと…エスコート役は出なさそう。
「言っておくけれど、今日はこんなんだから、真面目に戦わないからね。」
「「もちろんです。総隊長の手は読めてます。」」
皆が口々に了承を示す。それフラグだわ。
細剣を抜き、構えるアリシア。
背後を守るようにティアが立つ。私も万一に備えて姿勢を低くして構える。
「では、始め!」
レベッカの声が練兵場に響く。
「“グランドウォール”!」
と、同時に私たちと対峙していた武術課程の生徒の足元に特大の穴が開く。
へっ?と間抜けな声が響く間もなく、21人は3m下に落ちていった。
私がジト目でアリシアを見れば、
「ああ、大丈夫です。下にはフカフカの土のクッションがありますので。」
いや…気にしているのはそこではないのだけれど。
「さぁて、降参しないと、水没させますよ。鎧をつけて泳げるのかしら?」
ティアが穴の底を見下ろし、片手の先から大量の水を降らせる。
どうしてなのか満足そうな顔をして降参する武術課程の皆。
「相変わらず甘いですね。特に魔術士を相手にして、手を読んだなんて決して油断しないように。」
そう言ってアリシアは再び“グランドウォール”を使って穴の底をせりあげた。「じゃあ、該当なしで!」
「…アリシア、さすがに今のは…。もう1戦だけお願い。」
「はぁい。」
仕方ないなと呟くアリシア。
改めて、私たちと21人が対峙する。
「『アリシア、…あれで戦いましょう。』」
「『りょーかーい』」
“風通信”の魔法で何やら策を伝えるティア。
ねぇ。本当に大丈夫よね。
「気を取り直して…、始め!」
再びレベッカの合図で模擬戦が始まる。
と同時にワラワラと地面から生えて来る土人形。
次から次へと走りだす。
「げっ!こいつ走れるんだったのかよ!?」
「まじかよ。どんだけ増えるんじゃあ。」
21人へと群がる土人形たち。
同期の皆さん、ボロボロなんですけれども。
へとへとになって倒れこむ武術課程の皆。
「はい、皆お疲れ。やっぱり該当無しってことで。」
アリシアが土人形を還し、倒れこむ皆のもとへと向かう。
真ん中で泡を吹いている一人を介抱しようとしたところで…全員がむくりと起き上がり、アリシアに得物を突き付けた。
「のわっ!?」
驚いて両手を挙げるアリシア。
「総隊長。さっきの言葉返しますよ。相変わらず対人戦は甘いっすね。油断大敵っすよ!」
「俺たち誰も降参って言ってなかったですからね。」
してやったり顔の皆。
あら、これはアリシアの負けかしら。
「ぐぬぬぬ。まだ負けたわけじゃない。イリーナ様助けて!」
「どうしようかしら?」
「なんでもするから!」
ふふっ。負けず嫌いね。でも、言質とったからね。
「“影縛り”」
練兵場の中央にいる皆の動きを封じる。
「あれ…、イリーナ様。私も動けないんだけど。」
「ごめんなさい。範囲内で対象を分けたりはできないの。」
隣ではティアが範囲魔法の準備をしている。
「じゃあ、今回はわたくしの勝ちってことで。」
ティアが“ウォータフォール”を唱える。影が消え、全員、滝のような水流に流されたわ。
唯一立っていたのはヌアクさん。地面にハルバードを突き刺して耐えていたみたい。
「よっしゃー!!」
あれ?これって…。
「あら…想定外。」
ティア…。さては全員流すつもりだったでしょう。
「ところでアリシア…、なんでもするって言ったわよね。」
「はぁ~い。晩餐会…出まーす。」
ぐしょぐしょになったアリシアが諦めたようにぼやいた。
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カエルラ公爵家の官邸で式典が始まる。
参列した貴族たちはカエルラ公国に忠誠を誓い、代わりに公国は本領安堵と新恩給与で応える。
「キルシュバウム辺境伯爵家は、先の戦乱の最中において我が領とミニアーノ侯爵領に多大な支援をくれた。さらには戦争状態にあったエスタニア帝国との停戦に大いに貢献した。よって、カエルラ領とミニアーノ侯爵領の間の旧男爵領を与える。」
私の父、カエルラ公爵が皆の前でアリシアの実家の功績を称える。「また、カエルラ公国としても前王国と同様に、キルシュバウム家およびその治める領地については、兵役および納税の免除、独自の法治を含めた治外法権を認める。」
「はい。」
値踏みするような他の貴族からの視線を気にせず、淡々と頭を下げたアリシア。
続いて、私の兄イグノスから勲章を受け取ると、素早くターンして、早歩きで戻っていく。
これは大丈夫なのか?と私のほうを見る兄。
ああ、アリシアは未だ不服としているんじゃなくて、仕事漬けで疲れているだけだから。
確かに、私から勲章を受け取りたかったって不貞腐れてたのは知ってるけれど…。
えっ?今回の話は3ヵ月半前に根回し済ませたでしょう。
アイコンタクトしてくる兄に大丈夫だと頷いて返す。
当初、アリシアは今回の褒章に不服だった。
すり合わせの時に、「足りないです」じゃなく、「いらないです」って。そう言われた父と兄はフリーズした。普段、厳格な父や隙を見せない兄のポカンとした顔は新鮮だったわ。
面倒になりそうな時点で関わらないのはアリシアらしいわ。
でも、そうはいかない。
領地の再編に当たっては、カエルラ公爵領と盟友のミニアーノ侯爵領に囲まれた男爵領の扱いが重要だった。前回の戦乱のとき、聖女派のゴルゴール男爵が攻めてきたせいで面倒なことになった。
接収したのはいいけれど、信用できないものに重要な隣地を任せるわけにもいかない。
かといって、カエルラ公爵かミニアーノ侯爵の領地に組み込むと、領地替えを依頼する貴族たちに不満が溜まる。
ならばアリシアの家、キルシュバウム辺境伯爵家に渡そうとなるのは当然の結論ね。
辺境伯爵家でありながら、カエルラ家以上の経済力を持ち、恐らくはカエルラ家以上の軍事力も持っている。それでいて代々の当主は出世や領土拡大に全く関心を示さなかった。決してどこの勢力にもなびかない。次の当主となることが確定しているアリシアもそう。
だからこそ、「安心して任せられる」と父が言っていたわ。
まあ、私の親友だから、そして一番の功績を残したから、で十分理由になるんだけれどね。
最終的には受け取ってもらえてよかったわ。…治外法権以外にも、住んでいた民の全員移住とか、キルシュバウム領民以外の立ち入り禁止とか、なんかいろいろと条件つけられたみたいだけれど。
これ、絶対に秘密の何かやらかすつもりよね。
「以上で式は終わりとなります。このあとは晩餐会も用意しているのでごゆっくりどうぞ。」
進行役の執事の言葉と同時にメイドたちがオードブルを並べ始めた。
音楽隊が曲の演奏を始める。始めはワルツかしら。
パーティの主催者側の人間として、まずは1曲踊ることになっている。
兄の手をとり、空いている空間に出る。隣では今回の主賓、戦勝国に名を連ねたことで対等な同盟を結んだサモナ諸島の第一王女ティアが弟のリカルドを連れていた。
3拍子の繰り返しのリズムに合わせて、足を進める。
私のダンスの練習の相手は何時も兄だったから、この辺はお手の物ね。
2分間があっという間に過ぎ、最後にターンを決めたわ。
続いてティアと交代し、主賓であるサモナの王太子リカルドと踊る。今日は同盟の発表もあったから、ここで私たちが対等な友好をアピールしておきましょう。
「えっと、イリーナさんはサモナに来られたことは?」
「未だ無いの。でも、再来月アリシアと一緒に行くことになっているわ。」
リカルドのリードに沿って踊りながら答える。「すごく楽しみよ。」
「そうなんですね。ラム肉や魚介類、あとは柑橘やオリーブが名産です。交易で栄えている国ですので、南の大陸の食べ物や民芸品なんかもあります。あの、歓迎します!」
サモナのことを語るリカルドは生き生きしていたわ。「でも、来られる際は気を付けてください。最近、周辺海域の魔物の動きが活発になっていて…、さらにはブルードレイクの目撃情報なんてのもあります…。」
「まあ!何か対策を考えなければいけませんわね。同じ海に面している者として、協力しますわ。」
この件は他人事ではないわね。どこかで国として対策を話し合う場を設けましょう。
私たちはサモナの名所などの話をしつつ、それとなく互いの状況確認を行った。
踊り終えた私は用意された席には戻らず、立食形式の会場へと向かう。アリシアが待っているものね。
「アリシアは踊らないの?」
グラスを片手に壁にもたれ掛かっているアリシア。
パーティの主催者の家の者としては、楽しんでもらっているか気になるわ。
「ヌアクさんも、折角今日アリシアのエスコート役になったんだから誘えばいいじゃない。」
アリシアとお肉を食べてる場合ではないわよ。
「あー。」
「そうじゃなくて、私、踊れないんですよねぇ。」
苦笑するアリシア。「ウチってダンスの教育とか一切なかったので。ちなみに、お父様とお母様もダンスできないんですよ。お酒も弱いし。」
何でも卒なくこなしそうなアリシアにはそんな弱点があったのね。
「ぷぷっ。アリシア踊れないの?」
ダンスを終えたレベッカと同期のダットさんが戻ってきた。
どうやら話が聞こえていたみたいね。
「ぐっ。…ホント、貴女が踊れるのが意外だったわ。」
「自分はティアの騎士として、こういう場に出れるように習ったんだぞ。」
腰に手を当てて優位性をアピールするレベッカ。
「総隊長…いや、アリシアさん。俺がリードしますので踊ってみませんか?」
あら?ヌアクさん男前じゃないの。
アリシアは一瞬驚いたけど、「え?足踏んでも怒らないでね。」と苦笑いしながら、ヌアクさんの手を取り、バルコニーへと向かった。
会場のワルツの音楽に合わせ、ひっそりと踊る2人。
ヌアクさんが小声で「1、2、3」とリズムをとっている。
アリシア、そんなガッツリ掴まなくっても大丈夫よ。
意外と足を踏まないのは、お互いの動きを感じ取れているからかしら。
あーでも、あなたたち、調子に乗ってそんな回ると…
「っ!?」
案の定アリシアがバランスを崩した。履きなれないヒールで無茶するから。
咄嗟にヌアクさんが脇を抱え、一回転したアリシアを支える。
その後、何事もなかったかのように終わらせるところまで含めて、なかなか息が合ってるわね。
(城のような港?巨大な鋼の船?
次回、「新たに受け取った領は絶賛チート改造中です」。
2週間ほどお待ちください。
評価もお待ちしてます!)




