(2) 桜の下で告白しました
(説明回。メインタイトル回収しに行きます)
前世を思い出してから数日。
私はこの国、この領の成り立ちや、この世界のことをできる限り学んでいる。「せっかく教科書がありますから」と執事のワイズマンさんが家庭教師になってくれたおかげで頗る順調だ。
ワイズマンさんはとても古くからキルシュバウム家に仕えているらしく、この領のことなら何でも知っていた。
昨日はこの領の成り立ちや歴史を学んだ。復習ついでにまとめてみる。
まず、初代辺境伯爵。
110年前、魔の森から溢れた魔物のスタンピードを抑えた冒険者パーティのリーダーで、勇者として称えられていた。
でも、体よく王都からの厄介払いと、魔の森の監視と、その他、隣国へのけん制も含めて、辺境伯爵として、ここに送られたらしい。
当人は、仲間と理想の老後を過ごせると喜んだらしいけど、納得のいかなかったパーティの一人、賢者と呼ばれていた男が当時の国王相手に色々と交換条件を吹っ掛けたらしい。
結果、金品だけでなく、代々の納税免除や軍の招集免除などの利権もゲットした。
やはり、元勇者というだけのことはあり、魔物被害が激減すると、治安も改善し、交流のあった人が少しずつ集まったこともあって、初代の時点で人口が増えた。
次に2代目。
ひいお爺様は発明王といわれるほど才能に優れていた。
母親…つまり勇者のパーティに居た錬金術士とともに、治水工事や大規模農場を開墾しての農業改革どころか、蒸気機関をつくったり、魔の森からとれた魔石を利用して発電所をつくったりと産業革命まで起こしていた。
なお、火薬を作ったのもひいお爺様だ。ファンタジーから一気に近代に移ったわね。
常設領軍が創られたのはこの時。そして、軍事行進の時に謡われたのが“雪の進軍”。
この曲、確か昭和あたりの日本の軍歌のはず。
これを歌っていたって、2代目は絶対に私と同じ転生者でしょ。
残念ながら26年前に亡くなったから、もう確かめることはできないけれど。多分、大正か昭和初期の日本人が転生してきたんじゃないのかな。
ちなみにキルシュバウムという名前は2代目の発案とのことで、“桜”の意味があるらしい。
ともかく、2代目から3代目に引き継ぐころには、領内の生産量が一気に増えていた。
さて、3代目。
私のお爺様は、商才があったらしく、チェリー商会を立ち上げた。
領内で生産した食糧や、工芸品、魔物や魔獣の素材などを王都で売りさばき、瞬く間に王都の流通のトップシェアを独占した。
そういうわけで流通量も販売価格も私たちが気分次第で勝手に決めれるらしい。独占禁止法なんてないもんね。
チェリー商会は王都だけではなく、王国の南の海に浮かぶ島国や東隣の帝国との取引にも手を広げている。
特に米が手に入った時は、ひいお爺様が発狂するほど喜んだらしい。異世界転生のお決まり、もう終わってましたか。
なお、東隣の帝国の騎士の家系出身のお母様が領に来ることになったきっかけも、お爺様の功績だ。
素敵なお母様を連れてきてくれてありがとう。
ちなみにお爺様は今、お婆様と一緒に南の海の島国に旅行に行っている。
そして、4代目が私のお父様、ジュール・キルシュバウム。
鶯色の瞳を持っていて、若草色の髪のちょい悪系のおやじ。
土の魔法を使えるお父様は、小さいころは落とし穴を作るのが大好きだったらしい。
伝説の百連落とし穴の記録は未だ抜かれていないとのこと。たしかに100発の“グランドウォール”を魔素切れせず正確にできるのは凄いけれども、誰がそんな記録に挑戦するんだか。
でもお父様はちゃんと仕事もしています。
3年間をかけて、領土防衛のために5mの深さの堀と10mの高さの土塁を総延長100km、領の南側の端から端まで作っちゃってます。おかげでウチの領は半鎖国状態です。
ついでに人工のオウミ湖を作ったり、環状鉄道線を引いたり、高速道路を作ったり、空港を作ったり。
もちろん、お父様の土系統魔法のおかげで豊作が続くようになったし、鉱山では金属鉱石が大量に採れている。
ううむ。お父様のせいで、代々続くウチの領のチートが完成しちゃってますよ。
以上で軍事的にも経済的にもチートになっちゃったウチの領でした。
私の仕事残しておいてよ。ケチ。
え?このチートで俺TUEeeすれば名前を残せるじゃんって?
残念。俺TUEeeとして名を残しそうなのは、私が尊敬するお母様、メルシア・メル・キルシュバウム。
淡い空色のセミロングヘアを今日は動きやすいようにサイドテールに結っている。ヒスイ色の瞳がとても綺麗。
東のエスタニア帝国の武家の出身だけど、お爺様が引き抜いて来てくれました。
お母様が使えるのは風系統の魔法。帝国にいたころは移動や戦闘の補助としてアクロバティックな動きを磨いていたらしい。
ウチに来てからは空気の振動の概念を学び、“風通信”とか“音響探知”とか、いわゆる無線とか魚群探知機的な魔法を習得。
領軍の司令長官になり、見事に俺TUEeeができる下地が整っています。定期的に魔の森から溢れそうな魔物を間引いてますしね。
ついでなので最後に私、アリシア・ラナ・キルシュバウム。
自分で言うのもなんだけど、銀色のストレートロングヘアに琥珀色の瞳ってすごい可愛い。
でも背は低めだし胸も無い。…まだ8歳だし、仕方がないよね。
好きな人はお父様とお母様。尊敬する人はお父様とお母様。将来の夢はお母様みたいな強くて優しい人になることでした。
1週間前に何も残せなかった前世を思い出しました。
前世の生き方に後悔が無いといったら嘘になります。
なので、将来の夢は、この世界のどこかに、小さくてもいいから、自分が生きた証を残すこと変更します。
といったところかな。最後のほうが微妙だけれど、前世で読んだ転生ものの小説なら、こんな感じよね。
「…アリシア、どうしたのかしら。」
私が一人納得していると、ふと声がかかった。
お母様だ。
「先ほどから呼んでいたのだけれど、大丈夫?」
「申し訳ございません、お母様。昨日学んだ領の歴史について考えていただけです。」
しまった。キルシュバウムの歴史なんて語っていたけど、私は日課の素振り&打ち込みの途中でした。
5歳のときにお母様みたいになりたいって言って、公邸に住む皆の午前の訓練に混ぜてもらったんだよね。
それから早3年。もう撤回はできないわね。…これが何かに繋がればいいのだけれど。
「そう。なら良いのだけれど、1週間前くらいから、素振りに切れがないわね。」
うっ、私、バレたのかな。
確かに、身体は自然と動くんだけど、前世を思い出したことで、ちょっと違和感あるんだよね。
「どうした?」
私が素振りをやめたのを見て、お父様がやってきた。
「アナタ、アリシアが何か悩んでいるみたいなんです。素振りに切れがないし…。」
「そうか。アリシア、悩みでもなんでも、口に出してみると楽になることもあるよ。」
お父様もお母様も心配そうにしている。
「いえ…悩みなどは…。ただ、最近学んだことについて考えていただけで…。」
私は何とかいつも通りを装っていたのだが、どこかでボロがでてしまったのかもしれない。前世を思い出したなんて知られたら、気味悪がられるのかな。
「う~ん。まあ、悩みがあるかどうかはさておき、気分転換は必要だな。メル、今日暇ある?」
「ええ。いくらでも空き時間は作れますわ。」
「そうか。じゃあ、ピクニックに行こうか。」
お父様はそう言ってメイドを手招きする。
ボウガンを背負って庭をランニングしていたメイドたちがそのまま駆け寄ってくる。
シュールっ。
「予定が変わった。今日はアリシアとメルとでオウミ湖にピクニックに出る。同伴はワイズマンとユーリで。すまんがお前たちも準備手伝ってくれ。」
「「了解いたしました。」」
メイド隊が素早く散る。忍者かっ!?
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ってなわけで、私たちは家族そろってピクニックに出かけることになった。
行先は、今いるミズホ市の西にあるオウミ湖だ。
4人乗りのワゴン車に、お父様、お母様と私で乗り込む。
私のメイドのユーリと執事のワイズマンさんは、もう1台のワゴン車にいろいろ乗せてくるらしい。
私たちが乗り込んだことを確認したお父様がシフトレバーを前へ倒しこむ。雷の魔石から電気が流れだし、モータが回り始め、私たちが乗ったワゴン車はゆっくりと発進した。
皆で門番さんの敬礼にお辞儀を返し、公道にでる。
「おおー。」
私は思わず声を漏らした。
私たちの家はミズホ市の中心にあることもあり、さっそく賑やかな営みが目に入る。
商店街は活気があり、駅前に到着したバスは、多くの乗客が乗り降りしている。
貨物置場には鉄道で運ばれてきた西の木材、木炭や魔石、東の鉱石、鋼材や硫黄が大量に積み上げられている。
ちなみに南の農業地帯には鉄道は通っていないので、農作物はトラックで市場に直送です。
車は駅前のICからスロープを上って高速道路に入り、盛土で高くなった道路を颯爽と走る。
右手には並行して走る蒸気機関車が、左手には碁盤の目のように広がるミズホ市街が見える。
私の出る幕もなく、代々の領主のせいで、少なくとも昭和レベルまでは発展済みですね。でも…
「物凄く感動しています。」
「そうね。私も初めてこの景色を見た時、言葉にできなかったわ。」
思わず車の窓ガラスに張り付いてしまった。
ふと、殆ど全ての建物が平屋建てになっていることに気が付く。
「お父様、建物の高さを制限されているのですか?」
「ああ、よく気が付いたね。」
お父様はハンドルを握りながら嬉しそうに答える。「この領は地震が多いから、高い建物は自粛しているんだよ。あとは、領の外の世界から目立たない高さってのも理由だね。」
「おお~。地震対策。わかりました。」
お父様の説明によると、北にホルスト山脈があったり、東に火山があったりと、造山帯?みたいなところに位置しているらしい。
災害が発生しやすい地域だからこそ、領民たちには高い教育を施し、いろいろなことに団結して取り組んでもらっている。
そんなことして民主革命は起きないのかって?ウチって領主と領民の関係が程よい感じだし、一部代表民主制を敷いているから大丈夫。
中世ヨーロッパの世界では異端かもしれないけど、ウチでは市長は市民の投票で選ばれる。選ばれた市長は領議会議員も兼ねる。まあ、私たち領主家に最終決定権はあるし、勅選議員もいる。それを踏まえると政治も昭和日本レベルかな?
しばらくすると右手には大きな湖。まるで琵琶湖だ。
治水のためにお父様が土魔法で造ったオウミ湖。今の時期はホルスト山脈からの雪解け水で透き通っている。この豊富な水を湖畔に佇む大きなポンプ場で加圧して、ミズホ市に水道水や工業用水として送り込む。
続いて道路と線路は、水門が並列に4基設置された堰の上を鉄橋で渡る。ここの取水口からは南のカツラノハマ地区への農業用水だけでなく、下流の水力発電所にも分水している。
前世の世界と比べても、ここキルシュバウム辺境伯爵領は比較的恵まれた領だといえそう。
本当に、私に残せることはあるのだろうか…。
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オウミ湖の湖畔に車を止めた私たちは、ユーリとワイズマンさんに昼食の準備を任せ、湖畔を散策することにした。
対岸には先ほどの4つ並ぶ水門と、私たちが通った鉄橋が見える。
ふと汽笛が聞こえると、ちょうどミズホ市を出た蒸気機関車が鉄橋を渡るところだった。
周囲の土手は満開の桜で埋め尽されていて、風が吹くたびに真っ白な花びらが舞う。
その木陰には、菜の花だろうか、黄色い花が一面に咲いている。
湖上に浮かぶ小舟から投網がパッと広がる。
顔を左に向ければ、雪が残るホルスト山脈の雄大な景色。
なんて幻想的な風景だろうか。
「私ね。ここでジュールに告白されたのよ。」
お母様が照れたように言う。「あの時も、こんな風に満開の桜に囲まれていて…。なんて言われたと思う?」
「なんて言われたのですか?」
「そうね。何回かやり直しをさせたけど、私が合格を出したのは“貴女を飽きされることのない、新しい世界を創り続けてみせます。だから私と結婚してください。”だったかしら。ねぇアナタ。」
「はは、恥ずかしいな。」
お母様は上機嫌でお父様に寄り添った。
「政略結婚だったけれども、今、とても幸せ。」
お父様の顔が真っ赤だわ。
「メル。愛している。」
「私もよ。」
お父様とお母様がキスをする。
なんて幸せそうなんだろう。
「そして、アリシア。貴女のことも深く愛している。」
「お前は、私たちの最愛の娘だ。お前がどうあっても、それが変わることはない。」
っと、突然話がこっちに来た。
お父様が真剣な表情に変わる。
「例えお前が全世界の敵になっても、悪魔と契約したとしても、神から世界を救えなんて使命を与えられていたとしても。私たちはお前に、ただ幸せになってほしい。そして、どんな小さなことでもいい。頼ってほしい。」
「お願いアリシア。貴女が抱えているなにかがあるなら、教えて。」
お母様が苦しそうに続ける。
もう、隠し通すのは無理だ。
「実は…、私…、前世の記憶があるんです。」
私は涙ながらに打ち明けた。
前世では平凡で、何一つ残せなかったこと、今世では何かできることを探そうと必死に探してみたけれど、すでに発展したこの世界では、私にできそうなことがないこと。
お父様のこともお母様のことも大好き、愛している。けれど、お父様とお母様とは違う両親がいた記憶を持つことがバレたら、捨てられてしまうのではと怖かったこと。
思いの丈を全て打ち明けた。
お父様もお母様も、私を抱きしめてただひたすらに頷いてくれた。
その温もりがすごく心地よかった。
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夜更けの執務室。細々とした月の光が部屋に差し込んでいる。
「ねえ、アナタ。アリシアには言ったの?」
「どっちのことをだい?」
空色の髪の女と若草色の髪の男がソファーに座り、ワインを片手に会話を交わしている。
「どちらも。」
そう言って女は男に口づけした。「あの娘、この世界でできることをやりたいって悩んでいるわ。」
「だが、それはアリシアが決めることだ。本人が望むなら考えるが、私は自分の娘を犠牲にするつもりはない。」
男はグラスを机に置き、真顔で話す。
「もちろん。私もよ。あの娘は私たちが守る。」
「ああ。当然だ。」
「で、アナタのことは?」
「…。アリシアが前世に対してどう思っているのか判断してから話す。」
「ええ。」
男はワインを飲み干して立ち上がる。一瞬よろけた足を女が支え、部屋を出ていく。
2人分の足音はドアの閉まる音とともにかき消えた。
執務室が静寂に包まれる。机の上には2つのワイングラスと、裏向きにおかれた1冊の本。背表紙には“20世紀技術史”と書かれていた。