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(20) スタンピード

(スタンピードに遭遇したティア視点。

物語ももうすぐ大詰めです。)

 正面の山からは救援を求める赤い煙が次々に上がる。


 一方で左のダンジョンから濛々と立ち込める砂埃。その後に続くのは魔物の群れでした。


 まるで統率がとれているかのようにゆっくりと歩いてくる。ゴブリンとビックオーク。50体はいる。


「どうして…。魔の森からのスタンピードの危険はアリシアが解決したって…。そんな…東のダンジョンからなんて…。」


 傍らではイリーナが呆然と立ちすくんでいる。その間にも、魔物が迫ってきている。


 目の前の魔物たちの一部は、こちらを視認したのか急に走りだした。


「な…」


 皆が動揺している。


「くそっ!実習は中止だ!撤退するぞ!」


 野外実習オブザーバーのルーデンドルフさんが空に向かって魔道具を向けました。


 魔道具からは赤く着色された煙が一気に噴き出していく。


「このままじゃ、思い出の場所が…皆が…い、いや!!」


「イリーナ!目を覚ましなさい。」


 わたしはイリーナを強引につかんで後退しました。


「『落ち着いて!隊を再編する!大盾を前へ!指揮はレベッカ!』」


 突如としてアリシアが声を張り上げる。力強く、けれども冷静な声。


「ほらほら!自分らにはアリシアがいるんだから大丈夫だって!ぼーっとしてないで、盾を用意するよっ!」


 続くレベッカの掛け声。相変わらず普段どおりの明るい声でした。


 2人のおかげで皆が次第に落ち着きを取り戻していく。


 レベッカが先頭に立って馬車の荷台から金属製の大盾が降ろされる。


「『王都に向けて全力で撤退する。操車担当は冷静に馬車を王都に向けて。ダットが指揮を執って。』」


アリシアの指示は続く。「『弓兵はティアの指揮下。残りは槍と剣持ってヌアクに従うこと!』」


「「了解!」」


 武術課程の生徒、皆がキビキビと素早く動きはじめました。


「『ヌアク。馬車を転回する時間が稼げればいい。それまで大盾の援護。絶対に前へ出ないで。これは命令です。合図をしたら魔法で弾幕張るから、装備置いてでも走って来なさい。』」


「時間稼ぎ、大盾の援護、合図があれば装備を捨てて撤退、了解しました!」


 アリシアの副官となっているヌアクが早口で復唱する。


「『ティアは弓兵指揮、空の魔物も任せるわ。あと、合図したら撤退の援護に爆裂魔法かまして。』」


「了解しました。」


 アリシアの指示はいつも的確。だからわたしは任されたことを全うして応えましょう。


 イリーナを引き連れて馬車の傍らまで下がる。


「弓兵は対空警戒。弓を構えて待機。」


「「了解。」」


「“グランドウォール”!」


 アリシアが魔法を行使する。50m程度向こう側の地が割れ、巨大な溝が出来上がりました。


 押し寄せる魔物たちは止まることが出来ず、そのまま溝へと落ちていく。


「ついでに“クリエイトゴーレム”!」


 続けて溝の向こう側に大量の土人形が生まれた。魔物の波にムラができはじめる。


「…相変わらず、恐ろしい魔法の使い方ですわね。」


「ティアに言われたくはないわ。」


 アリシアのおかげで時間的にも気持ち的にも皆に余裕ができました。大盾を持った6人が落ち着いて防衛線を引く。その脇には槍や、ハルバードを持ったヌアクたち。


 そんな中、十数体のブラッディバッドが飛来。急接近してきた。


「矢を放て!」


 わたしの合図とともに一斉に矢が空へと放たれる。


 けれど、高い機動性を持つブラッディバッドには1本も当たらない。


 脅威でないと判断されたのか、勢いそのままに急降下してくる。


「くっ。“ファイヤーボール”!」


 とっさに放った火球は、弓矢よりも早く先頭のブラッディバッドに命中する。


「お次は“ライトニング”!」


 ドーム状に雷の球体12発を並べて放つ。ファイヤーボールより単発の威力は弱いけれど、空を飛ぶ魔物にはこちらのほうが効果的のはず。


 思ったとおり、4体のブラッディバッドが痙攣しながら地上に落下した。弓兵の皆が腰の短剣で止めを刺していく。わたしは落とすことに専念する。


 アリシアのおかげで使える魔法も多種多様。身体の魔素は十分に残っています。皆の頭上はわたしが守る。


 決意を胸に魔法を展開し続ける。


 警戒されたのか、ブラッディバッドたちは一旦上空へと反転しました。後続と合流し、さらに大きな群れを形成し始めている。嫌な予感がする。


 直後、ブラッディバッドの群れが逆落としに襲いかかってきた。これまでとは違って群れとして連携がとれている。処理が追いつかない!


「アリシア、加勢を!」


 わたしは躊躇なくアリシアに助けを求める。


「了解っ。“ウィンドスラッシュ”!」


 アリシアが手数の多い“ウィンドスラッシュ”で弾幕を張った。


 弾幕の隙間を縫って飛ぶものや、“ウィンドスラッシュ”の直撃をうけてもたつくブラッディバッドに弾の速い“ファイヤーボール”をぶつけて落とす。


 それでも7体がすり抜けた。


「痛っつ!」


「があああっ!!」


 迎撃を抜けたブラッディバッドが皆を襲い始めました。


 喜々としながら噛みついて血を、魔素を吸い始める。


「手空きは援護しろ。」


 ルーデンドルフさんが生徒に噛みついていたブラッディバッドを切り伏せる。


 混乱が広がる陣内。さらに悪いことに、溝の向こう側から20体のゴブリンが文字通り投げ飛ばされてきた。着地に失敗して動けなくなったゴブリンもいるようですけど、多くは気が狂ったように走り回り始めた。


 あらぬ方向に腕を曲げながら走って来るゴブリンに一瞬たじろいでしまう。


「弓兵、目標変更。先頭のゴブリン集団。薬を浸けて火矢を放て!以降の判断は各自に任せます。」


 アリシアの堂々とした指揮に習い、わたしも意を決して宣言しました。どうせ矢はブラッディバッドには当たらない。それならば…。


 もう、ともかくこの場を乗り切るしかない。


 皆が一斉に放った5本の火矢が放物線を描いてゴブリンの集団に降り注ぐ。先端の木筒に入った薬がまき散らされ、激しく燃え上がる。


 周辺の枯草にも燃え移り、炎の障害となる。


 しかしゴブリンの勢いは止まらない。


 火が付いたまま走ってきたゴブリンたちは大盾の隙間をねらって飛び込んでくる。


「槍!今だ!」


 ヌアクの掛け声とともに、皆が槍でゴブリンを突き刺す動作を繰り返す。


 その間に後続の20体が追加で投げ飛ばされてくる。さらには5体のビックオークも。


「『レベッカ、ヌアク。ビックオークをお願い!』」


「任せて!」


「了解!」


 5体のビックオークにはアリシア、レベッカ、それにヌアクが対処する。乱戦と化す戦線。2体のビックオークにアイアンニードルを打ち込んだアリシアが急に体勢を崩した。数体のゴブリンが乱入してきていた。


 気を取られた瞬間、残ったビックオークが棍棒を大きく振りかぶる。


「“アイスニードル”!」


 透き通った氷の槍がビックオークの背中から腹を貫く。白い煙を上げながらビックオークが凍り付いていく。


「ありがとう。助かったわ。」


「これくらい朝飯前です。あなたの背中は何時も任されてますから。」


 バックステップを踏んで戻ってきたアリシア。一言の言葉と視線を交わした後、息つく暇もなく防衛線へと向かっていく。


 皆の奮闘によって奇跡的にも防衛線は機能していました。集中力が切れて短剣で刺される者も出てきたけど軽傷のよう。


 疲労の色はぬぐえないけれど、内側に入り込んだゴブリンを1体ずつ狩っていく。これを凌げれば、あとは撤退できる。そう思ったとき、


 ゴブリンたちが投げ飛ばされてきた方向から、ズズズゥゥンと豪快な地響きが響いてきました。


 わたしは“それ”に心が折れそうになった。


「あ、あああっ。ジャイアントオーガ…Bランクだ。」


 ごつい鉄の甲冑を来たジャイアントオーガ。


 聞いたことがあります。100年前のスタンピードの時、ボスと呼ばれる巨大な魔物がいたと。ボスが統率する魔物の群れは危険度が跳ね上がると…。


「またゴブリンだ!多いぞ!」


「くっつそっ!」


 さらに悪いことに、ジャイアントオーガが通ったことで広がったダンジョンの穴から再び大量の魔物が噴き出してきた。アリシアが造った割れ目が魔物で埋まっていく…。


「総隊長!馬車3台の転回できました!」


 ようやく逃げる態勢が整った。皆の士気も限界を迎えています。ギリギリの綱渡り状態。


「『撤退よ。まずは弓兵、装備放棄。動けない者を先頭の馬車に担ぎ込んで!そのまま離脱!』」


「「はっ!」」


 弓兵の5人が、先ほどのブラッディバッドに噛まれた2名を担ぎ込んでいく。


 わたしは後ろのイリーナを見た。未だ気が動転しているのか、震えている。


「いい加減にしなさい!」


 申し訳ないですが、平手をおみまいさせてもらいました。


「っ!?」


「戦えないなら結構。先頭の馬車に乗りなさい!」


「い、いやっ戦う。」


「なら冷静になりなさい。アリシアも、レベッカも、わたしくしも居ります。」


 酷い対応かもしれませんが、それでも、気を取り直したイリーナの表情が締まりました。


 そうです。それでよいのです。


「乗ったぞ!」


 準備ができたのか、荷台からダットが手を上げる。


「『行って!』」


 アリシアの声を受けて、まずは8名を乗せた馬車が離脱する。


 残るは16名とルーデンドルフさんだ。


「『残り2台、ゆっくり出して!全員、装備を捨てて乗り込め!』」


 その指示の意図を正確にくみ取ったのか、残る2台の馬車がゆっくりと動きはじめた。


 わたしは合図とばかりに爆裂魔法を溝の向こう側へ放つ。


 皆が全力で馬車へと駆ける。


「アリシア!3時方向急降下だよっ!!」


 レベッカが声を張り上げた。またブラッディバッド。


「“逆揚力(ダウンフォース)”!」


 アリシアが魔法を行使する。前線が後退したことにより、同士討ちを避ける必要がなくなったがゆえに全力を出しているのがわかる。


 ブラッディバッドが落ちてくる。


「“影縛り”!」


 イリーナが魔物をまとめて地面に縫い付ける範囲魔法を放った。


「“サンダーボルト”!」


 わたしが魔法で止めをさす。


 次々と動きを止める魔物たちに対し、できる限りの魔法を連続行使しました。


「『ティア!!上っ!!』」


 戦場に呑まれていたのでしょうか。呼ばれていることに気が付いたときには遅かった。


 勢いよく地面に押し倒されるわたしの身体。


「あぁぁぁああああああ!」


 続けて肩に焼けるほどの痛みが走った。


 同時に強引に魔素が吸われていく。


「ティアああ!」


 気が付けば、レベッカが噛みついていたブラッディバッドに長剣を突き刺していた。


 痛みは未だ引かない。くらくらして立てそうもない。このままじゃ足手まとい。


「わたくしを置いて…」


 つい、そんな言葉が出てきてしまっていた。


「馬鹿かお前っ!」


 必死の形相で助けにきたのはヌアクだった。


 わたしの身体を引き起こし、抱えて走ってくれました。


 馬車からはルーデンドルフさんが腕を伸ばしている。


「引き上げるぞ!我慢しろよ。せーの!!」


「っ!」


 傷に響いたけれど、わたしは無事に馬車に乗せられた。


 続いてヌアク、レベッカ、アリシアが乗り込んでくる。これで全員のはず。


「『全力で走らせて!』」


 そう言ったアリシアは上着を脱いでわたしの傷口を縛り始めた。


「おい、このままじゃいずれ追いつかれるぞ!」


 ヌアクが焦ったように言う。


 確か、この群れを統率しているのはジャイアントオーガのはず…


「ちょっと待って。今はティアを…」


 珍しくアリシアが動揺している。


「アリシア。ほら、わたくしは大丈夫ですから、先にジャイアントオーガを…。」


 痛みを堪え、少しやせ我慢して笑ってみせた。いつものアリシアならできるという期待を込めて。


「わかった。レベッカ、ティアの傷口押さえて。ヌアク、私が集中している間、指揮執って。」


「うん。」


「おう。」


 アリシアは頷き立ち上がると「“窒息”」と呟いた。


 それから後方を睨みつづけるアリシア。


 6分ほどでしょうか、しばらくするとズズズンっと音が聞こえてきました。


「…窒素だけのイメージだと、消費は少ないけど、結構時間がかかるみたいね。」


「おおおっ!」


 歓声が上がる。終わったみたい。


 何らかの制限はあるのでしょうけれど、この距離で本当に倒せるとは。


 …さすがはわたしの師匠です。


 アリシアが戻ってくる。


「イリーナ様―――していたら、ごめんなさい。でも、ティアの傷、元に戻して欲しいの。」


 アリシアは真っすぐな瞳でイリーナを見つめた。


 傷を戻す?よくわからないけれど、まるでイリーナができることを知っているかのよう。


「え?ええ。」


一瞬戸惑ったイリーナはわたしの肩に手を当てた。「“時戻し”。」


 小声で発動されたのはわたしの知らない魔法。


 不思議な感覚だった。急に痛みが引いていき、気が付けば傷一つない元の肌が見える。


 血が減ったせいで立ち上がれそうにはないけれど、ずいぶん楽になった。


 続いて、アリシアが例のごとく、私の魔素を全回復してくれる。


「ありがとう。」


 わたしは親友に精一杯の感謝の気持ちを伝えた。


 あなたたちと出会って本当に良かった。


 でも、これからどうするでしょうか。


 アリシアのほうを見ると、片耳を押さえて南のほうを見つめていた。


「『皆さん、そのまま聞いてください。』」


連絡の終わったアリシアがこちらを向く。「『具体的には言えませんが、上空に支援が来てくれたので安心して大丈夫です。』」


 上空の支援。思い当たる節があります。…あのドラゴンでしょう。皆同じことを思ったのか、深い安堵のため息をついきました。


 そうして3時間後、わたしたちは無事に王都まで帰り着いた。


 けれど、残念ながら他の生徒や先生は全員が行方不明。さらには当時、東のダンジョンに潜っていた冒険者のパーティ、東のダンジョン入口の出店の商人も安否不明。


 ここ100年で最悪の災害でした。


----------


「ひっ!なんでこんなことに!」


 箱馬車が山道を一気に下っている。乗っているのは、この国の第二王子と騎士団長の息子、それに聖女。それを追うのは小型の魔獣の群れ。


 帯同している近衛騎士は馬を操ることで精一杯。そもそも一人で対処できる量でもないので仕方がないことではある。


 荒い運転の馬車が木の根を踏んで大きく揺れると、ふと車内に手紙が舞う。


「手紙?」


「これは!バークは嵌められたのよ!」


 聖女が金切声を上げて手紙を掲げる。それは、東のエスタニア帝国への依頼書。人為的にスタンピードを起こして第二王子を抹殺するようにと。第一王子のサインが入っている。


「くそっ!許すものか!絶対に!かなら、うわああああ!」


 憤慨する第二王子が立ち上がった瞬間、馬車はバランスを崩して川に転落していった。


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