(19) 野外実習
(イリーナ視点です。悪役令嬢であった彼女が悪役令嬢にならないよう努力する一方で、ローズは…)
カタカタと軽快な音を立てて2頭立ての3台の荷馬車が入ってきた。
「お待たせ!」
先頭の御者台からアリシアが飛び降りる。
「各自、班毎に整列っ!」
レベッカの勇ましい声が響く…。それまでグランドで談笑したり、素振りをしたりしていた武術課程の一同が素早く整列していく。
私たちに対面して3つの列が出来上がり、レベッカが満足そうに頷きました。そして、その一番端の一人分空いたスペースに駆け足で並んで、正面に向かって胸を張る。
「第一から第三班、武術課程21名。揃いました。一同、礼!」
レベッカの号令とともに21名の武術課程の生徒が一斉に右手を掲げ、アリシアに向かって敬礼の姿勢をとりました。対するアリシアも敬礼を返して、そのまま回れ右して私のほうに向く。
「イリーナ様、準備できました。いけ好かない魔術課程の野郎どもに赤っ恥かかせてやるべく、出撃いたします。」
目の前に整列する全員の表情に、自信と誇りと殺る気が見て取れるけど…。
えっと…どうしてこうなったのですか。
-----30分前-----
「ふん。出来損ないの脳筋どもと行動を共にするなど不快だ。」
また始まったわ…。第二王子バーク殿下の恒例行事。
野外実習のために集まった同学年の武術課程の生徒たちが皆、唖然としてます。
そもそも、今日の合同野外実習は、セントレア学園の授業の一環。普段の学び舎、そして王都からも出て、道中5つのチェックポイントを巡りつつ、東の山に登って、戻って来る。
全てのチェックポイントで先生から手形をもらうことが最低条件。そして学園まで戻ってくるタイムと、道中で倒した魔獣のポイントで勝負する内容です。
いざ実戦では、武術と魔術が互いに助け合わなければ生き抜けないことを貴族のボンボンたちに手っ取り早く教育することが目的となってます。普段から対立しがちな武術課程と魔術課程の生徒に、最低でも互いの存在を認め合わさせる必要があるわけだけれど。
それを…、将来、国や領を治めることになるであろう立場のある人間が…。
「僕たちだけでも行ける。そうだろうスニーフ。」
「ええ、もちろんです。わたくしめがオブザーバーとして付きますので、万一もありません。」
ローズの周りにバーク殿下と騎士団長の息子ソルティオーク、スニーフ先生が立ち、魔術課程の男子たちもそちらに集まり始める。
一方、武術課程の生徒たちは、…私たちのほうに集まり始めた?
「群れないと何もできない脳筋の屑どもめ。」
と、バーク殿下とローズの取り巻き軍団が挑発しにやってきました。
下品な方々。そちらも群れているでしょう。特にソルティオーク、貴方は一応武術課程だと思うのだけれど?
「なにをっ!」
武術課程の男の子たちが憤りを見せたけれど、アリシアとレベッカが左手を上げて制止しました。
今にも殴りかかりそうだった男の子たちは、2人の指示には従い、ぐっと堪えてる。
ただ、それを取り巻きたちは都合よく受け取ったのでしょう。
「あはははっ。哀れな犬どもめ。」
「ドベの成績の奴らは肥溜め掃除な。」
そう言って、ローズと殿下を含む魔術課程の10人、それにソルティオークは、殿下が勝手に用意した2台の馬車に乗り込んでいってしまったわ。
それを見て、慌てて実家の馬車を呼び寄せるグレゴリー侯爵令嬢たち。いわゆる平民上がりの尻軽を嫌う悪役トリオが率いる魔術課程の8人グループ。
魔術課程で聖女に関しては中立の6人も、何とかして馬車を調達するために学園を出発していきました。
魔術課程で残ったのは私たち3人。
私たち3人については、当たり前のように駆け寄ってきた武術課程21名の皆も一緒に進むわけだけど。
「11対8対6対24…凄く偏ったわね。」
「多ければいいってわけじゃないですよ。馬車をそれだけ多く確保しないといけないし、必要な物資も多くなるし、意思疎通も大変になってくるから。」
なるほど考えたこともなかったわ。なんだかアリシアって本当の隊長さんみたいね。
「まあ、馬車は私が余裕で確保できるから待っててもらうとして、意思疎通については、私はここにいる皆を信頼しているから大丈夫。ただ、一般論として覚えておいてね。」
表情に余裕を持たせつつ、アリシアは気が立っていた武術課程の生徒たちに言った。
「「…はい。」」
「あら?さっき止められたの、ちょっと納得いかない感じ?」
「僭越ながら…。アリシア様、何故止められたのです。」
「我々、負けることなどありません。」
武術課程の生徒たちが口々に言う。
確かに学園内では実家の身分による優劣はつけないことになっている。けれど、仮にも第二王子とローズの取り巻きにそれはマズいわ。
「はい、はい。皆冷静になって。」
アリシアは凛とした声で言う。「やるなとは言いません。後先考えずに突っ込まない。安い挑発に乗らない。戦争の基本です。相手のペースに呑まれるだけです。そうなったら最悪です。ですよねヌアク。」
「お、おおう。」
アリシアの言葉に元問題児のヌアクさんがゴクリと唾をのむ。
「ああいう場で、こちらが先に手を出せば、卑怯なバーク殿下が権力を前面に押し出してくるわ。正面から正々堂々なんて馬鹿のやること。こっちも卑怯になるべきよ。」
アリシアの熱弁が続く。「例えば今回の場合。ああいう口だけの坊っちゃんは無視されることを嫌うから、徹底的に知らん顔して無視してやる。そして相手が耐えられずに手を出してきたところで、顔面に一発入れて、それから蹴り飛ばしなさい。」
「「「お…、おおーう。」」」
「もしくは、人目のないところで、数倍の人数で襲い掛かりなさい。反抗の意思すら奪うくらいボッコボコにして彼らが掃除したがっている肥溜めにぶち込むの。ああいうの輩はプライドだけは高いから自分が肥溜めにぶち込まれたなんて告発できないわ。」
「「「おお!」」」
待ってアリシア…。悪化しているわ。
横暴な上位貴族への不満、鬱憤…。そういえば、この状況には憶えがあります。それはフラッシュバックしてきた1度目の記憶。
あの記憶では確か、全生徒が“私”に対して殺意を抱いていて、卒業式という断罪の舞台で“私”を責めたのでした。
なぜ“私”が全員から殺意を抱かれるようになったのか。
それは今世に生きる私の知識、経験で予想がつく。
根本には、不安定な王国において、舐められないように他人を抑圧し、利用し、見下すようになった王族、貴族の腐敗があります。
自分より弱いものに対するマウントをとるのが当たり前の風潮。さらに、その流れで魔法を使える魔術課程の生徒が、そうでない武術課程の生徒を見下すようになり、この学園内での対立にもそのまま繋がっているのです。
既に爆発寸前の状態でした。だから、1度目の“私”は、それまでに溜まった不満、鬱憤の捌け口として過剰に断罪されたのでしょう。もちろん、今の私からすれば、1度目の“私”が「当たり前」としてやったことは酷いことですけれど。
ちなみに、私がやったゲームでは、他人に当たりちらす悪役令嬢イリーナと、武術課程の人間にまで優しく甘い言葉を吐きかける主人公ローズの対比がありました。
結果、悪役令嬢イリーナの断罪の場面では、ここに居る武術課程の人間もが主人公ローズとバーク殿下に協力し、イリーナを吊るしあげるのでしょう。
そんな未来、嫌。
少なくとも、今世の私は、貴族同士のマウントのとりあいには関わっていない。派閥にも入っていないし、ゲームで描かれていた悪役トリオたちとも付き合っていないわ。皆から恨みや反感を買うことは無いと思いたい。
それに、今の私には、あの私にはいなかった、本当に気を許せる親友がいる。
「イリーナ様?」
雪のような銀髪を揺らし、琥珀色の瞳が見上げてくる。
「大丈夫よ。さあ、私たちも行きましょうか?」
私は首を傾げてこちらの様子をうかがうアリシアの頭を撫でた。瞼を閉じて寄ってくる様子は愛玩犬のようで、庇護欲を掻き立てられる。
1度目の“私”は、この娘たちにまで迷惑をかけました。
魔物騒動で両親を失った辺境出身の令嬢を見下してして水をかけ、碌に魔法を使えない第一王子の婚約者を、親睦を深めるためと称して模擬戦に呼び出して一方的に魔法でいたぶるようなこともしたわ。
アリシアやティアの顔を見て思う。…1度目の“私”は断罪されて当然だった。
でも、今世、私が私として生きるかぎり、そんなことはしない。かけがえのない親友を傷つけるなんで絶対にできないし、させないわ。
あの地獄を回避するだけではなく、自身の破滅を防ぎ、家族を守り、大切な親友を守りたい。
なんとしてでも。
学園を出て3時間。私たちは遠回りしてから東の山の麓まで来ました。
アリシアの「別に復路にあるチェックポイントも行きで回っていいじゃん。」という案で、大きく遠回りして通る必要がある復路のチェックポイントまで経由してきました。「こういうルールの穴をついて戦うのも手だよ。」と皆にドヤ顔で言ってたわ。
まあ、今回のは…チェリー商会の快速馬車があったからこそ成立する作戦ね。襲ってくるツノウサギとか置き去りにして突っ走ったもの。しかも、背もたれ付き長椅子と冷蔵庫と個室トイレ付で快適。なんだか前世の観光バスを思い出すわ。
おかげで、遠回りしたのに、殿下とローズたちのグループや、悪役トリオたちのグループに追いついてしまいました。
現在位置は、ちょうど東のダンジョンのそば。今回の私たちの目的地は山頂なので、ダンジョンには用はないのだけれど。
ここまでは街道を歩いてきました。でも、ここからは木々の生い茂る山道を進まないといけない。
視界は狭くなり、魔獣や盗賊に襲われる危険もあります。さらには、道も細くなるので馬車は通れない。油断できないわ。
にもかかわらず、そんな山道の途中をのろのろと進む殿下の箱馬車が見える。案の定、木々の根に引っかかって苦労しているみたい。
その横を必死の形相で歩むのは悪役トリオ率いる反ローズ派のグループ。ちなみに、彼女たちの馬車は車軸が折れた状態で打ち捨ててあった。どうしても平民上がりには負けたくないのでしょうね。
「うわぁ。ないわね。」
「ああ。俺たちの総隊長がアリシア様でよかったぜ。」
同じ班になった武術課程の子たちがぼやく。
私たち24人グループは3つの班に分かれて馬車に分乗することになったわ。万が一分断されたときのことも考えて、武術課程7人と魔術士1人で1つの班になるように分かれています。
第一班の班長兼全体の隊長がアリシア。第一班の副班長がヌアクさん。第二班の班長はダットさん。副班長は恐縮だけれど私が務めることになりました。アリシアやティアほどではないですが、これでも魔術士ですから。そして第三班の班長がレベッカで、副班長をティアが担当しているわ。
それから、今回の野外実習では、それぞれのグループにオブザーバーとして教官がつくことになっています。けれど、進み方はあくまでも生徒が自主的に決めることになっている。
私たちについてきているルーデンドルフさんは王都の冒険者ギルドのサブマスターらしいわ。
野外実習のオブザーバー不足が予想されたから派遣されてきたらしいのだけれど、予定外のグループ分けになってごめんなさいね。
ルーデンドルフさんはアリシアとは顔見知りなんだそうで、グループがどうであれ、私たちのオブザーバーを買って出てくれた。万一のときは頼りになりそうね。
一方で目の前の惨状。特に殿下のグループについていったスニーフ先生は何も言わなかったのでしょうか。さすがにオブザーバーであっても止めるべきだと思うのだけれど。それとも殿下のグループに特例で帯同している近衛騎士さんに遠慮しているのかしら。
このまま進むと、私たちもあれに巻き込まれるのかしら。
アリシアにこのまま山道に入るかどうか聞こうかなと思っていると、ちょうど第一班から伝令さんが駆けてきた。
「お疲れ様です。総隊長より伝達。馬鹿たちが邪魔なので、現在の丘にて45分の大休止とする。第一班、三班が設営および調理。第二班は周辺警戒。昼食後は、第一班が周辺警戒、第二班は休息、第三班は片付けとする。なお、馬鹿たちが降りてきたのを確認後、徒歩で山を登り、ここに戻ってからは馬車で一気に馬鹿を追い抜いて学園まで帰るので、そのつもりでいるようにとのことです。」
「お疲れ様です。第二班、了解いたしましたわ。」
「では、周辺警戒といきましょうか。」
装備を整えたダットさんと共に馬車を降りる。アリシアから事前に言われたとおり、2人1組になって周辺を歩いて、魔物や魔獣がいないか見回る。
「…2人きりのこの機会に謝罪と感謝をさせてください。」
神妙な面持ちでダットさんが口を開く。「入学式のとき、私は貴女が殿下から暴力を振るわれているのを見て見ぬふりをしていました。あれは…」
「相手が第二王子なら、動かないのが正解ですわ。もし、他の皆も気にしているなら、気にしないように伝えておいていただけますか?それに、あれで私はアリシアに助けられて…今、こんなにも楽しい学園生活を送れている。結果、良かったのよ。」
「…そうですか。まあ、アリシア様にしかできませんよね。」
そこからダットは、武術課程の生徒たち皆が、お茶会事件のときのアリシア、ティア、レベッカの動きに戦慄し、入学式でのアリシアの行動に敬意を感じていたと語ってくれました。
だから、皆すんなりとアリシアを受け入れたのね。
「では、感謝のほうを。ティア様、レベッカと友人となっていただきありがとうございます。私はミニアーノ侯爵から、ティア様とレベッカを見守る任を承っているのですが、彼女たちに出来た初めての対等な友人がアリシア様でして、次がイリーナ様なのです。」
「それは、私のほうもよ。入学するまで私は社交界で孤独を貫いていて…。初めての友人がアリシアで…あっというまにティアとレベッカと友人になれた…感謝しているわ。」
「見守っている立場から言わせていただきますと、イリーナ様が加われたことで、安定性がすごく増しました。」
安定性…?
「少なくとも、アリシア様が暴走しそうになったら止めてください。これはイリーナ様しかできませんので。」
「え?私には無理よ?」
「いやいや、傍から見ていても、あれだけ慕われているじゃないですか。」
…そうなのかしら?だったら…嬉しい。
「『イリーナ様、今日のお昼のスープは薄味が欲しいですか?濃い味が欲しいですか?』」
唐突に耳元にアリシアの快活な声。
「『う~ん、未だ全然疲れていないから、濃くなくていいわ。』」
「『りょーかいです!意外と早くできそうなので、ちょっとしたら来てください。』」
「『ええ。ありがとう。』」
もう慣れたものね。
「…深くは聞きませんが、魔法的な何かですか?」
「ええ。もう少しで昼食ができるそうです。第二班の皆に知らせて戻りましょうか。」
ダットさんが前方と後方を歩いている2人組に大きく手を振って、戻るようにジェスチャーで合図しました。
戻り始めると直ぐ、すごく美味しそうな臭いがしてきたわ。
既に第一班と第三班の皆が竈に群がっている。
…私たちが戻ってきているのを見たアリシアが土の魔法で竈と鍋を増設している。そこにティアが魔法で火を起こして、鍋に水を注いでいるわ。
携帯食料の干し肉が投入され、次に乾燥麺が入れられました。
レベッカも取ってきた野草を刻んで入れていく。
そして仕上げは、荷馬車に積んでいた酒、塩、鶏がらスープの素。傍から見ていてわかるわ。あなたたち、相当手慣れてるわね。
待ち時間は殆どありませんでした。
「麺がのびないうちに食べてね!」
「うわぁマジ旨い。」
「野営で御馳走が食えるとは…」
配給を受けたあちらこちらから喚起の声があがる。
これはいわゆる、飯テロというやつだわ。
本当に…、アリシアたちが転生者だったら、もっと色んなことを相談できたかも知れない…。そう思いながら、私はスープを飲む。
「あっ、美味しい。」
少しだけ前世で食べたうどんを思い出しました。
時間がないときは良く作っていたっけ。
すこし前世のことを思って寂しい気持ちになりつつ、私は昼食を完食して荷馬車に戻った。
はしたないかもしれないけれど、革鎧とレースアップブーツを脱ぎすてて、吊るされたハンモックの一つで横になる。
食後のひと時、装備まで外して安心して横になれる休息当番っていいものね。
私は自然とくる眠気に身をゆだねるのでした。
どれくらい経ったでしょうか。
私は急激な寒さに身体を震わせながら目を覚ましました。
先ほどまで快晴だった空は真っ暗になっていて、辺りの風が強くなってきた。今にも嵐が来そうだわ。
「イリーナ様、起きられましたか?」
ちょうどダットさんが声をかけてきました。
「ごめんなさい。寝過ごしましたか?」
「いえ。ピッタリです。総隊長より、イリーナ様が起きられたら、焚き火の周りに来てほしいと伝言をいただいております。」
「ええ、わかったわ。」
私はティアが熾した焚き火の周りに向かいました。
既にアリシア、ヌアクさん、レベッカ、ティアが揃っていて、嵐に備えて東のダンジョンの第1層に避難しようと話していたところでした。確かに、山道の途中で嵐に来られたら大変だわ。東のダンジョンの入口までの距離は500m程度。今から避難すれば、雨が降り始める前に入れるかも。
オブザーバーのルーデンドルフさんもただ頷くだけなので、予定にはないけれど、東のダンジョンに向かうことになりました。
そうして、皆が荷馬車に乗り込もうとした矢先、“ズズズズゥウン”と大きな地響きが鳴り響きました。
何事かと周囲を警戒していると山腹から赤い煙が立ち上り始めた。
「なっ…」
異様な光景だった。さらに森の中からも2本の赤い煙が上がっている。
そして赤い煙の周辺では、なにやら大きな物体が動いているのか、木々が次々になぎ倒されている。
「あれは、救援要請じゃ…。」
「それが複数って…、ヤバいんじゃ…。」
誰かが呟くとほぼ同時でした。今度は東のダンジョンのほうから轟音が鳴り響く。
濛々と立ち込む砂煙。その奥に多数の黒い影が見えた。
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東のダンジョンそば、山の登山道の入口に2台の馬車が止まる。
先頭の豪華な箱馬車から降りてきたピンク髪の女が、後ろの荷馬車に向かって言う。
「疲れちゃった~。私たち、ゆっくりと登るから、先に魔物狩りながら登ってくれない?貴方たちが頼りなの。」
「わかりました。見ていてください!」
「聖女様、俺たちがやりますよ!」
後ろの荷馬車から降りた7人の学生は威勢よく答え、登山道を駆け上がっていく。
微笑んで手を振った女が箱馬車に戻ると、近衛騎士の装備をまとった御者が馬に鞭を入れ、前進を再開する。
「では、私はお役御免ということで。」
取り残されたのは、荷馬車のほうを操っていた御者。彼は装備を脱ぎ捨て、その場に留まることもせず、何故か東のダンジョンの入り口に立つ小屋へと向かった。
怪しい御者は中に入ると、ある場所で立ち止まり床板を外す。
出てきたのは縦穴の入口だった。
雨水が侵食して作った長い縦穴を、ロープを掴み躊躇なく降下する怪しい御者。しばらくするとかなり広い空間に出た。
怪しい御者が背嚢からアーティファクトの笛を取り出す。
土の属性の魔素を込められた、人間には聞こえない音がダンジョン中に響き渡る。
“ズズズズゥウン”っと空間全体が揺れたかと思うと、次の瞬間には周囲の穴からおびただしい数の魔物たちが狂ったように這い出してきた。
「ウェルナーク共和国万歳!」
怪しい御者は笑いながら魔物の群れに呑まれていった。




